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『サンタと牝牛とあなたとわたし 』
藤田・あやこ7061


 突然のめまいから立ち直ると、広い牧草地に立っていた。
 青い空、白い雲、囀る小鳥――穏やかな小春日和である。
「いらっしゃいませこんにちはー!」
「ご協力よろしくお願いしまーす!」
「あ、あんた達、勝手に召喚しちゃまずくない!?」
 騒々しい声に振り向けば、赤いサンタドレスも愛らしい金髪ショート少女をはさんで、大胆かつややこしいカッティングのコスチュームにメタルな装飾じゃらじゃらの双子娘――かたやショッキングピンクのボブカット、こなたコバルトブルーのツインテール――が満面の笑みを浮かべている。
「ご一緒に牝牛を探してくださーい!」
「素敵なドクロまだらの乳牛でーす!」
「ご、ごめんね、あたしもなんだかよくわかんないんだけど……」
「店長もとい魔王様の牝牛でーす!」
「実は場所の目星はついてまーす!」
「たぶん、この人達につきあわないと駄目っぽい……」
 マイペースにハイテンションな双子と困惑顔の少女の言葉を総合する。
「ことによったら、白ローブの鬼ババに捕まってるかもー!」
 ショッキングピンクが指さした彼方には、妙な形の建物があった。
「もしかしたら、魔女おじさんに捕まっちゃってるかもー!」
 コバルトブルーが指さした先には、いかにも怪しげな塔が見えた。
 ちなみに方角はまったく逆だ。
「でもでも、私達だけではちょっと不安でーす!」
「そんなわけで、助っ人さんをお願いしまーす!」
「悪いけど、あたしからもお願い……」




「ほほほほほほ!」
 牧草地の傾斜をものともせず、いきなりの高笑いとともに藤田あやこ(ふじた・あやこ)はピンヒールで仁王立ちだ。
「この怪獣アヤキルアンに晴れ舞台を約束するなら、手を貸してやらないこともなくてよ!」
「か、かいじゅう?」
 エファナはおうむ返しに呟いた。白い翼に黒と紫のオッドアイとはいえ、外見上はごく普通のエルフ娘である。
 しかし双子は気にするふうもなく二つ返事だ。
「はーい、約束しまーす!」
「凶悪怪獣大歓迎でーす!」
「よろしい。私は魔女おじさんとやらの根城に向かうわ――で、あなた方は?」
 アヤキルアンは同じく喚び出されたらしき二人に問いかけた。
「ミオも魔女おじさんのところに行きます!」
 式野未織(しきの・みおり)が可愛らしく手を挙げる。
「それ、じゃあ、私は、その……鬼、ババ……? の、とこへ……行こう、と、思う……」
 真剣な面持ちで考え込んでいた千獣(せんじゅ)が答える。
「わあ、意見が分かれたね!」
「うん、私達も別れようね!」
 言うや、双子がもう一組出現した。分身の術などとなまやさしいものではない。文字通り分裂したのだ。ひょえ、とエファナが妙な声を上げた。
「やるじゃない!……これは負けてられないわ!」
 どう考えても人外な荒技にライバル意識を燃やすアヤキルアンの傍らで、
「すごぉい、イリュージョンですね!」
 未織は無邪気に手を叩き、
「…………」
 人って分裂できたっけ、と千獣は静かに悩んだ。



