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『Trouble×Travel Xmas 』
キング=オセロット2872




招待状

 日頃ご愛顧いただきまことにありがとうございます。
 クリスマスイブからクリスマスにかけて、船上クリスマスパーティツアーを計画させていただき、招待の運びとなりました。
 皆様のご参加をお待ちしております。

ツアー日 12月24日〜12月25日(1泊2日)





 パーティ会場の入り口で藤田あやこは足止めを喰らっていた。
 選んだツアーがツアーだけにその準備のみ万全で、豪華な食事が揃う船のメインであるパーティのことをすっかり失念していたのだ。
「銃弾もはじく特殊ストッキングを履いていまっす」
 と、「申し訳ありません」と頭を下げる入り口ボーイに言ったところで何ら現状は打破できず、後数歩行けばあの輪の中に入っていけるというところで、あやこは仕方なく船室へと戻るほかなかった。
 その横をロングタイプのチャイナドレスをまとった女性が行過ぎる。
 チェンファン・リーだ。
 金味が入った光沢のある黄色地の布に、大降りの牡丹が刺繍され、昨今布地はプリントが多い中、さりげない存在感を主張していた。
 颯爽と歩くたびにスリッドから覗く足はすらっとして大人の女性を感じさせる。
 招待を受けなければ、多分こんなチャイナドレスを着る機会もそうそう無い。
(お…おかしくないだろうか……)
 気丈な表情を見せているチェンファンだが、その内心は緊張で強張っていた。
 時同じくして、パーティ会場に向けて歩いてくる1組。
 内訳は、クールな女性とキュートな少女とくたびれた男。
 女性の胸元から腰へ続くシャーリングに沿って視線を移動させれば、女性の背中は大きく開き、シャーリングとスカート部分で色の分かれたバイカラー配色のドレスは、彼女の凛とした表情を引き立てている。
 対して、少女のバルーンドレスは、ドレス地で作られたリボンであしらったフラワーモチーフが主張しすぎず、かといって寂しい印象を与えるでもなくその可愛さを引き立てていた。
 しかし、そんな女性二人をエスコートすべき男は少々やる気が無い。
「ほら、武彦さんタイが曲がってるわ」
「だから俺はこういった場所は苦手なんだよ」
 去年…いや、もっと前だったかにパーティに呼ばれた時も、着慣れないスーツに肩身の狭い思いをした記憶がある草間武彦は、同行するシュライン・エマの言葉にも顔をゆがめるばかり。
「ただで飲み食いできる機会ですし、存分に食べ貯めておきましょう!」
 笑顔に加え、ガッツポーズまでして言ってのけた草間零に、
「零……」
「零ちゃん…」
 草間とシュラインの眼にホロリと何かが光ったのは気のせいじゃない。
 その後も続いて人はやってくる。
「他にもっと誘う人がいたんじゃないのか?」
 マーニ・ムンディルファリは辺りを見回し、自分とは不釣合いと思えるような服装に身を包んだパーティの参加者たちを見て、不安そうに山本建一を見た。
「なかなか会えませんので、今日くらいはマーニさんとご一緒したいと思ったんです」
 ご迷惑でしたか? と、軽く首をかしげた建一に、マーニは矢継ぎ早にそんなことはないと返す。
「その…ありがとう」
 自分から進んで華やかな場所へ出るようなことは無いせいか、服装にもかなりの努力が見て取れる。
「よくお似合いですよ」
 礼装としてのタキシードを着込んだ建一は、そんなマーニに優しく微笑みかけた。
 そしてパーティ会場では、礼服としても使えるのりを利かせたいつもの黒装に身を包んだアレスディア・ヴォルフリートが、全体を見渡せるような壁にもたれ、届いた招待状に眼を落としていた。
(……教会でミサというのも、季節柄、趣があって良い……の、だが……)
