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『見習いサンタ拉致事件 』
シュライン・エマ0086

「うわあ……」
 その教会に入った時、エファナは美しさにほうと嘆息した。
「きれいな装飾……それにステンドグラスも……綺麗な細工……」
 自分の故郷でもこれほど素晴らしい建物を見たことがあっただろうか。

 1人の壮年の男性が、中心で片膝をつき、女神像に祈りを捧げていた。
「ねえおじさん」
 エファナはこんなところに来る人間にとても関心を持った。
「おじさんはどうしてここにいるの?」
「もちろん、お祈りのためさ。懺悔とともに……幸福を祈って」
「懺悔……あるんだ?」
「そりゃあ人間だから」
 悔い改める人間たち。エファナはいたく心をうたれた。
 早速自分の出番かもしれない。
「ねえおじさん」
「なんだい」
「あたしねえ、人の夢を探してるんだ。おじさんの夢、なぁに?」
 すると男は首の後ろをかいて恥ずかしそうに、
「……今やっている仕事で成功して、裕福になることかな」
「うーん、裕福になるっていうのはやっぱりみんなの願いになっちゃうのかなあ」
 あんまり好きな願いじゃないけどなあ、と心の中で思い、エファナは腕を組んで額にしわなど刻んでみた。
 が、考えてみたところで始まらない。
「とりあえず、おじさんの仕事が成功するようにっていうのは叶えられるようお手伝いする! あたしに出来ることある?」
「そうだなあお嬢ちゃんなら」
 男がつぶやいた時。
 バタンと音がして、教会の奥から男たちが現れた。――ドアにのぞき窓がある。全部見られていた!
 男は、にたりと笑った。

「人売りのおじさんたちのために、獲物になってくれることかな」

「―――!」
 抵抗もできずエファナは数人の男たちに捕まり、さるぐつわをかまされ、縄を打たれ、そのまま教会の奥に連れ去られた。
「ああ、最後の最後にかわいい子供を手に入れられて、女神よ感謝します」
 男はくっくと笑いながら教会から出て行く。

 ――後には、エファナが落としていった魔法のステッキだけが残った。
『助けて! 男の人何人かに捕まったの、助けて!』
 と、エファナの声を再現し、リピートし続けるステッキだけが……

 ■■■ ■■■

 シュライン・エマは、草間武彦[くさま・たけひこ]とともに、調査に出ている最中だった。
 草間が所長である草間興信所は年中貧乏休みなし。年末になってようやく実入りのよさそうな仕事が入ったが、何もこんな時期にこんな話題は欲しくなかった。
「人身売買……クリスマスに聞きたくはなかったわね」
 シュラインは草間にしみじみ言う。
「仕方ないさ……さて、問題の教会とやらはここかな」
 2人で見上げるのは、とても大きな装飾の美しい白い教会――

 中に入ると、まず第一にやはりその荘厳さとステンドグラス、彫像などの細工の美麗さに目を奪われてしまった。
 今回の人身売買調査に少し引っかかりがあって、2人でやってきたのだが、それにしてもこんなにも壮麗な教会が関わっているなんて。
「思いたくはないんだけど……」
 つぶやいた。
 と、彼女の耳に何かが届いてきた。
「――……? 武彦さん、今何か言った?」
「いや? 何も言ってないが」
「そうよね。第一今のは女の子の声……」
「女の子? いないぞ、とりあえずこの廊下には」
「他の部屋にいるのかしら?」
 シュラインは耳を澄ます。彼女は耳がいい。色んな音を拾うことができる。
 草間はその作業を邪魔しないよう、ぴくりとも動かずにいた。
 ――声。確かに女の子の声だ。だが、どこか人間とは違うような気も……する。
 発信元は?
「武彦さん、こっち」
 シュラインは自分の耳を頼りに、草間の手を引いた。
 たどりついたのは礼拝の間――
 そこに来て、ようやく草間も目をぱちくりさせた。
『助けて! 男の人何人かに捕まったの、助けて!』
 ――女の子の声だ。彼にも聞こえる。
 だが、女の子の姿は見えない。
「どこだ? いや、捕まったと言っているのになぜ声が聞こえる? 何なんだ?」
「武彦さん!」
 シュラインが小走りに走って、礼拝の間の中央辺りに落ちていた何かを拾った。
 草間が続いてやってくる。
 それは、ステッキだった。
『助けて! 男の人何人かに捕まったの、助けて!』
 声は確かにそのステッキから聞こえる。いや、聞こえる気がする。
「……この杖、新しい被害者の物?」
「人身売買のか……」
 草間が厳しい顔になって、「シュライン、あまり素手で触るな」
「あ……ご、ごめんなさい」
 調査の基本だ。警察と同じである。慌ててステッキを落ちていた場所――床に置き、手袋をはめてからもう一度持ち上げる。
「魔法のステッキ……?」
 戸惑った声でつぶやくと、草間は困ったように後ろ首をかいた。
「参ったな……魔法とかが関わってこられたら普通の調査ができないぞ」
 彼らは魑魅魍魎が住む魔の都市東京に住んでいる。魔法、と言われてとりたてて驚くわけでも頭ごなしに否定するわけでもない。人外の知り合いも大量にいるのだから。
「でも、最新の機械っていうのもありね。とっさに声を録音できるおもちゃってあったじゃない」
「ああ、あったな」
「ステッキっていうのは聞いたことないけど……」
 と2人で悩んでいたその時。

