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『サンタと牝牛とあなたとわたし 』
千獣3087


 突然のめまいから立ち直ると、広い牧草地に立っていた。
 青い空、白い雲、囀る小鳥――穏やかな小春日和である。
「いらっしゃいませこんにちはー!」
「ご協力よろしくお願いしまーす!」
「あ、あんた達、勝手に召喚しちゃまずくない!?」
 騒々しい声に振り向けば、赤いサンタドレスも愛らしい金髪ショート少女をはさんで、大胆かつややこしいカッティングのコスチュームにメタルな装飾じゃらじゃらの双子娘――かたやショッキングピンクのボブカット、こなたコバルトブルーのツインテール――が満面の笑みを浮かべている。
「ご一緒に牝牛を探してくださーい!」
「素敵なドクロまだらの乳牛でーす!」
「ご、ごめんね、あたしもなんだかよくわかんないんだけど……」
「店長もとい魔王様の牝牛でーす!」
「実は場所の目星はついてまーす!」
「たぶん、この人達につきあわないと駄目っぽい……」
 マイペースにハイテンションな双子と困惑顔の少女の言葉を総合する。
「ことによったら、白ローブの鬼ババに捕まってるかもー!」
 ショッキングピンクが指さした彼方には、妙な形の建物があった。
「もしかしたら、魔女おじさんに捕まっちゃってるかもー!」
 コバルトブルーが指さした先には、いかにも怪しげな塔が見えた。
 ちなみに方角はまったく逆だ。
「でもでも、私達だけではちょっと不安でーす!」
「そんなわけで、助っ人さんをお願いしまーす!」
「悪いけど、あたしからもお願い……」




 千獣(せんじゅ)はひたすら思考の整理に努めていた。
 ドクロ柄の牛? 鬼ババ? 魔女おじさん?
 同じく喚び出されたらしき二人の様子――藤田あやこ(ふじた・あやこ)が仁王立ちで高笑いし、式野未織(しきの・みおり)が一生懸命な表情でなにやら呟いている――を視界にとどめながらも、頭の中は「?」マークでいっぱいだ。
 とにかく、牛を探しにいけばいいのだろう。
 牛は、鬼ババもしくは魔女おじさんのところにいるのだろう。
 両方探すには手が足りないということだろう。
 そこまでまとめて、うん、と頷いた彼女に、あやこもといアヤキルアンが呼びかけた。
「よろしい。私は魔女おじさんとやらの根城に向かうわ――で、あなた方は?」
 未織が可愛らしく手を挙げる。
「ミオも魔女おじさんのところに行きます!」
「それ、じゃあ、私は、その……鬼、ババ……? の、とこへ……行こう、と、思う……」
 皆で同じ場所に向かっては手分けする意味がない。千獣はもう一方に決めた。
「わあ、意見が分かれたね!」
「うん、私達も別れようね!」
 言うや、双子がもう一組出現した。分身の術などとなまやさしいものではない。文字通り分裂したのだ。ひょえ、とエファナが妙な声を上げた。
「やるじゃない!……これは負けてられないわ!」
 どう考えても人外な荒技にライバル意識を燃やすアヤキルアンの傍らで、
「すごぉい、イリュージョンですね!」
 未織は無邪気に手を叩き、
「…………」
 人って分裂できたっけ、と千獣は静かに悩んだ。



