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『 夢で会えたら 』
シュライン・エマ0086



 【Opening】

 クリスマスへと向かう夜。
 街中は軽快なクリスマスソングとイルミネーションに彩られているというのに、そこだけはポツンと取り残されたように静かだった。
 この場所には月明かりも星明りも届かない闇だけが横たわっているかのようだ。
 まるで映し出されているのは自らの胸の内なのか。
 時計の針が0時を回る頃、教会の鐘が鳴り響く。
 それだけが唯一の音のように。
 目を閉じた。

 そして再び、目を開けたとき。

 暗闇ばかりで何もなかったその場所が華やかに彩られ。
 彼と出会った。





 【in Your Dream】

「…………」
 目の前に草間武彦の驚いたような顔があった。
 突然彼が現れたのだ。驚いたのはむしろ彼女の方である。
 シュライン・エマは2度まばたきをして彼の背後を見やった。
 渋滞で連なる車のテールランプが緩やかな上り坂に天への道を築いている。そこにちらちらと降り積む雪が車のヘッドライトに瞬いて、まるで星屑が降り注いでいるかのような錯覚を覚えさせていた。レンガ造りの街並みはホワイトクリスマスに染め上げられ、見下ろせばブーツの下にあるのは無機質なアスファルトではなく、本当は冷たいくせに、どこか暖かく感じられる白銀。
 いつの間に積もったのだ、と考えるのはバカバカしいだろうか。
 きっと、これは夢なのだ。
 何故なら自分は、こんなヨーロッパのどこかみたいな景色を知らない。
 何より、たった今まで明かりを点ける前の草間興信所で照明のスイッチを手探りで探していたのだから。
 シュラインは目の前の武彦に視線を戻した。
「えーーーーー?」
 そうだ。夢なのだ。
 こういう夢の場合、往々にして相場は決まっている。NATのばってん羊や、近未来っぽいばってん羊だのが現れて、自分にもふもふな夢の時間をくれるのだ。言うなればそれがセオリーというやつである。
 それが何故ゆえ、彼なのか。
 シュラインは舌打ちしたい気分で盛大に溜息を吐いた。
 それを見咎めたように武彦が眉を寄せ、どこか疲れた口調で言う。
「お前な……人の顔を見て、いきなりあからさまにがっかりするのはやめてくれないか」
「あ……あら、おほほほほ、ごめんなさい」
 シュラインは口元を手で隠しながら笑ってごまかした。
 だって、と思う。

 ―――どうせ武彦さんに会うなら、現実の方がいいんだもん。

「ん? なんか言ったか?」
 煙草に火を点けていた武彦が紫煙を吐き出しながら聞く。
「え? べ……別に何にも」
 うっかり本音が口の端から飛び出していたのか。それとも内心が読まれているのか。はたまた、夢だから、なのか。シュラインは慌てて手を振った。
 しかし一体なんなんだ、とばかりに武彦は煙草を指に挟んだ手で頭を掻きながら辺りを見回している。
 本当に何なんだろう、とシュラインも再び辺りを見渡した。夢なのだから脈絡がないのは当然なのだろうが。
 通りの向こうにこんもりと雪だるまが見えるのにシュラインは目を細めた。
「雪だるま?」
 にしては、知っている雪だるまと随分形が違う。だんごが二つでも三つでもない。どちらかといえばかまくらを後ろから見たような……。
 目を凝らしていると、そのかたまりがふっと縦に2倍になった。
 いや、2倍になったというのは少し違うか。小さく蹲っていたものが立ちあがった。そんな感じだ。しかも、あのシルエットは見た事がある。
「あ……」
 これは夢なのだ。
 これが自分の夢ならやっぱりもふもふははずせない。鬼ごっこの次はかくれんぼ。
 今度は自分が鬼なのか。
 白いふわふわの綿毛の塊のようなそれが通りの角に消える。
「どうした?」
「捕まえに行かなきゃ」
 シュラインは武彦の袖を掴んで走りだしていた。
「わっ……ちょっ……何を?」
 急に走りだしたシュラインに、前につんのめりそうになった武彦が、なんとかバランスを保って問いかける。
 それにシュラインは少しだけいたずらっぽい笑みを返して答えた。
「夢のかけら」
「はぁ?」