「わあ、綺麗な教会だね、ロウワ君!」
「そうですね」

 教会に新しい声が響いて、シュラインたちはびくりと身を震わせた。
「シュライン、隠れるぞ」
「こ……子供の声だけど」
「万が一だ」
 そう、万が一人身売買の関係者だったら大変だ。2人で礼拝の間に並んでいた椅子の陰に隠れる。
 軽快な足音は近づいてくる。
「こんな綺麗な教会が残ってるなんて、信じられないなあ」
「実際に残ってるんだから、信じましょうよ」
「あはは。そうだよねー」
 ――10代の少年少女か?
「こういう教会にはね、ロウワ君。礼拝の間っていうのが大抵あって、そこにご神体が――」
 ひょこ。
 礼拝の間に顔を出したのは、短い黒髪に額に赤いバンダナを巻いた、少年のような少女。
「礼拝の間ですか?」
 ひょこ。
 彼女の後ろから顔を出したのは、彼女より大分背の高い、優しげな顔立ちの少年。
 そして彼らは早速、謎のステッキに目をつけたらしい。
「あれ、何これ」
「しゃべってますよ?」
「助けて……? 何が起こったんだろ」
 ステッキを手にとってくるくる回す。興味深そうに観察するが、振ってみても何も起こらない。
「おかしなステッキですけど、何だか胸騒ぎがします――」
 少年が痛々しい顔で少女の持つステッキを見つめた、その時。
「!?」
 少女がさっと辺りを見渡した。
「な、何ですか? ユメルさん」
「人の気配がする……」
 やがてはっきりとこっちを向き、
 だれ! と少女が声を上げる。
 シュラインと草間は顔を見合わせた。あっさりと気配を感じ取られてしまった――
「……やれやれ」
 草間がゆっくり立ち上がったので、シュラインはそれにならった。
 ステッキを持った少女が、慎重にこちらを見ている。
「見たことのない服装……でも、言葉は通じたの、かな」
 ぶつぶつと少女はつぶやく。
 少年はその後ろで、目をぱちくりさせていた。
「……どこの民族でしょう?」
 民族。
 ――日本に住む草間たちは思わずずっこけた。
 よく見れば、草間たちから見ても少年少女の服装は異様だ。まるでファンタジーの旅人のようである。
 シュラインは草間がどう判断するか、少しの間待った。
 草間は軽く天井を見た後、
「あー……と、な。君ら。俺たちは怪しい者じゃない。俺は草間武彦、こっちがパートナーのシュライン・エマだ」
「クサマタケヒコ……?」
 少女の方が眉をひそめる。「聞いたことのない響き。やっぱり初めて会う民族かな。言葉通じるのに」
「……いや、民族と言われると多少違和感があるんだが……」
 参ったな、と草間は苦笑した。
「また、どこかの次元とつながったか?」
「クリスマスの魔法ね」
 シュラインも同じく苦笑するしかない。少年少女は、明らかに違う世界の人間だ。
「くりすます?」
 少年の方が目をぱちぱちさせた。彼より歳下そうな少女を見て、
「くりすますって何ですか、ユメルさん」
「……私も知らないよ?」
「あ、クリスマス知らないのね。……うん、違う世界だわ」
 シュラインは改めてうなずいた。

 草間とシュラインの様子をしばらく見ていた少女は、やがて「危険人物じゃない」と判断したらしい。
「私はユメル・アルメイダ。こっちはロウワ君」
 それで――とユメルと名乗った少女はじっと草間たちを見つめた。
「この教会に何しに来てるんですか? あ、このステッキおにーさんたちの落し物?」
「いや、そうじゃない」
「私たちはね、人身売買の調査に来ているの」
 シュラインが説明した。
 人身売買。その言葉はさすがに通じるらしい、ユメルがさっと厳しい顔になった。
「この辺りで人身売買の噂があるんですか?」
「人身売買……」
 ロウワと紹介された少年が青くなる。
「噂があるというか、とにかく調査を続けていたらこの教会が引っかかったのよ。……このステッキは、新しい被害者の持ち物じゃないかと見ているの」
『助けて! 男の人何人かに捕まったの、助けて!』
 ステッキは相変わらずそれを繰り返している。
「これが被害者の持ち物……」
 ユメルは真顔でステッキを見つめた。
「魔導の類かな? 魔石に近い力を感じるけど……」
「マセキ?」
 今度は草間たちが尋ねる番だ。しかし魔石がいかなるものかを説明するすべをユメルたちは持っておらず、ただステッキを冷静に分析する。
「このステッキが言ってることが正しければ、複数の人間が移動した痕跡があるはずだよね」
 ロウワ君、とユメルは自分の連れに言った。
「……調べる?」
「もちろんです」
 ロウワは強くうなずいた。
「人身売買の現実って厳しいよ? 本当にそれでもいい?」
 草間たちの印象では、少女の方が世間慣れしているようだ。少年はそれを教え込まれているところなのだろうか。
「はい」
 ロウワは神妙な顔で言う。
 ユメルは満足したようだった。
「うん。じゃあこの周辺をちょっと探してみよう。何か不自然な跡がないか」
「ユメルさん。ちょっと、ステッキ借りてもいいかしら?」
「あ、はい」
 ユメルはシュラインにステッキを渡した。
 シュラインは一応、駄目元でステッキに語りかけた。
「声以外に捕まった際の映像は出せる?」
「おいおいシュライン――」
 草間が呆れた声を出した、その時――
 ステッキがぱあっと光った。
 一瞬、礼拝の間の色が変わった――セピア色に。
 そして、今とは違う時間のヴィジョンが重なる。
 ――女神像の両脇にある扉から出てきた男たちに、サンタの格好をした少女が連れ去られていく様子――
 ほんの数秒のことだった。
 すぐに、セピア色の世界は終わった。
 それ以来、ステッキは沈黙した。
「……充分だ」
 草間は真剣な声でつぶやいた。
「あの扉だね」
 ユメルは女神像の両側にある扉を見やる。
 そしてユメルたちと草間たちは顔を見合わせ、
「……ここで会ったのも何かの縁」
「共同戦線、張ってくれる?」
 返事はなかった。必要がなかったから。

「ただ、思うのは」
 ユメルは人差し指を立てて草間たちに告げる。
「今回に限っては人身売買じゃなくてただの人攫いとか、あるいはさっきのヴィジョン、ステッキの声自体が罠だという点もあるっていうことです」
「そうね……私たち大人はともかく、ユメルさんたちは気をつけて行動した方がいいわ」
「そこら辺の賊にぐらい勝てます。でも見当違いのことをやらないために……やっぱり作業は分担した方がいいと思うんです」
 草間とシュラインは少女が装備している剣を見やる。
 確かに――彼女たちの世界の常識で戦ったら、賊の方が恐ろしい目に遭うだろう。
 というか……
「今回の人身売買の大本は、俺たちの世界の常識か? 彼女たちの世界の常識か?」
 草間に真剣に尋ねられ、シュラインは何とも答えられなかったのだった。

「とにかく、まずは教会内の探索ね」
 シュラインの提案で、彼らは分散することになった。
「子供だからってなめないでください。ずっと2人で旅してきたんです」
 ユメルの主張で、ロウワはあくまでユメルについていき、草間はやはりシュラインと一緒に行動、という結果になった。
 まず、ユメルたちは教会内の捜索。
 シュラインたちは教会外での聞き込みに回る。
「………」
 シュラインは少し考えて、ユメルに耳打ちした。
「分かりました」
 ユメルはシュラインの目を見てうなずいた。
 しっかりした子だ。まだ十代半ばだろうが、彼女なら大丈夫だろうと判断して、シュラインは草間を促した。
「行きましょう。聞き込むことがたくさんあるわ」
「……ああ、分かった」
 草間は軽く少年少女に手を振って、シュラインについて身を翻した。

