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『炎の少女と翼持つ紳士 』
レイジュ・ウィナード3370)&サクラ・アルオレ(NPCS014)

 ムンゲの地下墓地。
 ――そこは、伝説の大賢者ムンゲが葬られていると呼ばれている墓地の名である。
「近年、そこはアンデッドたちの住処になっていると言われている――」
 ムンゲは死霊使い、つまりネクロマンサーだったのではないかと。
 それは長年囁かれてきた噂だった。
「おい、知ってるかい蝙蝠の城の若き城主さんよ――」
 情報屋が、暗がりで囁いたその声が、ふと蘇ってきた。
「あの墓地にはムンゲが執筆した、死者を操る術についての本があるそうだぜ」

 情報は、未確認情報だ。
 だが、蝙蝠の城の若き城主――レイジュ・ウィナードは強く興味を引かれた。
「未確認情報なら、自分で確認してくればいいだけだ」
 問題の本は、死者を操るという異端の行為について書かれた本。ゆえに禁書だ。うかつに口に出してはいけない。
 だがレイジュがムンゲの地下墓地に出かける際、姉に「街まで古書探しに行って来る」としか言わなかったのは、それが理由ではなかった。
 姉には。この世で一番大切な姉には。まだ。
 自分が死者を操る魔法を使えることを知らせていなかったから――

 ■□■ ■□■

「ここか……」
 レイジュは自分がいる位置を確かめるかのように、口に出してつぶやいた。
 目の前に、山裾にうがたれた洞窟の入り口がある。人工的なもので、入り口はしっかりと岩で支えられている。
 元々は墓地だったため、壁に燭台が均等間隔で取り付けられているのが分かる。が、今はもうろうそくもない。誰も灯す者がいないのだろう。
 太陽光が差し込んではいるが――
 暗い。
(奥に入ったら真っ暗闇と考えた方がいいな……)
 レイジュは冷静に、太陽の角度と光の入り具合をはかる。
 元々彼は蝙蝠のウインダーだ。暗闇など怖くはない。
 いつも着ている燕尾服の腰辺りからすっとナイフを取り出し、手に持った。
 ナイフの柄には、血の色のような紅玉――
「……また、レッドジュエルを使う時が来るかもしれないな」
 宝石をすっと撫で、無表情につぶやく。
 できれば使いたくない武器だった。
(とは言えこの墓地に巣くうのはアンデッドばかりという――)
 アンデッドに血はない。そのことを思いながら、レイジュはまだ光が差し込む墓地の入り口へと足を踏み入れた。


 歩くのに支障はなかった。アンデッドが出るようになって以来、放っておかれて久しい――否、アンデッドとの戦いの訓練のためにやってくる者たちの戦いの軌跡があちこちに残ってはいるものの、基本的には道は壊れていなかった。
 レイジュは壁を見て歩いていた。
 壁画が描かれている。眉をひそめて見つめる。
 誰かが、何かの儀式をしている絵。ほとんどが破損しているが、残っている鮮明な色。
(儀式……いや、これは葬礼の図か? ムンゲが死した時の……)
 破損していることが悔やまれる。そう思いながらもレイジュは足を進めた。

 歩くことしばらく。
 墓地全体からするとまだ「入り口」であり、太陽光も差し込んでいる、その位置で。
 彼はふと、立ち止まった。
「……不思議ではある」
 独り呟く。「今までの道にも戦いの痕が多かった……お前たちは、光が当たる場所でも動くのだな」
 ずる……
 何かを引きずる音がする。
 音のなき足音を、レイジュの蝙蝠の感覚が捕らえる。否。蝙蝠は音でものを捕らえない。彼の放つ超音波が――それらの存在を、確かに察知していた。
 レイジュはまなざしを鋭くした。紅玉の光るナイフを構えながら、前傾姿勢の構えを取る。
 目に、見えた。
 折れた足を。折れた腕を。平気で引きずりぶらさげながら。
 腐った肉体を持つ者たちが、目の前に迫ってくる――