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 クリスマスの喧騒を半ば強引に掻き分けて、もこもこの塊が消えた通りの角に辿り着く。
 しかし既にそこにはもこもこの姿はない。きょろきょろと辺りを探していると、傍らで武彦が空からひらひらと舞い降りてきたそれに気付いて、雪の上から拾い上げた。
 紙切れには達筆で書かれた文字。間違いない、もこもこの置手紙だ。
「前に50?」
 紙切れの文字を読み上げて武彦が不可解そうに眉を顰めた。シュラインも紙を覗きながら首を傾げる。
「50ってやっぱり距離かしら? 50mm……50cm……は、ないか」
 空から風に揺られて落ちてきたのだ。50mmや50cmは誤差の範囲だろう。
「50m……50km…も進んだら、間違いなく途中で建物に付き当たるわよね。って事は50mかしら」
「50歩ってのもあるぞ」
 2人は顔を見合わせた。50歩じゃぁ、歩幅が違えば距離も変わってくるだろう。ばってん羊の歩幅だとどのくらいになるのやら。
「他にも、街路樹50本とか、街灯50本とか、50件先とか……」
「それ全部検証するの?」
「近いところで手を打ってくれてると助かるなぁ」
 天を仰ぐようにして武彦が言った。今にもエスケープポッドを探しそうなその横顔に、シュラインはしっかと袖を掴む。
 こうなったら、2人で見つけようではないか。
「街路樹やら街灯なら『前に』じゃなくて、そのまま書くんじゃないかしら?」
 それに、と思う。例えばこれが50mだったとして、どうやって50mを測ればいいのか。携帯用裁縫セットのメジャーで測れるのはせいぜい2mなのだ。そんなに準備万端で来ているわけでもない。
 一番現実的なのが50歩のような気がする。
「とりあえず、50歩歩いてみましょう。それで次のヒントがなかったら、何とか50m測るしかないわね」
「…………」
 厭そうな顔つきの武彦を半ば引き摺るようにしてシュラインは、通りを歩き出した。
 街路樹はクリスマスにデコレーションされ、さながらクリスマスツリーの並木道を歩いているような気分になる。
 歩数を数えながら、シュラインはのんびりとした気分で雑踏を抜けた。走って追いかけねばならないわけでもない。
 考えてみたら現実でこんな風に彼と並んで街を歩くなんて数えるほどしかなかったような気がする。勢いで掴んできた彼の袖口をチラリと見やって今更照れのようなものが込み上げてくるのに、わずかにシュラインは視線をそらせた。
 開いた手で雪を掴んで頬にあてる。火照った肌に冷たくて気持ちいい。
 手を離すタイミングを考えながら、いつの間にか数を数えるのも忘れて歩いていると、ふと、肩を掴まれた。
「え?」
「50歩歩いたぞ」
「あ…ああ」
 我に返ったようにシュラインは足を止めて辺りを見回した。
 そこに公園の入口がある。
 広い園内は、街の華やかさとは裏腹にどこか静寂に包まれていた。電飾に飾り立てられてはいない分暗く見えたが、街灯が仄かな明かりを落としている。
 シュラインは武彦の袖口から手を離すと半ば吸い込まれるようにして公園へと歩き出した。
「あ、おい……」
 背中を武彦の声が叩いたが、シュラインは目を凝らすように園内を見回していた。
 街中では通りを歩く人々も嵌ってしまうかもしれないので罠の心配もなかったが、人気のない公園ならありうる。例えばWばってん羊がいるなら、戦闘の痕だってあるかもしれないのだ。
 そうして公園をうろうろし始めたシュラインに武彦が声をかけた。
「正解みたいだな」
 そう言って横に並ぶと、おもむろにシュラインの前に紙切れを差し出してみせた。
「公園の入口にあった」
 最初の紙切れと同じ達筆で書かれたメモ。
「野を越え、山越え、水面の中?」
「この公園には、池でもあるのかね」
「池だったら、探すのが大変じゃない」
「全くだ」
 武彦が肩を竦める。
 公園内を抜ける道を無視するように2人はまっすぐと歩き出した。普段は芝生になっているのだろうか、今は白銀の野だ。
