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『初日の出 』
ミルカ3457


 初日の出を見に行きましょう。
 そんなキャッチフレーズに誘われて申し込んだツアー。
 綺麗な風景はお墨付きだというし、きっちり初日の出を拝んで年の初めを実感したい。軽い気持ちでさらっと済ませてしまう、はずが。
「案内人さんがいないなんて、どうゆうことよう!」
 雪山の麓の小屋の中で、ミルカが叫んだ。ツアーの集合場所である。眉を寄せているがあまり怒っているようには見えない彼女を、ロキがなだめる。
「落ち着け、ミルカ。書き置きがあった。それによると、だな」

『ツアーにはもう一人参加者がいらっしゃって、途中で合流することになっています。待ってくださっていると思うのですが、一人だとやはり心配なので様子を見に行きますね』

 ロキはミルカに流麗な字でそう書かれた紙を見せた。彼女が大きな金色の瞳をくりくりと動かして文字を追う。読み終わると、ふうと息を吐いた。
「一人じゃ心配だからって、こんなこと書き残されたらこっちだって気が気じゃないわよう」
「そうだな。しかし、置いて行かれた俺らはどうすりゃいいんだか」
 ロキが肩を竦める。ミルカは少しの間考えて、ややあって彼をじっと見つめた。
「案内人さんやもう一人の参加者さんがうっかり遭難なんかしちゃってたら大事だわ。ロキ、頂上へ向かいながら探しましょう!」
「ああ。足跡が残ってるか確かめて、もしあればそれを追って行こう」
 力強く頷いてみせ、彼の銀色の髪が揺れる。ミルカも頷き、ぐっと拳を握った。と、ぽんと両手を合わせる。
「あ、命綱って要るかしら。何かあった時のために、小屋の中にあったら持って行きましょう」
「素人二人だしなあ。――あったぞ。よし、行くとするか!」
 意気込み、ロキが小屋の扉を開けて一歩踏み出す。その途端、足を止めた。反応できず彼の背中にぶつかってしまったミルカが鼻の頭を押さえ、一歩下がる。
「いたあ……ロキ、どうしたのよう。足跡残ってなかったの?」
「うわあああ」
 返事をせず、彼は唐突に奇声を上げた。びくりとするミルカの存在も忘れているかのように、頭を抱える。
「忘れてた何だこの雪はそうだここは雪山だったなあああ何で俺はこんなところにいるんだろう」
 勇んで小屋を出た時とは一変していた。ロキは完全に我を忘れてしまっている。
「雪というのは溶けて溶けるということは水でああこれだけの量の水の源溶けたら俺は瞬殺必至」
「ロキ、ロキってばあ!」
 彼女の呼びかけに、ようやく彼が振り向く。ほっとするミルカだが、彼の瞳は未だ焦点を失っていた。彼にいきなり震える手で服の袖を掴まれ、彼女がぎょっとする。
「ミルカどうしよう雪怖い水嫌だ神は俺を見捨てたのかいや俺が神だよな」
「もーう、しっかりしなさい!」
 ミルカがロキの手を振りほどき、ぱんと彼の目の前で手を叩いてみせた。やっと、今度こそ彼が正気に戻る。彼女は腰に手を当てて、ほんの少し睨むように彼を見上げた。
「情けないわよう、ロキ。男の子でしょう? こんなに寒いんだもの、溶けたりなんかしないわ」
 ミルカの指摘に、ロキが言葉に詰まる。彼は水が苦手なのである。唯一の弱点と言っても差し支えないが、その一つが彼にとってとてつもなく大きい。泳げないということもあり、こと水に関しては悪い妄想をどんどん膨らませてしまうようだ。
「いや、しかしだな。そうだ、ミルカのことが心配でだな。雪山は危険だ、引き返すなら今の内だぞ」
「何ゆってるの、ここまで来て帰るだなんてもったいないでしょう? 案内人さんたちのことだって心配だわ」
「う……まあ、一理はあるが。たくましいな、ミルカ」