 ツアーの内容が書かれたその招待状を見つめ、華やかな場でありながらよりいっそう険しい顔になっていくアレスディア。
(……何故だろう、どうにも警戒を解けぬ)
 それもこれも、いつぞやに参加したパーティでの出来事がアレスディアの中で思い出されているせいであった。
(しかし、このような場で一人しかめっ面しているというのも、あまりにそぐわぬ……)
 周りを見渡せば、皆楽しそうに料理に舌鼓を打ち、笑い合っている。
「うむ、何かあれば、そのときはそのとき、だ」
 アレスディアは小さく呟くと、壁から離れ、手近な料理に手を伸ばした。
 その横を人好きのする笑顔で行過ぎる清水コータ。緋色のクロスタイを指先で整えて、セレブ気分を味わいながら心持堂々と会場内を散策する。
 こんな機会はそうめったに廻ってこない。
「お飲み物はいかがですか?」
 トレイにたくさんのグラスを乗せたボーイがコータに話しかける。
「じゃあ、これを」
 指差したのは、琥珀色のシャンパン。
 ボーイに手渡されたグラスを笑顔で受け取ったものの、実はコータはお酒が飲めない。
 ちょっと粋がって見栄張ってみたものの、見栄でお酒が飲めるなら苦労しない。
 そのまま飲まずに置いていくのも勿体無いが、飲むこともできずコータはどうしたものかと辺りを見回す。
(お!)
 視線の先には、黒いロングドレスに金髪の女性。
 よくよく見てみれば、ロングドレスは、中のミディドレスの上に羽織っているオーバードレスで、後ろに向かって長くなるデザインは足の長さを引き立てている。
「こんばんは」
 コータは笑顔で女性に話しかけた。
「シャンパンどうですか?」
「ああ、ありがとう。ちょうど何か飲みたいと思っていたところだったんだ」
 そう言って微笑んだ女性に、コータは心の中でガッツポーズを取る。
 シャンパンを受け取った女性ことキング=オセロットは、どこか静観するような面持ちでパーティ会場を見つめていた。
(あの時はなかなかに、大変だった)
 招待状を受け取った時真っ先に思い出したのは、あの南の島での出来事。
 オセロット自身は正直ほとんど被害にあっていないが、これ見よがしにため息なんぞ吐いてみたりした。
(今年はどうなるやら)
 やれやれと言った表情とは裏腹に、オセロットはどこか楽しそうだ。
「ありがとう少年。では、失礼」
 オセロットは流れるような動作で、飲み干したシャンパングラスをコータの手に戻し、笑顔でその場を去っていく。
(何か起こる前に一服しておくか)
 あまりにも颯爽と去っていく姿に、コータはつい見とれてしまって、はっと我を取り戻した時にはオセロットの姿はなくなっていた。
 そこから数歩離れた位置で、サクリファイスはうーむと頭をひねった。
 確か、正装で参加だったはず。
 洋装ばかりのサクリファイスも、今回はいつもと違った服装をしようと、チャイナドレスに身を包んでいる。
 しかし、一緒にいるソール・ムンディルファリの格好は、いつもの服装を少し厚めにして、ちょっと着込んだ程度だ。
「民族衣装も立派な正装ではあるが……」
 入り口で止められなかったということはOKなのだろうが、あまりにもラフではないかとサクリファイスは思う。加え、あれほど嫌っていた故郷の衣装をどうして今着るのか。
「忘れないようにと、思って」
 ソールの口からぼそりと呟かれた言葉。その言葉に、サクリファイスは一瞬瞳を大きくし、その後、ふっと微笑んだ。
「……そうか」
 ほんの少しでも、少しの間だけでも、愛されていたのだという思い出を忘れないように。
「…………」
 ソールはサクリファイスの格好を流すように見て、眉根を寄せる。
「戻る」
「どうしたんだ、いきなり?」
 カツカツと踵を返して歩き始めたソールに、サクリファイスは驚いて追いかける。