 進む内に、いつの間にか街の雑踏は遠く木々に遮られ、月明かりの下静かな公園を2人で歩いていた。
 これは夢なんだな、とシュラインは改めて思う。
 それは公園に人影がないから、というわけでもない。
 いつもは慌しい日常に埋もれ、こんな風に2人で歩く事は滅多になかったから。
 今日はクリスマス。
 神の子のいたずらか、サンタクロースのクリスマスプレゼントか。
 夢なんだな、と思う。
 だから。
 いつもなら言えない事も言えそうな気がする。聞いてみたい事も聞けそうな気がする。
 どうせ夢だ。
 傍らを、歩調を合わせて歩いてくれる彼も、自分の作り出した幻影でしかないのだろうか。
 本人とは違う。
 ならば。
 本当の答えが返ってくるわけではないのかもしれないけど。
「寒くない?」
 ふと彼が言った。
「え?」
「自販機がある。なんかホットドリンクでも買ってこよう」
 そちらを指差しながらさっさと自販機の方へ駆け出してしまった彼の背をぼんやり見送って、シュラインは街灯の下へ歩き出した。そこにベンチがあったからだ。急ぐ道でもない。
 座って待っていると、武彦が缶コーヒーを手に戻ってきて隣に座った。
 手渡された缶コーヒーは当たり前だけど温かくて頬に押し当てる。心地いい。
 コートの内ポケットからいつものマルボロを出した武彦に、シュラインは携帯用灰皿を開く。
 それから缶コーヒーのプリリングをはずした。
 喉を潤しホッと白い息を吐く。
 街灯の明かりにオレンジ色に灯る雪をぼんやり見やった。
 淡い雪は花吹雪を連想させる。白い絨毯は純白のドレスを思い出させて、フラワーシャワーの降り注ぐあの教会を想起させられる。
「六月のあれ……」
 ポツリと呟いた。
「うん?」
 武彦が紫煙を燻らせながらわずかに振り返る。
「続きって多少は本気混じってた?」
 缶コーヒーを掴む手にわずかに力がこもる。面と向かって聞けずに、ただ視線は前に向けたままで。
「…………」
 それは思いのほか長い沈黙のように思われた。でも、実際には大した時間ではなかったのかもしれない。
「あの機を逃したら、次にウェディングドレスを着られるのが、いつになるかわからないだろ」
 どこかぶっきらぼうにそう言って彼は立ちあがった。
「…………」
 それは、あれか。あれなのだろうか。自分は嫁に行けないと遠まわしに言っているのだろうか。
 シュラインは武彦の背を睨みあげた。彼が今、どんな表情をしているのか、何を考えているのかはその背からは全く読み取れない。
 缶コーヒーを掴む手が小刻みに揺れる。ベコリと小さな音を立てて缶が凹んだ。
「くっ……乙女の純情を……」
 小さく呻くように呟いて続く言葉をかろうじて飲み込めたのは、これは夢だから、とどこか楽観出来たからかもしれない。
 今回の主目的はふわもこ堪能。そう自分に言い聞かせて、何かを吹っ切るみたいにして立ち上ると歩き出す。
「さ、行きましょ!」
 野を越え山越え谷越えて、遥か彼方の水面まで。
 そうしてさっさと歩き出してしまったから、彼がその後に続けた言葉を、シュラインは結局聞き逃してしまった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 野を越え山越え、さすがに谷までは越えずにすんだすぐ先に噴水があった。
 どうやら水面は池ではなく噴水だったらしい。
 水の中は暗かったが、それでも噴水を覗くとその中にばってん羊らしきシルエットがあった。
「この中にふわもこが待ってるのね……」
 落ち着いて考えれば、こんな噴水にそれほどの深さがあるとも思えない。そんなところにばってん羊が収まるわけもない。たとえ収まっていたとしても、濡れたウール100%でふわもこを堪能出来るわけがない。
 それでもシュラインは半ばヤケクソ気味だった。
 踏み躙られた乙女の純情とやり場のない憤りの持って行き場を全てそこに注ぎ込むようにして、シュラインは噴水の縁に立つ。
 どうせ夢の中だ。風邪も引くまい。
「おい! まさか飛び込む気か!?」
 武彦の制止も聞かずにシュラインは噴水に飛び込んだ。