 ナイフに念をこめようとしたその時だった。

「いっくよー!」

 元気はじける声が飛び込んできて、レイジュの視界に小さな人影が割り込んだ。
 瞬間、骨肉が散った。
 あぎャアァ、と気色の悪い声を上げながら、アンデッドの一体が崩れ落ちる。
 アンデッドたちは飛び込んできた小柄な人物に一斉に襲いかかった。手にした古い剣や槍を振り上げる!
 小柄な人物が、その体には長すぎる剣を大きく薙ぐ。
 ガンガンガン! と鈍く音が響く。アンデッドたちの得物と衝突し、金属同士がぶつかる火花が生じ、
「つっ……!」
 小柄な戦士は痛みで顔をゆがめた。
 レイジュは念を瞬間的に爆発させた。
 彼の念をナイフの紅玉が吸い取って行く。
 ナイフがその刃の姿を変えていく。広く大きく。
 紅玉が輝いた。
 レイジュはひゅうっと空を薙いだ。その手に――
 一振りの大剣。
 ――小柄な戦士が痛みで手を痺れさせている内に、アンデッドの槍が彼女の横腹を狙った。
 レイジュは地を蹴った。次の瞬間には、レイジュの大きな剣が小柄な戦士とアンデッドの間に割り込み、槍を弾き返していた。
 ひゅるりと青年の手首が翻る。大きな剣はその動きだけで軽く閃いた。――その剣は、彼の手足そのもの。アンデッド数体の得物を弾き返して。
 柄を握り直し、目の前の一体の懐に飛び込んだ。
 振るう、横一直線。
 アンデッドが横に分断される。と同時に、剣から発生した衝撃波が周囲のアンデッドを急襲した。
 再び舞い散る骨肉。しかし体の一部分を失ったくらいでは痛くも痒くもないのが動く死人――アンデッド。片腕を失おうが足を失おうが、這いずり回って牙をむき剣を槍を斧をあるいは自身の胴体を、
 ――小柄な戦士が動きを取り戻した。
「せいっ!」
 長剣がうなった。レイジュによって肉体を半壊させられていたアンデッドを一体ずつ着実に斬り飛ばしていく。
 なかなかの動きだった。レイジュは感心し、小柄な戦士の方を見て――目を見張った。
 ふわりと空中に舞うような豊かな茶色の髪。身軽さを身上としているのか、防具は必要最小限だ。それだけに、薄い胸当てでも目立っていた――小さいながらも確かな膨らみ。
(女の子……?)
「はーあっ!」
 少女は跳躍し、長剣を振り下ろした。
 ざん!
 アンデッドが頭からまっすぐ下へ両断される。
 どしゃあ、と肉の塊が地に倒れた。そのままがらがらと骨も肉も崩れ落ち、やがて消滅していく。
 数も残り少なくなり、ようやくアンデッドたちが退散を始めた。
 レイジュは深追いをしなかった。ふう、とひとつ息をつき、
「とりあえずの力比べだな」
 服の汚れを払う。
 アンデッドの肉がこびりついている。レイジュは嘆息した。敵があれである以上仕方ない。
 大剣レッドジュエルも大きく振り下ろして、こびりついていたものを落とした。
 そして――
 改めて、その場に立っているもう一人の人物に向き直った。
「……きみは?」
 レイジュと同じように――
 長剣や自分の服についていた汚れを払い落としていた少女が、はっと顔を上げた。
