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『   空から落ちてきた少女 』
レイジュ・ウィナード3370


 クリスマス・イヴの昼下がり、レイジュはひとり街を歩いていた。サングラス越しに周りを眺めてみれば、あちらこちらカップルばかり。基本的に恋人などに興味はないが、こんな甘ったるい空気の中で無駄に時間を過ごしたくはないなと思った。
―――早く用事を済ませて帰るとしよう。
 心の中で呟き、深呼吸しようと胸をそらす。と、空を見上げて目を見開いた。
「うわっ、うわ〜〜!」
 叫びながら、ほうきに乗った少女が落ちている。何処か間の抜けた声だったが、衝撃的なシーンだった。少女は奇妙な軌跡を描きつつ、裏路地へと落ちていく。
 どうすべきかと、迷った。周りの恋人たちは彼女のことを気にしていないようだ。もしかしたら彼女が見えているのはレイジュだけで、ただの幻だったのではないか。そう思いつつ、裏路地を覗いてみる。
 幻ではなかった。少女はそこにいた。裏路地に置かれていた物に衝突したらしく、辺りが散らかっている。落ちた時に背中を打ったのか、尻餅をついた状態で背をさすっていた。
「いったあ……ほうきから落ちるなんて、まだまだ駄目だなあ」
 金色の髪に、青い瞳。瞳に強い意志の光を宿した少女だった。元気よく立ち上がって、拳を握る。
「もっと頑張らなくちゃ!」
 呟くと、エファナは再度ほうきに跨る。飛ぶ前に、失態を誰かに見られなかったかと辺りを見回し――彼と、目が合った。
「うわわっ!?」
 少女が慌てて姿勢を正す。目を丸くして距離を置くと、箒を抱き抱えるようにしてレイジュを窺い見た。
「み、見られたかな……見ましたか?」
「ああ……君が空から落ちてきたところなら」
 レイジュが淡々と答えると、少女はたちまち耳まで赤くなる。焦り、あたふたと視線を彷徨わせた。
「え、えとえと……あ、あたしはここにはいませんでした! 忘れてくださーいっ!」
 とんちんかんな台詞に、レイジュがぽかんとした。少女は彼に構わず、叫ぶや否や空へ舞い上がろうとする。
「えいっ……わわー!?」
 ふわり、とほんの少し少女が浮かんだかと思うと、何故かレイジュの方へと突っ込んで来た。突然、しかも至近距離からの不意打ちに反応出来ず、レイジュは突っ込んできた彼女に弾かれて尻餅をついた。少女が慌てて彼へと駆け寄った。
「ご、ごめんなさい! 何でだろ、飛べないよ〜」
 少女はその場で泣き出した。彼はぎょっとして辺りを見回す。明らかに被害者は彼の方だが、女子供に泣かれると弱い。
「おい、泣くな。とりあえず落ち着け」
「えっ……あ、うん」
 少女はすう、はあ、と深呼吸をした。先刻よりはやや落ち着いた表情で、しょんぼりと箒を見下ろす。
「落ちた時のショックでね、箒が壊れちゃったみたいなんだ」
「それは大変だな」
「どうしよう……」
 言いながら、少女は瞳をキラキラと輝かせてレイジュを見つめる。何か訴えかけるような澄んだ青い瞳に、レイジュが眉を寄せた。面倒だとも思うが、見るからに困り果てている小さな女の子を放ってはおけなかった。
「そうだな。この近くにマジック・ショップがある。そこなら直せるんじゃないかと思うが」
「ほんと!? 案内してくれる?」
「ああ。すぐそこだ」
 言って、レイジュは先に立ってすたすた歩き出した。慌てて少女もその後を追う。彼の言う通り、ほどなくして目的の店に辿り着いた。怪しげなもので埋め尽くされた店内に足を踏み入れ、少女が物珍しげに辺りを見回す。
「わあ、面白いね!」
「――店主。この子の箒を直して欲しいのですが」
 レイジュはカウンターの向こうに立つ女店主に話しかけた。そのまま交渉をする彼をよそに、少女は店内をうろちょろしている。女店主が店の奥へと引っ込むと、レイジュは溜息を吐いて少女へと振り返った。
「おい。少しは落ち着け」
「だってここすごいよ、ここだけでもクリスマスプレゼント揃っちゃいそう!」
「……人を選ぶと思うけどな」
 やがて女店主が戻って来て、レイジュは用意された箒を受け取った。店の外に出てから少女にそれを手渡す。
「夕方には修理も終わる。それまでそれで代用して、あとは自分で受け取りに来い。いいか?」
「わあ〜。うん! ありがとう!」
 少女は花のような笑顔を見せた。晴れやかな顔に、レイジュがふっと苦笑する。
「あのね、ありがとうついでに、なんだけど。もしよければ、あたしの仕事も手伝ってもらえないかなあ?」
 レイジュは首を傾げ、彼女の説明を聞いた。話によると彼女は見習いのサンタで、これからクリスマスプレゼントを皆に配って回るらしい。誰にどんなプレゼントをあげたらいいかは『夢の世界』で探さなくてはならないが、既にある程度用意は済んでいるので、それを配るのを彼に手伝って欲しいのだという。残りのプレゼントは彼と別れた後でまた夢の世界へ探しに行くそうだ。
「どうかな。どうかな〜」
「試験の合否がかかっているのに、無関係の僕を巻き込んでいいのか?」
「配り終わらなかった方がコトだもん。ね、お願い!」
 少女は目を閉じて、ぱん! と両手を合わせる。真剣に拝み倒されて、断るとは言えなかった。レイジュは自分の赤い髪をくしゃりとやり、サングラスを指で少し持ち上げる。
「仕方が無いな。夕方まででも構わないか?」
「うん! その頃には箒も直るし。ありがとう、お兄さん!」
「……僕はレイジュ・ウィナードだ」
「あ、名まえ……ごめんね、自己紹介まだだったね」
 えへへ、と照れたように少女が笑う。そして、誇らしげに胸を張った。
「あたしはエファナ。よろしくね、レイジュお兄さん!」





