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『八百万の神社 』
葉山龍壱(mr0676)

●押して駄目なら引いてみろ
「来年は、一緒に初詣に行けないと思うの」
大晦日まで後数日といったところのある日の夕方、妹である葉山鈴音の突然の言葉に、兄の葉山龍壱は少なからず驚いた。
龍壱は普段から口数が少なく、それに比例してあまり表情が豊かな方でもない。赤の他人からすれば「どこに変化が?」と言われるだろう程度には、あまり表情が動いていないのであるが。
だが鈴音はれっきとした妹。大好きなお兄ちゃんの、小さな表情の変化くらい、読み取るのは朝飯前なのだ。
今も龍壱の驚いた様子…僅かに目を見張った様子を確認した鈴音は、予想通りだとばかりに、にっこりと微笑んでいる。
「驚いたでしょう? してやったり、といったところかな」

それもそのはずだ、龍壱と鈴音は二人きりの家族。幼い頃に両親を失ってからずっと二人なのだ。
いつも龍壱に「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とくっついてくる妹が、どうしたというのだろう。
(まさか、恋人ができた…とか)
ありえないとは思いつつも、ついそのような考えがよぎってしまう。
必要以上に自分の傍に居る妹の将来を心配したことがないわけではなかったが、それとこれとは別。こんな唐突な変化は望んでいない。
「………」
どう話を聞いたものかと考えあぐねるうちに、じれったくなったのか、鈴音の方から答えがもたらされた。
「これにね、応募してきたの」
差し出されたのは『巫女急募』のチラシ。掲示期間が過ぎたところを学園の事務の人に願い出て、掲示されたチラシそのものを貰ってきたらしい。
(それはそれで、不安なんだが)
可愛い妹が巫女服姿で働く姿を、不特定多数が見るという事実に、嫉妬に似た気持ちを覚える龍壱なのだった。

●危険な香り
神社の事務所には、同じ巫女服を着込んだ者達ばかりが密集していた。衣擦れの音だけでも、場を支配するに充分な音量だ。
今年は去年とは大分様子が違う。人間的な範囲に納まる少しばかり変わった巫女だけでなく、人間外的な特徴を持った巫女も多く居るのだ。
これは、去年の正月の様子が噂となり、人間外の者達の間にも広まったからであろう。
鈴音が見回す限りでも、人間の軽く六倍の大きさがあるような巫女や、よく見ると髪の隙間から別の何かが垂れている巫女、あからさまに髭の生えた巫女(?)、鳥の翼を生やした巫女…などなど、随分と様々な巫女が居る。それらがすべて同じ巫女服を纏っているわけで、見回すだけで、なんだか奇妙な感覚に囚われそうになる。
(…お兄ちゃんみたいな人は、流石にいない、よね)
一通り見回して、そんなことを思う。もしそんな人がいたら、お兄ちゃんの巫女服姿を想像してしまいそうで嫌だから、というのが理由だ。

「はい、それじゃぁバイト巫女さん達はいったん注目、ちゅうも〜く!」
その中を、ひときわ大きな声で叫ぶ巫女が居る。言わずと知れた総元締めだ。拡声器も使わずにその音量、手馴れたものである。
「これから、簡単に仕事の説明をさせてもらうわ、聞き漏らさないようにしてくださいねぇ?」
パンと手を叩きつつ視線を集めると、彼女は意味ありげにバイト巫女達の仲をぐるりと見回し、一人の巫女を手招きした。
総元締めが呼んだ巫女を見た瞬間、また事務所内はひそひそ声の津波に支配されることとなった。
はじめはその理由が分からなかった鈴音は、ある巫女の発言を聞いて理解する。
「性別不問って、こういうことだったんですね♪」
(あの人、男性…!?)
つい見つめてしまったその巫女は、本当に女性に見まごう完成度に達した巫女だった。
「もしかしたら…」
お兄ちゃんにも、似合うのかもしれない…そう思いかけたところを、鈴音は必死に否定しようと首を勢いよく振るのだった。

 クシュン!!!
「…風邪か…?」
妹が巫女服姿の自分の想像という、危険な想像に囚われぬよう必死になっているそのとき。龍壱は神社の境内を一人散策していた。
アルバイトの後に二人揃って詣でよう、と提案したのは龍壱だ。その提案に満面の笑みを浮かべて頷いた鈴音の喜ぶ顔に、ほっと安堵感を覚えたのは龍壱本人も自覚していない真実。
当初は仕事が終わる頃に神社に向かい、そこで合流するはずだったのだが、せっかくなので早めに向かい、巫女の仕事中の鈴音を驚かせよう、と早めに神社に来てしまったのだ。
現在龍壱が居るのは、参道からはずれた脇道だ。本来の参道はすでに参拝客で埋め尽くされており、一人で向かうと、そのまま本殿まで流されて参拝を余儀なくされてしまうだろうと、慌てて横にそれたのだ。妹との約束は、一緒に初詣をすることなので、それを破るわけにはいかない。
(早く来すぎてしまったが…どうするか)
妹からも、混雑している神社だと事前に聞かされてはいたが、これほどまでとは思っていなかった。
時間を潰そうにも、どこもかしこも人だらけ、落ち着けそうなところは、特に…
「…ん?」
どうせ時間はあるのだからとゆっくりとあたりに視線をめぐらせた龍壱の目にとまったのは…一匹の猫だった。

