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『辿りつく、笑顔。 』
望月・健太郎6931)&弓槻・蒲公英(1992)&草間・零(NPCA016)


 草間・零は草間興信所で、現段階での調査報告をする。
「確かに、何かあることは間違いないというところまでは分かったんですけれど」
 零はそう言い、言葉を濁す。何かある事が間違いない、というのならば、それは一体何なのか。それが、答えられない。
 ふう、と小さくため息をついてから、再び口を開く。
「もう少し、調査を続行します。もしかしたら、私が動く事によって何かが起こるかもしれませんし」
 それに、と零は付け加える。口元には、小さな微笑が浮かんでいる。
 その時の零の頭に浮かんだのは、白くて可愛らしい、ハンカチだった。


 クラスメイト達にからかわれ、冷やかされていた日々は、徐々に収束に向かっていた。望月・健太郎(もちづき けんたろう)が弓槻・蒲公英(ゆづき たんぽぽ)をかばって殴り合いの喧嘩をした時から、変わってきたのだ。
 冷たく重苦しかった空気は、だんだん軽く過ごしやすくなっていった。喧嘩相手と正面きって仲直りしたのが良かったのかもしれない。相手が何も言う前に、潔く頭を下げたのだ。健太郎の潔さに、喧嘩相手も拍子抜けして謝り返してきた。それが、結果として健太郎の周りを前のように戻していったのだった。
 再びクラスメイト達と笑いあいながら、時にふざけあいながら、健太郎はふとポケットに手を突っ込む。中には、白いハンカチが入っている。
 蒲公英が落としていった、可愛く綺麗なハンカチが。
 自分の手で必ず返すのだと零に宣言したように、健太郎は蒲公英にハンカチを返すつもりだ。親に頼んで、既に洗濯をしてもらっている。後は、返すだけなのだ。
 しかし、その機会が恵まれない。
 元の日常が戻ってきた事はつまり、蒲公英と二人きりになれる機会をぐんと減らされたことを意味していた。今日こそ、明日こそ、と呟き続け、既に数日が経過していた。
(早く、返さないと)
 そう思えば思うほど、ハンカチはポケットの中から出てこない。
 授業中、ちらりと蒲公英を見る。幸い、周りのクラスメイト達にはばれていない。
 蒲公英は、教科書を見つめている。時々黒板を見たり、不意に窓の外を見たりして。健太郎の目線には気付いていないようだ。
 さらりと流れる黒髪に軽くため息をつき、健太郎は再び教科書に目を移した。ポケットの中のハンカチが、何となくくすぐったい。


 蒲公英は悩んでいた。教科書を見たり、黒板を見たり、窓の外を見たりしても、どうも落ち着かない。授業に集中しようと思うたびに、二つの事が頭の中をぐるぐると回る。
 一つは、ハンカチの事。お気に入りの白いハンカチを、どこかで落としてしまったようなのだ。昼休憩の時は確かにあったのだから、学校で落としたか、帰り道で落としたか。散々探したが、見つからなかった。
 もう一つは、健太郎の事。不意に視線を感じた気がしてそちらを見たが、健太郎は教科書を見ていた。
(健太郎……さま)
 好きだ、という言葉を思い返し、蒲公英は思わず頬を赤くして俯く。
(健太郎さまはいじわるで、でも……優しい……です)
 髪を引っ張ったり、どんくさいと言ってきたりしてきた。そうかと思えば、一緒に動物の世話をしたり、自分をかばってくれたりした。
(……そう、なのです)
 蒲公英は心内に納得する。健太郎は、蒲公英に対してちょっかいを出してくるが、根本的には優しい。
 それは全て、蒲公英の事が好きだから。
 蒲公英の事が好きだから、ちょっかいを出して気を引こうとしていた。
 蒲公英の事が好きだから、優しくしてくれた。
 健太郎の行動は全て、蒲公英の事が好きだという思いが根本にあるのだ。そうならば、色んな事に納得が行く。
(胸が……ドキドキ、します)
 どくんどくんと強い鼓動を感じる。頬はやっぱり熱くて、ちらりとしか健太郎を見られない。
 ハンカチと、健太郎。
 蒲公英の頭の中が、再びぐるぐると回り巡る。
 ぐるぐる、ぐるぐると。
 そうしているうちに、キンコーン、と授業終了の鐘の音が響く。教師は「じゃあ、ここまで」と言って、教科書を閉じる。日直の「起立」の声に、蒲公英は慌てて立ち上がる。
 授業の内容は、殆ど頭に入っていなかった。