 ■■■ ■■■

 ユメルはロウワとともに、教会内探索を始めた。
 まずは礼拝の間の調査。
「たくさんの足跡がある……土がついてる。土足で入ってきてる」
「この教会の外は普通の草原でしたから」
「そうだね。今は草の少ない季節だから……」
 外を歩けば土がたくさんつくだろう。
 それにしても、とユメルは首をかしげる。
「変な足跡があるなあ……ぼつぼつがたくさんついてる……」
「さっきのお2人みたいに――」
 ロウワは礼拝の間の椅子の裏などを調べながら、「きっと僕たちの知らない民族の人たちなんですよ。だから、靴の造りも違う」
「そうだね」
 ユメルは納得した。
 くりすますとやらが何かは知らないが、あの大人2人はユメルたちとはかけ離れた世界の人間で、今日この日だったからきっと世界が重なったのだと言っていた。
「……解決したら、くりすますって何か訊いてみよっと」
 何となくそう思いながら、ユメルは四つんばいで床の捜索を続けた。

 椅子の上や下には何もありません、とロウワは伝えてくる。
 ユメルは足跡を追っていた。たくさんの足跡があちこちについていたが――ひとつだけ確かなのは、どれも一度は女神像の両端の扉を通っているということだ。
 ユメルは立ち上がった。
 まず、左側の扉に。
「ロウワ君」
「はい」
 ロウワが駆け寄ってくる。
「一緒に、この扉通るよ」
「はい」
 言って、ロウワはユメルを自分の後ろに隠す。
 ユメルは仰天した。
「ロウワ君!?」
「いえ、だって」
 ロウワは肩越しにユメルを見た。「もし扉開けてすぐに敵がいたら危険ですから」
 最近ようやく手になじむようになってきた剣を抜きながら、少年は言う。
「あのね、ロウワ君」
 ユメルは眉間に指を当てた。
「……正直言ってね、君の――」
「分かってます」
 ロウワは即座にうなずいてきた。「だからです」
「……だから?」
「ほら、開けざまに切りかかられたりしたのがユメルさんだったら、それこそその後大変じゃないですか。先に怪我をするなら僕です。そうでしょう?」
「あのね……!」
 ユメルはロウワの胸倉をつかんで引っ張った。
 ロウワのきょとんとした表情とぶつかる。ユメルは小さく怒鳴った。
「馬鹿! ロウワ君が怪我したら――ええと、その、か、却って足手まといだよ!」
 言い方が悪い――分かっていても、他に言葉がない。
 しかしロウワは、柔らかく微笑んだ。
「何だか今日はそんな気分なんです……僕に、あなたを護らせてください」
「―――!」

 ――くりすます。

 何故か、意味も知らない、今日初めて知った言葉が脳裏に蘇った。
 ユメルは視線を落とす。
「ユメルさん……?」
 “あなたを、護らせてください”
 その言葉が頭の中をめぐって、めぐって。
 ユメルは無言でロウワを押しのけ、扉に耳をつける。
 ――扉の向こうに、何かの気配はない。
「大丈夫……向こうには誰もいない」
「そうですか? でも今日は何かいつもと違うみたいだし」
「大丈夫、行こう。2人で」
 ロウワの手をつかみ、ユメルは扉を開けた。

 静かな廊下が広がっていた。しかし、あの教会の一部とは思えないほどに暗い。
「教会なら、どこも光が入るように設計してあってもおかしくないんだけどな……」
 やっぱり怪しいか、とユメルはつぶやいた。
「あのお姉さん。ここで人身売買や人攫いが行われているなら、教会関係者も関係してる可能性が高いって言ってた。そうしたらこの教会自体が――」
 上を見上げて、高い天井を見つめる。
「……人攫い用に、出来ているのかもね」
 首を伸ばして見ると、女神像の右側の扉が通じているのだろう扉がある。どっちから入っても同じなわけだ。
「じゃ、ここから出るには……と」
 慎重に辺りを見渡す。
 と。
「おや……こんなところまで」
 声がした。
 はっとユメルは振り向いた。
 廊下の向こうから、ゆっくり歩いてくる人物がいる……
「どうしたのかね。迷ったのかい」
 明らかな牧師の服装をした人間。ユメルは目を細めた。

 ■■■ ■■■

「おいシュライン」
 教会の外に出た時、草間が訊いてきた。
「いいのか? 本当にあの子供2人に任せて」
「あの子たちがどれだけしっかりしているか、武彦さんにもすぐ分かったでしょう?」
「分かるが……しかし子供だぞ。敵のいい獲物だ」
「………」
 シュラインは黙ってしまった。
「ああ、悪かった。言い過ぎた。確かにあの子たちは頼りになりそうだったな――あの子たちというか女の子の方が」
 草間は煙草を取り出していた。教会内では居心地が悪くて吸えなかったのだ。
 そんな草間をシュラインはため息をついて見て、
「聞き込み中は、煙草吸ってちゃ駄目よ?」
「我慢の限界だったんだ。1本ぐらい許してくれ」
 草間は苦笑した。
 もう、と笑いながら、シュラインは近場の情報源を探す。
 教会は東京の郊外にあった。ちょうど田畑をたがやす人々が通えそうな位置だ。
「周囲の家々で聞き込み……と」
 一番近くの、田んぼの主であるはずの家を訪ねる。
 草間が煙草を1本吸い終わるのを待って、それから戸を叩いた。
 顔を出したのは、にこにこ顔のお爺さんとお婆さんだった。さすが田を現役で持っているだけあって、尋ねた年齢のわりに若い。
「え? あの教会ですかいな」
 お爺さんはきょとんとした顔をした。
「ええ。あの教会で気づいたことはありませんか?」
「あの教会はちょうどいい井戸端会議代わりの場所ですがな。皆集まります」
 がはは、とお爺さんは明るく笑う。
 シュラインも揃って笑って、
「あそこの教会で働いているのは、何人くらいですか?」
「んんー? どうだったかいなあ。なあ婆さん」
「んにゃあ、わしにもよう分からん。ああでも、ここら辺に住んでるわけではなさそうな若者が数人おるのは確かじゃのう」
「何人か……分かりませんか? 何とか」
「んんん」
 お婆さんは眉間に強くしわを刻んで、指折り数えようとする。
「4、5、6、……8人は、おると、思う」
 シュラインは草間と素早く視線を交わした。――8人。行動を起こすには充分な人数だ。
「その8人が、教会の表ではなく裏から出て行った――とか、子供をつれていた――とか、そんなところを見たことはありませんか?」
「わしは見たことがないぞ」
「わしもない」
 お爺さんとお婆さんの記憶はそこで終了だったようだ。
 心の中でちょっとだけ残念に思いながら、
「ところで、この辺りで人身売買が行われているという悲しい情報があるのですが――」
「人身売買!」
 とたんに、2人の老人は震え上がった。「何という恐ろしい!」
「それに関しては、何か……ご存知ないですか?」
「ま、まさか!」
「知らん知らん!」
 ぶるぶると首を横に振った2人をなんとかなだめて、シュラインと草間はこの家から退散することにした。
「ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げて、2人は人のいい老人の前を辞した。