●猫の目愛でる目
なぜこうして猫を追いかけているのかは分からない。普段、龍壱にとって猫は追いかけるものではなく、むしろ彼に近寄ってくる生き物であった。その違和感が、彼を追いかけさせたのかもしれない。
後を追って行くと、少し開けた場所に着いた。
本殿の横の部分にでも当たるのだろうか、ここまで来ると参拝客が押し寄せてくるような心配もないだろう。
しかし猫はそれでも止まらない。まだ奥に何かあるのかと、ここまで来れば最後まで見てやろうと着いていけば、少し高めの建造物が見えてくる。
(窓…少なくとも、神を奉る類のものじゃないな)
出入り口はまた別の方角にあるようで、何の建物かは分からない。外観から判断する限りでは比較的新しいものだとわかる。
 カラッ…
窓に隙間が空いていたのだろう、その猫は器用にもその隙間に自らを滑り込ませ、中に入っていってしまった。
猫が入った際にカーテンが揺れ、龍壱にも一瞬だけ中の様子が見て取れた。赤と白の布ばかりが並んでいる。
(…巫女服、か? じゃあこれは、事務所か何かなのか)
それと同時に関係者ではない自分が入って良い場所ではないと気づき、我に返った龍壱は来た道を戻ってゆくのだった。
その背中を、窓から、猫が眺めているとは気づかずに…。

「家内安全のお守りですね、500円になります」
 にっこり♪
人ごみの中を流されまいと気をつけながら、龍壱が鈴音を探すこと数時間。
妹は授与品受け渡し所で、参拝客一人ひとりに、微笑みながら対応を繰り返しているところだった。
自分の髪と似ているようで違う、白銀の髪。微笑む時に影が入って、その時だけは自分の瞳と同じ色に見える、明るい朱色の瞳。その二つの要素が紅白の巫女服と調和していた。
(いつもとは別人だな…)
龍壱とて、鈴音の兄である自分への対応と、他の者への対応に随分と温度差があることくらいは知っている。その二つの様子どちらにも似ている様で、どちらにも当てはまらない今の様子は、新鮮なものに見えた。
しばらく様子を見ていると、鈴音が奥に下がった。休憩時間にでもなったのだろう。端のほうに居るようだし、驚かせにでも声をかけに行ってやろうか、と、受け渡し所へと龍壱は近づいていく。
大分近づいたところで、別の巫女が受け渡し所に入っていった。
(…今、こちらを見たのは気のせいだろうか?)
疑問に思い足を止めたところで、中から鈴音と、誰かの話す声が聞こえてきた。
「…ありがとうございます」
「…好きな人に向けるみたいに…」
「えっ? その…」
生憎と全ては聞こえなかったが、気になる単語ばかりが耳へと届いてくる。
(鈴音に好きな人…?)
会話の内容が気になった龍壱は、そのまま鈴音の仕事が終わるまで、声をかけずに過ごすことになるのだった。

●初詣
出てきたところ驚かせようと、龍壱は、事務所の近くで鈴音を待っていた。
先ほどの会話については忘れることにした。考えても答えが出なかった事もあるが、そのときが来れば、鈴音本人が話してくれるだろうと結論付けたからだ。
(…娘を嫁に出す父親の気分、だろうか)
この時龍壱の心を読める者が居たならば、それは違うと答えただろうが…彼がその結論を自分で正す日が来るのかは、ここで語ることではない。
ふと窓を見ると、妹が驚いた顔をしてこちらを見ている。カーテンがいつの間にか引かれていたのだ。
慌てて出入り口へと向かったらしき鈴音を見て、自然と小さな笑みが漏れた事に、竜壱自身が気づいているのかどうか。
 ガラッ!
勢いよく窓の開く音がしたかと思うと、見覚えのある巫女が龍壱に笑いかけている。
(受け渡し所で見た巫女…?)
あの時、顔を見られたように思ったのは気のせいではなかったのか。だが、理由が分からない。
そういえば、猫のことも不思議で…そこまで考えたところで足音が聞こえた。
「ごめんね、お兄ちゃん…待たせちゃった?」
顔が赤らみ、軽く息を切らせている、随分と急いで走ってきたのだろう。
「いや…鈴音、その格好…」
「…似合わない、かな?」
返さなくていいのか、と言うつもりが、不安そうな目で見上げられる。
「いつもと違って…悪く、ないぞ」
途端に満面の笑顔になり、ぎゅぅっと鈴音が抱きついてきた。
「こら、こんなところで…」
それでもバランスを崩さないよう支えてやるのは、それが自分にとって当たり前のことだから。
「嬉しい、ありがとうお兄ちゃん!」
「あらぁ、仲良しね〜♪」
窓の方から声がする。
流石の龍壱も、その頬をわずかに染めるのだった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【mr0676 / 葉山龍壱 / 男 / 24歳 / 幻想装具学専攻】
【mr0725 / 葉山鈴音 / 女 / 18歳 / 禁書実践学専攻】
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学園創世記マギラギ
2008年01月22日

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