 小柄だ。相当な厚底ブーツを履いているというのにレイジュの身長に頭ふたつ分足りない。そして若い。十代半ばに達しているかどうか。
 あのアンデッドたちとやりあっていたとは本当に感心する。
 少女はレイジュの顔を見て、かああっと顔を赤くした。
「あ、ボ、ボクはサクラ・アルオレと言うの。武者修行の最中なの」
「武者修行?」
「アンデッドとの戦いはいい修行になると思って……」
 もじもじしながら少女――サクラは言う。
 ふむ、とレイジュはうなずいた。
「確かに。修行にはいいだろうな」
「そ、そうなの」
 サクラはなぜか頬を染めたまま、それで――と上目遣いでレイジュをおそるおそる見た。
「……おにいさんは、誰?」
「ああ……失礼」
 人に名を訊く時は自分から名乗るのが礼儀だ。そんなものはすっかり忘れていたレイジュは詫びてから、
「僕はレイジュ・ウィナード。……この墓地にあるという噂の魔法の本を探しにきた」
 異端の死人躁術の本だとは言えない。レイジュは静かにそうとだけ告げる。
「魔法の本……」
 サクラは初耳だという顔で小さく首をかしげた。
「気にするな。サクラさんは武者修行をすればいい」
「あ、はいなの……」
 ――飛び込んできた時の威勢はどこへ行ったんだろうな。
 もじもじしているサクラの様子を見て、レイジュは内心首をかしげていた。まあ、彼には関係のないことだが――
「さて……」
 頭を切り替えて、レイジュは奥を見た。
 墓地は一直線だ。別に迷路にする必要性などないからだろう。どこかの国ではわざと迷路仕組みにして、棺桶までたどりつけないようにしているところもあるそうだが。
 周囲を見ると、壁の破損はさらに酷くなって、壁画はほとんど見えなくなっていた。
 レイジュは目を細めて、ひょっとしたら――と考える。
(……壁画の中に、ネクロマンサーを示す絵があったかもしれないな)
 そうだとしたら、見られないのが残念だ。そう思いながらも、大剣レッドジュエルを持ち直し、奥へと進もうとして――
 ふと思いつき、振り返った。
「サクラさん」
「えっ!?」
 突然呼ばれ、サクラは必要以上にびくっと反応した。また顔が赤くなっている。
 レイジュはため息をついて、
「なにを動揺しているんだ?……頼みがあるんだが」
「え、えっと、ボクに出来ることなら」
「僕と一緒に本を探してくれないか」
 サクラは目を丸くして――それから、さらに顔を赤くした。火を噴きそうなほど真っ赤にしたまま少しうつむいて、意味もなく長剣をぶんぶん振ってから、
「う、うん……! ついて、いくの」
 ようやく嬉しそうに破顔した。
 レイジュとしては、2人で探した方が効率がいいと思って誘ってみただけなのだが、サクラの反応がいまいちよく分からない。
 ――もちろん彼は知らなかった。
 サクラが、武者修行と共に「素敵な恋」を探して旅していることも、
 レイジュは傍から見て、女性の目を引くに十二分に凛々しく端正な青年であるということも。
 まあとりあえず……
(了承してくれたなら、それでいい)
 簡潔にそれで考えをまとめて、レイジュは「行こう」とサクラを奥へと促す。
 サクラは大きくうなずいた。


