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『サンタと牝牛とあなたとわたし 』
式野・未織7321


 突然のめまいから立ち直ると、広い牧草地に立っていた。
 青い空、白い雲、囀る小鳥――穏やかな小春日和である。
「いらっしゃいませこんにちはー!」
「ご協力よろしくお願いしまーす!」
「あ、あんた達、勝手に召喚しちゃまずくない!?」
 騒々しい声に振り向けば、赤いサンタドレスも愛らしい金髪ショート少女をはさんで、大胆かつややこしいカッティングのコスチュームにメタルな装飾じゃらじゃらの双子娘――かたやショッキングピンクのボブカット、こなたコバルトブルーのツインテール――が満面の笑みを浮かべている。
「ご一緒に牝牛を探してくださーい!」
「素敵なドクロまだらの乳牛でーす!」
「ご、ごめんね、あたしもなんだかよくわかんないんだけど……」
「店長もとい魔王様の牝牛でーす!」
「実は場所の目星はついてまーす!」
「たぶん、この人達につきあわないと駄目っぽい……」
 マイペースにハイテンションな双子と困惑顔の少女の言葉を総合する。
「ことによったら、白ローブの鬼ババに捕まってるかもー!」
 ショッキングピンクが指さした彼方には、妙な形の建物があった。
「もしかしたら、魔女おじさんに捕まっちゃってるかもー!」
 コバルトブルーが指さした先には、いかにも怪しげな塔が見えた。
 ちなみに方角はまったく逆だ。
「でもでも、私達だけではちょっと不安でーす!」
「そんなわけで、助っ人さんをお願いしまーす!」
「悪いけど、あたしからもお願い……」




 式野未織(しきの・みおり)の頭の中は、猛然と巡るイメージの坩堝であった。 
 ドクロまだらの牝牛さん……やさしそうな目をした小さな牛さん。ぬいぐるみっぽい感じ? 模様のドクロも丸っこくて可愛らしいかったりして。魔王様……魔とつくからには悪人? でも王様だし、素敵な牝牛さんを飼っている人が悪に与する筈は……待って、むしろ響き的には鬼ババさんのほうがよっぽど危ない雰囲気が……こう、包丁持って追っかけてきそう、っていうか来る。きっと来る。捕まったら、ミオ食べられちゃうかも? どうしよう、怖すぎる! 鬼ババさんに会うのはやめたほうがいいよね、えっと、君子危うきに近寄らず? そうすると……魔女おじさん? あれ、魔女なのにおじさん? どうして? ううん、きっと会ってみればわかるよ、ほら、百聞は一見に如かずっていうじゃない!?……ところで、あの双子さんのコスチューム、どうやって着たんだろう……
 怒濤の自問自答が一段落したところへ、藤田あやこ(ふじた・あやこ)もといアヤキルアンが呼びかけた。
「よろしい。私は魔女おじさんとやらの根城に向かうわ――で、あなた方は?」
「ミオも魔女おじさんのところに行きます!」
 未織は勢いよく手を挙げた。
「それ、じゃあ、私は、その……鬼、ババ……? の、とこへ……行こう、と、思う……」
 真剣な面持ちで考え込んでいた千獣(せんじゅ)が答える。
「わあ、意見が分かれたね!」
「うん、私達も別れようね!」
 言うや、双子がもう一組出現した。分身の術などとなまやさしいものではない。文字通り分裂したのだ。ひょえ、とエファナが妙な声を上げた。
「やるじゃない!……これは負けてられないわ!」
 どう考えても人外な荒技にライバル意識を燃やすアヤキルンの傍らで、
「すごぉい、イリュージョンですね!」
 未織は無邪気に手を叩き、
「…………」
 人って分裂できたっけ、と千獣は静かに悩んだ。



