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『宿り木の見る夢〜赤〜 』
千架(fa4263)&日下部・彩(fa0117)


「うわぁ…おっきいなあ!」
 夢の世界に降り立ったエファナは、ライトアップされた街の中で、一際大きくそびえ立つモミの木を見上げた。モミの木は煌びやかな街並に負けず劣らず色とりどりのライトやガーランドチェーン、オーナメントで飾り立てられている。
「さしずめ、夢の世界のシンボルってところね。さすがクリスマスだわ」
 モミの木の下で一人納得し、いそいそと街に繰り出そうとしたエファナを、しゃがれた老人のような声が呼び止めた。
「そう慌てなさんな、小さなサンタのお嬢ちゃん」
「あたし?」
 エファナはくるっと振り返り、首をかしげた。周りには彼女を呼び止めるような人物はいない。
「今の声は、あなた?」
 エファナはそう言って、モミの木を見上げた。モミの木は笑うように枝を震わせ、
「そうじゃとも。サンタのお嬢ちゃんは仕事中かね? それにしてはお供のトナカイも、大きな袋も持っとらんようじゃが」
「あたしはまだ見習いなの。これから一人前のサンタになるために、クリスマス・プレゼントを探しに行くのよ。人間がもっとも喜ぶものなんですって。それを見つけないと、一人前になれないの」
「なるほどな、卒業試験というやつじゃろう。…それでお嬢ちゃんは、そのプレゼントとやらを見つけられそうかね?」
 モミの木はエファナにそう尋ねた。エファナは肩をすくめてから腰に手を当て、やれやれと首を振る。
「ううん。まだ検討もつかないわ。だって人それぞれ欲しいものは違うじゃない? みんなが喜ぶようなものって何なのかしら」
「ふうむ…確かに難しい命題じゃのう」
 モミの木はそう呟いて、枝をしならせた。どことなく、老人が背を丸めて考え込んでいるようにも見える。
 それをしばらくじーっと見ていたエファナは、そうだ、と手を叩いた。
「ねえ、モミのおじいさんだったら、プレゼントは何が欲しい?」
「わしかい? …実はのう、もうプレゼントはもらっとるんじゃ」
 エファナは目をぱちくりさせた。一体誰に、何をもらったんだろう?
 そう顔に書いてあるエファナに、モミの木は枝を震わせ、
「ふぉふぉ。しばらく前のクリスマスの日になあ、サンタクロースにお願いしたんじゃ。モミの木のわしが、人間たちに贈ることが出来るプレゼントをな」
「? プレゼントを贈るためのプレゼント…? なぁに、それ。暗号?」
 エファナは口を尖らせ、眉をしかめた。クイズか何かのように思ったらしい。モミの木はそんなエファナに、嬉しそうに言う。
「いいや、言葉どおりの意味じゃよ。…わしはクリスマスのたびに、こうして綺麗に飾り立ててもらって、この聖なる日になくてはならないお役目をもらっとる。わしの今日のこの衣装も、みんな人間たちが飾ってくれたんじゃ。そして彼らは、わしを目印に集い、笑顔を咲かせてくれる。そんな人間たちに、何かわしから贈り物ができないかとサンタクロースに相談したら、彼がこれをくれた」
 モミの木がそういうと、幹の真ん中ほどにある左右の枝が、エファナに分かるぐらいに震えた。その枝には、可愛らしくリボンがつけられた宿り木がぶら下がっている。左の枝には青いリボン、右の枝には赤いリボン。遠目から見ると、その二つは対になっているようだった。
「…この宿り木のこと?」
「ああ。それは魔法の宿り木でな、その下に立って願うと、過去と未来の世界にいけるんじゃ」
「…ええっ! すごいね!」
 エファナが飛び上がって驚くと、モミの木は嬉しそうに枝を震わせた。
「青は過去、赤は未来。それぞれ望んだ時間の世界にいける…その時間の自分になれるんじゃよ。…但しそれは限定されとってな、必ずクリスマスの日になるんじゃ」
「? ていうことは…10年後のクリスマスの日、とか?」
「そうそう。もしくは10年前のクリスマスの日、とかな。あと、ここは夢の世界じゃから、現実を逸脱せん程度には、望んだ過去と未来にいける。だがそこで何をしようが、現在が変わるわけでもないし、目が覚めると全て忘れてしまう。そんなささやかな魔法じゃがな」
「ふぅん…」
 エファナはそう呟いて、しばし考え込んだ。
 魔法の宿り木。それが時間の贈り物をするのは、どんな人たちなんだろう?
 そして、彼らはどんな世界にいくんだろう。
 もしかしたら、そこに自分のプレゼントを探すヒントがあるのかも―…。
「…ねえ、モミのおじいさん。あたしも一緒に見てていい?」
 エファナの申し出に、モミの木は驚いたように言った。
「お嬢ちゃんがかね? プレゼントを探しに行かなくてもいいのかい? 試験なんだろう」
「うん。そのプレゼントのヒントになるかもしれないの。ねえ、ダメかなあ」
「わしは勿論かまわんが…」
 モミの木は仕方なさそうに枝をしならせ頷くと、明るい声で言った。
「そうじゃな。お嬢ちゃんのヒントになるなら、断る理由なんぞないわい。クリスマスの魔法とやらを見物するとするか」
「うん! ありがとう、おじいさん」