 アヤキルアンと未織、もう一対の双子と別れ、千獣とエファナと双子はてくてく進んで行った。牧場を突っ切り、林を抜けて、次第にかげってきた日差しの下、目指すは怪しげな雰囲気の屋敷――
「つま、り、牛……返して、もらえば、いいん、だよね……?」
 耳慣れない、言語というより音を交わして先頭をゆくショッキングピンクとコバルトブルーを眺めつつ、千獣は再確認をした。
「の、筈だけど……」
 隣でエファナが溜息を吐く。
「うう、なんでこんなことになっちゃったんだろ。ごめんね、えっと……千獣」
 千獣は静かにかぶりを振った。
「誰か、の、手伝い、が、必要で……私、に、できる、こと……だから、呼ばれ、たん、だと……思う」
「呼ばれた……うん、そうだよね。あたしも気がついたらここにいたし。たぶんこれって、試験と関係あるんだ」
「試、験?」
 怪訝そうな相手に、エファナは説明した。
 一人前のサンタを目指して見習い修行に明け暮れていること。
 遂に卒業試験にこぎつけたこと。
 合格すれば晴れて正規のサンタとなり、自分のソリがもらえること。
 ソリには聞いただけで心がうきうきする、魔法の鈴がたくさんついていること。
「そのソリに乗って、世界中の人に贈り物をするんだよ」
「そう……なん、だ……」
 目を輝かせて語る少女に、千獣は相槌をうった。どうやら“サンタ”とは、“クリスマス”という行事に不可欠な特殊技能を持つ職人であるらしい。牝牛を探し出すことで試験とやらに通るなら、そのために自分がここにいるのなら、できる限り協力しよう――改めて、そう思う。
「夢、叶う、と……いい、ね……」
「あ、ありがと、千獣。あたし、頑張るよ!」
 一段落したところで、千獣はずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「あの、二人、も……サン、タ?」
 過剰な装飾がほどこされているものの、全体的なデザインはエファナの赤いドレスに似ていなくもなかったからだ。
「違――」
 しかし、エファナが言い終える前に双子がぱっと振り向いた。
「断固として否定しまーす!」
「由緒正しい宇宙人でーす!」
 左右対称に不思議なポーズをとる二人に、千獣は首をかしげる。
「宇、宙、って……なに?」
 そのとんでもなく深遠な謎から千獣を救ったのは、他ならぬ彼女自身の聴覚であった。
「声……牛、の、鳴き声……が、した……」
「え、ほんと? じゃあ牝牛は鬼ババの家に……ってなにやってるの!?」
 一体どこに収納していたのか武器らしき物体を取り出た双子を、エファナが見咎めた。
「先手必勝でーす」
「見敵必殺でーす」
「待ってよ、それじゃあたし達の方が悪者っぽい――」
 静止など聞かばこそ、おたけびを上げて双子が走り出す。
「捕まえ、よう……!」
「あ、うん!」
 千獣とエファナも後を追った。
 平らな箱を積み重ねたような奇妙な屋敷の玄関ポーチぎりぎりで、千獣はコバルトブルーの鋲付きチョーカーを引っ掴んで引き戻す。同時に、エファナのステッキからほとばしった光が蔦と化し、ショッキングピンクの拍車付きブーツに絡みついた。
「いきなり、暴れ、ちゃ……駄目」
 “白ローブの鬼ババ”がどんな人物かはわからないが、自分達が突然の訪問者である以上、きちんと話し合うのが筋というものだ。凶器を手になだれ込むなど言語道断――そもそも、双子は問題の牛が捕まっている「かも」と言ったのであって、「盗まれた」とは一言も言っていないのだから。
 そんな千獣の心のうちを読んだかのように、双子はもがきながらもにやにやしている。あまつさえ、こうだ。
「暴力反対ー窒息注意でーす」
「話せばわかるから放してー」
 ……どの口が言うのだろう。
 さすがに呆れた千獣が掴む指先に少し力を込めた、そのとき。 
「おやおや、でたらめツインズだけかと思ったら、お客さんじゃないか」
 ドスのきいた嗄れ声と共に、正面の扉が勢いよく開いた。



「――そうかい、この子を迎えにねえ……まあ、おあがり」
 千獣とエファナは礼を述べて、湯気の立つカップを取った。
 一同は屋敷に入ってすぐのだだっ広い部屋で、お茶のテーブルを囲んでいるのだった。
「しかし、こいつらと一緒じゃ疲れたろう?」
 出された焼き菓子をもりもり食べている双子を指して苦笑いする“白ローブの鬼ババ”は、医者が着るような白衣をまとい、かつ肘まで腕まくりをした、強面のおばさんであった。傍らには優しげな目の大きな牝牛。ありがちな白黒模様をよく見れば、なるほど、ぶちの一つ一つがドクロになっている。
「勝手に連れてっちゃ困りまーす」
「店長もとい魔王様の牝牛でーす」
「あのねえ、あんたらが毎日毎日両側からしょうもないことを延々囀ってくれるせいで、ストレスで乳の出が悪くなったんだろうが。だからカウンセリングを受けに来たんだよ、自力でね」
「ええー、お昼寝タイムにお話してあげただけですよー?」
 双子は例によって左右対称にポーズを決め、「ねー」と確認しあった。
「深淵にまどろむ巨龍の悪夢の切れ端とかー」
「業火の蒸気に溶け爛れた巨人の苦悩とかー」
 牝牛が憤慨したように鼻を鳴らした。明らかに迷惑がっている。
「やはり君達が原因か」
 いきなりの低音に驚いて、ハーブティーをすすっていたエファナがむせた。咳き込む背をさすってやりながら、千獣は奥の扉から現れた新たな人物――料理人風のいでたちの、苦みばしった壮年の男――を見上げた。
「うちの特濃カスタードにはこの牛の乳が最適なんだ。知らなかったとは言わせんぞ」
「うあー店長もとい魔王様でたー」
「クビだけは勘弁してくださいー」
「なら、牛に怪談話はやめるこったね」
 “魔王”にもお茶をすすめ、鬼ババがぴしゃりと言う。
「ええーだってせっかく考えたお話なのにー」
「誰かに聞いてもらわなくちゃつまんないー」
 相変わらずへらへらしてはいるが、双子は本気で困っている様子だ。
「なんか……変なことになってきたね」
 エファナが千獣に囁いた。この真の問題を解決しない限り、おそらく牝牛は何度でも逃げ出すに違いない。双子に悪意がないあたり、かえって厄介である。と、なにやら考え込んでいた千獣が、うん、と頷いた。
「お互い、に、お話、しあった、ら……?」
 しばし、沈黙があたりを支配した。
「や、それは、いくらなんでも安易――」
 気まずげに鬼ババが言いかけたところで、顔を見合わせていた双子が飛び上がった。
「あ、そっかぁ!」
「そうしようよ!」
 喜色満面のショッキングピンクとコバルトブルー、そして千獣を除く全員が思い切りむせた。
「ま、まあいいやね、これで解決、ハッピーエンドってやつだ。とりあえず、もう一杯お茶、どうだい?」
 鼻をぐすぐすいわせつつ、鬼ババがおかわりをすすめてきた。
「あり、がと……どう、した、の?」
 同じくおかわりを受け取って、しきりと首をひねっているエファナに千獣が尋ねる。
「うん……なんか忘れてるような気がするんだけど」
 言われて千獣も気がついた。
「怪獣、の、人……」
「ああっ!」
 事の次第を聞いた鬼ババは、知らん顔で依然お茶にいそしんでいる双子を横目で睨んだ。
「やれやれ、どうもおとなしいと思ったら分裂してたのかい? 本当にでたらめだねえ」
「……自分が見てこよう。どの扉が直通だ?」
「右側、手前から三つ目」
 頷いた魔王店長が屋敷の奥に消える。
 ややあって遠くから地響きがし、千獣とエファナは目交ぜをした。
「千獣……」
「私、達も、行こう……」
「よしよし、じゃあ皆で出かけようかね」
 鬼ババがにたっと笑った。