 ふわもこが、そこにある。


 そう信じて。そう念じて。
 だってこれは夢なのだから。


 水に濡れる感触はいつまでたっても訪れない。
 代わりに、ふわふわの綿毛の感触。
 心地よいぬくもり。


 それから。


「痛ぇ〜」

 という声に目を開けた。
「なんだよ……」
 ぶつくさと自分を見上げる彼の顔にシュラインは思わず飛び退った。
 暗さに目が慣れるのには、思ったほど時間を要さずにすんだ。
 いつもの草間興信所。
 夢から覚めたのか。まだ夢の続きなのか。
 ソファーの上で毛布にくるまって、どうやら寝ていたらしい武彦が上体を起こす。
「……起こすんならもっと優しく起こしてくれよな」
 とか言いながら。
 どうやら現実らしい。
 シュラインは視線を泳がせつつ照明のスイッチを探した。
 うっかり立ったまま寝ちゃって、夢を見て、倒れこんだ先は運よくソファーだったけど、運悪く武彦が寝てる上だった、と。そんなところか。
 そう結論づけて舌を出す。
 何とも微妙な夢だったと、溜息を吐き出して部屋の明かりをつけた。
「ソファーでなんて寝てないで、ちゃんとベッドに行きなさいよ」
「ああ……」
 頭を掻きながら武彦はいつものマルボロに火を点けた。
 灰皿を出してやる。
 彼の視線に気付いて首を傾げた。
「どうしたの?」
「ああ、いや。今まで夢見てたから」
「夢? どんな?」
「……お前さんがいきなり噴水に飛び込む夢」

 ―――え?

「なんか、ふわもこがどうとか言って」

 ―――それは……まさか?

「雪まで降ってたんだよなぁ……、何考えてんだか」

 武彦の言葉にシュラインは血が頭に昇るのを感じた。頬が熱くなるのを感じた。
 まさか、同じ夢を見ていたのか。
 反射的に背を向けてパタパタと手で顔を扇ぐ。夢だと思っていたのに。
 いや、間違いなく夢だったのだが。

 あの質問の答えは、本物だったのだろうか。

 その可能性に行き当たってシュラインはがっくりうな垂れた。
 大体誰のせいでいけず後家にならんとしているのか……ぶつぶつと内心で悪態を吐く。
 煙草を片手にブラインドの隙間から夜の街を覗いていた武彦がぽつりと言った。
「雪だ……」
「え?」
 ソファーから顔をあげて窓の外を振り返る。
 雪が降りだしていた。
 武彦が時計を見やって、それからシュラインを見下ろした。
 柔らかく微笑んで。

「メリークリスマス」

 ま、いっか。と思う。これも惚れた弱味だ。
 シュラインは小さく息を吐き出してから笑みを返した。





「メリークリスマス」





 ■A Happy Xmas!■






★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 クリスマスにお届け出来ず申し訳ありません。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。

WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年01月07日

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