 そうして見習いサンタ、エファナは、モミのおじいさんと一緒に、宿り木が魔法をかける人を待つことにしたのでした。






「あっ、おじいさん! 来たみたいだよ」
「おお。これは、じょせ…いや、男性か。なにやら思いつめとるようじゃのう…」
「へえ…いつの世界に行くのかな?」
「ふむ。どうやら、二年後のようじゃな…」















 その日、千架―…愛称、チカ―…は、いつになく緊張していた。
 頻繁にメディアに出演している所謂芸能人である彼は、繁華街に出かけるときはニット帽を目深に被り、すぐにそれと分からない格好をする。例え彼がメディアに顔を出すときは、性別を偽っている―…つまり女性の姿であるとしても、だ。
 ”それと分からない格好”というのは、見る者が見れば、一転して”胡散臭い”にも成りえる。
 しかも今日の千架は、帽子を目深に被り、コートのポケットに両手を突っ込み、背を丸め、そして真剣な表情でジッと地面を見つめ、時折ぶつぶつと呟いている。彼の横を通り過ぎた女性の二人組が、彼を振り返りつつ何かひそひそ交わしているのも仕方が無いという話だ。

 だが当の千架は、周囲が少し遠巻きに自分を見ていたことなど、気づきもしなかった。
 それよりも、ポケットの中で指折り数え、段取りを頭の中で整理することに忙しい。
 ああして、こうして、こうなって…と頭の中でシミュレーションしているものの、いい加減パンクしそうだった。もしこれが繁華街の中心ではなく、自室にいたならば、大声で叫んで頭をかきむしっているところだ。
「うん…まあ…大丈夫! 多分!」
 ちっとも纏まらないシミュレーションを無理矢理片付け、千架は拳を握り締めた。これ以上考えていても仕方が無い。ただスムーズに事を運べるように祈るだけだ―…と、巡り巡る思考に片をつけた頃、待ち望んでいた声がかかった。
「千架さん、お待たせしました」
 千架が勢い込んで振り向くと、見慣れた笑顔がそこにいた。
 栗色の長い髪はゆるく二つのお下げに編んで背に垂らし、大きな瞳に大きなメガネ。小動物のような印象を与える少女だが、これでも歳は21、身長に至っては、千架とそう変わらない。―…いやこれは、千架が男性平均より下回っているのが原因か。
 彼女は名を日下部彩といった。千架の同業者で、彼の恋人でもある。
「よ、よう。待ち合わせ場所、迷わなかったか?」
 千架は内心の動揺を隠しつつ、そう言った。彩は笑って首を振り、
「いいえ、こんな大きなモミの木ですもの。すぐに見つかりました」
「そっか! そりゃよかった」
 へへ、と千架が笑うと、彩もふふっと笑い返す。
 第三者が近寄りがたい空気が二人の周りに作られる。
 …そうしていたのは数秒ほどか、そんな空気に耐え切れず、千架が切り出した。
「じゃあさ、そろそろ行くか! な?」







 街で一番大きなモミの木の下で待ち合わせ…というところまでは順調だった。
 あとは予約してある小洒落たイタリアンレストランで食事をし、そして…
「…千架さん?」
「うわぉ!」
 声をかけた彩は、思いがけない大きな声に目をきょとん、としていた。千架は自分の奇声を取り繕うように、
「どした? 何か気になることでもあったか?」
「いえ、そういうわけじゃなくって。…ほら、見てください」
「へ?」
 彩がこっそり指し示すほうに視線を向けると、その先には、この季節良く見かける幸せそうなカップルの姿があった。あれがどうかしたのだろうか、と眉をひそめる千架に、彩は嬉しそうに言う。
「あのカップルさん、とっても素敵ですよね。美男美女、って感じで」
「…はぁ」
 何だそういうことか、と千架は肩を落とす。
 だがそんな千架の様子に全く気づかず、彩は女子校の休み時間さながらに、あちこちのカップルを見つつ一人ではしゃぐ。
「ほら! あそこのお二人、何だか微笑ましいですね。あっ、やっと手を握りましたよ。初めてのクリスマスなんでしょうか? わ、あちらのお二人は腕も組んでますね、仲良さそうです」
「………」
 嬉しそうな彩と正反対に、千架は自分の眉間を人差し指を押さえていた。
 彩に悪気がないのは知っているし、普段であればこんな無邪気な彩を可愛らしいと思う。…だが、今日に限っては。
「…あのなぁ、彩」
 そう苦笑を浮かべて声をかけると、彩は目をぱちくりさせて振り返った。
「他所様ばっかり見てんじゃねって。今日の相手は俺だろ?」
「…? はい、そうですね」
 きょとん、としたまま、彩は頷いた。千架の言いたいことが伝わっていないらしい。
 だが言葉の真意をそのまま伝えるのも何だか気恥ずかしいので、千架はさっと彩の手を取った。
「ほら、店予約してんだからさ。早く行こうぜ? 遅れると悪いだろ」
「あっ、そうですね。ごめんなさい、夢中になっちゃって」
「いや、良いんだけどさ…」
 千架は苦笑を浮かべながら、彩の手を引いて、レストランのほうへと向かった。
 その心中は複雑である。
(他のカップルよりも、俺に夢中になってほしい…)
(とか、言えるわけねーだろっ!)
 あーあ、と心の中でため息を吐く千架の心中を、マイペースな彩が察してくれるはずもなく。










