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『新年マッチ、いかがですか? 』
書目・皆6678



「マッチ、マッチはいりませんかぁ〜?」
 フードをかぶった娘は嘆息する。
 街頭でカゴを腕にかけ、マッチを売ること3時間。奇異の瞳で見られること多し。
「困ったなぁ。でもこのマッチを売らないと怒られるし……」
 ぼそぼそと呟く娘は空を見上げる。
 大晦日にこんなものを売ろうとしたのが間違いだったのだろうか?
 近づいてきた人物に娘は駆け寄る。まるで押し売りみたいだ。
「ま、マッチいりませんか? あの、これ新年マッチなんです。縁起ものなんです。イチフジ、ニタカ、サンナスビ、です」
 わけもわからず言う娘は、慌てて続ける。
「これ、新年になったら、1本使ってください。一回きりなんですが、あなたの望みを叶え……るような、ないような?」
 首を傾げてしまう。
「いえ、普通のマッチですよ? でも新年の、新年になってからすぐに使えば、いいことあります。ちょっとビックリするかもしれないけど、まぁそれはサプライズってことで」
 去ろうとする相手に慌ててすがりつく。
「お願いです! 1個でいいんです! ひゃ、百円ですから! これを全部売って帰らないと怒られるんです!」
 そんなことを言われてもという相手に、彼女は引き下がらない。
「お願い〜ッ! 使わなくてもいいですからっっ!」

***

 書目皆はぱちぱちと瞬きをし、「う〜ん」と唸る。
「叶えて欲しい願いごとは特にないなぁ。もう十分すぎるくらい幸せだから」
 てへ、と照れる皆の前で少女は「うー」と低い声を出した。
「買ってくれないと天罰が下ります! 天罰が!」
「て、天罰???」
「その幸せだって持続には力が必要! その力を授けます!」
「……これって怪しい宗教の勧誘なの……?」
 疑わしそうな表情をした皆から少女がハッと我に返って離れる。
「ごほん。すみません、つい頭に血がのぼってしまって」
「か、買うよ。2個買うから、もう離してくれない?」
「買っていただけるならそれだけでよろしいです!」
 現金な少女は皆から200円受け取り、マッチ箱を二つこちらに渡してくる。
 なになに。七福印のマッチぱこ?
(ぱこ? ってなんだ……? 箱、じゃないの?)
 胡散臭い。怪しい。
 眉間に皺を寄せた皆が顔をあげた時には、もう少女の姿はなかった。
(うーん。アリサに1個あげようかな)
 それほど害があるとは思えないし。



