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『◆ 財布に厳しく君には優しく ◆ 』
中松百合子(fa2361)&蓮城久鷹(fa2037)

「折角のクリスマスだってのに、雪もなしか。神様も少しくらい演出を助けてくれたっていいだろうに」
「別に私は構わないわよ? こういうオレンジクリスマスでも」

 カウンター席の端に並んで座った二人は、橙色の電球の灯に照らされて周囲に映し出されている店内の様子を各々に見回す。どこにでもありそうな居酒屋だが、チェーン店と違って席数が少なめ、うるさい広告も無く、多少落ち着いた雰囲気を醸し出している。が、しかし。内装はいかにも廉価版。裏方仕事を専門とする二人には、その辺はすぐに分かった。どこまで本物で、どこからハリボテか。

 テーブルに置かれたお品書きには、居酒屋メニューの王道が並ぶ。たこわさ、焼き鳥、鮭茶漬け。時にはオリジナルメニューも目につき、この店の特製ラーメンは一玉サイズと五玉サイズがあった。大食いチャレンジのルールなどは見当たらないので通常メニューだと思われるが、一体誰が注文するのだろう。
 酒のメニューは随分変わっていた。日本酒オンリー。特にその辺を売り文句にしている店でもないのに、生ビールや焼酎すら無いというのは些か珍しい。

 とりあえず、まずはやや甘めの酒から。注文する品の目星をつけてユリが顔を上げると。

「どうしたの?」
「‥‥少し迷ってる」

 メニューと顔を突き合わせて、睨めっこでもするように選んでいるヒサ。こういう彼の姿を、ユリはあまり見ないような気がするが。
 きっと何か理由がある。女の勘がそう告げるままに、ユリはヒサに尋ねる。すると何と、先日購入した物が思った以上に財布に打撃を与え、そこに忘年会シーズンの飲み会乱舞がボディブローのようにじわじわ効いてきて、ヒサはまさに今、リングロープにもたれかかる満身創痍のボクサーみたいな状態なのだという。
 忘年会や仕事の後の打ち上げはユリにも多いから、その出費がどの程度かはそれなりに想像出来る。が、しかし。先日の購入品、しかも高額な物というと。

「まさか、私の服?」
「‥‥‥‥まあ。あまり白状したくはなかったんだが」

 服が高い買えねーよとか、金が無いからデートきついとか、口が裂けても言えないのが男の意地というもの。何気ないふりをして自分は安いメニューを選択し、財布の中身を気にさせずクリスマスデートを終えるというヒサの『男のプライド保護作戦』、女の勘の前に脆くも崩れ去る。呆気無い。
 ユリとしては今夜の飲み代は貸しにしても構わないし、懐にそれだけの余裕はある。割り勘だって問題無かろうし、そもそも最初からそのつもりだった。だがヒサは譲らない。普段のデートならまだ譲歩のしようもあったろうが、今宵はクリスマス。最後の防衛線を敷いて徹底抗戦の構えだ。
 そんなこんなで、ヒサはリーズナブルなメニューの選抜を続けながらも、ユリには「好きな物を好きなだけ」などとのたまう。これに気兼ねせずにいられるはずがあるだろうか、いや、ない。

 店員がおしぼりとお通しの枝豆を置いて、注文が決まったら呼んでくださいと立ち去ろうとするのをユリが呼び止める。これとこれと‥‥とメニューを指差しながら悩んでいたヒサは驚くが、そんなの関係ねぇとばかりユリは自分の分の酒にヒサが好む酒、そして料理を美味しそうなところ数点を注文する。

「楽しそうだな」

 してやられたとばかりの表情で言うヒサ。ユリは微笑んで。

「そうかしら? そう見えるなら、それはきっとヒサ君がヒサ君だからよ」
「おい、それは‥‥」
「お返し」


 ・ ・ ・


 運ばれて来た日本酒を互いに注ぎあい、乾杯。何に乾杯するかは保留。今日はクリスマスでもあるが、年末でもある。今年一年を振り返ってみて適当な文言を探してはみたが、どうにもまとまらなかった。様々なことがあった一年だった。共に仕事があり、友人付き合いがあり、そして何より、今目の前にいる相手との関係が大きく変わった年だった。

「服、ありがと」
「次は上限金額を決めようかと思ってる」

 二人、笑う。こんな大したことのない会話が楽しい。
 これまでにも何度も二人で飲みに行ったことはあったが、こんな感覚はこれまでに無かった。運ばれてきた串焼きの盛り合わせやイカの塩辛などなどが、いつも見るものより特別に美味しそうにも見えてくる。

「値段のわりには美味いな、この串焼き。この店の一番人気なんだとさ」
「費用対効果で考えるなら、確かに一番満足度は高いかもしれないわね。他のお店の料理の味と比べるなら串焼きはそれなりだけど、こっちの塩辛はかなり美味しいわよ。値段張るけど」

 しばし飲食。小さくバックに流れるジャズが心地良い。後ろを店員が行き交い、客が二組入れ替わる。
 ヒサが酒を飲み干したのを見て、ユリは徳利を取って酌をする。ヒサは「サンキュ」とそれを受け。

「来年もこうしていられたらいいわね」

 ユリが自身の杯を傾けながら、ヒサに同意を求める。ヒサは苦笑いして。

「来年は、もう少しい店を選びたいが」
「あら、私はここでも‥‥どこでも構わないわよ? 相手が変わらなければ」

 二人、微笑みあって。

 夜は更けていく。


 ・ ・ ・


「んじゃ、払って来るから出る準備しとけよ」
「ああ、待ってヒサ君」

 散在する皿などを適当にまとめてから、会計に立つヒサを呼び止めるユリ。カバンの中を何やら漁ると、小さなポーチが出てくる。そこから取り出すのは二枚の紙。

「はいこれ。クリスマスプレゼント」
「‥‥一枚につきお一人様一杯目無料?」
「お財布を気にしてデートするなら、リサーチは念入りにね」
「次からはもっと念入りに調査しよう。サンキュ、助かる」

 ユリの二枚のクーポンを持って、レジへ向かうヒサ。ユリはその間にカバンへポーチを戻したり、上着の準備をしたり。
 ふと視界の隅に映る、ヒサの上着。その上着のポケットには、ヒサ愛用の手袋が入っている。ユリは、そっとそれを両方抜き取ると自分の上着のポケットに入れ、ヒサを待つ。


 ・ ・ ・


「酒が入ってるとはいえ寒いな」

 店を出て。ヒサが言いつつ空を見上げる。そこらには今になって雪がちらほらと降り出し、街路には恋人達ばかり目につく。
 ヒサが手袋を探してポケットを漁り始めたところで、わざとらしくヒサの手袋をはめてみせるユリ。ヒサはそれを見たのと同時に、両のポケットに入っている何かの感触に気付く。取り出すそれは、見覚えの無いフィンガーレスグローブ。

「クーポンだけじゃつりあわないかなって。それならカメラ弄ったり細かい作業したりするにも、邪魔にはならないでしょ? 世界に一つだけのオリジナルアイテムよ」
「ああ、ありがとう。これなら手も暖かいし、ちゃんとユリに触れられる」

 微笑むユリに、ヒサはそう言って、手袋をはめた手でユリの頬を撫でる。ヒサの指先がユリの顎の方まで滑っていって、

 はらはら舞う雪が、二人を包んだ。
WhiteChristmas・恋人達の物語 -
香月ショウコ クリエイターズルームへ
Beast's Night Online
2007年12月25日

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