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『鐘の音が終わるまで 』
レイジュ・ウィナード3370



1.
 気が付けば、暗く陰鬱とした空気が辺りを漂っていた。
 いったい此処は何処だろう、そう考え答えを出す前にその声が聞こえてくる。
「今年は誰が通るだろうな」
「若い娘か」
「男かもしれん」
 ひそひそと話し合う声たちのほうを向けば、明らかに人と異なるものたちの群れがそこにある。
「鐘の音はまだか」
「もうすぐだ、もうしばらく待て」
「そう、もうすぐ鐘が鳴る。そして、いつものようにあそこを通る者を待てば良い」
 鐘の音、という言葉に辺りを注意深く見てもそれらしきものは見当たらない。
 だが、その音は間違いなくもうしばらくすれば鳴るのだということが何故か理解できた。
「早く鳴らぬか」
「もうじきだ、もうすぐだ」
 焦るような声の主を落ち着いた声が宥めながら言葉を続けた。
「鐘は鳴る。そして最初にあの曲がり角を通る者が訪れるのを待てば良い。そして、いつものようにそいつを喰らうのだ」
 その後、暗い笑い声が辺りに響き、その笑い声が夢か現かという面持ちのレイジュの耳にも届いてきた。


2.
 いったい、どのようにしてこんな村へと迷い込んでしまったのだろう。此処はいったい何処だというのだろう。
 見覚えのない風景に取り囲まれながらレイジュはそう思案する。
 レイジュが気付いたのはつい今しがた、何か施術を受けた記憶もないが此処がレイジュのまったく知らない世界なのだということだけは理解できた。
 先程聞こえた不穏な声たちのことも気にかかるが、立ち止まって周囲の気配を探ってみても『彼ら』が何処に潜んでいるのかはっきりしない。
「ただ立っていても埒は明かないようだな」
 そう判断し、レイジュは歩を進めた。
 曲がり角、と先程聞こえた声たちは言っていたがそれが何処にある道の角なのかまだレイジュにはわからない。
 通りかかった者を喰らうと『彼ら』は言っていた。その合図はどうやら鐘の音らしいということもわかった。だが、その鐘の音が鳴りそうな建物がレイジュには見当たらない。
 歩を進めていけばいくほど空気は澱み、何者かが潜んでいる気配が濃くなってくる。
 長居をしたような場所ではないなと心の中で呟いているレイジュの耳に、それが聞こえてきた。
 ゴオォン、ゴォォンと辺りに響き渡る、しかし地を這うように低い鐘の音。
 いったい何処から聞こえてくるのかと辺りを見渡したがそれらしき建物も鳴らしている者の姿もやはり見えない。
 まるでこの世界全体が音を立てているような暗い鐘の音が不気味に響き渡る中、新たな音が加わったのは間もなくだ。
 女の悲鳴、そしてそれを掻き消さんばかりのけたたましい不快な哄笑。
 笑い声のほうにはレイジュは聞き覚えがあった。先程不穏な相談をしていたものたちの声にひどく似ている。
 慌ててその声がするほうへと向かえば、そこでレイジュを待っていたのは、半ば予想はしていたが、それでもなお異様な光景だった。
 手足が異様に長いもの、鋭い牙を持ったもの、顔の半分以上を埋めるほどの巨大な一つ目でぎょろりと女を愉快そうに眺めているもの。
 どれもこれも異形と呼ぶに相応しいものたちが紙のように白い顔をして恐怖に満ちた目をしているひとりの女を取り囲んでいた。


