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『『マリーゴールドの花嫁』 』
蒼王・海浬4345)&十六夜(NPC2980)

 恋をしたの。
 それまでのあたしの世界が全て反転して、価値観が粉々に砕けてしまうぐらいに劇的で、けれどもあたしにとってはそれまでのどの恋よりもどんな光り輝いていた感情よりも素敵で何にも変え難い、そんな恋を、
 したの―――。
 だからあたしはもうそれだけで充分だった。
 たとえあたし自身が蝋で固めた翼が溶けて落ちてしまうように、
 あたしが恋い焦がれるあなたへの想いによって焼け死のうとも、
 それはあたしの全てで、
 あたしがこの世界でそこまで愛せるあなたへの感情の証明なのだから。
 ねえ、大好きですよ。
 愛していますよ。
 あたしはあなたにそれを伝えたい。
 だからあたしはあなたへの想いにこの心を恋焦がすように全身を炎に包まれながら、笑みを浮かべてあなたへと手を伸ばす。
 この指先があなたに届けばいいのに。
 そう願いながら。
 届いたのなら、あなたにあたしの温もりを伝えられるのに。
 そう苦笑しながら。
 伝えたいのは、あたしのこの想い。
 好きですよ。
 好きですよ。
 好きですよ。
 愛していますよ。
 あなたを愛していますよ。
 あなたを、愛している。
 太陽神さま。
 あたしはあなたを愛しています。
 だから、
 だから、
 だから、
 ――――。


 +++


 ねえ、恋、ってそんなに素敵なものなの?
 あたしにはわからないわ。
 だってあたしは紫陽花の君。
 あたしはあたしの花言葉があたしがそれを絶対に出来ない事をあらわしているもの。



 そう、あたしは、うつろぎ。



 『マリーゴールドの花嫁』OPEN→


 騒々しい雑踏の中を時折、歩きたくなる気分に理由は無い。
 ―――理由なんか必要かよ?
 壊れたラジオのノイズのようなその雑踏の音に耳を傾けて、俺はただ当ても無く歩きまわる。
 それはまるで死期の近い猫のように。
 死期?
 はっ。違うね。
 俺は別に死に場所なんて探しちゃいない。
 俺が探しているのは、



 そう。あいつ―――



 俺はあいつを探して、ここに居る。
 この世界に降りてきて、
 あいつを探しているんだ。
 あいつを。


 だから俺は死ねない。


 死ねないんだ。


 俺はあいつを見つけないといけないから。


 あいつを―――。



 けれどもそれですぐにあいつが見つかるわけでも無い。



 そう簡単にはあいつは見つからない。
 見つからないさ。
 だからそれで俺の目的が定まった訳じゃない。
 目的意識の無い放浪はまだ続く。
 ただ回遊魚のように俺は、この雑多な東京を歩き続けるんだ。
 


 それでも、時折、予期しない出逢いがある。
 曰く、犬も歩けば棒に当たる、そんな言葉を連想させるように。
「よう   じゃないか」
 そいつが口にした名前は俺の名前じゃない。
 偽名としても使った事の無い名前だ。
 けれどもただの他人の空似。この世には3人同じ顔の人間が居る。それは偶然にならばよくある事。
 ただ、その偶然という事象に、興味がわいたのは、俺を全く知らない名前で呼んだその男の後ろに、
 ――――紫陽花の君が居たから。



 好奇心は猫を殺す。
 ―――殺せるもんなら殺してみろよ。




 俺を知らない名前で呼んだ男は連れで歩いていた。
 俺をその名前で呼んだ男の連れが、そいつは今日は都内の小さな教会で結婚式をあげていると口にした。
 それで誤解が解けたそいつは俺に人違いの謝罪を口にし、立ち去ろうとしたが、俺はそれを呼び止めて、その教会の名前を訊ねた。
「何だ、兄さん、物好きだな」
「興味があるだけだ。俺がその男とどれだけ似ているのか」
「驚くぜ。ほんとに似てるからさ」
 悪戯好きを通り越した悪乗りした笑みを浮かべたそいつに俺は肩を竦め、その教会へと足を向けた。



