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『八百万の神社 』
葉山鈴音(mr0725)

●神社の事情
ある場所に、珍しい神社があった。
とにかく神様であればよいとばかりに、八百万の神々を奉っているという、一風変わった…変わりすぎている神社である。
しかし、それだけ授与品の種類も多い。
それに比例するように、多くの願いを持つ参拝客の足が途切れることは無い。
特に初詣に訪れる参拝客は、比較するのも馬鹿馬鹿しいほど。
「こういうときの臨時バイトよねぇ?」
慌しく動き回る合間の休憩時間、事務所を兼ねたその部屋で。
巫女の総元締めは、窓の外の参拝客の波を眺めて呟いた。
臨時巫女募集の告知が行われたのは、自然の成り行きとも言えるのだろう。

●押して駄目なら引いてみろ
葉山鈴音がそのチラシを見つけたのは、兄、葉山龍壱の講義が終わるのを待つ間、学園の掲示板を確認しに行った時の事だった。
「『バイト巫女さん募集、報酬としてお給金の他に神社の絵馬もつきます』…巫女さん…か」
初詣は、兄と共に出かけるのが毎年の恒例だ。それは鈴音にとっては外せない行事のひとつであるし、何より兄と離れて年始を過ごすことなど考えられない。そう思い、鈴音は一度そのチラシから目を遠ざけた。
だが、そのとき鈴音の頭をよぎった記憶がある。数日前のクリスマス、友人達と共に雑談をしていたときの会話だ。
(たまには違う形で同じ場所にいくと、新鮮だって…言っていたよね)
それは世間一般で言うところの恋人同士の話で、その友人はもっと別の意味でその発言をしたはずなのだが…鈴音にとっては別の意味で解釈されたようなのだった。
(お兄ちゃん、どんな顔するかな?)
考え直した鈴音は、掲示されたチラシに目を戻し、面接受付の連絡先を控えるのだった。

「来年は、一緒に初詣に行けないと思うの」
大晦日まで後数日といったところのある日の夕方、妹である葉山鈴音の突然の言葉に、兄の葉山龍壱は少なからず驚いた。
龍壱は普段から口数が少なく、それに比例してあまり表情が豊かな方でもない。赤の他人からすれば「どこに変化が?」と言われるだろう程度には、あまり表情が動いていないのであるが。
だが鈴音はれっきとした妹。大好きなお兄ちゃんの、小さな表情の変化くらい、読み取るのは朝飯前なのだ。
今も龍壱の驚いた様子…僅かに目を見張った様子を確認した鈴音は、予想通りだとばかりに、にっこりと微笑んでいる。
「驚いたでしょう? してやったり、といったところかな」

●危険な香り
神社の事務所には、同じ巫女服を着込んだ者達ばかりが密集していた。衣擦れの音だけでも、場を支配するに充分な音量だ。
今年は去年とは大分様子が違う。人間的な範囲に納まる少しばかり変わった巫女だけでなく、人間外的な特徴を持った巫女も多く居るのだ。
これは、去年の正月の様子が噂となり、人間外の者達の間にも広まったからであろう。
鈴音が見回す限りでも、人間の軽く六倍の大きさがあるような巫女や、よく見ると髪の隙間から別の何かが垂れている巫女、あからさまに髭の生えた巫女(?)、鳥の翼を生やした巫女…などなど、随分と様々な巫女が居る。それらがすべて同じ巫女服を纏っているわけで、見回すだけで、なんだか奇妙な感覚に囚われそうになる。
(…お兄ちゃんみたいな人は、流石にいない、よね)
一通り見回して、そんなことを思う。もしそんな人がいたら、お兄ちゃんの巫女服姿を想像してしまいそうで嫌だから、というのが理由だ。

「はい、それじゃぁバイト巫女さん達はいったん注目、ちゅうも〜く!」
その中を、ひときわ大きな声で叫ぶ巫女が居る。言わずと知れた総元締めだ。拡声器も使わずにその音量、手馴れたものである。
「これから、簡単に仕事の説明をさせてもらうわ、聞き漏らさないようにしてくださいねぇ?」
パンと手を叩きつつ視線を集めると、彼女は意味ありげにバイト巫女達の仲をぐるりと見回し、一人の巫女を手招きした。
総元締めが呼んだ巫女を見た瞬間、また事務所内はひそひそ声の津波に支配されることとなった。
はじめはその理由が分からなかった鈴音は、ある巫女の発言を聞いて理解する。
「性別不問って、こういうことだったんですね♪」
(あの人、男性…!?)
つい見つめてしまったその巫女は、本当に女性に見まごう完成度に達した巫女だった。
「もしかしたら…」
お兄ちゃんにも、似合うのかもしれない…そう思いかけたところを、鈴音は必死に否定しようと首を勢いよく振るのだった。