 エファナに連れられてやって来たのは、山間の小さな村だった。雪に覆われ、一段と寒さが厳しい。箒で移動する彼女について羽で飛んできたレイジュは、雪原に降り立って身を震わせた。
「みなさん、こんにちは! サンタのエファナです!」
 彼女は寒さに強いのか、肌を刺すような北風もものともせずに大きく声を張り上げた。近くにいた村人たちが、彼女を見て近寄って来る。
「何じゃ? また『はろーいん』でも始まるのかい?」
「違いますよおじいさん。これは『こすぷれ』ですよ」
「ハロウィンでもコスプレでもなーい! サンタ! 子どもたちに、クリスマスプレゼントを持って来たのっ」
 両手をぶんぶん振ってエファナが抗議した。そこへ、プレゼントという単語を聞きつけて子どもたちがわらわらと集まってくる。エファナは、おいでおいでと彼らを招き寄せた。
「はーい、順番にね! えっと、シン君にはこれ。いい子にしてるごほうびだよっ。あ、ユナちゃんにはねえ――」
 彼女は一人ひとりの名を覚えて個性を把握しているらしい。見習いとはいえ流石はサンタかと、レイジュは少し彼女を見直した。外見的には集まった子どもたちとそう変わらないため、子ども同士で遊んでいるようにしか見えなかったけれど。
「お兄ちゃん、あたしにもプレゼントちょうだい!」
「ん? ああ……ええと、」
「あたしはルリ。その袋じゃないかなあ」
「ああ、これか。はい」
 『ルリちゃんへ』と書かれた包みを手に取り、女の子に渡す。仏頂面のレイジュだったが、女の子は笑って礼を述べた。嬉しそうに雪原を駆けていく。
「なあなあにーちゃん、にーちゃんはああいう赤い服着ないのか?」
「そうだよ、サンタの服なんだろ?」
「ああ、着ない。大体、僕が着たらそれこそコスプレだ」
「コスプレって?」
「よくは知らん」
 ふいと顔を背け、淡々とプレゼントを渡していく。その傍ら、レイジュはちらとエファナを窺い見た。ぶっきらぼうな彼と違い、彼女は楽しそうに笑って子どもたちにプレゼントを配っている。
 その様子を見ていて、彼はふと思い出した。クリスマス、姉がレイジュにプレゼントをくれる時のこと。少女の姿に、その時の姉を重ねて見た。
 優しく微笑んでプレゼントを手渡してくれた、姉を。





 日が暮れ始めた頃、レイジュとエファナは箒を預けた魔法ショップに戻って来た。箒を受け取るまで付き合わずに帰るつもりだったが、彼女に頼まれ押し切られてしまった。乗りかかった船だしここまで来たら構わないかと、レイジュは了承して付いて来た。
「レイジュお兄さん、本当にありがとう!」
 直った箒を手に、エファナは上機嫌でくるりと回った。嬉しそうな彼女に、レイジュが苦笑する。
「ああ。じゃあな」
「あ、待って! その前に、お兄さんに何かお礼したいんだけど」
「礼なんかいい」
「そういうわけにもいかないよ。すっごく! 助かったもん」
 両の拳を握り、エファナが力説する。レイジュは困って眉をひそめた。別に欲しいものなどない。それに――今夜は早く城に戻らなければならない。
「やはりいらない」
「でもでも!」
「どうしてもというなら、ライアにプレゼントをあげてほしい」
「ライア? もしかして恋人?」
「違う。僕の姉だ」
 レイジュと同じ赤い髪をなびかせた、彼女の姿を思い浮かべる。優しい彼女は、きっと心配して彼の帰りを待っている。今日はいつにも増して殊更に。だから、急いで帰らなくては。西に沈みかけた太陽と東の空に浮かぶ月を見遣り、レイジュはそう思った。
「それじゃ、気をつけろよ」
 ばさり、と蝙蝠の翼を広げる。漆黒の翼で、軽やかに舞い上がった。
「あっ、お兄さん! ……お礼、絶対するからね!」
 ばいばーい! と、エファナの元気な声が背中越しに聞こえる。後ろは振り向かず、夕闇の中レイジュは真直ぐ自分の城へと向かった。