 やっとで着いたイタリアンレストランは、雑誌に何度か載っただけあって、なかなかの味だった。
 予約時に希望しておいた奥まった席に落ち着き、シェフのお勧めコースに舌鼓をうつ。
「うわぁ。私、ホワイトミートソースなんて初めて食べました」
「俺も。結構イケるもんだなあ」
 仕事の合間を縫って、必死で探した甲斐があった…と、千架はしみじみ感じていた。
 美味しい料理もさることながら、それを味わう彩の笑顔が見られたのが、何よりのご褒美というものだ。
(…これで…あとは例のアレがナニできれば…!)
 このあとの段取りを頭の中で再度確かめ、うん、と頷く。
「…千架さん、どうかしましたか?」
「?」
 考え込んでいた最中、ふいに彩から声をかけられ、千架は首をかしげた。
 彩は一瞬言いよどむが、顔を上げて口を開く。
「何か…考えてらっしゃるようなので。私、何か千架さんを困らせるようなこと、しましたか?」
「!」
 千架は目を見開いた。そしてすぐに、ぶんぶんと首を横に振る。
「ンなわけねーって! 考えてた…っていうか、上の空だったのは、ごめん。彩に、その…伝えたいことがあって」
「私に?」
 彩は訝しげな顔をする。千架は、もうこの場でアレをナニしようかと気が変わりそうになるが、寸前のところで押し留まった。やはり、可能ならば初めに計画したとおりに進めるのが一番だろう。
「それは…うん、食事が終わってから言うよ」
「…そうですか…」












 会計を済ませ、店を出ると、忘れていた冬の冷気が襲う。
 千架は思わずぶるっと身を震わせ、意を決して空を見上げた。
 叶うならば、この日に雪でも舞い降りてくれれば、最高のシチュエーションだったのだが…
(ま、そこまでの贅沢は言わねぇさ)
「彩。まだ時間あるか?」
「? ええ」
 手袋を嵌めている彩は、そう尋ねられ、きょとんとしながらも頷いた。
「じゃあさ、もっかいあのモミの木、見にいかねえ?」
 そう提案すると、彩は笑顔で頷いた。












 モミの木のある広場までのんびり戻り、木の下で二人で立っていると、彩は珍しく何も言わなかった。
 時折、ちらりと何か言いたそうに千架を見る。
 その仕草で、何だか促されているようで、千架は待ち合わせ場所で立っているときの緊張を思い出した。
 ごくん、と飲み込み、彩に向き直る。
「あのさっ…!」
「は、はい」
 千架の緊張が伝わったのか、彩も真面目な顔で千架を見つめる。
 千架はポケットを探り、小さな箱を取り出した。片手に収まる程度の、紺色の箱。
 それを彩に突き出す。
 驚いている彩に、千架はその勢いで言った。
「俺、二年前と変わらず彩と同じくれぇのチビで、女顔で、童顔で…」
「……千架さん」
 何か言いかけた彩をさえぎり、千架は続ける。
「こんな俺が相方じゃ頼りねぇと思うかもだけど、ずっと一緒にいてくれ…!」
「………」
 差し出された箱を、彩はゆっくり手に取った。
 蓋を開けてみると、そこには銀色に輝くシンプルな指輪があった。

 その数秒間は、千架にとっては1時間にも感じる長さだった。
 だがそれに耐え、顔を上げると―…
「…千架さん」
 優しく自分の名を呼ぶ彩が、ほんのり頬を高揚させて、微笑んでいた。



 指輪の裏には、”StoA”と刻まれていた。
 それはまるで、永遠に消えないことを願うかのように、深く。













━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【fa4263 / 千架(センカ) / 男性 / 25 / モデル兼アクター】
【fa0117 / 日下部・彩(クサカベ・アヤ) / 女性 / 19 / 女優】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千架さん、彩さん、はじめまして。
この度は当シナリオに参加下さいまして、誠にありがとうございました。

千架さんのテンパリが気に入ってしまい、そちらをやけにアピールしているような
内容になってしまいましたが…!
お二人のイメージを崩されてなければ幸いです。
彩さんのマイペースっぷりもとても愛らしかったです。

幸せなクリスマスの物語、とても楽しく書かせて頂きました。
ありがとうございました!

良いお年を…。







WhiteChristmas・恋人達の物語 -
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2007年12月25日

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