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『秘密の暗号、おでんのチカラ 』
伝ノ助(fa0430)&横田新子(fa0402)

 ニットの帽子とワインレッドに近い色合いの髪に隠れた耳には、イヤーフックで引っ掛けるタイプのヘッドフォンから流れるラジオが、彼女の声を彼に届けていた。
(やっぱり当日ともなると、それっぽい曲しか流さないっすねぇ)
 左も右も、前も後ろも、赤や緑を中心に様々な色や素材で飾られた町並みが続いている。身を寄せ合い、きらきら光るモールやライトに眩しそうに目を細めながらも楽しそうに歩いていく通行人。彼らの興味を引こうと、クリスマスにかこつけたセールの呼び込みの声が飛びかう。
 今夜は冷えると天気予報で言っていたので、伝ノ助はトレードマークともいえる帽子だけでなく、コートにマフラー、手袋まで装備している。ついでに、本日の衣装でパンパンに膨れている鞄を斜めがけ。
 賑やかな通りを独りてくてく歩きながら、今日の段取りをもう一度反芻してみる。折角の特別な夜だから、失敗はしたくない。我知らず、鞄をそっと撫で‥‥自分の頬も冷たい手に撫でられたようにひやりとした。
 あ、と思って空を見る。ネオンでまだまだ明るい夜の空のもっと向こうから、ちらちらともったいぶるように落ちてくる、白いもの。
「雪っすね‥‥」
 手袋を片方とり、手のひらを広げると、体温に触れた雪は瞬く間に溶けてなくなってしまった。
 積もるかもしれないし、積もらないかもしれない。明日の朝になっても降っているかもしれないし、もしかすると数秒後にでもやんでしまうかもしれない。――そんな考えが脳裏をよぎった途端、いてもたってもいられなくなってしまった。
 伝ノ助はすぐさま鞄を開けてメモ帳とペンを取り出すと、近くに見えるコンビニへと走っていった。

 ◆

「――今お送りした曲はクラシックなわけですが、このラジオを聴いてくれている皆さんのなかで、普段からクラシックを聞いている方はどれくらいいらっしゃるのでしょうーか。今日みたいな日に聞くと、また違った味わいがありますよねぇ‥‥もっぱらユーロビートな私が言うのもなんですけども」
 曲が終わり、DJ横田新子の明るい喋りも再開される。さっと手元の原稿に視線を走らせて次の流れを確認する作業も慣れたものだ。
「というわけで、今日は皆さんもご存知の通りクリスマスです。大体一ヶ月くらいでしょうか、結構長々と続いていた各所の飾りつけも今日を境に片付けられてしまうと思うと、ちょっと寂しいような気もします‥‥その分、しっかりじっくり、堪能してしまいましょう!」
 先ほど、局の流れている最中にスタッフが届けてくれた、FAXによる投稿。その中から印がつけられた一枚をピックアップする。
「では、次のお便りを紹介しますね。ラジオネーム、デンシンバシラさん‥‥でいいんでしょうか? デンシンバシラのデンって確か、電気の『電』ですよね。この方のラジオネームは、伝言の『伝』になって、いるのですが――」
 そして彼女は口ごもった。気づいてしまったからだ。
 投稿者の紹介。それから本文。リクエストされた曲の紹介。そんないつもの流れが全部吹っ飛んで頭が真っ白になってしまうほど、彼女にとっては重要かつ大事な事に。
『横田さん! 横田さん、どうしたの!?』
「‥‥っあ、すみません、つい考え込んでしまいました。書き間違いなのかもしれませんねっ」
 スタッフからの注意がラジオには乗らない回線で飛んできた。慌てた拍子に口をついて出たのは月並みな言い訳。あまり良いフォローではなかっただろう。
 リスナーもラジオの向こうで首をかしげているかもしれないと思うと申し訳ない気分になってくるが、その分はこれから取り戻せばいいと奮起する。ラジオ放送が終了するまでにはまだ時間がある。
(まさかこう来るなんて思わなかったです‥‥)
 このFAX用紙はもらって帰ろうと心に決めながら、彼女は次の曲の解説を始めた。