 小さな教会の前には綺麗に着飾った男女が新郎新婦を取り囲み、幸せそうな笑みを浮かべていた。
 なるほど、確かに新郎の男は俺と顔が似ていた。
 けれどもあの紫陽花の君が俺の前に出現したその理由は、そいつが原因で無い事はその光景を見れば明らかだった。
 紫陽花の君は、人間には見えなくなっている彼女は新婦に後ろから両腕をその純白のウエディングドレスに包まれた華奢な身体に絡みつかせて抱きつき、彼女の耳に何かを囁いている。
 そしてそれが、碌な事では無いのは、泣いている新婦の顔を見れば判る事で。
「ちぃ」俺は知らずに舌打ちをしていた。
 その女は知らない女じゃない。
 正確にはその女のことは知らない。
 だがその女の前を、前世の彼女を俺は知っていた。
 そう。
 俺は彼女を知っていた―――




 マリーゴールドの花。
 それが彼女。
 前世の彼女は俺に恋焦がれ、俺を見ることばかリ考え、夜も家に帰らずに野原で毎朝一番の太陽を待つ日々を過ごしていた。前世の彼女の恋の炎は激しく燃えたが、彼女の身体は耐えきれずに痩せていき、とうとう肉体を失い、魂だけになってしまった。そして俺は―――。




 悲鳴のような喚声が起こる。
 周りの男女は、スカートの裾を持ち上げて、俺の前に涙を流しながら走り寄った新婦をただ呆然と見つめ、
 そして、「太陽神さま」、そう言いながら俺に抱きついて、俺にキスをした彼女に目を見開いた。



 すれ違う車の人間も、歩行者も、皆が一様に俺たちに好奇の視線を寄越してくる。
 当たり前だ。
 純白のウエディングドレスを着た花嫁が運転するオープンカーなどそうそう見物できるものじゃない。
 あの後、唖然とする俺の手を取って彼女がした事は、教会の前に止めてあったこの車に俺を乗せて、自分が運転して走り出す事で、そしておそらくは彼女には行き先など無い。ただ彼女は道なりに走っているだけだ。
 ―――それはどこか先ほどまでの俺自身を思わせて、俺はらしくもなく笑えた。
「太陽神さま、何を、笑っているんですか?」
 赤信号で止まった彼女は上目遣いの目で俺を見て、自分こそ花が咲いたような笑みを咲かせた。
 それは遠い昔、あのマリーゴールドの花の話が生まれる前に、天上にある俺に恋い焦がれ、その身を燃やし尽きるその寸前にまで浮かべていたあの表情と何ら変わりは無かった。
 俺の事を純粋に想う、人間が愛情と名づけた、その感情。
 信号が青に変わり、彼女は車を発進させる。
 行き先が無いのは変わらない。
 車は、彼女自身が運命という奔流に流されているように、ただ車の流れに流されていくんだ。
 けれども果たしてこの人間界で何かに流されずに生きている人間がどれだけいる?
 みんな誰もが他の誰かが作り上げた物に乗って生きている。
 ―――どれだけ自分がそれを選んだように想っても、人間は知らず知らずのうちにそれまで他の誰かが作り上げてきた社会というシステムに洗脳されて、乗せられている。
 そしてそれは俺たち神と呼ばれる存在も変わらない。
 結局は、生きとし生けるもの全てが、世界という巨大な舞台仕掛けを動かす歯車でしかなく、そうしてそこで運命という舞台は、誰に見られることも無く演じられていくんだ。
 俺があいつを探している事だって、見る者が誰もいない舞台仕掛けの演劇でしかない。
 どんなにそれが不満でも、それをどうする事もできないのだ。
 だから、
 俺はあの時、
 この娘の前世の娘の、人間の身でありながら神であるこの俺に恋い焦がれ、その身を燃やしながらも俺を求め続けたその禁忌の想いに、
 世界を動かし続ける歯車としての運命から逸脱したこの彼女の姿に、感銘し、
 俺はこの娘の魂を、天上界に招いたのだ。
 そうして彼女は再び、己が運命という歯車として世界という舞台を回していくその予定調和から逸脱して見せた。
 俺はそれに呆気に取られた?
 紫陽花の君が俺に仕掛けてきたその目的も知らぬ行為の果てを見たかった?
 それとも、俺もただこの彼女というイレギュラーな奔流にその身を任せてしまいたかったのか?
 俺はそのどれをも否定する。