「普段はかよわいヲトメだって、やる時にはばしっとやるのよう。ロキが帰るなら、あたしだけで行っちゃうわよう?」
 ミルカがロキを見つめる。決意は固そうだ。言葉通り、本当に一人で行きかねない。そんな彼女を放って一人で帰ることは――ロキには出来なかった。
「……いや、俺も行こう。ここで帰っちゃ男がすたる」
「そう? じゃあ、いっしょに行きましょう」
 ミルカが微笑む。心の中で、してやったりと密かに思った。
「山の天気は変わりやすいし、もし吹雪いたりしたら危ないわ。急ぎましょう?」
 言って、カンテラの明かりを点ける。優しい光が夜の闇を照らした。用意周到な彼女に感心しつつ、ロキがまじまじとカンテラを見つめる。
「……これの熱で、雪が溶けたりしないだろうか」
「ローキー、いいかげんになさいよう」
 彼はまだ渋っているようだったが、山を登る覚悟は決めたようだった。ひとつ白い息を吐き、表情を引き締める。そして、二人は歩き出した。
 ちらちらと雪が降る中を、足跡を追って進む。雪に少し埋もれたのか足跡はかなり浅かったが、追跡することはどうにか可能だった。
 厳しい寒さに耐えながら、少しずつ着実に歩を進める。防寒着を着込んでいるとはいえ、万能ではない。肌を刺すような冷たい風に吹かれ、時には吐く息で、時にはカンテラの熱で、暖を取りながら歩いていく。
「やばいな……風が強くなってきてる。雲行きも怪しいな」
「そうなのう? いやねえ、吹雪くかしら」
 ミルカが空を見上げ、目を凝らした。夜目が利かない彼女にはよく見えないが、隣の彼には確かに雲の様子が見えているらしい。二人は心持ち歩くペースを速めた。
 しかし抵抗むなしく北風は急速に強まり、吹雪となった。こうなっては前もよく見えないし、ほんの少しずつしか進めない。はぐれないように命綱を互いの身体に結びつけながら、歩いた。
「ロキ、この方角で合っているのかしら。少し風が止むのを待った方がいいかもしれないわよう」
「こんなじゃ、もう地図も見えないぞ。止まるにしても、この風と雪をよけられる場所を探さねえと……」
 ロキが吹雪からミルカをかばうように立つ。追っていた足跡はもう雪にかき消され見えなくなってしまった。八方塞がりの状態だが、それまで向かっていたと思しき方角を目指して歩く。止まっていては、彼らまで雪に埋もれてしまう。
 しばらくして、ぽっかりと闇が浮かんで見えた。気付いて、そちらへ向かう。雪の吹き荒れる中、近付いていくとそれがほら穴であるとわかった。これ幸いと、二人は小休止するために中へ入った。
「ふう……よかったわねえ、ロキ」
 ほっと一息吐いて、ミルカが服に積もった雪を払う。銀色の髪も、帽子から水分がしみこんできたのかしっとりと濡れていた。ロキはほら穴の入口から外の様子を窺っている。
「これだけ雪が降っていれば……溶けるなんてありえないよな」
 ぽつりと呟く。彼の肩が震え始めた。不審に思ったミルカが首を傾げていると、彼が突然笑い出す。
「ふふ、ははははは! いいぞもっと吹雪け、雪を溶かすんじゃないぞ!」
「あきれたわ、まだ気にしていたのねえ。あんまり大声を出すと、雪崩が起きるかもしれないわよう」
 その言葉を聞き、彼が笑うのをやめる。コホンと咳払いをして、ミルカへと向き直った。
「さて、ミルカ。これからどうする?」
 あたかも何事もなかったかのように尋ねる。先刻までトリップしていたのが嘘のように、引き締まった顔をしていた。
「ううん、吹雪がおさまってからもう一度出発するしかないわよねえ」
「とすると今は待ち、だな」
「そうねえ。とりあえず、少し休みましょうか。ホットミルクでもいかが?」
 彼女はごそごそと荷物から水筒を取り出し、中身をアルミ製のカップに注いだ。湯気を上げる白い液体を見て、ロキが感嘆の声を漏らす。