 千獣、エファナ、双子と別れ、あやこもといアヤキルアンと未織ともう一対の双子はのしのし進んで行った。牧場を突っ切り、林を抜けて、ほどなく丘のてっぺんにそびえる塔に辿り着く。が、鉄の扉はしっかりと施錠され、びくともしない。
「他に出入り口はないようね……ところで魔女おじさんてどんな奴? 魔女の親戚のおじさん、なんてオチは勘弁してよ」
 周囲の確認を済ませたアヤキルアンは、未織となにやら語らっていた双子に問いかけた。正義の錦旗の下に破壊の限りを尽くしたい、というのが先刻の晴れ舞台発言の真意である。おあつらえ向きに日もかげってきた。頭脳戦も悪くはないが、今はそんな気分ではない。おじさんが普通におじさんで、しかも紳士的だったら目も当てられない。
「ミオが思うに、可愛らしい人ではないでしょうか?」
「それもいいけど、私の予想では、そうね、魔女っ子フェチのむさいおっさん? まぁじょうしましょう〜」
 呼吸するが如くさらりと口をついて出るしょうもない駄洒落は、叩き上げワンマン経営者のたしなみである。TPOに関わらず吐き散らせなければ一人前のシャッチョーさんとはいえないのだ。たとえ若手社員やOLがドン引きしようとも。
 しかし双子はただ嬉しそうだ。
「うあーオヤジギャグー」
「やばいよーさむいよー」
「ふっ、ツカミはOKね」
 アヤキルアンは小さくガッツポーズをした。
「で?」
「大丈夫、魔女おじさんは蠍座の男でーす」
「この際いいだけ笑っちゃってくださーい」
「あんた達もそうとう古いわね……まあいいわ、私は暴れらればそれでいいんだす文明!」
 アヤキルアンは「原っぱはもう返上だろ〜」などと昭和の受験生風味な駄洒落を乱発しつつ、別行動をとる前にエファナに頼んで揃えてもらった品を手早く身につけると、ぴしっとポーズを決めた。
「どう? 相手が魔女おじさんならこちらは怪男オバハンでいくわ!」
 ポマード輝くリーゼントのヅラとお洒落な付け髭――タキシードでも着ていれば本来の美貌とあいまって男装の麗人なのだが、よりによってでかでかと虎が刺繍された芥子色のトレーナーに紫の豹柄スカートという、アパレル企業トップにあるまじき捨て身のオバハン・コーデである。ラメ入りスパッツでないのがせめてもの救いだ。
 しかしその感性は双子のそれにジャストミートしてしまったようだ。おまけに現役女子高生の未織にも受けがいい。すっかり気をよくしたアヤキルアンに突如、強烈なスポットライトが当たった。はっと仰げば雲間に見え隠れする謎の生物、それに手を振る双子達。更に一筋の光が落ちるとそこには、重厚なサウンドを刻むスピーカー。“把握”したアヤキルアンもとい怪男オバハンは頷き、マイクを握った。
「丘の急坂、我ら登坂、前科十犯、怪男オバハン!」
 オーバーアクションで韻を踏む彼女に、双子がすかさずターンテーブルにとりつく。
「魔女と交SHOW! たぶん圧SHOW! 牝牛取り返す楽SHOW!」
「あっ、ミオこれ知ってます! お友達にDVDとか借りました!」
 友人の名誉のために断っておくと、件のDVDにこの限りなく仮装に近いコスプレ三人組を想起させる要素は一切、ない。
「ミオも参加したいです……あ!」
 なぜか落ちていた“人質反対”のプラカードを拾い上げ、未織も局地的熱狂の渦に身を投じる。
「オスマン生まれトリポリ育ち!」
「スイトン余れトリガラお出汁!」 
「ME−U−SHIはどこだー!」
 わけがわからない。
 わからない四人組のノリが最高潮に達した、まさにそのとき――
「うるさいわねえ、どなた?」
 艶やかなハスキーボイスと共に、鉄の扉がするすると開いた。