 扉の向うは廃墟だった。
「……すご、い」 
 先刻眺めたときはそびえていた塔が、もはや原型を留めていない。なにをどうしたら、ここまでなるのだろう。
「陸にクラーケン喚び出す奴があるかねえ」
 鬼ババは、そこいらじゅうにこびりついている生臭いねばねばに顔をしかめた。
「クラー、ケン?」
「ああ、でも、こっちは違うね……ばかでかい虫の触覚だ。ったく、なにやらかしてくれちゃったんだい、おたくの使用人は」
「いつものように、いつものことを」
 魔王が、いかにも魔王然とした表情で答えると、鬼ババは「だろうね」と肩をすくめた。
 千獣は、皆にクッキーを配って回る未織――菓子職人の父上お手製だそうで、美味しかった――と魔王が語らったり、あやこが鬼ババや魔女おじさん(と思しきずぶ濡れの美人)、双子達と喋っている様子をしばらく眺めていたが、やがて瓦礫の前でうなだれている少女に歩み寄った。
「エファ、ナ?」
「……あたし、やっぱ駄目だね。全然役に立たなかった」
「どう、して?……牝牛、ちゃんと、見つ、かった……よ?」
「でも、塔は壊れちゃったし――」
「いつもだったら丘ごと崩れていただろうよ。双子のでたらめっぷりはある意味無敵だからねえ」
 二人が振り向くと、鬼ババが戻ってきていた。
「だけど、今回はなぜかこの程度で済んだ。しかも根城だけがぶっ壊れて腐れ縁の頑固者は無事だし、当分うちで面倒みるから、この冬は楽しく過ごせそうだ。で、災いが福に転じた理由はてぇと」
 筋張った指が、エファナを指した。
「運よくサンタクロースが関わってくれてたからさ」
「サン……え、あたし!?」
「他に誰がいるよ」
「でもあた、あたし、まだ見習――」
「お黙り、今日は何日だとお思いだい? クリスマスにそのなりで、人が嬉しくなるようなものを配ってりゃサンタだろうが。なに、なんか文句ある?」
 じろりと睨まれ、エファナは慌てて首を振った。
 肩に手が触れ、見上げると、共にこの世界に呼ばれた友達がいた。
「試験、うまく、いった、と……思う、よ」
「あ、ありがと、千獣!」




 目を開けると、静かな朝だった。
 ゆっくりと寝床から起き上がる。
 どうやら夢を見ていたようだが、思い出せそうにない。
 なぜか心が浮き立ち、足取りも軽く窓辺に歩み寄る。
 カーテンの向こうには、きらめく一面の銀世界――ふと、軽やかな鈴の音が聞こえた気がした。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3087 / 千獣(せんじゅ) / 女 / 17 / 獣使い】
【7061 / 藤田・あやこ(ふじた・ー) / 女 / 24 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【7321 / 式野・未織(しきの・みおり) / 女 / 15 / 高校生】

【NPC/エファナ】
【NPC/ディーラ(ショッキングピンク)】
【NPC/カーラ(コバルトブルー)】
【NPC/織女鹿・魔椰(魔女おじさん)】
【NPC/隨豪寺・徳(白ローブの鬼ババ)】
【NPC/横鍬・平太(魔王)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣様
こんにちは、三芭ロウです。
この度はご参加ありがとうございました。
鬼ババルートをお選びいただきましたので、双子へのツッコミ及び
ほんのり天然をお願いしつつ、無事牝牛に辿り着くことができました。
それではまた、ご縁がありましたら宜しくお願い致します。
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年12月25日

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