 次の家でも、次の家でも、また次の家でも、まったく同じような情報ばかり集まった。
 聞き込みは根気。慣れている。慣れている。そうは思っても、今回は人身売買だ。
 しかもあのステッキの件がある。捕まったばかりの子もいるかもしれないのだ。
 焦りがシュラインを襲っていた。
 そんなシュラインを――
 ふいに、草間が抱き寄せた。
「……落ち着け、シュライン」
 草間の煙草の匂いが、シュラインを包む。彼女をなにより安心させる香り。
 シュラインの体から、すとんと力が抜ける。背後から回っている彼の手に手を重ねて、シュラインはつぶやいた。
「……あの子たち、無事かしら……」
 本当は。
 不安で、不安で。
「信じろ。――俺もああは言ったが、俺はお前のパートナーであり……上司だ。お前の発言には俺が責任をもつ。お前とともに俺が責任を持つ。あの2人に何かあったら2人で必ず護ろう」
「――……」
 シュラインがぎゅっと目を閉じた。
 首筋に、柔らかく暖かい何かが触れた。
 ひゃっと身をすくめたシュラインは、草間を突き飛ばした。
「こ、公私混同! 厳禁!」
 そう言いながら、真っ赤になっているのは自分だ。
 草間はお腹を抱えて、くっくと笑っていた。

 シュラインも少し元気になり、気を取り直して次の家の戸を叩いた。
 次の家では、30代ほどの男性が応対してくれた。意外な若さだ。
「うん? いや俺はあまりあの教会には近づかないからなあ……」
 と鎌田という名のその男は言った。
「誰が出入りしてるかなんてまったく分からないな。役に立たなくて済まん」
 まあ、若いと却ってああいう場所には興味がないのかもしれない。
「あなたは独り暮らしですか? ここに」
 草間が尋ねた。
「ああ、爺さんから受け継いでね。両親は東京都心部に住んでるんだよ」
「それはまた変わってますね」
「よく言われるよ」
 はははと爽やかに笑う、いい若者だった。
 しかしそんな彼も、人身売買の話題では顔を曇らせた。
 ふーむとあごに手を当てて、
「そう言えば……」
「何か、心当たりが?」
「東京外から入ってきた男たちが何か怪しい動きをしてるな。ああ、そいつらはもっと西側に住んでるんだが」
「怪しい動き――とは?」
「俺たちと全然関わりたがらない。こっちから挨拶に行ってもな。そして、やたらあいつらだけで群れたがって――そうだ、あの教会には行ってるだろう」
「さっき誰が出入りしているかは分からないとおっしゃっていましたが……」
 草間がさりげなく問う。
 いやな、と鎌田は言った。
「そいつらの家に俺も挨拶に行ったことがある。そうしたら、十字架が飾ってあったんだよ」
「ああ……」
「それに今行けば分かるぞ。ものすごいクリスマス飾りだ。イルミネーション」
 あれはまあ、見応えがあって悪くない、と鎌田は笑った。

 鎌田の家から離れて、シュラインは草間を見る。
「一応そいつらを見に行くか……」
 草間はまた1本煙草を吸っていた。

 ■■■ ■■■

 近づいてきた、ほどほどの威厳を持つ男。人好きのしそうな笑顔だ。
 ユメルはロウワを後ろにやり、にこっと笑った。
「はい! ちょっと迷っちゃって!」
「こんなところまで入ってきちゃだめだよ。ここは教会関係者だけが入っていい場所だ」
「そうなんですか? ごめんなさーい」
 わざとお茶目な女の子っぽくしゃべりながら、ユメルは目の前の男の視線を感じていた。
 ――腰の剣をちらっと見られた。
「ユメルさん……」
 背後から、ロウワが小さな声で囁いてくる。
「この人……どこから入ってきたんでしょうね……」
「多分……裏口」
 口をほとんど動かさずに返答し、ユメルはにこにこ顔を崩さず「あのお、教えてくださいー」と男に微笑みかけた。
「何だい?」
 返ってくるのはにこやかな顔。
「実はー、私たち子供ですけどー、じんしんばいばいっていうやつに、お友達が巻き込まれちゃったんですよねー」
 この辺りが怪しいって聞いたんです、とユメルはぺらぺらしゃべり続けた。相手に言葉を挟ませないよう。
「それで、その友達が持ってたステッキがこの教会に落ちてたものだからー」
 預けられていた、今は沈黙しているステッキを男に見せる。
 瞬間男の視線が揺れたのを、ユメルは確かに見た。
「私の友達、知りませんか?」
 ユメルはにっこりとしながら言った。
 男は――こちらも笑顔で返してきた。
「残念ながら知らないなあ。だが、それは重大な事件だよ。私も捜索に協力しよう」
 そして手を差し出した。
「そのステッキ、貸してくれないかな? それを元にして私の知り合いにも聞きこんでみよう」
「駄目です。これが傍にないと不安なんです。あの子がどうにかなっちゃうんじゃないかって……」
 ユメルは泣きそうな作り声とともに、ぎゅっとステッキを抱く。
 男はすぐ手を引っ込めた。そうだね、といかにも話が分かる大人ぶりでうなずき、
「ではステッキがなくてもいい。今すぐ知り合いをあたってみるよ」
「ありがとうございます! ええと……」
「私かい? サヴと呼んでくれたまえ」
「サヴさん。よろしくお願いします」
 あれえ、とユメルは思った。この人の名前は自分の世界の響きと大して変わらない。
「そう言えば洗礼っていうのが教会にはあったかなあ……」
 洗礼名、とかなんとか……ああ、何か混乱してきた。
 まあいいや誰がどこの世界の人間でも。とにかく人身売買の解決だ――
「それじゃあサヴさん。私たち礼拝の間に戻ります」
 ぺこっと頭を下げてから、ユメルは嬉しそうにロウワの手を引いて廊下に入ってきた扉に戻った。
 ……ぱたん
 閉じて、すぐ。
 ユメルは扉に耳を当てた。唇に指を立ててロウワに静かにするよう合図。ロウワが呼吸を止める。
『教会の関係者さんと話すことができたら、人身売買の調査していることを持ちかけてみて。その後、その人が誰かに連絡するかどうかをチェックしてくれる?』
 シュラインという女性に言われていたこと――
 教会の素材は、音が響く。それが、敵にとって致命傷――

 ――おい、どういうことだ 攫った子供の持ち物が教会に残っていた
 ――調査が入っているぞ
 ――子供だったが――ああ? 気にするな?
 ――お前に言ったのが馬鹿だった。畜生これから……に連絡するぞ
 ――おい――……、慎重にやれ!