「くっ……些かリサーチ不足だったようね。敵もサルもの引っ掻くもの、ってかぁ」
 口惜しげに吐き捨てつつも、そこは怪男オバハン、オヤジギャグは忘れない。
 魔女“おじさん”というからには男性なのだろうが、気だるげな風情で立っているのは中性的な細身の美形であった。大胆なスリットの入ったロングドレスの無駄に複雑なカッティングは、双子のものとよく似ている。
「落ち着くのよ怪男オバハン……小綺麗な姐さんに見えたって本性はオヤジ……そう、オヤジといえば呑む撃つCOW! よし立ち直った。行くわよ同志、作戦開始!」
 馬手にシャンパン、弓手にパチンコ、双子にメガ盛り牛丼を捧げ持たせ、ギャグの苦しさは勢いで吹き飛ばせとばかり、おたけびも勇ましく突進する。
「ドンペリ入りまーす、君の瞳に乾・パーン!」
 突然のシャンパンシャワーに魔女おじさんが悲鳴を上げた。
「きゃあ! ちょっと、なに、なんなのよあなた達!?」
「先手必勝でーす」
「見敵必殺でーす」
 ネギ少なめ汁ダク牛丼もスコール状態だ。ギョクがないのは仕様か武士の情けか判断の難しいところである。
「我要求牝牛即刻返還!」
「うあー偽中国語でたー」
「濃厚オヤジ成分きたー」
「牝牛? 牛がどうしたっていうのよ?」
「問答無用!」
「そっちが聞いたんでしょ!?」
 わけがわからない。
 あたりに充満するシャンパンと牛丼のミックスフレーバーに当てられ、未織は足元がふらついてきた。
「ああ……魔女おじさんが予想外に大変なことに……でも本当に牝牛さんがいるなら仕方がないですよね?……でも、もしいなかったら? どうしよう、ミオにはわかりません! ついでに魔女おじさんが男の人なのか女の人なのか目の当たりにしてもわかりません!……でも、えっと――皆さぁん、食べ物を粗末にするのはよくないと思いますぅ!」
 激しい葛藤の後の末、それだけは譲れない未織の叫びに応えたのは、誰あろう――
「そうよ、そこの美少女! よく言ったわ!……あなた達、いい加減に……なさいっ」
 魔女おじさんが一喝するや、まばゆい光の柱が天から降り注ぎ、とてつもなく大きなぐにゃぐにゃとした“なにか”が顕現した。非常に生臭い。
「な、なにあれ!?」
 のたくりながら迫りくる不気味さに、さしもの怪男オバハンもぎょっと後じさる。
「うあークラーケン降ろしやがったぜー」
「召喚魔法はルール違反なんですけどー」
 自分達の所業は棚に上げ、双子が不平を鳴らした。
「じゃ目には目でー」
「巨大には巨大でー」
 手を振って合図すると、先刻同様、雲間に漂う謎の生物から光が発せられ、ちょうど怪男オバハンが取り出したアイテムを弾き飛ばす。と、落下したあたりからとんでもなく大きな昆虫っぽい“なにか”が出現した。
「……やっといてアレですけど、アレなんですかー?」
「……アリ? の紙巻き? っていうか馬券巻きー?」
「ふっ、蟻を馬券で簀巻きにして蟻巻念(アリマキネン)、なんてな!」
 ぺち、と額を叩き舌を出す怪男オバハン、あくまでオヤジ仕草を崩さない天晴れなオヤジっぷりである。
「今回は大穴だったわねえ」
「してやられたよねー」
「買っとくんでしたー」
 そんな時節柄な会話をよそに、本物の怪獣二匹は地響きを立てて激突する。馬券に巻かれて小回りのきかない蟻巻念をクラーケンの触手が襲い、かと思えば蟻酸放射に怯んだクラーケンを蟻巻念の大顎が狙う。
「やめて、塔にぶつからないで、のしかからないで! あたしのおうちを壊さないでちょうだい!」
 だが好敵手と書いて「とも」と呼ぶ性格なのか、クラーケンは魔女おじさんの命令を無視して乱闘続行する。
「なにをやってるんだなにを……」
 渋い声音に怪男オバハンが振り返れば、未織を伴いドクロまだらの牝牛を連れた四十がらみの男前がいた。
「あら、その牛って」
 皆まで言い終わる暇もなく、傍らの双子が慌てだした。
「うあー店長もとい魔王様でたー」
「クビだけは勘弁してくださいー」
「だったらあの騒ぎをどうにかしろ」
「はぁい、只今……」
「合点承知之助……」
 双子は空に向かってサインを送り始めたが、時既に遅し。
「あ」
 牽引ビームが二匹を捕らえた瞬間、ぐらり、と塔がかしいだ。