 城へ帰ってから、レイジュはひとり自室にこもっていた。明かりも付けず、ベッドに寝て布団をかぶっている。街中でつけていたサングラスは外し、机の上に置いていた。
 窓の外に視線を移す。丸い月が浩々と夜を照らしている。今宵は満月。彼は満月の夜、無視に全身の血を吸われてしまう呪いをかけられているのである。だからこうして静かに、その辛さと屈辱に耐えていた。
「レイジュ。大丈夫?」
「ライア。皆とパーティしていたはずじゃ……」
「ええ、皆さんには楽しんで頂いているわ。レイジュが気になって、こっそり抜けて来てみたの」
 そう言って小さく舌を出す。ライアはベッドの脇に立ち、そっとレイジュの額に手を添えた。
「レイジュがいないと、楽しさも半分に減ってしまうもの」
 ひんやりした手が心地良い。レイジュは力の入らない身体を叱咤して、その手を握った。
「気にするな、ライア。僕のこれはいつものことだ」
「レイジュ……」
「ライアにそんな顔をされる方が辛い」
 眉を寄せて心配そうなライアに、レイジュは微笑んでみせた。弱弱しく、口元だけで笑う不器用な笑い方。それが彼の精一杯と知っている彼女は、微笑み返して頷いた。
「わかったわ。……戻る前に一曲歌ってもいい? 貴方がよく眠れるように」
「ああ」
 彼女が微笑み、銀の瞳を閉じる。すう、と息を吸い込んだ。やがて、唇から美しい歌声が紡ぎ出される。
 寝そべりながら、レイジュは黙って彼女の歌を聴いていた。彼女は両手を胸の前で組み、気持ち良さそうに歌っている。城を訪れた皆が聴き惚れる彼女の歌声。今は、彼が独り占めにしている。
 こうして彼女の歌を聴いているだけで、充分だった。彼は他に何も要らない。あとは彼女が、皆と楽しくクリスマスを過ごしてくれさえすれば。穏やかな気持ちで、レイジュは瞼を下ろした。
―――プレゼントだよ、お兄さん。
 声が聞こえたような気がして、銀色の瞳を開く。がばりと身を起こした。驚き、ライアが歌を中断する。
「レイジュ? どうしたの?」
「身体が……軽いんだ。全然、辛くない」
 手を握ったり開いたりしながら、レイジュが不思議そうに瞬きを繰り返す。ライアも彼と同様に目をぱちくりさせていたが、彼の調子が本当に良いのだと悟ると、その銀の瞳を細めた。感極まって、彼に抱きつく。彼女の瞳から、涙が溢れた。
「よかった、レイジュ! 大丈夫なのね? 辛くないのね?」
「ああ。でも、どうして……」
 呟きながら、ふと少女のことを思い出した。サンタクロース見習いの、元気な少女。しかし彼女にそんなことが出来るのかと訝しく思いつつ、泣きじゃくる姉の背をさすってやった。彼女が涙に濡れた顔を上げる。
「そうだわ、歌いましょう……貴方が元気になったことを祝して」
 再びライアが立ち上がり、歌い始める。そんな彼女にレイジュは苦笑し、この歌を聴き終えたらパーティをしている皆の元へ一緒に行こうと思った。それから、皆で聖夜を楽しむのだ。それは、とても幸せなことだと思った。
―――今晩だけ、だけどね。
 そんな二人を、エファナがこっそり見守っていた。微笑ましく眺めながら、心の中で呟く。
―――お姉さんが望んだのは、みんなと……お兄さんと一緒に過ごすこと。さすがにあたしじゃ無理だから、長老のおじいちゃんに頼んじゃった。
 二人は少女に気付いていない。少女は物音を立てず、大きな袋から二つの包みを取り出した。
―――これはおまけ。時間をもらっちゃったお詫びもあるし。
 そっと、部屋の隅に置く。それからひっそりと、笑顔で暖炉へと身を滑らせた。
―――Merry Christmas!
 聖夜限りの奇跡を、残して。





《了》



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3370 / レイジュ・ウィナード / 男性 / 20歳 / 異界職】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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レイジュ・ウィナード様

はじめまして、緋川鈴と申します。
この度はご依頼ありがとうございました!
今年の12月24日が丁度満月だったので、「これはこの設定を使わせて頂くチャンス……!」と、一部少々脚色を加えてしまいましたが、楽しく執筆させて頂きました。
それでは、良い聖夜をお過ごしくださりますようお祈りしております。


WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
緋川 鈴 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年12月25日

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