『皆さーん、本日はお越しいただき真にありがとうございまーす』

 会場から出る手前、軽快なアナウンスがパーティ会場内に響き、サクリファイスとソールは足を止めた。
『司会進行はお馴染み、アクラ=ジンク ホワイトが勤めま〜す。皆さん楽しんでいってねー!』
 マイク片手に会場中を縦横無尽に飛び回るアクラを見ていると、何か起こりそうな予感が沸き起こってくる。
 喫煙所からそれを眺めていたオセロットは、視線の先にどこか見知った男性が歩いてくるのを見て、口元に笑みを湛えた。
 先に声を掛けたのは草間武彦。
「あ、あんたは…」
「一昨年ぶりか? 彼女との仲は進展したのかね?」
「あんたに言われるようなことじゃ……」
 オセロットの鋭い突きに、草間は髪をかき上げ微かに照れるようにそっぽを向く。
 お互いヘビースモーカー同士。どこか合い通じるものがあるにせよ草間はとことんそっち方面に弱かった。
 彼女ことシュラインは、零と一緒に挨拶回りの真っ最中だ。本当ならばここで草間も一緒に回るべきなのだが、早速ニコチン切れを起こしダウン。
「やれやれ。情けない大黒柱だ。あいさつ回りが終わるほんの一時タバコを我慢できんとは」
 ふぅっと息を吐いて首を振るオセロットに、草間は口元を引きつらせて苦笑を浮かべる。
「ほっとけ。あんただって定期的にタバコを吸いたくなる性質だろう」
 タバコを吸わないと無性に、それこそがヘビースモーカたるゆえんとも言うべき、喫煙者の性。
「生憎だが私はちゃんと場を心得ている」
 その実、オセロットの身はサイボーグであるため、タバコ自体は人だった頃の思い出として口にしている部分がある。口寂しいが、止めようと思えばいつでも止められるのだ。…多分。
「あら?」
 あいさつ回りが終わったらしいシュラインたちが喫煙所に顔を出し、花が咲くほどではないが、ほどほどに会話していた二人を見て、軽く首をかしげる。
「どこかで…」
 会ったような気がする。話をした記憶はないが、記憶の隅に良く似たシルエットだけが思い浮かぶ。
 それに気がついたのか、オセロットは最後の紫煙を吐いて颯爽と立ち上がる。そして、軽く挨拶をすると、きょとんとしたシュラインの横を行過ぎていった。
 零も視線でオセロットをしばし追かけていたが、すぐさま草間に向き直ると、
「お兄さん。煙草は変わらずお金がかかりますが、今日は食事にお金がかかりません。いつまでも煙草を吸っていないで、料理を堪能しましょう」
 零の言葉に草間興信所の現状が見て取れる。彼女自身に悪気は全くないのだが、それ故に真実であることが切ない。
「ああ、行く行く。そろそろ腹も減ってきたし」
 スーツによって抑えられた腹にどれだけ詰め込めるか分からないが、確かに食べなければ損だ。
「上手いな。流石に……」
 船一隻貸切にしてしまうほどの豪華さは並じゃない。
「同じ食材は使えないけれど、同じような味が出せるようにがんばってみるわ」
 安い食材でも調理の仕方一つでフルコースにだってすることが出来る。
 シュラインはそう言って、スプーンデザートをそのまま口に運ぶ。
「ん〜〜。美味しい」
 2人っきりのロマンチックな夜ではないけれど、こうして楽しく3人で居られることがまた嬉しいシュラインだった。
 即効で振られてしまい、ショボンと肩を落としていたコータは、やけ食いとばかりに食べはじめたテーブルの向こうで、黄色にチャイナドレスに身を包んだ中華美人チェンファンを見つけ、ぱっぱと服装を整える。