 そう。これを縁と呼ぶのであれば、それの意味は、この縁の糸を俺は―――



「このまま真っ直ぐに行って、三つめの信号を左折しろ」
 俺は助手席から指示を出し、彼女はまるで飴を貰った子どものような無邪気な笑みを咲かせて、頷いた。
 


 +++


 ずっと探していた人が居た。
 その人に会えるのはいつも夢の中だけで、そしてそれはいつも全身を焼かれるそんな熱さを伴う夢だった。
 けれども、それで、あたしはよかった。
 あたしは幸せだった。
 その全身が焼かれる苦痛がまるで太陽のように光り輝く彼に会うための対価だというのなら、あたしはいくらだってそれに耐えてみせる。
 そんな痛みぐらい、その人に会える悦びに比べたら、全然等価でも何でもない。
 あたしはそれだけその人の事を愛していた。
 あたしの全身全霊を込めた想い。それがその人への、その太陽のような人への無償の愛。
 どれだけ幸せだろう?
 もしも実際にその人に会えたら。
 会いたい。
 逢いたい。
 会いたいよ、神様。
 神様、あたしを夢の中のその人に逢わせてください。
そのお願いが聞いてもらえるのなら、あたしは他の物なんて何もいらない。
いりません。
他のお願いを今後聞いてもらえなくてもそれでいい。
一生に一度のお願いは、それのためにだけ使ったっていいの。
それぐらいあたしは夢の中のその人を愛している。
その人にあたしは会いたい。
だってあたしは覚えているもの。
夢を見て、その夢の中で出会う彼の顔も姿形も、夢から覚めれば忘れてしまうけれども、それでも覚えてる事がある。
それは彼の哀しげな、寂しげな声。
―――それはあたしの魂が覚えている。
あたしはいつだって魂が覚えている彼のその声を聞いて、
彼を探していた。彼がどこに居ても、彼のその寂しげな声を聞き逃さないように。
そして、



「あたしたちは、逢えたの、太陽神さま」
 あたしは、太陽神さま、蒼王海浬さまにそう告げた。



 ようやく出逢えたその人は蒼王海浬さまと名乗った。
 それがこの時代、この場所での彼の名前。
 ずっとあたしが探していた彼氏。
 ずっと逢いたかった人。
 ずっとずっとずっと、あたしが恋い焦がれて探していた人。
 あたしはこの人に出逢うためにこの世に生れ落ちて、生きてきたんだ。
 そう。あたしはこの世に生れ落ちてきた意味を見つけた。
 あたしの存在の理由に出逢った。



 そんなあなたがあたしの事を好きになってくれたらいいのに。
 そんなあなたと結ばれたらよいのに。
 好きです。
 好きです。
 大好きです。
 あたしはあなたを愛しています。


 海浬さまとの時間はまるで夢のようだった。
 敷居が高すぎて入れなかったようなお店に連れて行ってもらった。
 それはもう嬉しいというよりも、心臓が口から飛び出してしまいそうなぐらいに緊張してしまう事で、
 そして、それ以上にびっくりした事は海浬さまがこんな高級なお店の常連客であること。
 ウエディングドレスよりも高い服に着替えて、
 それからあたしたちは高級ホテルの夜景が綺麗な席で最高級のディナーを食べて、
 夜の海岸に移動した。