 放課後、学校全体が靄に包まれた。帰りの会を終えて、生徒達が帰り始めた頃であった。
 白くもくもくとした靄は、あっという間に学校全体を包み込み、周りの視界を奪った。生徒達は突然の出来事に慌て、騒ぎ出す。
「これ、なに?」
「もしかして、あれじゃないの?」
「ヤダ、本当に?」
 気味の悪い靄に、声は自然と大きくなる。中にはパニックを起こし、走って逃げようとしたものの、奪われた視界の所為で壁にぶつかって倒れる者までいた。
「落ち着きなさい!」
 学校の教師が、こぞって生徒達に声をかける。それに気付き、生徒達の中にもちらほらと落ち着くようにと言う者も出てきた。健太郎は、その内の一人だ。
「……本当に、きたんですね」
 クラスメイトに落ち着くように言う健太郎の隣で、零がぽつりと呟くように言った。思わず健太郎は「え」と零に尋ねる。
「この事態、どうしてだか分かるのか?」
 健太郎の問いに、零は一瞬悩む。言っていいのか、悪いのか。そうして、暫くしてからゆっくりと口を開く。
「噂、聞いたことがないですか?」
「噂?」
「はい。迷う廊下が出来るという、噂です。それを確認する為に、肝試しをしたみたいなんです」
 零に言われ、健太郎は記憶の糸を手繰る。そういえば、さっきからクラスメイト達が「あれ」と言っていた気がする。クラスメイトも、似たような事を言っていたような。話の端に出ていたから、あまり気にしていなかったのだが。
「この靄は、噂から来たって言うのか?」
「現状を見ると、そうですね。そして、原因が何かしらあるはずです」
 例えば、と零は呟く。「例えば、何かが中心にいるとか」
 健太郎は「何かが」と呟いたのち、はっとして辺りを見回す。いつの間にか、蒲公英の姿がないのだ。
「蒲公英……?」
 ぐるりと周りを見る。パニック状態だった生徒達は落ち着いてきているのに、その中に蒲公英はいない。健太郎はぐっと拳を握り締め、走り出そうとする。
「待ってください! どこに行くんですか?」
「蒲公英を探しに行くんだよ!」
 そう言って駆け出そうとする健太郎に、今度は教師が「待ちなさい!」と声をかける。
「危ないですよ、望月君!」
「でも!」
 止めてきた教師に、健太郎は首を振る。ここでこうして、待つだけなんてできる筈がなかった。
 しかし、どう説明したらいいかなど分からない。
 健太郎が言い淀んでいると、間に零が入る。
「蒲公英さんの事が心配なのは分かりますけれど、この靄ですから。何処にいるかなんて」
 分からないでしょう、と言おうとする零に、健太郎はきっぱりと言い放つ。
「分かる」
「え?」
「俺は、判る。蒲公英が今何処にいるか、そしてこの靄の原因となってる奴が、何処にいるか」
 健太郎の言葉に、零はじっと健太郎を見つめる。嘘をついているようには、全く見えない。健太郎は本心から言っているのだ。
 異空間のようになってしまった靄の中、蒲公英と原因となっている者の居場所が分かるのだと。
 零は「わかりました」と頷き、教師の方を見る。
「私がついていきます。私が必ず、守りますから」
「しかし」
「大丈夫です。……行きましょう、健太郎さん」
 反論しようとする教師の言葉を遮り、零は健太郎と共に走り出す。健太郎が先導し、靄によって見失わぬようにぴったりと零がついていく。
「健太郎さんは『道が分かる』のですね」
「分かる。こっちに、蒲公英がいる」
 喋る間も惜しいといわんばかりに、健太郎は答える。健太郎は、ただまっすぐ前しか見ていない。
 蒲公英がいるところだけ。
「蒲公英!」
「健太郎……さま?」
 靄の先に、蒲公英の姿があった。そこは以前健太郎も一緒に掃除を手伝った、動物の檻の前だった。
「大丈夫か、蒲公英」
 健太郎はそう言いながら、蒲公英の元へと駆け寄る。蒲公英は「は……はい」と頷く。
「皆が……心配で」
 蒲公英はそう言い、俯く。手がかすかに震えている。健太郎は震える蒲公英の手を握り、零に向かって叫ぶ。
「あそこに、この靄の原因がいる!」
 繋いでない方の手で、びし、と靄の中を指差す。零が目を凝らしてみると、確かに何かがいる。靄の所為でぼんやりとしか見えないが、動物の檻に向かってこようとするでかい図体をした何かがいる。
「皆を……狙って……」
 蒲公英はそう言い、檻の中の兎や鶏を見る。健太郎は「大丈夫だ」と言って、きゅ、と強く蒲公英の手を握り締める。
「大丈夫」
「健太郎さま……?」
 蒲公英は気付く。震えているのは自分だけではなく、健太郎も。靄の先にいる正体不明の何かを、怖いと思っているのは自分だけではないのだ。
 だけど、何故か安心していた。もう大丈夫だと、何故だか。
「俺は、どうしたらいい?」
 健太郎が、零に向かって叫ぶ。零はにっこりと微笑み、重心を落として構える。
「そのまま、動かないでください」
 零はそう言うと、靄の中に向かって駆け出す。途中で学校にいた侍の怨霊を刀化させ、思い切り斬りつける!
――ざんっ!!
 力強い音と共に、靄の中の影はゆらゆらと揺れる。そうして、徐々に靄が晴れていった。
 晴れた先には、赤く染まる空が広がっていた。