「お一人ですか?」
「あ、ああ」
 どうぞと、手渡したグラスの中身がジュースなことだけが虚しいが、
 答えたチェンファンの表情はどこか強張っている。
「俺も一人なんで、一緒に楽しみません?」
 やはりクリスマスということもあってか、一人よりも誰かと一緒の参加者のほうが多い。
「ほら、一人よりも皆でってね」
 にこっと笑ったコータに、チェンファンは肩から力が抜けたように息を吐きながら苦笑する。
 あれ、やっぱり声を掛けたのは迷惑だったかな? と、笑顔の下で思い始めたコータだったが、
「ありがとう。どうも知り合いが誰も見当たらなくて、知らずに気が張っていたようだ」
 そう答えたチェンファンに、コータは満面の笑みを浮かべて、手を差し出す。
「ダンスは出来るのかな?」
「う、う〜ん…」
 その手をとってふふっと笑ったチェンファンに、コータは誤魔化すように曖昧な笑みを返すのだった。
 ポロン…と、ハープの音が響き、騒然としていたパーティ会場がしばしの静寂に包まれる。
 演奏に聞き入る者、音楽に合わせて踊る者、それぞれが思い思いの時間を過ごす。
 招待客としてこの場に参加した建一も、最初は料理や談笑に華を咲かせていたのだが、やはり吟遊詩人の性であろうか、一曲弾かずにはいられなかった。
「見事なものだな」
 ソーンで何度か建一の演奏を耳にしたことがあるアレスディアも、その音に聞き入っている一人だった。
 そしてこのまま何も起きなければいいと思う。
 今回は今に至るまで至極平和だったが、この先平和じゃなくなる可能性があるからだ。
 けれどその時はその時、どんな場面であろうともアレスディアの行動や信念は変わらない。
 楽しめるときに楽しんでおかなければ損だ。
「こんばんは」
 アレスディアは聞き知った声に振り返る。
 そこには微笑を浮かべたコールが立っていた。コールはアレスディアの顔を見てにっこり微笑むと、すっと腰を折って片手を差し出した。
「コ…コール殿!?」
 その動作に少々うろたえるアレスディア。
「一曲お相手いただけますか?」
 コールは伺うようにその瞳を見つめて、返事を待った。
 ハープの演奏が終わり、ジャズチックな軽快なメロディが始まる。
 建一の演奏が終わったのだ。
 パチパチパチ。と、拍手のユニゾンが辺りを包む。
「ありがとうございます」
「あなたはいつも奏でてばかりだ」
 招待客なのだから、こういう日くらいは聞く側、楽しむ側に回ってはどうかとマーニは言う。
「音楽が、私を現す術ですから」
 建一はそう答えると満足げな微笑を浮かべた。
 賑わいに包まれたパーティ会場の中心へ視線を向けて、サクリファイスはソールに尋ねる。
「戻るなら、一緒に戻ろうか」
 戻ると言うからには何かしら理由があるのだろうし、人それぞれ違う価値観という名の“楽しい”を強要しても仕方がない。
 ソールは一瞬瞳を大きくしたが、サクリファイスが振り返ったときにはもう何時もの仏頂面。
 だが、うんともすんとも言わないソールに、サクリファイスは「どうした?」と聞くしかない。
 ソールは軽く首を振り、
「いや。楽しもう」
 今日のための折角のオシャレを無駄にしてはいけない。
 ソールは、複雑な心境ではあったが、サクリファイスの手を引いてパーティの中心へと歩き出した。