 2人で、静かな墓地を歩く。
 背後から差し込んでいる太陽光はまだ消えない。
 この光はどれくらい奥まで入り込むのだろうか。それも計算して作ってあるのだろうか。レイジュはそんなことを考えながら、横道や隠し扉を見落とさないよう注意深く周囲を見て進む。
 レイジュとサクラの足音が、洞窟に響いていた。
「レイジュ……クン、って呼んでもいいですか、なの」
 サクラがちょこんとレイジュの顔をのぞきこんで、おそるおそる訊いてくる。
「好きなように」
 元々そういうことは特に気にしない。レイジュは軽く返事をしておいた。
 視界の端で、サクラがぱあっと顔を輝かせるのが分かった。
「レイジュクン。レイジュクンはウィンダー?」
「そうだ」
「素敵なの! ボク、空は飛べないから憧れるの!」
 レイジュは苦笑した。
「僕は蝙蝠のウインダーだからな。青い空よりむしろこういう洞窟の方が似合いだ」
 途端にサクラがしょぼんとした顔になる。
「そんなことないの……レイジュクン、きっと青い空でもかっこいいの」
「………」
 かっこいい? また不思議な言葉が出てきたものだ。
 まだ子供だから、憧れるものなのかもしれない。
(かく言う僕もまだ20歳だけどな……)
「サクラさんは、どこの人?」
 何気なく訊いた。サクラが会話をしたがっているように見えたから、何となくその雰囲気に応えた。
「ボク?」
 案の定、サクラは嬉しそうに声を弾ませた。
「ボクは北の、精霊使いの村出身なの! 精霊使いとして頑張っているのなの!」
「精霊使いか……」
 レイジュは興味を持って、サクラを見た。「サクラさんはどんな精霊を扱っているんだ?」
「炎の精霊なの。サラマンダーなの」
 にこっとサクラは微笑む。
 そう言えばサクラの服装は赤でこそないが、オレンジ色……暖色系統でまとまっている。
 レイジュは古書に載っていた精霊使いの話を記憶から呼び起こす。
「確か……契約した精霊の種類によって、武器の種類やその能力に違いがあるんじゃなかったか、精霊使いは」
「そうなの」
 こくこくとサクラはうなずく。
 レイジュはサクラが今手にしている長剣を見やる。その視線に気づいたか、サクラは首を横に振った。
「この剣はただの剣なの。サラマンダーの剣は別にあるの」
「……そうだろうな」
 見るからに大量生産系の長剣を見つめながら、レイジュはつぶやいた。
「レイジュクンの剣は? すごいね、すごい色の宝石――」
 サクラはレッドジュエルに手を伸ばそうとした。
 レイジュははっとその手を払いのけた。
 サクラがびくっと震える。レイジュは目を伏せて、
「……この剣は危険だ。僕以外が下手に触らない方がいい」
「そ……うなの?」
「ああ」
 ――吸血剣。レッドジュエルの本性はそれだ。
 人の血を……好んでしまう。
 人間は触ってはいけない。触ってはいけない。
 もしこの剣で吸血剣としての能力を遺憾なく発揮してしまったら、自分も自分でいられなくなる――
(……大丈夫だ、この墓地の敵はアンデッドだ。血は通っていない、レッドジュエルもただの剣でいられる……)
 そう、考えたその時。