 ペンで走り書きされ、しかもFAXなのでかすれ気味ではあるが、よく見れば覚えのある文字だった。
 読みやすい短文が連なっていて、けれど一部分だけ妙なところで改行されている。
 おまけに、故意の誤字。
 
『いつの間にかクリスマスですよ
 ついに今年も後わずかなんですね…
 もう今日は騒がなきゃ損、とにかく
 ノリの良い曲をリクエスト!
 所々で雪も降り始めたみたいです
 では、良きホワイトクリスマスを!
 伝信柱(RN)』

 俗に言う、縦読みだとわかった。各文の、主に最初の一文字のみを拾って読む、簡単な暗号のようなもの。

『い
 つ
 も
 ノ
 所
 で

 伝』

 気づいた瞬間、心が震えた。今日は遅くまで仕事だと言ってあったし、特に何の約束もしていなかった。なるべく時間を共有したいという気持ちはあったけれど、二人とも、いつ休みを取れるかわからない芸能界に属する身。体が空いたのならその分を休息に当ててもらいたくて、黙っていたのに。
 請われたら、どんな建前も吹っ飛んでしまうに決まっているではないか。




 いつもの倍以上のスピードで、放送終了後の雑事を済ませた。スタッフへの挨拶は欠かさなかったが、
「誰かいい人でも待ってるのかな?」
 とニヤニヤされたので、即行で逃げてきた。そうする事で実は本当にそうなのだとバレている可能性も高いが、捕まって色々と話を聞かれて時間をくうわけにはいかなかったからだ。
 とにかく必死で走る新子。こういう時は、コートやマフラーだけでなく、何より自分の体が恨めしい。重くて。
「す、少しくらいっ、痩せたほうが、いい、でしょーっかっ」
 本日の足元は滑り止めとしての厚底仕様のブーツなのが、せめてもの救いだ。これでヒールの高いものだった日には、それを脱いで走らなければならないところだった。髪やまつげに引っかかる雪が冷たくて邪魔に感じられたけれど、傘をさすともっと邪魔になるので諦めた。
 人の多い大通りではぶつかりそうになって頭を下げる事もあった。
 息を切らして、苦しさで眉間に皺が寄って、それでも走った。
 目的地はおでん屋。繁華街から少し離れ、近くを通る電車の音が聞こえてくる場所にある、隠れ家のような店だ。和風で家庭的なたたずまいで、昔ながらの暖簾と赤提灯が、訪れる者の心と体を包み、癒してくれる。
 おでんのみならず出される料理の全てに優しさが溢れているのが、新子にとって何にも勝る魅力だった。夜のデートの最中に小腹がすくと、いつもこの店を訪れた。安心して、ゆっくりと、彼との時間を過ごせるから。
「あら、いらっしゃい、新子ちゃん」
 ガラリと引き戸を開けると、変わらぬ笑顔で女将が出迎えてくれた。大抵いる常連客の姿は、今日はない。洋風の店に行ってしまっているのだろうか。
 それだけでなく、彼の姿もなかった。店の中には、女将と、カウンターの中でおでんを煮込んでいる大将がいるだけ。
(早く来過ぎたでしょうか‥‥)
 新子はコートを脱いで女将に預けると、無理に走ってきたせいでどうも変な風によれている黄色のセーター、その裾のたるみを調節する。やや落胆している自分をなだめながら。
「大将、なんだか小さくなりました?」
 まだ乱れている息を女将の出してくれた白湯でおさめつつ、視界に入った大将に覚えた違和感について、質問してみる。
「‥‥背中を丸めているからじゃないか」
「それは一理ありますけど、でも、ものには限度というものが‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれ?」
 確かに鍋をいじる大将の背中は丸まっている。だが大将は長身だったはずで、いつもだって背中を丸めてもこんなに小さくは見えない。
(今の声‥‥まさか!?)
 座ったばかりのカウンター席から立ち上がり、目深に料理人帽をかぶった大将の顔を覗き込む。視線を避けようとするのを、両手で頬をつかまえて無理やりこちらに向かせた。
「伝ノ助さんっ!!」
「あちゃ〜。早々にバレてしまいやしたね」
 結果、その人は大将ではなく、彼女の大切な人が大将に扮していたのだと判明した。