 パーティは夜通し行われる。
 誰がいつ来てもいいように。
 そして、船は次々とツアー停泊地を巡っていった。






【As I Feel,You Feel】





 豪華客船が横付けされた港から続く教会は大きく、正に海の中にポツンと1つだけ作られた建物のように見えた。
 中央が高いドームになっている名も知られていない大聖堂は、伝統的な昔ながらのバジリカ式の内部に、高廊のクサイヤ・スクリーンには十字架が置かれ、その脇に聖母マリアと聖ヨハネの像が並ぶ。
 荘厳な空気をまとった教会は、来る者を拒まず、その造りを見た者に感嘆の息を吐かせた。
「何をそわそわしているんだ?」
 教会に来て、ただミサに参加して、それで終わりのツアーのはず。
 それなのに、サクリファイスは多少の警戒を瞳に宿らせ、辺りに目配せしている。
「もし、何かあっても、私が守るから」
「は?」
 守るって、どうしてそうなる? 今日はクリスマスで、そんな状況になることなんてないはずなのに。
 サクリファイスの言葉に瞳をぱちくりさせたソールは、そのまま怪訝気に眉根を寄せる。
「気に、しなくていいんだ」
 そう。気にする必要は無い。知らないならば知らずに過ごすほうが下手な不安は抱かずに済む。
 サクリファイスは自分も納得させるように軽く頷くが、どうにも前にも同じように貰った招待状で参加したパーティのことが記憶に残っていて、完全に警戒を解けずにいた。
 人の流れは見えない壁となって、お互いがお互いの存在を気がつかせずに時が進む。
 その人波に沿いながら歩く一人にアレスディアもいた。
 ここまで豪華な教会を歩くなどということもそうある体験ではない。
 天井に描かれた宗教画は美しく、ただただため息が漏れる。
 歴史的価値も見て取れる造りを観察するように、ゆっくりとアレスディアは歩いた。
(教会で何か起こるとは思いたくないが……)
 このまま恙無く終わればいいとアレスディアは願う。パーティで何も起こらなかったから、ミサで何か起こるかもしれない。それとも、ミサが終わった後、船に戻ったら何か起こるのだろうか。
 表情を硬くして歩いていたアレスディアは、何かに気がついたようにはっとすると、かくっと肩を落とした。
(さっきからトラブルを待っているのか私は…)
 何か起こるかもしれないと気構えるのはいいとやはり思うが、やっぱり気にしすぎのような気もしなくも無い。
「順番に席へ腰掛けてください」
 幼い声が誘導する。
「席の前にはパンフレットが置かれています。パンフレットの前に順番に腰掛けていってください」
 幼いといっても12・13程度の少年と少女の声。
 聖歌隊の格好をした少年少女たちは、ツアーの参加者たちを順番に誘導する。
 この聖歌隊の面々は案内係と兼任なのだろう。
 オセロットはパラパラとパンフレットを流し見て、手近な聖歌隊の少女に尋ねる。
「パンフレットに歌詞が載っているということは、もしや私たちも歌うのかな?」
「はい。皆さんで天使さんが着てくれるように、謳います」
 少女はにっこりと微笑んで、オセロットに一礼すると、たったと自分の持ち場へと戻っていった。
 こうして見ているとこの教会のスタッフは子供ばかりだ。その子供たちの誰もが今日天使が舞い降りると思っている。
(参加者といえど、私たちは蚊帳の外的存在かもしれないな)
 天使とは純潔や純粋な存在。それならば、まだ穢れていない子供に呼び寄せられることもあるのだろう。
(穏やかな時間を過ごせればそれでいいな)
 オセロットは椅子に腰掛、神父の訪れていない説教壇を見つめ、時を待つ。
 思い扉の音が背後から響き、外から入る風が止む。
 締め切られた室内は次第に暖房が効き始め、コートを脱いでも問題なく過ごせる温度になる。
 ざわざわとしていた参加者から、徐々に喧騒が止んでいき、皆一様に説教壇を見つめた。
 服を着ているのではなく、着せられているといったほうが正しいと思えるような状態の柊秋杜が、ちょこちょこと進み出てぺこりと頭を下げる。
「皆様……海上の、ミサへ…ご参加……ありがとう、ございます」
 どこかスローテンポなおっとりとした喋りで、秋杜は今日これからのスケジュールの説明を始めた。
 まずは、祈祷。それから聖歌斉唱。そして聖体拝領。
 ツアー用にと用意されたミサは、宗教的意味合いよりも、気軽に参加しやすいよう工夫されているようだ。
 そのためか、本来司祭が行うはずの役割を秋杜少年が代行している。
 あまりにも本格的過ぎて気が張るよりは、イエス・キリストが居ない世界から来た人もいるため、信者には申し訳ないが、この方がほっとするのは仕方が無い。
 ただ、ミサという落ち着いた時間を過ごし、心休めたい。
 そう考えているものが大半を占めているようだった。
 程なくしてスケジュール説明が終わり、祈祷の言葉と、ハレルヤ詠唱。そして、福音書朗読が始まった。
 言われている内容は教えだが、歌うように紡がれる言葉は耳に心地よい。
 サクリファイスはちらりとソールを見る。
 ソールはじっと説教壇を見つめ、真剣に福音書朗読に聞き入っているようだった。