 がしゃん

 奇妙な音が、墓地の奥から聞こえた。
「―――!?」
 レイジュとサクラは揃って奥を見た。
 がしゃん がしゃん がしゃん
 音は近づいてくる。
 レイジュは超音波を放つ。跳ね返ってくる波動。
 ――大量の、敵の気配――!
「サクラさん、来るぞ……!」
「はいなのっ!」
 サクラが長剣を構え直す、その剣に反射した太陽の光に、レイジュははっと背後を見た。
 ――陽光の量が減った、と思ったら――
「背後からも敵だ!」
 サクラがぎょっと背後を見る。
 わらわらと、アンデッドたちがどこからか発生していた。
 レイジュは改めて前方を見やる。そちらからもアンデッドの群れ。おまけに――
 先ほどからのおかしな音。それは、骨の音。
 一体の巨大骸骨――

 囲まれた。

 腐臭がたちこめる。肉と肉がべたべたとくっつくような音がする。
 レイジュは大剣を振るった。間合い。衝撃波がアンデッドを切り裂き、隙をつくる。すかさず踏み込んでレッドジュエルを振るった。
 一度に2体、3体。それが限界だ。一度斬ったらいったん間合いを取って刃についた骨のかけらや肉を払い落とさないと、切れ味が鈍くなる。
 だが、レイジュはそれを不利だとは感じていなかった。
 否、感じている余裕がなかった。
 刃についた汚れをふるい落とす動作で衝撃波を放つ。飛びかかってきたアンデッドがまともにくらって地に落ちた。消滅するのを待たずそれを飛び越えて、奥の敵を狙う。
 斬り上げた刃。巨大骸骨を狙って。
 ガッと、骨に刃が当たった。――ひびが入る。だが砕けない――
 巨大骸骨が骨だけの腕を振り下ろしてきた。レイジュは飛びのいた。
 どがあっ! と骸骨の拳が自身の目の前を叩きつける。地面にはついていないというのに、衝撃だけで地面が弾けた。さらに仲間のアンデッドを巻き込む。アンデッドはひしゃげてつぶれた。
(これは……厄介だ)
 強化魔法でもかかっているのだろうか。ただの骨があれほど強いはずがないのに。
 とにかく――
「背後の敵は頼むサクラさん、炎の精霊と契約しているのなら楽だろう」
 レイジュは背後に感じる小柄な戦士の気配に語りかける。
「は、はいなの」
 応えながら――
 なぜか、サクラはまごまごしているようだった。
「サクラさん?」
 前方から猛然と襲いかかってきた数体のアンデッドを横薙ぎに切り払いながら再度呼びかける。
 背後からも、アンデッドが消滅する気配がしている。サクラは戦っている。それは確かだ、だが――動きが鈍い。
「サクラさん、何をしているんだ」
「そ、れ、が――」
 サクラが戦いながら、何かを言おうとしている。
 アンデッドの振るった剣を受け止め弾き飛ばし、レイジュは衝撃波を連発した。
 巨大骸骨は衝撃波でぎしぎしと骨を揺らす。
(一点を集中して何度も叩くしか砕く方法はない)
 しかしそれを実行するには、大量にいるアンデッドが邪魔だ。
「サクラさん! 骸骨は僕が相手をするから、炎の精霊の力でアンデッドを焼いてくれ……!」
 炎。アンデッドには一番効く力。それがあるならこれ以上ありがたいことはない。
「………っ」
 サクラがまだ何かを言いよどんでいる。
 レイジュはレッドジュエルを絶えず振るいながらサクラに語りかけた。
「いいから。言いたいことがあるならはっきり言うんだ」
「―――」
 レイジュの落ち着き払った声に、サクラはようやくかすれた声で――
「ボクのサラマンダーの……炎精剣は、その、服を燃やしてしまうの、使えないの」
 おどおどと告げられた言葉に、
 ああ、とレイジュは事情を察した。
「なら問題はない」
 レイジュは懐から大きめのハンカチーフを取り出す。そしてレッドジュエルをいったん地面に突き刺し手から離すと、手早く目隠しをした。
 サクラが「えっ!?」と仰天したような声を上げた。
「目隠しで戦えるの、大丈夫なの?」
「言ったろう、僕は蝙蝠のウインダーだ――」
 言いながらレッドジュエルを地面から抜きざま、一閃。
 ひときわ大きい衝撃波が起こった。
 何体ものアンデッドが衝撃波で飛ばされていくのが、レイジュには手に取るように分かった。
 そう、彼は蝙蝠。超音波で周囲の状況など軽く判断できる。
「目は見えていない。だから思い切り戦え、サクラさん!」
 はっ! と再び一閃。さらにアンデッドたちが動きを乱したところへ飛び込んで、アンデッドたちを避け巨大骸骨の首にレッドジュエルを叩き込む。
 骸骨の首がぎしりと鳴った。その時、
「炎精剣よ、来い!」
 高々と洞窟に響いた少女の声が、アンデッドたちを震わせた。

 ごうっ!
 炎が巻き起こる。洞窟内の熱を一気に高める。
 剣を召喚した瞬間に、サクラの服は半分焼けてなくなった。はだけた肌が、幼い少女の羞恥心を引き起こす。
 けれど。
 今、傍にいる彼は、目隠しをしてくれている――
「もう負けないの!」
 サクラはアンデッドの群れの中に突進した。そして舞うようにくるりと一回転――炎精剣を振るう。
 炎に包まれた剣はアンデッドたちを情け容赦なく焼き消していく。
 炎精剣はそれそのものが炎をまとっているから、アンデッドたちはもうサクラに近づくこともできなかった。
 サクラは次々と踏み込み、着実にアンデッドを減らしていく。肉が燃える。鼻につく異臭。
 骨まで燃やし尽くして。
 ――体の形状は崩れていても、人間と、同じ姿をしているもの。
 それでもサクラは、それらを攻撃することにためらいを感じなかった。これも――修行だ。技だけでなく、精神をも鍛えること。
「アンデッドは任せてなの!」
 今度こそ力いっぱいレイジュに宣言できた。
 レイジュがこくんとうなずくのが見えた。サクラはますます勢いづいて、炎の精霊の剣を振るう――