「へえ、良いもん持ってるじゃないか」
「ふふー、でしょう? まずは身体をあたたかくして落ち着かないと、考えもまとまらないもの。はい、ロキもどうぞ」
「ああ、サンキュ」
 ミルカからミルクを貰い、口をつけた。甘い。かなり甘い。しかしまあ、この寒さの中では悪くない。二人は地べたに座り、ちびちびとホットミルクを飲んだ。ただ、優しい甘さを存分に味わう。
 どれくらい時間が経っただろうか。ホットミルクがカップの三分の一ほどまでに減った頃、ふとミルカが口を開いた。
「なんだかとんだツアーになっちゃったわねえ。案内人さんは見付からないし。道もわからなくなっちゃうし。吹雪には合うし」
「まったくだ、ろくな目に合わねえ。けどだからこそ、だ」
 ぐい、とカップを傾けてミルクを飲み干す。空になったそれをミルカに返し、彼は不敵に笑った。
「何としても頂上行って、元取ろうぜ。割に合うくらい、な」
「もちろんよう。あきらめるだなんてゆわないでよね?」
 ロキからカップを受け取り、見るかも微笑む。残っているミルクをゆっくりこくこくと口にして、しばらくして彼女のカップも空になった。
「お、吹雪がおさまってきたみたいだぞ」
「ほんとう?」
 外へ出てみると、確かに景色が見渡せるようになっていた。風は未だ強いが、あらかた雪がやんだ今ならもう表を歩けるだろう。二人は荷物を纏め、ほら穴を後にすることにした。
 暗い中、とりあえず頂上を目指して歩いていく。案内人の足跡の消えてしまった今、もう追いかける手がかりはない。だからまずゴールを目指し、そこにいなければ改めて探そうと決めた。
「あてもない登山……もう大分登って来たと思うが、少し飽きてきたな。決意が揺らぎそうだ」
「またあ? しゃんとしなさいよう。それじゃあ、そんなロキのために歌を歌ってあげる。元気が出るように」
 そう言うと、ミルカは士気を鼓舞する歌を歌い始めた。歌う民と呼ばれる羽耳族であるだけあって、思わず聴き惚れるほどにその歌声は美しい。そして、歌の効果も覿面だ。山を登ろうという意欲が戻り、ロキの足取りも軽くなる。
 また、それは歌自体の効果だけではないのだろう。歌に込められたミルカの気持ちが、ロキの心に響いてくる。それこそが、何よりも活力の源となった。
 歌いながら歩くうちに、空の色が変わり始めた。夜明けを迎えようとしているのだ。このままでは、山頂に辿り着く前に日が昇りきってしまう。
 足を速めるが、無情にも辺りはどんどん明るくなる。二人は急ぎ、不意にロキが目を細めた。遠くに、人らしき影。次いでミルカもあっと声を上げる。
「いたわ、ロキ! 人がいたわよう!」
「やったな、ミルカ。ん……なんだ、ライアじゃないか」
 赤い髪の女性を見て、ロキが呟く。それを聞き、ミルカが首を傾げた。
「知っているの?」
「ああ。ちょっとした知り合いだ」
 ふうん、とミルカが気のない返事をする。雪に足を取られながらも出来る限り急いで、彼らの元に辿り着いた。
「だいじょうぶ? なんだか疲れているみたいだけれど」
「ええ。怪我はないわ……」
 ロキがライア、と呼んでいた女性が呆けたように答えた。大丈夫だと口にしてはいるが、少し疲れているのだろうか。
「そっちの坊主は? 平気か?」
「あ、はい。お気遣い、ありがとうございます」
「ねえ、あなたたちもツアーの参加者? あたしたち案内人さんを探しに来たんだけど、もしかしたら知らないかしら」
 ライアがちらりと少年を窺う。不思議な反応に、ロキとミルカは眉をひそめた。そして二人も少年を見つめる。
「あれ、もしかしたら言ってませんでしたっけ?」
 三人に見つめられ、少年がきょとんとして首を傾げた。ごめんなさいと謝ってから、ぺこりと頭を下げる。
「僕が、その案内人です。イーヴァ・シュプールと申します」