 真剣な眼差しのソールに水を差すのも憚られ、サクリファイスも説教壇へ向き直る。
(ソール達のいた街……)
 不思議な街だった。ソーンの海の中を回遊している街。
 海の中であるがゆえに、そのまま入ることは出来ず、そこ暮らす住人が扉を繋げることで、初めてその場へ訪れることができる。
(母親をどう思っているか、話そうかと思ったけど)
 少なくともお母さんが二人に対して愛情を持っていたことは、二人が一番よく分かっていると思う。今更尋ねるのは野暮というものかもしれない。
 サクリファイスはもう一度ソールを横目で見て、説教壇にまた向き直りふっと笑うと、朗読に耳を傾けた。
 心洗われるというわけではないが、どこか心落ち着く声は、この一年を振り返るにはちょうどいい。
 アレスディアはそっと天井を見上げ、特に大きな戦いとなったあの街での出来事を思い返した。
 最初はほんの好奇心だった。
 それがあそこまで大事になるとは誰が思っていただろう。
 それでも、今はまるでそれが嘘だったかのように何も残っていない。人間の記憶とは曖昧なもので、痕跡が無くなってしまえば嘘か真実か分からなくなる。今、それが真実だったと証明できるのは、そこに居た人が存在しているから。
 理性があるのなら、言葉に耳を傾けてほしい。
 すっと瞳を静かに閉じたアレスディアは、あの時を思い返すように息を吐いた。
 福音書の朗読が終われば、聖歌斉唱だ。
 皆パンフレットを手に立ち上がり、パイプオルガンの前奏が教会内に響き渡る。
 周りに習って立ち上がり、パンフレットの該当ページを開いたオセロットは、小さく咳払いをする。
(詩を歌うことなどそうないからな)
 流石にサイボーグは完全にプログラムされたアンドロイドとは違うため、音程などは記憶に頼る部分が大きい。
 咳払いも必要が無いのだが、なんとなく歌う前は声の調子を整えるため喉を通しておきたい。
 歌を生業にする者にとって煙草は天敵だ。声の通りが悪くなる。しかし、オセロットは偶然今回聖歌を歌うことになっただけ。上手い下手は関係ないはずだが、歌うからには上手く歌いたい。
 皆が知るクリスマスのメロディに乗せて、すぅっと息を吸う。
 大人も子供も皆の声が混じりあい、ハーモニーを作っていく。
 誰もが歌えるようにとチョイスしてあるクリスマスキャロルは、本格的な賛美歌ではなく、街中でこの時期に良く聞くものばかり。
 大合唱が教会内を包み込んでいく。
「っつ……」
 隣に立つソールの突然の呟きに、サクリファイスは視線を送る。
 むっと顔をしかめたソールは辺りを見回している。
 サクリファイスも何事かと辺りを見回すが、皆一様に心を込めて聖歌を歌っているらしく、そんな二人の変化に気がついた様子は無い。
 だが、
「痛っ…」
 また別の場所から聞こえた誰かの小さな悲鳴。
 サクリファイスはばっと振り返る。
 ふわふわの金髪を持った、1歳児ほどの幼子が宙に浮いている。
「!!?」
『あはは♪』
 バチリ。
 サクリファイスの視線と、幼子の視線がかち合う。
 ふわっと浮いた幼子の背には真っ白な翼。
「痛い!」
「引っ張らないで!」
「めがね…めがねは?」
 頭を抑える人は誰かに悪戯されたのかと、怪訝そうな眼差しで周りの人を見る。
 ふわふわと浮くめがねにアングリと口をあけている一角もある。
 聖歌を歌う声が徐々に小さくなっていったことに、聖歌を歌うことに神経を傾けていたアレスディアは、やっと変化に気がついて周りを見た。
「いたっ」
 だが、その瞬間、アレスディアは誰かに髪を引っ張られ、眼を点にする。
「???」
 周りを見回して見ても誰も居ない。
 そうしている内にまた逆から髪を引っ張られ、アレスディアは頭を抑えた。
 クェッションマークは増えるばかりで解決しない。
 アレスディアの周りは、同じように髪の毛を何かに引っ張られて頭を抱えている人がいた。
「な…なんだ?」
 髪を引っ張られた先、髪はぴんっと張っているのに、その先には何も無い。髪がひとりでに浮き上がり、まるで見えない何かがそこにあるよう―――
 喧騒に包まれ始めた教会で、オセロットはパタンとパンフレットを閉じた。
 幸い自分にはまだ何も被害は無い。周りを観察する。
 髪を引っ張られている者、小物が宙に浮きそれを追かけている者、何事かと辺りを見回しておろおろしている者。
(何事も無く終わるとは思っていなかったが)
 オセロットは腕を組み、やれやれと首を振る。
 何か起きたといっても、小さな子供の悪戯オンパレード。
 怒るだけ逆に疲れそうである。オセロットは微笑みの仮面で表情を彩って事態を静観することにした。
『この人、見えてるみたい?』
 サクリファイスの前で、幼い天使が首をかしげる。
「…………」
 元天使であるサクリファイスは、目をぱちくりとさせたままどう動いていいものか考える。
『えへへ。遊んで!』
 動きは幼い天使たちのほうが早かった。
 一人がそう叫んだ瞬間、周りで悪戯をぶちかましていた天使まで一斉にサクリファイスに飛び掛る。
「うわっ」
 悪人よりも、何よりも、怖いのは善悪をまだ知らぬ純粋な幼子か。
 モチっとした小さな手が一斉にサクリファイス伸びる。