 元旦。

「アリサ、神社に初詣に行こう!」
 台所で食器を片付けていたアリサは、皆の言葉にきょとんとする。
「ハツモウデ、ですか。構いませんが」
「ほんと?」
「嘘は言いません」
 きっぱりと言い切ったアリサは食器を全て拭き終わると、こちらに歩いて来た。
 皆の買った衣服がよく似合う。白のセーターに、赤のプリーツスカート。髪をおろしている彼女はダイスだった時の面影があまりない。
「じゃあ、振袖着せてもらおうよ。絶対アリサ、似合うから」
「そこまでしていただかなくても……」
「僕が見たいの」
「……そ、そうですか。ならば仕方ありません」
 あっさりと承諾するアリサの素直さに皆は小さく笑う。
 早速行動を開始した皆は上着を取りに部屋に戻る。そこでふと思い出す。
 そういえば年末にもらったあのマッチ、確か年が明けてから1本使えばとかなんとか……。
(面倒だし、さっさと使ってみようかな)
 皆はマッチ箱を見つけ、開けてみる。なんの変哲もないマッチが入っていた。
「カイ?」
 部屋にやって来たアリサの前で、皆は軽くマッチを擦った。
 びほっ、と奇妙な音をさせて煙が部屋を占める。ぎょっとして皆は身を硬くした。
「ごほっ、ごほっ! 七福神マッチ、ご利用ありがとうございま〜す」
「……その声は」
 あのマッチを売っていた女の子では……?
「マスター! 退がって!」
 一瞬でアリサの衣服が千切れ吹き飛び、いつもの黒いゴスロリ服になる。戦闘態勢だ。
 皆の前に立つアリサは煙を警戒する。煙が晴れるとそこには琵琶を抱えた髪の長い、チャイナのミニの姿の少女が浮いていた。
「何者です?」
 睨むアリサに気づき、少女は後頭部を掻く。
「えっと、弁天候補の者なんですが……まぁベンテンって呼んでください。
 ちょっとした試験に協力してもらえれば危害は加えませんから」
「試験って、願いを叶えること?」
「いや、ちょっと違うんですけどね。で、なんか願い事あります?」
 皆は悩んだ。
「そうだな……道を示してくれたあの二人が今年も無事に……できるだけ幸せに過ごせるといいな」
「? 誰のことかわかりませんし、そういう範囲の広いことはちょっと難しいのですが」
「そうなの? うーん」
 アリサは自力で、自分の傍で幸せにするから願わなくてもいい。
 ベンテンは思案し、こほんと咳をする。
「無理なら別にいいんですよ。はい。そっちのお嬢さんは何かありますか?」
「……他人に願うことなどありません」
「ふむ。さっさと去って欲しいって顔してます。じゃあ、そっちなら叶えられますんで、さよなら〜」
 ぼひゅっ、と再び煙と共に姿を消してしまう。
 ……なんだったんだ???
(色々ツッコみたいところだけど……あっという間に消えちゃったし)
 なんだかもやもやしただけで、全然幸せでご利益がありそうにない。そもそも弁天候補ってなんだ?
(神様も世代交代とかするのかな……)
 なんて思っていた皆はくらっと眩暈がする。よろめいた皆をアリサが支えた。
「すみません。戦闘態勢に入ったので、皆に負担が……」
「い、いや、ちょっとくらっとしただけだから」
「すぐに解除します」
 えっ、ちょっと待ってと言う前にアリサの戦闘服が消失し、素っ裸になってしまう。
「これで少しは楽になると思います。……カイ、鼻をおさえてますが、どこかにぶつけましたか?」
「い、いいから早く服を着て……」
 こんな騒動を祖父母に見られたらどんなことを言われるか……。想像したら怖い。
 瞼をぎゅっと閉じて、皆は嘆息した。



 初詣に出かけるため、皆は上着を羽織って玄関で待ち受けていた。アリサは振袖を着付けてもらっているのだ。
 マフラーを身につけて、皆は靴紐を結ぶ。
「お待たせしました」
 階段を降りてきたアリサの姿に皆は瞬きをした。
 簪や髪飾りでまとめられた髪型。皆の祖母のものらしい、レトロではあるがアリサによく似合っている振袖。
 呆然と見つめていた皆のもとに歩いてくると、用意されていた草履を履く。
「どちらまで行くのですか、カイ」
「…………」
「カイ?」
 首を傾げられ、皆はハッと我に返る。
「あ、ごめん。行こうか」
「はい」
 玄関扉を開けて二人は外に出た。予想以上に寒い。
「アリサ、寒くない?」
「大丈夫です」
 微笑むアリサに、皆はしばし停止してからこそこそ尋ねた。
「お化粧してる?」
「はぁ。全てお任せしたので、されましたが。変でしょうか?」
「変じゃない。き、綺麗だ」
 顔を赤くして小さく呟く。
 本当に綺麗だ。元々顔が整っていることもあって、妙に色っぽい。
「喜んでいただけて嬉しいです。しかし着物は初めて着ましたが、動き難いですね。
 ……先ほどはすみませんでした」
「ん? さっきって?」
「せっかく買っていただいた服をだめにしてしまいました……。申し訳ありません」
「いいんだよ。アリサは僕を護ろうとしてくれたんだし」
「…………マスターは本当にお優しいですね」
 どこか落ち込んだ様子のアリサは、視線を伏せた。