 クシュン!!!
「…風邪か…?」
妹が巫女服姿の自分の想像という、危険な想像に囚われぬよう必死になっているそのとき。龍壱は神社の境内を一人散策していた。
アルバイトの後に二人揃って詣でよう、と提案したのは龍壱だ。その提案に満面の笑みを浮かべて頷いた鈴音の喜ぶ顔に、ほっと安堵感を覚えたのは龍壱本人も自覚していない真実。
当初は仕事が終わる頃に神社に向かい、そこで合流するはずだったのだが、せっかくなので早めに向かい、巫女の仕事中の鈴音を驚かせよう、と早めに神社に来てしまったのだ。
現在龍壱が居るのは、参道からはずれた脇道だ。本来の参道はすでに参拝客で埋め尽くされており、一人で向かうと、そのまま本殿まで流されて参拝を余儀なくされてしまうだろうと、慌てて横にそれたのだ。妹との約束は、一緒に初詣をすることなので、それを破るわけにはいかない。
(早く来すぎてしまったが…どうするか)
妹からも、混雑している神社だと事前に聞かされてはいたが、これほどまでとは思っていなかった。
時間を潰そうにも、どこもかしこも人だらけ、落ち着けそうなところは、特に…
「…ん?」
どうせ時間はあるのだからとゆっくりとあたりに視線をめぐらせた龍壱の目にとまったのは…一匹の猫だった。

●適材適所
去年の経験を生かしたのか、今年は面接の段階で各人の適正も判断していたようである。
説明の後、それぞれの担当を発表されたバイト巫女さん達は、言われた場所に向かう者どうしが固まり軽く挨拶合わせをしてから、神社のそこかしこに散っていく。

鈴音は授与品受け渡し所の担当となった。
「一番忙しい本部の配属になるから、覚悟してね♪」
と総元締めの言葉が後押ししたとおり、鈴音がそこにたどり着いたときには随分な人だかりができていた。
本部の対応窓口は6人体制。受け渡し所の幅に対し、巫女が6人までしか並べないのが理由だ。
突然対応に回されても困るだろうということで、はじめの数十分は、受け渡し所の端の窓口で、先輩巫女の補助として対応。少しずつ鈴音を対応の主側に移行し、最終的に一人でも対応できるようになれさせていく…という方針だ。口頭で教えてからぶっつけ本番も同義の対応に回されるよりも、この方が体が先に覚えるので効率がよいのだそうだ。
参拝客側から見ると何もメモなどの書付を参考にしていないように見えるが、巫女側から見ると、お守りを並べている棚の手前の部分に授与品の代金が書いてあるなど、不慣れなものでも対応しやすいよう細かな配慮がされている。それらを見ながら、鈴音は着実に仕事の内容を覚えていった。

「家内安全のお守りですね、500円になります」
 にっこり♪
一時間もすると、鈴音も迷わずに対応が行えるようになっていた。手渡しするときなどに、自然に微笑を浮かべる余裕も生まれている。
兄の龍壱と共に居る様子だけではわかりにくいが、鈴音は本来しっかり者である。事実、家では家事全般を担当しているくらいで女性としての潜在能力も高い。
加えて容姿も整っており、所作も丁寧。はじめのうちは迷う際に吸う瞬の沈黙があったりもしたのだが、今では見違えている。
「順調のようね、本部に向かわせて正解だったわ♪ まだまだ混む時間は続くから、よろしくお願いねぇ」
一息つくための休憩時間に、丁度お付きを連れて様子を見に来た総元締めも、自分の采配に満足しているようで、鈴音に満面の笑みを向ける。
「そうですか? ありがとうございます」
つられて微笑みながら答える鈴音。
「その笑みがイイのよね〜。どうしても困るような客には、微笑むだけじゃなくて、好きな人に向けるみたいに笑ってあげるといいわよ♪ それだけでおとなしくなるから」
「えっ? その、それは…」
頬を染めて口ごもる様子に、総元締めはしたり顔で続けてくる。
「でも、そういう顔はその大事な人にしか見せちゃだめよ? それじゃ、後も頑張ってね♪」
やはり笑いながら、一方的に続けて去っていった。鈴音は慌ててしまい気がつかなかったが、総元締めの表情は、明らかに面白がっているものの笑みで彩られていた。

●願い事
参拝客も落ち着いたところで、アルバイトの雇用時間も終わる。
封筒を配り終えた総元締めを鈴音は呼び止めた。
「兄が来ているので…参拝が終わるまで、この巫女服借りていていいでしょうか?」
「いいわよぉ。可愛い姿見せ付けちゃいなさいな♪」
「そ、そんなんじゃ…」
真っ赤になって否定する鈴音の手には『お兄ちゃんとずっと一緒にいられますように。』と書かれた絵馬。
「早く行ってあげなさいな、きっと待ってるわよ?」
 ザァッ
そう言いながらカーテンを引く総元締め。何事かと目を向けると、窓の外に龍壱が居るではないか。
「お兄ちゃん!?」
慌てて事務所を飛び出していった鈴音を、総元締めは楽しそうに見送る。
そして丁度二人の会話が終わった頃を見計らって声をかけた。
「仲良しね〜♪ でも、早くしないと参拝時間終わっちゃうわよぉ?」
慌てて手を繋ぎ、駆けていく二人。
その背中を、今度は優しい視線で見送るのだった。
「かの兄妹の一年に幸あれ♪」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【mr0676 / 葉山龍壱 / 男 / 24歳 / 幻想装具学専攻】
【mr0725 / 葉山鈴音 / 女 / 18歳 / 禁書実践学専攻】
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学園創世記マギラギ
2008年01月22日

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