 結局、事件はうやむやになったまま、集団下校となった。靄の原因やどうしたかについては、特に言及はなかった。零が上手く説明をしたのだろう。
 健太郎と蒲公英は、念のためと動物の檻を確認してから帰ることにした為、集団下校には加わらなかった。教師には心配されたが、あの靄の中でも大丈夫だったのだから、と零が説得してくれた。こっそりと二人に、ウインクを送りながら。
「あの……健太郎さま」
 下校途中、蒲公英は健太郎に向き直る。健太郎は「ん?」と言いながら、じっと蒲公英を見つめた。
「ありがとう……ございました」
「え?」
「靄の中……助けに来てくれて……嬉しかったです」
 蒲公英はそう言って、ぺこりと頭を下げる。健太郎は「そんな事」と言いながら、照れ隠しにポケットの中に手を突っ込む。
(あ)
 その際、気付く。ポケットの中には、蒲公英にずっと返しそびれているハンカチが入っていたから。
 健太郎は少しだけ迷った後、ゆっくりとハンカチを取り出す。
「これ、落としただろ?」
 見覚えのあるハンカチに、蒲公英はこくんと頷く。健太郎は蒲公英の様子に赤くなりつつも、ハンカチを蒲公英に手渡そうとする。
 だが、その時に気付いてしまった。真っ白なハンカチは、汚れていた。恐らくは、あの動物の檻を守っていた際に汚してしまったのだろう。
「悪い、蒲公英。汚れちゃって……ちゃんと、洗ってから」
 返す、と言おうとする健太郎の手から、蒲公英はハンカチを受け取る。ゆっくりと、首を振りながら。
「ありがとう……ございます」
 蒲公英はそう言い、微笑む。
 笑う。
 心からの笑顔を。
 綺麗な夕日に映え、ほんのりと赤い気がする笑顔を……!
(綺麗だ)
 健太郎は蒲公英の笑顔にしばし見とれ、それから顔を真っ赤にする。夕日でよかった、と思うくらいに。
「か、帰るぞ!」
「はい……」
 健太郎は蒲公英の手をとり、歩き始める。ごく自然に、二人は手を繋いで帰っていた。
「明日も晴れそうだな」
「はい」
 夕日の赤い光は、自然と口元を綻ばす二人の顔に、優しく降り注ぐのだった。


<共に笑みを浮かべつつ・了>
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東京怪談
2008年01月11日

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