 初詣に向かった神社は、大勢の人で酔いそうだった。
 皆ははぐれないようにとアリサの手を握って歩いている。
 二人で並んで参拝をした。
 帰り道、皆はアリサに尋ねる。
「なんか長かったけど、何を願ってたの?」
「……ワタシはダイスの戦いからリタイヤしてしまったので、他のダイスたちの健闘を祈っていました」
「…………」
「もうワタシには本がないので、ダイスであってダイスではありませんから」
「アリサ……」
「喪失感はどうしてもあります。それを埋めるのは難しいと思いますし、今までの主たちは今のワタシを責めることはしないでしょう。
 ですが、離脱したワタシの分も他のダイスたちに任せることになるというのは……少々心苦しいです」
「今のアリサは……幸せ?」
「幸せです。ダイスのワタシならば、きっと否定したでしょうけど」
 遠くを見るように空を見上げるアリサを見つめ、皆は握っていた彼女の手に力を込める。
「カイ?」
「初日の出を見に行こうか」
「日の出、ですか」
「ちょっと眠くなるかもしれないけどね。新しい始まりの空の色を、覚えておきたいんだ」



 空が明るくなっていく。太陽が姿を見せ始める。
 欠伸を軽くする皆の横では、アリサが日の出の様子を凝視していた。彼ら二人の周囲には、他にも日の出を見るために集まった者たちがいる。
「カイ、眠そうですね」
「あはは。帰ったら寝るから心配しないで」
「お雑煮の用意はしてあったはずですが」
「食べたら寝るよ。アリサは眠くない?」
「……少し眠いです」
 今の彼女は普通の人間とほとんど同じだ。睡眠も必要とするのだが……。
(やっぱり僕の睡眠不足がそのまま影響しちゃうのかな……)
 アリサと繋がるという今の状況が、あまりよくわかっていない皆である。アリサもよくわからないらしいが。
「そっか。じゃあお雑煮食べたら少し眠ったほうがいいよ」
「カイと一緒に寝てもいいですか?」
「う。い、いいけど……」
「何かしろとは言っていませんが」
「……ごめん。新年早々にいきなり邪念が……」
 頭の周囲を手で祓うように動かす。神聖な気持ちが台無しだ。アリサは単に寒いのと、寂しいので傍に居たいというつもりだったのだろう。
 朝日が昇り、周囲で「わぁ」と声があがる。
 こほん、と咳をして皆はアリサに微笑んだ。
「言ってなかったから、改めて。あけましておめでとう、アリサ。後で年賀状を手渡しするね」
「……すみません。ワタシは年賀状を用意しておりません。購入するお金もなかったので……」
「いいって。アリサは色々と気にしすぎだよ」
「いいえ。後で必ずワタシからもお渡ししますから。
 あけましておめでとうございます、カイ。本年もよろしくお願いいたします」
 頭をさげるアリサも、にっこりと微笑んでくる。いつもと違う雰囲気も手伝って、本当に可愛い。
(ど、どうしよう……またキスしたくなっちゃった……)
 最近どうも彼女とキスばかりしている気がする。別にキス魔というわけではないはずだが、祖父母の目を逃れて彼女とイチャつくのはキスが手軽でいいのだ。
(後でキスさせてもらおう。だって新年で、着物姿で、お化粧してるアリサは今日だけかもしれないし。記念だよ、記念)
 心の中で言い訳をしていた皆にアリサが、ちょっと耳を貸してくださいとジェスチャーをする。素直に耳を近づけると、アリサからほっぺにキスをされた。
「人前ですので、これでご勘弁を。参拝と日の出、とても嬉しかったです」
「……アリサ、帰ったら記念撮影しよう」
「……よくわかりませんが、カイがしたいのでしたら構いませんよ?
 あぁ、そういえばカイに貰ったマッチ、使っていませんでした」
「……使わなくていいよあれは」
 小さく言って、皆は握った手を、もう一度握り直す。アリサは応えるように握り返してきた。
 今年はどんな年になるだろう。予想なんてできないが、それでもきっと――。
(アリサと一緒なら、いい年になるだろうな)



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【6678/書目・皆(しょもく・かい)/男/22/古書店手伝い】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、書目様。ライターのともやいずみです。
 アリサと共に新年を迎えました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル -
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東京怪談
2008年01月08日

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