 ◆

「まあ、あれだけ驚いてくれたんだから、よしとしやしょう」
 伝ノ助の頬が赤みを帯びているのは、決して呑み始めた熱燗だけのせいではない。先ほど覗き込まれた時に触れられた手の感覚と、目と鼻の先にあった表情を思い出していた。
「そりゃあ驚きますよ。よく女将さん達に許してもらえましたね」
 空になった彼のおちょこに次の酒を足しながら新子が言った。してやられたのは悔しいが自分を楽しませようと考えての事だともわかるので、文句を言うに言えないでいるようだ。近いうちにリベンジをしかけてきそうな気配である。
 あの後、様子を見に来た本物の大将は女将を連れて奥に戻っていった。用事があれば呼んでくれ、と。他に客もいない事だし、気を利かせて二人きりにしてくれたのだろう。
 ‥‥正直、伝ノ助は嬉しくて仕方ないわけだが。
 彼女のほうはどうなのだろうと、ちらっと確認してみる。目が合った。直後、ぱっと逸らされる。至極残念だ。
 だが、彼女も彼のほうを見ていたからこそ、一瞬とはいえ目が合ったわけで。見ていた事に気づかれたと思ったから、慌てて逸らしたわけで。
「新子さ〜ん?」
「なななななんですかっ」
「はい、このがんももうまいっすよ」
「本当に!?」
 すかさず振り向いた新子は、箸を構えて戦闘体勢に入っていた。
 そのあまりの真剣さに、伝ノ助はカウンターに突っ伏して笑い声を漏らし始める。
「‥‥‥‥‥‥何が面白いんですか」
 突っ伏したまま顔の向きだけ変えると、美味しそうにがんもを頬張りながらも不服そうに頬を膨らませる新子しか見えなかった。器用だなと思った。
「面白いとは違うっすよ」
「他にどんな理由で笑うっていうんですか」
「‥‥可愛いから、って言ったら、疑いやすか?」
「当然です」
 きっぱりと彼女は答えた。
「今日だって、もっと軽かったらもっと早く走る事が出来て、1秒でも速くお店に着けるのに、って痛感したんですから。なのに、可愛いだなんて」
「でもあっしは、幸せそうに食事する女の子も、1秒でも早くあっしに逢いたくて走ってくれる女の子も、可愛いと思いやすよ」
「え」
 伝ノ助の発した言葉がよほど予想外だったのか、新子は息を詰まらせた。
 そんな彼女がまた一層愛しく感じられて、伝ノ助は手を伸ばす。
「可愛いと思いやすし、好きっすよ」
 指先で彼女の頬に触れる。柔らかい。
「え‥‥ええと‥‥」
 何かされるという予感に襲われて身を固くする新子から一旦手を離し、体を起こす。
 一応ぐるりと見渡してみるが、女将や大将、他の客も来る気配はない。
「新子さんは?」
 向き直り、正面から見つめて、尋ねる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥す‥‥好き、です。はい‥‥」
「なら、よかったっす」
 もう一度、伝ノ助は彼女に手を伸ばした。今度は頬に添えた手で、照れて俯きがちな彼女を上向かせる。
 新子もそれでようやく心を決めたようで、小刻みに震わせながらも瞼を下ろした。



 普段は騒がしいくらいの電車の音が聞こえないのは、しんしんと降る雪が吸い取ってくれているのか。それとも、やけに大きく聞こえる互いの鼓動がかき消しているのか。
 伝ノ助も、伝ノ助の肩に寄りかかる新子も、耳まで朱に染まっていたがとても満ち足りたように微笑んで、酒とおでんの席を再開した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【fa0430/伝ノ助(デンノスケ)/男/26歳/狸/役者】
【fa0402/横田新子(ヨコタニイコ)/女/28歳/狸/ラジオDJ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご発注ありがとうございました、言の羽です。
 友達の延長線だけどそろそろ‥‥との事で、サプライズを仕掛けた伝ノ助さんに、行動に出てもらいました。積極的な年下の男の子です。いかがでしたでしょうか。
 乙女な新子さんも愛らしかったです。女の子はいくつになっても、恋をするだけで可愛くなれるのですよ!

 これからも素敵なお二人でありますように。
WhiteChristmas・恋人達の物語 -
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Beast's Night Online
2007年12月25日

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