 千獣、エファナ、双子と別れ、未織とアヤキルアンともう一対の双子はのしのし進んで行った。牧場を突っ切り、林を抜けて、ほどなく丘のてっぺんにそびえる塔に辿り着く。が、鉄の扉はしっかりと施錠され、びくともしない。
「あの……魔王様て、どんな方ですか? 角とか羽とか、ありますか?」
 塔の周辺を調べに行ったアヤキルアンを待つ間に、未織は特撮めいたポージングに余念のない双子に尋ねてみた。
「魔王様は店長さんでーす」
「お菓子一筋三千年でーす」
「えっ、魔王様って、もしかしてパティシエなんですか!?」
「ピンポーン、でもシュークリームしか作りませんよー」
「はいはーい、シュークリーム一筋四千と十五年でーす」
 未織のイメージ上の魔王像――中肉中背でヤギの角とコウモリの羽をつけた、顔は真っ青だが優しそうなおじさん――が、新たな情報を元に修正される。ちょっと太めで、ホイップクリームのついた泡立て器とボウルを持っているのだ。ついでにピンと尖った口髭の先にクリームがついてたりしたらお茶目かも!
「嬉しいな、魔王様ってやっぱりいい人なんですね、ミオ、最初は牝牛さんが正義の味方で、悪に加担するのが耐えられなくて逃げたのかなって思ったんですけど、よく考えたらお菓子の好きな人に悪い人なんていませんし! きっとドクロまだらの牝牛さんをとっても大切にしている心優しい方で、それを急に奪われたりして悲しみにくれてるんですよね? そんなのってひどすぎます、きっと探し出して返してあげましょうね!……あ、でも、魔女おじさんも本当は悪い人なんかじゃなくて、ドクロまだらがあんまり可愛くて、つい連れて行っちゃっただけですよね? ミオはそう信じてます!」
 澄んだ瞳をきらきらと輝かせ、なめらかな頬を高潮させて一気に語る未織に、
「うあー……この妄想っぷりは見習わないとだねー」
「うぬぬ……地球人に妄想負けするとは不覚だねー」
 さすがの双子もたじたじである。そこへ、眉間にしわをよせたアヤキルアンが戻ってきた。
「他に出入り口はないようね……ところで魔女おじさんてどんな奴? 魔女の親戚のおじさん、なんてオチは勘弁してよ」
「ミオが思うに、可愛らしい人ではないでしょうか?」
「それもいいけど、私の予想では、そうね、魔女っ子フェチのむさいおっさん? まぁじょうしましょう〜」
 呼吸するが如くさらりと口をついて出るアヤキルアンの駄洒落に、未織は感心した。言葉遊びというものは、その国の言語に堪能かつ愛がなければできないことだ。彼女自身、日仏二ヶ国の血が流れているがゆえに、両親から常々そう教えられていたのである。
 もっとも、ツンドラレベルのオヤジギャグまで範疇に入れていいかとなると微妙なところなのだが。
 そうこうしているうちに、なぜかアヤキルアンは手早く衣装替えを始めた。モードの傾向としては正直よくわからない――強いていうなら歌劇団の男役の女装だ――ものの、
「どう? 相手が魔女おじさんならこちらは怪男オバハンでいくわ!」
 きっぱりと言い切る様は自信に満ち溢れ、いかにも大人だ。その個性的な姿に突如、強烈なスポットライトが当たった。はっと仰げば雲間に見え隠れする謎の生物、それに手を振る双子達。またイリュージョンだろうか? 更に一筋の光が落ちるとそこには、重厚なサウンドを刻むスピーカー。アヤキルアンもとい怪男オバハンが力強く頷き、マイクを握った。
「丘の急坂、我ら登坂、前科十犯、怪男オバハン!」
 オーバーアクションで韻を踏む彼女に、双子がすかさずターンテーブルにとりつく。
「魔女と交SHOW! たぶん圧SHOW! 牝牛取り返す楽SHOW!」
「あっ、ミオこれ知ってます! お友達にDVDとか借りました!」
 友人の名誉のために断っておくと、件のDVDにこの限りなく仮装に近いコスプレ三人組を想起させる要素は一切、ない。
「ミオも参加したいです……あ!」
 なぜか落ちていた“人質反対”のプラカードを拾い上げ、未織も局地的熱狂の渦に身を投じる。
「オスマン生まれトリポリ育ち!」
「スイトン余れトリガラお出汁!」 
「ME−U−SHIはどこだー!」
 わけがわからない。
 わからない四人組のノリが最高潮に達した、まさにそのとき――
「うるさいわねえ、どなた?」
 艶やかなハスキーボイスと共に、鉄の扉がするすると開いた。