(誰に連絡するって言った!? 誰――!?)
 ユメルは焦った。彼女には不利だった。
 この世界は彼女のいる世界ではない。名前の発音が、彼女にはとても聞き取りづらかったのだ――……

 ■■■ ■■■

「あのイルミネーションの用意……あの辺りか」
 鎌田に教えてもらった位置にある、比較的新しい物件が集合している場所。
 4つの家がある。その4つともがつながっているかのように、揃ってイルミネーションの用意をしている。
 サンタクロースやソリ、クリスマスツリーの電飾。
 その中に、十字架も――
 確かに、かたどられて。
「武彦さん……」
「第一印象に捕らわれるな。いくぞ」
 まず端の家から。

 鈴木というネームプレートのかかっている家の戸をノックした。
 中から、女性が出てきた。若い女性である。こういう田舎にいるとは思えないタイプだ。
 ――人身売買に女性は関係あるだろうか?
 その可能性を頭の中で計算しながら、シュラインは丁寧に挨拶して、
「あの……こちらに男性はお住まいではありませんか?」
 と尋ねた。
「え……私の兄がそうですけど」
「お兄さんとお話できませんか」
「兄は今働きに出ています」
「あっ、そうですね。失礼しました」
 シュラインは頬に手を当てて失敗した、というような顔を作り、ふと気づいたように、
「ところで、電飾の用意がすごいですね。夜にぜひ拝見したいわ」
 告げると、女性は嬉しそうに頬を赤くした。
「そう言って頂けると飾った甲斐があります。私たちにとってクリスマスは大切な日ですから……」
「……というと?」
 ごく自然に。ごく自然に。
 話が流れて行くように。
 女性は案の定、何を警戒するでもなくただ、切なく遠い目をした。
「うちは母が……クリスマスに亡くなったので……」
「―――」
「母はクリスチャンだったんです。クリスマスは大切にしていました」
「あら、じゃあお兄さんやあなたもクリスチャン……?」
「いえ、私たち子供は何も。適当です。普通の日本人です」
 女性は声を立てて笑う。「クリスマスになったら意味もなくはしゃいでしまうよくいる日本人です」と。
「そうですか……ではあの教会には通っていたりなさらないのですか」
 草間が横から笑いながら声をかけた。
「あ、あそこですか? 行きませんよう。だってお爺さんお婆さんばかりなんですもん」
 女性は困ったように首をかしげる。
「一度だけ行きましたけど、やっぱりお爺さんとかお婆さんとかは苦手で……話が合わないんですもん」
「うーん、なのにこんな田舎に引っ越してきたの?」
「ここからだと意外と都心近いですよ?」
 それもそうだとシュラインは思う。鎌田の家は完全に『田舎』だが、ここはまだバスで都心に行ける。そんなにバスが少ない場所でもない。
 草間が電飾でいっぱいの庭を見渡すようにして、「しかしすごいですね」とまた話を振ってきた。
「これ、もしかしてお隣さんたちとつながっていませんか。お隣さんと仲がいいんですか?」
「え? ええ。ここ4世帯は――」
 全員兄弟ですから――と、彼女、鈴木緑は言った。

 ■■■ ■■■

 このままじゃいけない。このままじゃいけない。ユメルは焦っていた。
 あの男は確かに関係者だ。だが他の情報がまったく得られない。
 どうしよう、一か八か――
「あの男、捕まえよう」
 ユメルはロウワに提案する。「捕まえてから、仲間を吐かせる」
「僕が囮をやりますよ」
 ロウワは即答した。

 ■■■ ■■■

「うちの兄弟は皆都心育ちなので、田舎の皆さんと仲良くできてないのは確かですね」
 すっかり打ち解けた様子の鈴木緑は言った。
「悪気はないんです。でも出来たお野菜とかもらっても、何をお返ししたらいいのか分からなくて」
 つい避けてしまうんです――と。
 そこまで打ち解けてから、シュラインはようやく人身売買の話を持ち出した。
 緑は青くなった。
「こんなのんびりした場所でそんなこと……!?」
「あの教会が怪しいんです。あの教会に出入りしている人物のことを知りませんか?」
「あ、あの教会のことは、だから詳しく知らなくて」
 一番近いところにある家の人に聞けばいいじゃないですかっと、緑は身を震わせた。
「いえ、それが、塩田さん夫妻はよく覚えてないとおっしゃって……」
「塩田さん夫妻? お爺さんお婆さん?」
「ええ」
「だったらお孫さんにお聞きになればいいですよ。あそこのお孫さんなら、まだ30そこそこの男性ですよ」
 と緑は言った。
 シュラインは目を見張った。草間が冷静に、
「塩田さんの、お孫さんですね?」
「そうです、挨拶に来られましたから」
 それでも駄目なら、と緑は必死に話をつなぐ。おそらく自分たちが関わっていると思われるのが嫌だったのだろうが――
「窪田さんでも、成瀬さんでも、篠崎さんでも鎌田さんでも。どこもお爺さんお婆さんだけじゃなくて、30歳ぐらいから40歳くらいの男性がいますよ。中には兄弟さんもいます」
 窪田。成瀬。篠崎。鎌田。
 鎌田以外。どれも今まで回ってきて、お爺さんやお婆さんが応対に出て、何も分からなかったところだ――
 シュラインは身が凍った。どうしてその可能性を考えなかったのだろう。
「わ、分かりました。急いで話を聞いてきます」
 シュラインは慌てて話を打ち切ってしまった。
 草間がさりげなく鈴木家のドアに触れてから、「夜にはここを思う存分堪能できるよう、頑張ろうと思いますがね」
 と苦笑した。
「早くどうにかしてくださいね」
 緑は胸の前で手を組み合わせた。

 鈴木家のドアがしまってから、シュラインが「ええと――ええと、聞き込みのし直し――」とパニックになっているところに、
「落ち着け」
 草間がイヤホンを取り出して、シュラインの耳にかけた。
「……今このドアに取り付けた。鈴木緑の動向が聞こえるか?」
 盗聴器だ。
 シュラインは深呼吸して落ち着いた。そして受信機をしっかり耳に当て、耳を澄ます。
 緑はドアを閉めてから、歩きながら携帯電話をつないだらしい。
「聞いてよ兄さん! この辺りで人身売買があるんだって、もう、こんなところなら安全だろうって言ったの誰よ!」
「聞いてよ姉さん! さっき人身売買について調べてる人が来てね――」
「その人たちが、夜にイルミネーション見に来てくれるって言ってるけど」
「え? うちのパーティに招待するの? どんな人って、そこそこの男の人と美人さんだったけど」
 どうやらこの4世帯の全兄弟に電話をかけまくっているらしい。
 ――武彦さんは『そこそこ』じゃないわよ!
 関係ないところに怒りながら、シュラインは盗聴器の受信機から意識をずらした。
「武彦さん……緑さんは携帯でご兄弟に電話をかけてるみたい。少なくとも緑さんと、うーん、私たちをパーティに呼ぼうかって言ってるお姉さんの誰かは白かしら」
「パーティで俺たちを捕まえようっていう手もある」
「あ、そうね。ところで鎌田さんたちの」
「そっちの方が気になるな」
 受信機は放すな――と言いながら、草間はジャケットを払った。
「受信できる範囲ぎりぎりまで話を聞いておけ。その間に急いで鎌田以外の、若い連中とやらに話を聞きに行くぞ」