 皆で頂上に着く頃には、すっかり日が出てしまっていた。紫から白へ、やがて金色へと世界が染まっていく。その様を、彼らは山を登りながら眺めていた。手にはミルカの持参していたホットミルク。身も心も暖まるようだった。
「ライアも歌を歌うの? お仲間さんねえ」
「ライアの歌はいいぞ。もちろん、ミルカの歌もいいが」
「ええ、先ほど少し聴かせて頂いたわ。よければもっとじっくり聴きたいわね」
「そう? じゃあねえ、無事に頂上に着いて、みんなで新しい年を迎えられたところで、喜びの歌をおひとつ」
 次はライアねと言い、ミルカが瞳を閉じる。息を吸い、歌声が紡がれ出した。風に運ばれ、山々の間に彼女の声が響き渡る。三人は心地良い気持ちで、彼女の歌に耳を傾けた。
 イーヴァという少年が案内人であることは、彼と一緒にいたライアも気付いていなかったらしい。彼女も驚いていた。案内人の余計な気回しで大変な道中だったが、幸いこうして皆無事に頂上に辿り着いた。
 ミルカは心をこめて歌う。美しい風景に、やって来た新しい年に。そして、彼女の歌を聴いてくれる皆の為に。伸び伸びと歌い、彼女はしあわせな気持ちになった。
 しばらくして歌い終え、ぺこりと頭を下げる。彼女の頬は紅潮していた。続いてライアにも歌って欲しいと頼み、彼女も歌いだす。ライアの歌もまた美しく、聴く者の心を酔わせた。歌い終えると、ぱちぱちと拍手がこぼれる。
「素敵な歌ねえ。なんだかうっとりしちゃった」
「ありがとう。貴女の歌もとても良かったわ」
 賛辞を送られ、ミルカが少し照れたように微笑む。ライアは優しい人だ。彼女の歌声と、その澄んだ瞳が示している。そんな人とこうして話し笑い合うことが出来て、ミルカはとても嬉しかった。ロキのような親友と呼べる間柄の人がほとんどいない彼女だからこそ、尚更。
 会話が一区切りついたところで、ミルカはロキへと振り返った。彼の元へ駆けて行き、両手を広げる。
「どうお? ロキ」
「ああ。良い歌だったぞ」
「ありがとう。でも、ちがうわよう。この景色!」
 ロキに示すように、両手を広げてくるくると回ってみせる。彼女につられて彼も周りを見渡した。眼下に広がる雄大な自然。どこか初々しい太陽に照らされて雪はきらきらと光る。壮観といっていいほど、美しい。
「きれいだな」
「でしょう? よかったあ」
 弾けるように、ミルカが笑う。心の中でほっとした。普段雪を恐れて近付こうともしないロキに、美しい雪景色を見せたかった。雪が溶けた水で溺れるだなんてありえないことに怯えてこのような景色を見られないだなんて勿体無いと思った。それが、彼女がツアーに参加した理由である。それに、彼と一緒に新年を迎えたいと思ったから。
 願いは叶った。彼女の予想していた以上に。彼だけではなく、皆と一緒に迎えた新しい年。きっと幸せな年になるような、予感がする。
「こんなにきれいなんだもの。もう雪が怖いなんてゆわないでしょう?」
 どことなくはしゃぎながらそう言った彼女に、それまで微笑んでいたロキの表情が凍りついた。彼の頬を一筋の汗が伝う。あれ、とミルカが首を傾げた。
「あああ忘れてたそうだここは雪山か!」
 彼は顔面蒼白で叫び、うって変わって絶望したような表情になる。頭を抱え、その場にうずくまってしまった。
「晴れている太陽が昇っているそんなに照らすなこの雪が溶けてしまううわあああ」
「もう、ロキったらあ!」
 取り乱したロキを目にして、ライアとイーヴァが心配そうに集まって来る。ミルカは彼らに大丈夫だと伝え、しゃがみこむロキを揺さぶった。
―――今年もよろしくね、ロキ。
 ああ、やはり間違いない。今年もこんな風に笑って楽しい日々を過ごせる。きっと、そうなるような気がする。
 ミルカは微笑み、始まったばかりの新しい年に胸を躍らせた。





《了》



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【3429 / ライア・ウィナード / 女性 / 26歳 / 異界職(四大魔術師)】
【3457 / ミルカ / 女性 / 17歳 / 歌姫・吟遊詩人】
【3555 / ロキ・アース / 男性 / 24歳 / 異界職(バウンティ・ハンター)】

クリエーターNPC(案内人)
【 イーヴァ・シュプール / 男性 / 13歳 / 管理者】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ミルカ様

はじめまして、緋川鈴と申します。
この度はご依頼頂きましてありがとうございました!
可愛らしい方でどきどきしながら、楽しく書かせて頂きました。新年早々妙な案内人の騒動に巻き込むことになりましたが、少しでも良い思い出として残りましたなら嬉しく思います。
新しい年がミルカ様にとって素敵な一年となりますよう、お祈りしております。
HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル -
緋川 鈴 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年01月23日

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