『止めなさい!!』

 一際荘厳な声が響き渡る。
 その瞬間、ほぼ誰にも姿が見えていなかった幼い天使たちが、一斉に参加者の前に姿を現す。
 髪を引っ張っていた小さな天使も、姿を露にされ、にこっと笑って手を離す。
『私の名はファヌエル。エンジェルたちの非礼をお詫びいたします』
 そういって頭を下げたのは、少年と青年の曖昧な年頃の見た目をした、大きく純白の翼を持った天使。
(…似ている)
 その天使の姿を見た瞬間、アレスディアの中で懐かしい思い出が甦る。
 一緒に聖歌を探した、あの、ぐりぐり眼鏡の小さな天使の姿を。
『エンジェルたちは、あなた方の聖歌に引き寄せられてしまったようなのです』
 エンジェルたちはまだ役目の無い天使たちの総称。生まれたての子供と同じ。
 ミサが始まる前に言っていた聖歌隊の少女の言葉が真実になった。
(本当に天使を呼んでしまったのか)
 ただその天使は悪戯っ子の集団だったが。
(保護者というところかな)
 少しだけ見上げる位置で浮いているファヌエルをオセロットは見つめる。
 ファヌエルがすっと手を上げると、天井に光が差し、その先に白銀に光る雲が見える。幼い天使たちはその光に向かって飛び上がる。そんな、幼い天使たちが天井に向かって飛び上がっていく姿は、正に宗教画がそのまま現実として現れたような神秘的な光景だった。
 最後のエンジェルが光をくぐったことを確認し、ファヌエルはゆっくりと飛び上がる。
『あなた方の聖歌に―――』
 広げた翼から白い羽根が舞う。
 まるで雪のように溶けてしまいそうな、淡い光を放つそれは受け止める手に当たった瞬間、本当の雪のように溶けて消えた。







【Dear Friends】




 何か起こるかもしれないとは思っていたが、起こった事象が悪戯で本当に良かったと思う。
 もし、前に参加したようなものや、手荒なことに巻き込まれた場合も想定して覚悟していただけに、オセロットはあまりの想像とのギャップに船室についてから笑うしかなかった。
 可愛らしい天使の悪戯は、確かにトラブルであり、ハプニングでもあった。
 だが、そのおかげで天使降臨に立ち会うことが出来たのだからよしとしよう。
 オセロットはそっと手を開く。
 羽を受け止めた掌が、少しだけ温かい気がした。



















★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


☆サイコマスターズ☆

【0803/チェンファン・リー/女性/22歳/ハーフサイバー】


☆東京怪談☆

【7061/藤田・あやこ(ふじた・−)/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4778/清水・コータ(しみず・−)/男性/20歳/便利屋】


☆聖獣界ソーン☆

【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


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■         ライター通信          ■
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 Trouble×Travel Xmasにご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
 実質現地にたどり着くまでの時間というものは考慮していないわけですが、クリスマス1泊(徹夜)旅行楽しんでいただけたら幸いです。
 ノミネートでのご参加ありがとうございました。あまり警戒するほどのトラブルを起こすつもりは無かったので、一昨年のような〜と書いてしまったのは言いすぎだったかもと思っております(笑)
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……

WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年12月25日

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