 ■■■ ■■■

「あの、サヴさん」
 ロウワが再度奥廊下に入って、サヴの後姿に声をかけた時、サヴはひどく驚いたようだった。
 ロウワの気配の隠し方がうまいというよりは、ロウワは単に存在感が薄いと言った方が正しい。
 ――ロウワが扉を開けた時、隠密行動のため剣をはずしたユメルが先に廊下に出ていた。その後にロウワは廊下に出た。
 小柄なユメルは自分の体を利用してサヴの視線を避けるだろう。それを信じながら。
 サヴは再び人のよい笑顔を作った。
「どうしたんだい。ここには入っちゃいけないと言っただろう?」
「そうなんですけど……気になることがあって」
「お友達のことかい? 今私も知り合いに報告したところだよ」
 とサヴが見せてくる掌サイズの四角いものが何なのか、ロウワにはさっぱり分からなかったが。
 ――ユメルたちの世界に、携帯電話というものが存在しているわけがない。
「だから安心して、君たちはおとなしくしていなさい、君たちも狙われるかもしれない」
 不安そうに、サヴはロウワの頭に手をやる。
「何ならこの教会に身を隠していてもいい。いや、そうするといい。それが安全だ」
「……人身売買は、この教会で行われてるっていう話なんですけど」
 いや、草間たちはそこまではっきりと言っていなかったが。ロウワは思わず口に出す。
 サヴは顔をしかめた。
「そんなわけがないだろう、ここは神聖な場所だよ」
「ぼ、僕」
 ――できるだけ激しく会話して――
 ユメルに何となく無茶な要求をされたロウワは、興奮したように両手を大きく振った。
「実は、色んなものを感じることができるんです!」
「ん? どうした坊や」
「こ、この教会に脅威が! すごい脅威が襲ってこようとしてます! この教会が何かいけないことをしたから――」
「そんなわけがないだろう、何を言っているんだい」
「いえ! 僕のこの手の予感ははずれたことがないんです! この教会には悪がうずまいている! だから、神の鉄槌が――」
「あのねえ、ここは女神を祀る場所だよ。神の鉄槌を受けてどうするんだい――」
 瞬間。
「はーあっ!」
 ロウワの脇から、すっと音も立てず踏み込んだユメルが、サヴの懐にもぐりこんだ。
 ねじりこむように放った拳。腹にまともにヒット。
 サヴは呼吸を止めて、そのままユメルに覆いかぶさってくる。
「おじさんを抱きとめるのは嫌だなー」
 ユメルがひょいと避けた。
 気絶したサヴは、あわれそのまま冷たい床にうつぶせに倒れこんだ。
 まさしく、教会に、というかサヴに『すごい脅威』が襲ってきたのである。否――
 彼にとってはこれからが脅威かもしれないが――

 ■■■ ■■■

 シュラインと草間は、まず篠崎の家に行った。
 最初に出てきたのはやはりお爺さんだったが、よく話を聞けば孫がちゃんと同居しているとのこと。
 お孫さんは? と尋ねると、
「ついさっき出て行ったよ」
「つかぬことをお尋ねしますが、お孫さんは教会の関係者ですか?」
「ん? よく知っとるのう」
 おっとりと言われ、しまったと2人は胸中で悔やんだ。
 鎌田が黒なら、仲間にもう知らせてしまったはずだ。
 そうだ。
 それならつじつまがあう。
 一番最初の塩田のお爺さんお婆さんが言っていた、教会で働く若衆がこの教会周辺に住む男たちだったら?
 塩田の孫は、お爺さんたちの弁を信じれば教会で働く者ではないのだろうが、つながっている可能性だって大いにある。
 2人は篠崎のお爺さんに礼を言い、家を離れる。
 シュラインはまだつけていたイヤホンから、雑音しか聞こえなくなったのを確認し、
「受信機の範囲外に出た。……緑さんは最後まで携帯で人身売買のことを興奮して兄弟にしゃべっているだけだったわ」
「もし鈴木兄弟が犯人なら、兄弟の中で彼女だけ白、というのもなきにしもあらずだが……」
 2人は顔を見合わせる。お互いに厳しい顔。
「……鎌田たちの方が怪しいのは、確かだ」
「教会に置いてきた子たち、大丈夫かしら」
 シュラインはユメルとロウワの顔を思い出し、ぐっと奥歯を噛んだ。