 どうしよう……どうしよう……
 未織の思考回路はオーバーヒート寸前であった。
 なんとなれば、眼前で怪男オバハンと双子VS魔女おばさんの仁義なき抗争が繰り広げられているのである。
 あたりに充満するシャンパンと牛丼のミックスフレーバーに当てられ、未織は足元がふらついてきた。
「ああ……魔女おじさんが予想外に大変なことに……でも本当に牝牛さんがいるなら仕方がないですよね?……でも、もしいなかったら? どうしよう、ミオにはわかりません! ついでに魔女おじさんが男の人なのか女の人なのか目の当たりにしてもわかりません!……でも、えっと――皆さぁん、食べ物を粗末にするのはよくないと思いますぅ!」
 激しい葛藤の後の末、それだけは譲れない未織の叫びに応えたのは、誰あろう――
「そうよ、そこの美少女! よく言ったわ!……あなた達、いい加減に……なさいっ」
 魔女おじさんが一喝するや、まばゆい光の柱が天から降り注ぎ、とてつもなく大きなぐにゃぐにゃとした“なにか”が顕現した。非常に生臭い。
「え、えっと、あれはイカ? タコ?」
「クラーケンだ」
 突然背後から渋い低音が響く。振り返った未織の瞳がまんまるになった。いつ現れたものか、難しい表情をしたパティシエ姿の背の高い男性が立っているではないか。そしてその隣でおとなしくしているのは大きなぶちまだらの――
「め、牝牛さん? 行方不明の牝牛さんですか?……すると、おじさんが魔王様?」
 白衣と泡立て器より鎧とエクスカリバーの方が似合いそうな風貌の“魔王様”は、ニヒルに微笑んだ。妄想イメージを猛スピードで書き換えつつ、未織は自己紹介をし、魔王様と握手をして、ビロードに似た手触りの牝牛を優しく撫でる。
「ここは危険だ、場所を変えよう」
「は、はい!」
 そう言っているそばから簀巻きの巨大蟻が出現し、勝負は怪獣対決になだれこんだようだ。
「やめて、塔にぶつからないで、のしかからないで! あたしのおうちを壊さないでちょうだい!」
 魔女おじさんの悲鳴が上がった。
「なにをやってるんだなにを……」
 魔王様の呟きに、ちょうど近くまで移動してきた怪男オバハンが気づいた。
「あら、その牛って」
 皆まで言い終わる暇もなく、傍らの双子が慌てだした。
「うあー店長もとい魔王様でたー」
「クビだけは勘弁してくださいー」
「だったらあの騒ぎをどうにかしろ」
「はぁい、只今……」
「合点承知之助……」
 双子は空に向かってサインを送り始めたが、時既に遅し。
「あ」
 牽引ビームが二匹を捕らえた瞬間、ぐらり、と塔がかしいだ。



 吹く風に夕暮れの冷たさが混じる頃、丘のてっぺんの塔は、もはや丘のてっぺんの瓦礫であった。
「あの……大丈夫ですか?」
 廃墟に呆然と佇む魔女おじさんに、未織はおずおずと声をかけた。シャンパンと牛丼まみれになってもなお美しく性別不明である。
「あら、あなた……ええ、大丈夫よ。少しぼんやりちゃっただけ――」
 と、グゴゴゴと空気の読めない盛大な腹の虫に、魔女おじさんは真っ赤になった。
「……いやだわ、あたしったら」
 未織は急いでバッグから可愛らしくラッピングしたマフィンを取り出した。
「あの! よかったら、どうぞ。作ったのミオなので、いまいちかもしれませんけど、結構お腹、もちますよ」
「まっ、ありがとう。喜んで頂くわ……ちょっと失礼、その前にあんのバカ双子ぶん殴ってやるぁ!」
 鬼ババ達の傍らでしつこくポージングを披露している、まだ元に戻る気はないらしい二組四人に向かってゆく優雅な後姿を見送りながら、未織は頭を抱えた。
「や、やっぱりおじさん、なのかな?」
「どちらでもあり、どちらでもない。あれは、そういう存在だ」
「魔王様……」
「と、自分では言っているがな」
 真面目くさって片眉を吊り上げる魔王様に、未織は吹き出してしまった。
「魔王様、クッキーいかがですか? パパが焼いたんです。美味しいんですよ。皆に食べてもらいたくて、ミオ、いつもバッグに入れてるんです。ミオの家はケーキ屋さんで、パパはパティシエなんです。ミオも将来パパみたいになりたいんですけど……まだまだで」
「美味しいものを食べてもらいたい、幸せな気持ちになってほしいと願う心を持ち続けなさい。今の、君のように。腕は鍛えればいい、レシピは研究すればいい」
 差し出されたクッキーをぺろりと平らげ、パティシエの魔王様は請合った。
「大丈夫、きっと、なれる」




 目を開けると、静かな朝だった。
 ゆっくりと寝床から起き上がる。
 どうやら夢を見ていたようだが、思い出せそうにない。
 なぜか心が浮き立ち、足取りも軽く窓辺に歩み寄る。
 カーテンの向こうには、きらめく一面の銀世界――ふと、軽やかな鈴の音が聞こえた気がした。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7321 / 式野・未織(しきの・みおり) / 女 / 15 / 高校生】
【3087 / 千獣(せんじゅ) / 女 / 17 / 獣使い】
【7061 / 藤田・あやこ(ふじた・ー) / 女 / 24 / IO2オカルティックサイエンティスト】

【NPC/エファナ】
【NPC/ディーラ(ショッキングピンク)】
【NPC/カーラ(コバルトブルー)】
【NPC/織女鹿・魔椰(魔女おじさん)】
【NPC/隨豪寺・徳(白ローブの鬼ババ)】
【NPC/横鍬・平太(魔王)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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式野未織様
はじめまして、三芭ロウです。
この度はご参加ありがとうございました。
双子に負けない妄想力……感服です。
また魔王にも触れてらしたので、お菓子つながりでシーンを設けてみました。
それではまた、ご縁がありましたら宜しくお願い致します。
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月25日

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