 +++


「ずっと探していました、あなたを。海浬さま」
 彼女は前世の時と何も変わらない表情と声でそう言った。
 そして瞼を閉じて、彼女は俺の口付けを期待する。
 俺は彼女の右頬に手を添える。
 彼女の華奢な身体は固くなる。
 頬は、熱い。
 俺は彼女の頬に触れる手で、そのまま彼女の頬にかかっている髪を耳の後ろに流して、唇をあらわになった彼女の耳に近づける。
「海浬、さま?」
 彼女の声から感情は消えていた。
 そして彼女は、
「イヤァ」
 彼女の魂から零れる前世の記憶を封じようとした俺を突き飛ばし、抱きつく。
 震える身体を俺に傾ける。
「どうしてですか? 何でですか? あたしたちようやく出逢えたのに? あたしが、あたしが、浮気をしたからですか? だって彼は、彼はあなたに似ていたから。でも、でもあたしが選んだのはあなたです、太陽神さま。海浬さま。そしてあなたもあたしを選んでくれたじゃないですか。だから………。
 ―――だから、あたしは…………」
 彼女は涙を流しながらいやいやをした。
 俺はそれを無視して彼女の耳に囁く。もう二度と、彼女が太陽に恋い焦がれて、その身を燃やさぬように。
 その魂から、俺に恋い焦がれたその記憶を消してしまう。
 もうあと数秒で、彼女から俺の記憶が消える。
「どうして、どうして、太陽神さま?」
「おまえは、前世で俺に恋い焦がれた女じゃないだろう? おまえは今のおまえを生きろ」



 そう俺は告げて、
 彼女は泣き出すような表情をした後に、
 微笑んだ。



 
 それはまるで一輪の花のように、
 マリーゴールドの花のように、
 咲き綻んだ笑み。
 ただただ微笑むという行為を純粋に実行した表情。



 そして彼女は、今の自分の名前を口にし、
 俺に、蒼王海浬さん、好きです、
 そう微笑みながら言って、
 舌を噛み切って――――




 ――――



 教会の鐘が澄んだ音色を響かせる。
 晴天の下で、純白のウエディングドレスに身を包む彼女は、俺を見て、不思議そうな顔をした後に、小さく俺に頭を下げて、
 そして後はもう見も知らぬ男である俺の事など知らずに彼女は隣の花婿にただただ純粋に微笑むという表情を浮かべ、幸せそうに、彼と口付けを交わした。
 花嫁の投げたブーケが空に舞い、
 俺はその幸せな花嫁が居る風景に背を向ける。



 そして、紫陽花の君は微笑む。
「前世の記憶を消して、神の権限で時間干渉して、時を巻き戻す。でも、それで彼女は幸せなのかしら? あなたに前世の自分では無い、今の自分を刻み込んで、彼女のあなたへの恋心は、あなたによって殺されてしまったのだけど、それでも、その激しい燃えるような今の彼女のあなたへの恋心は、今度もあなたに刻み込まれた。そう。それも恋。人間が愛情と呼ぶもの。あなたはそうして前世の彼女と今世の彼女のふたりの女の愛を受け入れて、それであなたは?」


 紫陽花の君は笑う。
 ―――俺に恋はしないのか? と。



 だから俺は―――



「ふん。くだらない。それを人間は恋とか愛と呼ぶが、それは人間が名づけた物で、俺たち神が名づけた呼び名とは違う」
「じゃあ、それは?」
「気の間違い」
 俺は言い、微笑む紫陽花の君の横を通り過ぎ、光り輝く太陽を見上げた。
 かつてひとりの少女が恋い焦がれた俺を。
 そう。その感情は気の間違い。
 けれども縁という絆は確かに俺たちを繋ぐものとしてあった。
 そしてその絆を生む縁の糸は確かに前は切れ、
 それから枝分かれした糸は今世で彼氏に繋がったのだから、それが真実。
 その縁の糸で、彼女と彼は劇をするのだ。幸せな男女の運命劇を。
 日輪から連想するマリーゴールドの花に、そう、俺はほんの気まぐれで笑う。


 END

PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年01月10日

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