 ■■■ ■■■

 サヴを気付けで気絶から復活させ、ユメルは背後から締め上げながら拷問に入った。
「さっき誰と連絡取ってた? これから誰かここに来るのかな?」
「く……知らん!」
 ぎり。締め上げがさらに厳しくなる。サヴがうめいた。
「サヴさんが犯人の1人なのは間違いないよね?」
「………」
「答えなさい」
「わ、私は――」
「違うって言うならちょっと考え変えてもいいよ。ただし知ってる情報は全部教えてもらうけどね」
「―――」
「何も言えない? さっきあれだけ誰かと話しておきながら? もっと締め上げてほしい?」
「く……くそ!」
 サヴは吼えた。「お前たちももうすぐ終わりだ! すぐに仲間が来る……!」
「!」
 ユメルは冷静に、ちょうどいい限界まで締め上げてサヴを気絶させた。
 そしてその体を廊下の端まで押しのけて、ゆっくりと振り向く。
 ロウワが慌てていた。彼は何をどうしていいのかさっぱり分からず困っていた。
「予定外だけど……」
 ユメルはゆっくりとこちらに近づいてくる一団を見て、目を細めた。
 見かけ30歳前後から40歳ほどだろうか――
 8人の男たちが、そこにいた。
 その中の1人が、腕に少女を抱いている――……
「んー! んー!」
 さるぐつわをかまされた少女は、涙を流しながら必死にユメルたちに訴えていた。
 それが「助けて」なのか、「逃げて」なのかは、分からなかったけれど。
 ユメルたちが決めていたことはひとつきり。
「その子、今から取引に出すのかな?」
 ユメルは腰に手を当てた。
「本当に子供じゃねえか」
 と驚いたような声を出す男がいた。「馬鹿か? サブローのやつ」
「しかし……サブローをこうして見事に気絶させている……」
 中央にいる男――一番若そうな男が、腕組みをしてユメルとロウワを見ている。
「子供だから相手にしないって思ってたんだけどな」
 ユメルは茶化して言った。「やっぱり、不安だった?」
「……馬鹿を言え」
 中央の男は苦々しい顔になる。
「この教会のことについて調べている、れっきとした大人がいた。だから動いただけだ」
 ――クサマとシュラインのことか。ユメルはかの2人を思い出す。
 あの2人は今、何をしているだろう?
「違うだろ鎌田」
 と呆れたように、後ろにいる男の1人が言った。「今日は取引の日だ。だから出てきただけじゃねえか。あんな連中どうでもいい」
「まあな」
 と、カマタと呼ばれた男が肩をすくめる。
「で、このガキどもどうする?」
 と誰かが言ったが――
 誰も、答えを必要としていないようだった。
 カマタと、少女を抱えている1人を除いた6人が一斉に動き、3人ずつでユメルとロウワを拘束した。
 ユメルは抗わなかった。それを見たロウワは、こちらも抵抗しなかった。
「こんな危ないおもちゃは没収ーな」
 ロウワの腰から、剣が取り外される。
「早速こいつらを買ってくれそうなやつに連絡を取り始めるか」
「待て」
 カマタが止めた。「まずは今日の取引を終えてからだ」
「まったく、真面目だなお前は」
「あんたたちだけの時に失敗続きだったのは冷静さがなかったからだろうが」
 一瞬、カマタの周りの男たちが殺気立った。
 しかし、1人が嘆息して、
「悪かった。……これからも頼むぞ」
 カマタは返事をしなかった。代わりに、
「……もうすぐ、礼拝者が来るな」
 つぶやく。
 ユメルはとっさに悟っていた。礼拝者。それは礼拝に来る者を指すのではなく――取引相手のことを指す符丁だと。

 ■■■ ■■■

 一通りの家を回り、すべての家の孫、もしくは息子がもう出かけてしまったという情報を得たシュラインと草間は、教会の近くに戻ってきた。
 と、ふとシュラインの耳が敏感に音を察知した。
「車――の音が、するわ。来る。この教会に向かって」
「誰だ?」
「この――エンジン音。外車? 単純に考えてお金持ち――かしら」
「取引相手だな」
 タイミングがタイミングだ。草間はそう即断した。
「教会の陰に隠れるぞ。取引相手の足音が聞こえそうなら報せてくれ」
「ええ」
 シュラインはうなずいた。そして、服が汚れるのも構わず、地面に伏せって耳をつけた。

 こつ、こつ、こつ、こつ……
 こつこつこつこつ

 足音高らかに、何も隠れる様子なく、ふたつの足音が聞こえてくる。

 ■■■ ■■■

 女神像の横にあるのぞき穴から、鎌田は礼拝の間に入ってきた男と傍に仕える女の顔を確かめた。
「よし、間違いない」
 そして、扉に取り付けてあったマイクを口元に近づけ、

『よくぞ来た、礼拝者よ』

 その声にも、礼拝の間に来た2人は驚く様子はなかった。
『ここに約束のものがある。先に金を出してもらおう』
 “礼拝者”の男が、傍にいる女に目配せする。
 女はジュラルミンケースを近くの机に置き、開けた。
 札束でぎっしりの……
 鎌田の仲間の中で、もっともガタイのいい男が、目の部分だけ穴の開いた毛糸のかぶりものを顔に被り、顔を隠して礼拝の間へ出て行く。
 そしてジュラルミンケースへ直行すると、その金を手にして本物かどうかを確かめた。
 満足したらしい、彼はケースを閉じると、それを持ってまた礼拝の間の裏廊下へと戻ってくる。
『よろしい。では今から商品を渡す』
 それを聞いた時、ロウワが言いようもなく悔しそうな顔をした。
 商品。
 そんな言葉を耳にしてしまった。その辛さ――
 最初から少女を捕まえていた男が被り物をして顔を隠し、先ほどの顔を隠した男と2人で礼拝の間へ出る。
 サンタ衣装を着た少女は泣いていた。
 さるぐつわの奥で、声にならない嗚咽。
 2人の男の手によって、少女は“礼拝者”に直接手渡される――

 ガァン

 銃声が響いた。
 はっと男たちがにわかに騒がしくなる。その次の瞬間、礼拝の間を突き抜けたのは人間の聴覚をしびれさせるほどの超高音。
 礼拝者と、少女を抱えていた男2人がたまらず失神した。
「何だ――!?」
 鎌田以外の男たちが、思わず扉を開けて礼拝の間へ飛び出した。
「待て! 取引は失敗だ、裏口から逃げろ!」
 そう鎌田が言ったのもののすでに遅く。

 礼拝の間に出てきてしまった男たちの肩を、走りこんできた草間の銃が的確に攻撃した。
 シュラインはその傍らで再度超高音を放つ。
 礼拝の間の男たちはそれで全滅した。
 まだ裏廊下にいた男たちは、慌ててユメルとロウワを締め付け、マイクに向かって、
『こちらには人質がいる! そこから動くな!』
 草間とシュラインは立ち止まった。しかし――
「なめないで、よっ!」
 手を縄で打たれただけだったユメルは、後ろ回し蹴りで自分を締め付けていた男を撃破。
 続けて次の男に中段蹴りを放ち、腹に爪先をつきさす。その勢いで、その隣にいたロウワの剣を手にしている男に体当たりをしかけて、廊下の向こう側の壁に叩き付けた。
 男はロウワの剣を取り落とす。
「ロウワ君!」
 ユメルはロウワに向かって剣を蹴りながら、ロウワを捕まえている男に突進した。
 ロウワを捕まえていた手が緩んだ。ユメルへの受身に入ってしまったのだ。その隙にロウワは逃れ、ユメルが蹴りよこした剣を座り込んで器用に後ろ手で取った。
 そしてその状態で立ち上がり、何度も剣を振る。
 剣の鞘が落ちた。
 ユメルが走りよってきて、ロウワが後ろ手に持つ剣を利用して、あっという間に自分の縄を切った。
 鎌田の視線はユメルに釘付けになった。
『俺たちは動かん! 子供たちに手を出すな!』
 礼拝の間からは、草間の声がする。
「ちっ――」
 手も解放されたユメルを見て、鎌田はとっさに逃げた。
 礼拝の間からは逃げられない。裏口へ。裏口へ。
 そしてユメルに追いかけられながらたどり着いた裏口を蹴り開けると――