3.
「最初に通ったのはこいつか」
「こいつだ」
「ならば今年はこいつに決まりだ」
 一匹の異形が女の腕を掴みながら他のものにそう言えば、彼らも揃えたようにそう返す。
「儂は腕が良いな」
 手足の長い異形が掴んでいる女の腕を見る。
「儂は目だ」
 げたげたげたと笑いながら巨大な目をした異形が女を見た。途端、女の口からは振り絞らんばかりの悲鳴が溢れる。
 牙を持った異形はいまにも女の肌にそれを突き立てようとしている。
「待て」
 悪夢ような光景を作り出しているものたちに、レイジュの声が飛ぶ。
 その声に、ようやく彼らはレイジュの存在に気付いたかのようにこちらを見るが、その目にはレイジュに対し一切の興味を持っていないことを示していた。
「なんだお前は」
「お前に用はない」
「2番目には用はない。立ち去れ」
「そうはいかない。今すぐ彼女を放せ。代わりに僕の身を差し出そう」
 だが、レイジュの言葉にも彼らはなかなか乗ってこようとしない。
「お前になぞ用はない」
「儂らが用があるのはひとり目だけだ」
 どうやら鐘が鳴った最初のものだけが彼らの獲物であり、他のものに対しては彼らにとって用なしらしい。
 しかし、そう言われたところで素直に引き下がるわけには無論いかない。
「ならこうしよう。ひとり目をお前たちが食うのは自由だ。だが、それは僕を食った後だ。そうすればお前たちそれぞれが食らう分が増えるだろう」
 突拍子もなく聞こえるレイジュの申し出。当然警戒の目が向けられる。
「おかしなことを言う奴だ。自分を食って良い上に女も食って良いと言うか」
「このまま放っておけばお前たちは彼女を食らうだろう。それを黙って見逃すわけにはいかない。だが、見逃すことしかできないというのならそんな光景を見る前に僕の身を差し出そうと言っているんだ」
 淡々と無表情にそんなことを言ったレイジュに対し、しばし間を置いてからげたげたげたと笑い声が響く。
「なんとおかしなことを言う奴だ」
「そんなに儂らに食われたいか」
「酔狂な奴だ、良いだろう。望み通り食ってやる、食ってやろう」
 逃げる気力などとうに失っている女を道端に放り投げ、異形たちがゆっくりとレイジュに近付いてくる。
「さて、何処を食らおうか」
「儂は腕だ」
「儂は目だ」
 げたげたげたと笑い声を上げながら手足の長い異形の腕が絡みつくようにレイジュの腕に伸ばされる。
 だが、その腕がレイジュを捕らえることはなかった。
 異形が掴もうとした瞬間、レイジュの身体は蝙蝠へと変化してそれを逃れる。
「なんじゃ」
「逃げたか」
 慌ててレイジュの姿を探している間に、レイジュの姿が元に戻る。だが、その手には先程まではなかったものがあった。
 吸血剣・レッドジュエル。
 その剣から生み出される衝撃波が異形たちへと放たれたのは一瞬の出来事だった。
 突然のことに防ぐことさえできず四方に吹き飛ぶ異形たち。
 その様子を、レイジュは静かに見つめ、淡々と忠告する。
「無駄な血は流したくない。早くここを立ち去ることだ」
 この場にいるものたちが一斉に襲い掛かってきても容易く討ち果たすことができることをレイジュは知っている。だが、それはレイジュの本意ではない。
 捕らえていた女をおとなしく解放さえしてくれれば、彼らも含め無事に事を抑え目たいというのがレイジュの本心だった。
 しかし、彼らはそんなレイジュの気持ちに気付くはずもなく敵意と怨嗟に満ちた目を向ける。
「おのれ、騙したか」
「よくも騙したな」
「女は後で、お前を先に食わねば気がすまん」
 巨大な目がぎろりとレイジュを睨みすえ、がちがちと牙を鳴らしていた異形はいまにも襲い掛からんばかりだ。
 その一匹に向かって加速を付けて上空より降り立ったレッドジュエルが突き刺さる。
「ぎゃああっ!」
 凄まじい絶叫が周囲に響く、その胸には深々とレッドジュエルが突き刺さり、その刀身に血が染み渡っていく。
 同時に、レイジュの様子が一変する。
『鮮血の宴』──吸血剣と呼ばれるレッドジュエルが相手の血を吸い、剣に宿る吸血蝙蝠の呪われた力が呼び覚まされたとき、レイジュは一種のトランス状態へと陥ってしまう。
 レッドジュエル同様血を吸うことに対する快感を覚え、新たな血を求めるその姿はまさに『吸血鬼』と呼ばれるそれだった。
 ゆっくりと剣を抜き、理性の消えたレイジュの目が新たな獲物に狙いを定めた。
 その顔には、先程までは存在していなかった妖しい笑みが浮かんでいる。
 しかし残された異形たちはその姿に怯むこともなく、一層憎しみが増した目でレイジュを睨みすえる。
「おのれ、よくも──」
 手足の長い異形がその腕をもって首を絞め落とそうと言わんばかりに伸ばしてくる。その腕を、何の躊躇もなくレイジュは切り落とした。
 再びその場に絶叫が響き、腕を失った異形に笑みを向けながらレイジュはその胸にも剣を突き立てる。
 血生臭い空気が周囲を取り巻く。先程までとは違う、だがそれ以上の悪夢のような光景にレイジュは立っている。その悪夢を作り出しているのはほかならないレイジュ自身だ。
 と、ゴォォン、ゴォォン、と鐘の音が響く。
 その音がひときわ大きく鳴り響いたとき、レイジュの目に理性が戻った。
 自分の周囲の起こっている異変、ふたつの亡骸と残された異形とそして怯えた目でレイジュを見ている女。
 異形たちよりも何よりも、女が怯えているのは自分になのだとレイジュは気付いたが、それに対して何かを言おうとする前に残された最後の異形がレイジュに襲い掛かる。
「もう悪夢は沢山だ!」
 そう叫んだのはこの世界に対してなのか、それとも剣の魔力によってとはいえ血に酔った自分自身に対してなのかはレイジュ自身にもわからなかった。
 しかし、それでも振り下ろした剣先は確実に異形の命を奪い、その血を啜っていた。


4.
 残ったのは血に塗れたレイジュと、呆然と成り行きを眺めていることしかできなかった女だけになった。
「大丈夫か?」
 できるだけ安心させるようにと努めて出した声に対し、しかし女は怯えた目を向けて後じさる。
 口が開かずとも、女の目がレイジュを恐怖の対象として見ていることはわかる。
 この世界のものなのかそれともレイジュ同様他の世界から迷い込んだものなのかはわからないが、わかっていることは彼女にとっていま目の前に立っている黒衣の男こそが最大の悪夢の対象であるということだけだ。
「……これではどっちが怪物かわからないな」
 女の視線から顔を背け、屍と化した異形たちを見つめながらレイジュは自嘲気味にそう呟いた。
 その言葉に応えるものは先程まで鳴り響いていた鐘の音すら存在せず、ただ静寂だけがレイジュを取り巻いていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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3370 / レイジュ・ウィナード / 20歳 / 男性 / 異界職

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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レイジュ・ウィナード様

初めまして、ライターの蒼井敬と申します。
この度は当依頼へのご参加ありがとうございます。
ダークヒーロー的な雰囲気を、ということでしたので助けた相手からも恐れられてしまうという結末にさせていただきましたがお気に召していただけたでしょうか。
レイジュ様の雰囲気にそぐわない点がなければ良いのですが。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝
HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル -
蒼井敬 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年01月23日

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