 吹く風に夕暮れの冷たさが混じる頃、丘のてっぺんの塔は、もはや丘のてっぺんの瓦礫であった。
「……待って待って、するとなに? 牝牛ちゃんは鬼バ、もとい、あなたのところにいたわけ? それも捕まえたとか捕まえられたとかじゃなく、自分の意志でカウンセリングを受けに行ってたの!?」
 強面の鬼ババから事の次第を聞き、怪男オバハンもとい怪獣アヤキルアンもとい藤田あやこは栄養ドリンクを片手に深い溜息を吐いた。悪党が存在しないなら正義の味方もへったくれもない。自分が巨大化しなくてよかった、と心底思う。やはり常日頃の善行の報いだろう……
 そんな彼女の傍らでは、まだ元に戻る気はないらしい二組四人の諸悪の根源(仲良く左目に青タン付き)がポージングしながら頷いていた。
「やっぱ基本は話し合いだよねー」
「ねー」
「愛は世界を救っちゃうもんねー」
「ねー」
「あなた達がいつ話し合いに応じたのよ!」
 未織にもらったマフィンをかじりながら、魔女おじさんがぶつくさこぼす。
「けどまあ、最終的にはよかったんじゃない?」
 鬼ババがとんでもないことを言い出した。反論しようといきりたつ相手を制し、
「いいからお聞きよ。だってそうだろ、毎年神経痛だのしもやけだの騒ぐくせに、出不精でさ。観念して、冬の間だけでもうちにおいで。塔は春になったら建て直しゃいいんだから」
「……そうね、じゃあしばらく寄せていただくわ」
 魔女おじさんはおもむろにレースのハンカチを取り出すと、くすんと可愛らしく鼻をかんだ。
「やっぱり年いってからは女同士が気楽よね……」
 未織が「お友達になった記念に」と全員にクッキーを配る。パティシエの父上お手製だそうで、確かにプロの味だ。
「なんだかんだで結果オーライ、おまえさん方のおかげで納まりがついたよ。ありがとうね」
「ふっ、それほどでも……あるけど。まあ私にかかればお茶の子ってことよ、ほほほほほほ!」
 鬼ババの真顔の謝辞を受け、清々しい気分で高笑いするあやこであった。




 目を開けると、静かな朝だった。
 ゆっくりと寝床から起き上がる。
 どうやら夢を見ていたようだが、思い出せそうにない。
 なぜか心が浮き立ち、足取りも軽く窓辺に歩み寄る。
 カーテンの向こうには、きらめく一面の銀世界――ふと、軽やかな鈴の音が聞こえた気がした。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7061 / 藤田・あやこ(ふじた・ー) / 女 / 24 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【3087 / 千獣(せんじゅ) / 女 / 17 / 獣使い】
【7321 / 式野・未織(しきの・みおり) / 女 / 15 / 高校生】

【NPC/エファナ】
【NPC/ディーラ(ショッキングピンク)】
【NPC/カーラ(コバルトブルー)】
【NPC/織女鹿・魔椰(魔女おじさん)】
【NPC/隨豪寺・徳(白ローブの鬼ババ)】
【NPC/横鍬・平太(魔王)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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藤田あやこ様
こんにちは、三芭ロウです。
この度はご参加ありがとうございました。
残念ながら牝牛は魔女おじさんのところにはおりませんでしたが、
プレイングの賑やかさ(蟻巻念にはやられました)に負けぬよう努めてみました。
それではまた、ご縁がありましたら宜しくお願い致します。
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月25日

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