「チェックメイト」

 草間の手にした銃口が、鎌田の額をこつんと打った。

 ■■■ ■■■

 要するに、こうだ。
『人質がいる! 動くな!』
 と言われた瞬間、いったんは立ち止まった草間はすぐに教会の裏へと走っていた。
 人質がいるとなれば――それはきっとユメルたちだろうと計算して。
 そして、裏口を見つけた。
 俺たちは動かん、と鎌田に叫んだのは、シュラインによる声帯模写。彼女の十八番。

 警察が呼ばれ、鎌田たちと礼拝者はしょっぴかれた。
「うわあ、何この乗り物」
 ユメルとロウワがパトカーを見てぽかんと口を開けた。事情聴取として、彼女たちも当然パトカーに乗ることになる。
 変なの、と何度もつぶやいて。
 草間たちとともに、解放されるころには夜になっていた。
「大変だったな……ん、もうこんな時間じゃないか」
「武彦さん」
「ああ」
 草間は柔らかな笑顔をユメルたちに向け、
「少し時間はあるか? あるなら、一緒に見に行こう」
「何をですか?」
 ユメルが腰に剣を取り付けながら小首をかしげる。
「クリスマスの夜をだ」
 草間は笑った。

 鈴木家4世帯によるイルミネーションは――
 サンタクロースにトナカイ。クリスマスツリーに、大きな星。それはそれは壮大で、美しく華やかに――
「う……わあ……!」
 ロウワが声を上げた。「これ、何の魔法ですか?」
「魔法じゃないんだな、残念ながら」
「魔石……の気配もしないし……」
 ぶつぶつとユメルが難しい顔で見ている。
 シュラインはそんな少女の肩を抱いた。
「深く考えないで、楽しんで行って?」
 鈴木緑が彼らの姿を見つけたらしい、家から出て駆け寄ってくる。
「うちのパーティ、ご一緒していかれませんか」
 草間たちは笑った。ユメルたちはきょとんとした。
「この子たちも一緒でよければ、ぜひご一緒したいな」
 と草間は緑に言った。

 ■■■ ■■■

クリスマスの夜が更けていく。
 鈴木家のパーティは豪勢で、とても美味しかった。
 やがて11時を過ぎ、ユメルたちとともに外へ出て、ユメルたちとも別れを告げた後、シュラインは草間によりかかった。
「……この商売で、こんな感傷に浸っちゃいけないけど……」
「何だ?」
「疑っていた相手の家でご馳走してもらって喜んでる。自分が少し嫌になるの……」
「―――」
 草間はフィアンセの肩を抱く。柔らかく、とんとんと叩きながら。
「いいさ。……嬉しいとか楽しいとか、喜べることは素直に喜んでおかなけりゃ、それこそ誘ってくれた相手に失礼だ」
「武彦さん……」
「いいんだよ。こういうところで喜んでおかなきゃ――俺たちの心はすさむばかりだ。そうだろう?」
「………」
「……後悔してるか? 俺の右腕になったことを」
 シュラインは首を横に振った。草間の腕を抱き、
「武彦さんの……助けになれるなら……」
 ふと横を見れば、鈴木家のイルミネーションはまだまだ美しく輝いていた。
「クリスマス……」
 ふと冷たい風が吹いて、シュラインはコートの合わせ目を握った。
「冷たい……」
「お前の肌もな」
 草間の手がシュラインの頬に触れ、顔が上向けられて、
 唇が触れた。
 吐く息が白い。
 草間が何度もシュラインの唇に口付けを落とすと、やがて何故かシュラインの目から涙が溢れ、流れた。
 シュラインが手を草間の首の後ろに回し、強く抱きつく。
「武彦さん、武彦……さん……」
 何度も吐息を交換して。強く抱き合った。
 クリスマスの夜、恋人たちの夜――

「みーつけた、って、あっ」
 突然現れた少女が、慌てて後ろを向いた。
 シュラインがはっと草間から離れた。顔を真っ赤にして、目の前にいる背を見せている少女を見る。
 夜闇に不思議に浮かび上がっている赤い服。サンタのような。
「あら……あなた、保護者の方はいいの?」
 人身売買に巻き込まれていた少女だ。
 保護者、と言いつつも、この娘が普通の娘ではないのは想像がついていたが……
「えーと、もう振り向いていい?」
「い、いいわよ?」
「えいっ」
 少女はぴょいっと振り向いた。そして、にこっとシュラインと草間に笑いかけた。
「あたしね、願い事探してるの。願い事、ない?」
「願い事……?」
 2人で顔を見合わせる。
「この間も似たようなこと聞かれたような……」
「そうだな」
 草間が少女に向かって、「じゃあひとついいかな?」と言った。
「はい! 何でしょう?」
「シュラインの涙は今後嬉し涙ばかりであるよう。願わせてくれ」
 シュラインは目を見開いた。
「武彦さ――」
「んー」
 少女は難しい顔をした。「それは難しいですねえ」
「どうしてだ?」
「多分」
 少女はいたずらっぽく笑った。「それはきっと、お兄さん次第ですよ?」
「―――」
 草間は笑った。
「そうか、じゃあ俺が頑張らないとな」
「はい! で、他にありませんか?」
 シュラインがウインクする。
「武彦さんの煙草が減るようにしてくれる?」
 草間がぎょっと婚約者を見た。
 少女がむうっとうなった。
「たばこ! それはいけない! 減るよう頑張る! あたし見習いだから難しいけど」
「よろしくね?」
「うん!」
 そうして少女は夜闇に消えた。
「シュライン……」
 草間ががっくり肩を落とす。そんな彼の腕に抱きついて、白い息を吐いて。
 空を見上げると、鈴木家のイルミネーションの残像が重なって見えた。
 またたく星。サンタやトナカイのイルミネーション。
 空いっぱい、輝く光。
「幸せね……」
 シュラインはつぶやいた。
 草間と2人、歩き出す。何となく帰るべき興信所には足が向かなかった。どこに行くでもなく。
 この先どんな事件と遭遇するだろう。
 そんな思いを胸に秘め……
 いや、今は2人無事でいられる幸せを噛みしめて。
 歩いていく。草間と、2人……


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/東京怪談SECOND REVOLUTION】
【NPC/草間・武彦/男/男/30歳/探偵/東京怪談SECOND REVOLUTION】
【a7322/ユメル・アルメイダ/16歳/KINGS FIELD ADDITIONAL アンソロジーコンテンツ】
【NPC/ロウワ・エルゼリット/18歳/KINGS FIELD ADDITIONAL アンソロジーコンテンツ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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シュライン・エマ様
こんにちは、笠城夢斗です。このたびはクリスマスノベルへのご参加ありがとうございました!
お届けが間に合わなくて、本当に申し訳ございません;
その上プレイングが半分ほど使えず……
その代わりエンディングに力入ってしまいました(笑)
少しでも楽しんでいただけますよう……
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月27日

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