 物凄い熱を感じる。
(僕も、熱には強い方ではないんだがな)
 レイジュは内心苦笑しながらも、アンデッドはもう大丈夫だと判断した。
 これだけの熱量だ。加えてサクラの剣の腕前は先ほどもう確認している。
 自分は骸骨にだけ集中すればいい……!
 レッドジュエルを一閃、衝撃波。骸骨の動きをとめて、跳躍し首の付け根を狙う。
 思い切りレッドジュエルを振り下ろす。それを、何度も繰り返す。
 振り回される脅威の骸骨の腕をすんでのところでかわし続けて。
 やがて、
 ぴしっ……と、狙っていた箇所にひびが入った。
(いける)
 サクラの炎が間近にあるのを感じた。避けると、感じていた周囲のアンデッドたちの気配があっと言う間に消える。
 危うくレイジュの服まで焼けそうになった。
「ごめんなさいなのっ」
「謝ってる暇はない」
 邪魔者は減っていく。レイジュは衝撃波を、骸骨の首に向けて放った。
 びしびしっ。ひびが深くなる音が聞こえる。
 骸骨が両腕を振り下ろしてきた。
「避けろサクラさん!」
 飛びのいた一瞬後、洞窟を揺るがす轟音。
 地面がえぐれた。一瞬、ひやりと汗が流れる。
 だが、両腕を振り下ろしたために骸骨の体勢が前倒しになった。今だ――!
 レッドジュエルがうなる。渾身の力をこめて。
 骸骨の、首の、付け根、を――
 叩き折れ……!

 ばきぃっ!

 どがん、がしゃん、と折れた首が飛んでいき、ぐらりと骸骨が体を揺らした。
 レイジュは動きをとめなかった。骸骨の肩に乗り、首のなくなった脊髄にレッドジュエルを力任せに突き立てる。
 大剣が骨をえぐった。肋骨がぼきぼきと折れた。衝撃波を何度もくらっていた部分だ。弱くなっていたのだろう。
 そして最後に、背骨、を――っ
 頚椎のない骨を、大剣が力任せに叩き折る。みし、みし、耳から音がもたらされる。目は見えない、だが視える――!

 ―――

 ……音など、必要ない。
 最後の敵が崩れ落ちるのを、彼は全身で感じていた。

 ■□■ ■□■

「こ、こっち、見ないでなの」
 サクラはすでに全裸に近かった。
 レイジュは目隠しを取ろうとした手を止めて、ふうと息をつき、上着を脱いだ。
「……ほら」
 ぱさり……とサクラの手にレイジュの上着が乗る。
 彼の上着は、小柄なサクラをすっぽり隠すことができた。
「………」
 サクラは、上着にレイジュのぬくもりを感じ、ぽっと頬を染める。
「着たの。もういいの、なの」
 その言葉を聞いて、レイジュはようやくハンカチを取った。
 墓地に差し込む日光にきらりと光る銀色の瞳――
 サクラはぼんやりと、レイジュの瞳を見つめていた。
「別の必殺技も考えた方がいいな」
 レイジュはサクラを見て、初めて――軽い苦笑を見せた。
 見とれたサクラは、ワンテンポ遅れてから、「は、はいなのっ」と裏返った声を上げた。
 レイジュはレッドジュエルをナイフのサイズに戻した。腰に片手を当て、墓地の奥を見つめると、
「敵が多すぎる……本探しはまた次の機会にするか」
 残念だ、と嘆息した。
 サクラは切なくレイジュを見つめる。
「もう……お別れ、なの?」
「ん? さあ……」
 レイジュは肩をすくめ、「どうだろうな」と精霊使いを見る。
「サクラさんが武者修行を続けるなら、また会うこともあるんじゃないか」
「―――」
 サクラはその黒い瞳に、輝きを見せた。大きく、うなずく。
「うん、なの」
 レイジュは少女の頭の上に、ぽんと手を乗せた。
「……帰るか」

 静かになった墓地で――
 紳士なるウインダーと、彼のぬくもりに包まれる少女が、足並みをそろえて歩く。出口に向かって。太陽の光に向かって――


<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年01月29日

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