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『日常に在る、次の日常の為の非日常 』
楽子(fa5615)&片倉 神無(fa3678)

 過去、「Love Spring Party」――略称をLSPという特別番組が放送された。
 お茶の間というものは、芸能人の惚れたはれたに強い興味と関心を持っている。ゆえに必ずや視聴率を稼げるはずと目され企画された、芸能関係者オンリーの超大規模ねるとんパーティー。それがLSPだった。
 ねるとんそのものはよくある番組であり、各人の所属する事務所や大人の事情をものともせず、見事に春を勝ち取りカップル成立となる者達が出てくるのも、その手の番組の常である。
 番組を盛り上げる為のヤラセではないのか。そう思う視聴者も多いだろう。
 だが、本物の春を本当に勝ち取る者もいるからこそ、こういった番組を馬鹿には出来ないのだ。

 ◆

 コンコンコン
 コンコンコン
 コンコンコンコンコンコンコン

 ドアのノックは三三七拍子。「こちらはそちらの味方である」と知らせるための合図だ。
「‥‥誰だ」
 程なくして、ドアの内側からくぐもった、そして声量を抑えた低い声が尋ねてきた。
「私です。食べ物と飲み物を持ってきました」
「‥‥今鍵を開ける。入れ」
 言葉どおり、ガチャガチャとチェーン等のこすれる音がしたかと思うと、鉄製のドアがゆっくりと開いた。
 中年の男だった。無精ヒゲにくわえタバコ、あまり糊の効いていない白いワイシャツ。それまで屋内にいたのでなければ、確実にトレンチコートを着ていただろう。
「よう」
 片倉神無は紫煙をくゆらせながら、ドアの外に立っていた彼女、楽子に短く挨拶した。
「張り込みご苦労様。お邪魔します♪」
 狭いアパートの一室。玄関も勿論狭い。ぎりぎりまで壁に張り付きながらドアを押さえている神無の腕の下をくぐって、楽子は中に入った。それからふわふわとクセのある髪を揺らし、大きな瞳を見開いて室内を一瞥したかと思うと、渋い顔つきになった。
「誰が自分ちで張り込みするんだ、誰が」
「あら、結構ノリノリで応えてくれたくせに」
 適当に鍵をかけなおす神無に応えつつ、彼女はワインの瓶が覗く大きめの紙袋をこたつの上に置いた。
「それより、ダメよ、換気してないでしょう? 空気が淀んでるわよ?」
 颯爽と窓に歩み寄り、部屋の主に可否の確認もする事なく、全開にする。冷たい空気がささやかな風に乗って、どんどん室内に侵入してくる。
「窓開けたら寒いだろうが」
「だったらキッチンの換気扇をつけるとかしないと。息が詰まっちゃうじゃないの。そうでなくても神無くんはヘビースモーカーなんだから」
 紙袋が置かれる前からこたつの上にあった灰皿を睨みつける視線はやや厳しい。山とまでは行かないが、丘と呼べる程度には吸殻が積み重なっている。
 ちっ‥‥と、神無は心中で気のない舌打ちをした。世間はクリスマスだなんだと浮かれて騒いでいても、ハードボイルドを自称し実践している彼には関係のない事。そう考えて、次の舞台の台本を読み込んでいたのだが、急な来訪者によって中断せざるをえなくなってしまったのだ。
 当の来訪者本人はというと、紙袋の中身をせっせと出して並べている。タッパに詰められた茶色っぽい何かや、直径6、7cmほどの丸っこい菓子っぽい物。細かい気泡が揺れるスパークリングワイン。真っ白なリース。
 神無は背伸びして飾ろうとした楽子の手からリースを奪い、ひょい、といとも容易く、壁の高い位置に引っ掛けた。新聞屋から販促物としてもらった色気も何もあったものではないカレンダーと重なるように。
「雪をかぶったみたいに白いな」
 楽子が不満そうに唇を突き出したので、仕方なくカレンダーを外してからリースを飾りなおす。
「ラッカーでシューッってしただけなんだけどね」
「‥‥お前さんが作ったのか? 買ったんじゃなく?」
「そうよ、子供が生まれてからは毎年欠かさず作っていたんだから。もう慣れたものよね。サンタさんだってあの子が10歳になるまでは立派に務めてたのよ」
 そう言って、楽子は誇らしげに胸を張る。女手ひとつで娘を育て上げた事は、彼女にとってまさに誇りであり、彼女の生きてきた道筋そのものだ。
「あ、そうそう。雪といえば‥‥ほら、見て」
 絶賛継続中で開けっぴろげな窓を指差す。
 たくさんの蝶が踊っているかのように、雪が、しんしんと降っていた。
「さっきドア開けた時は気づかなかったんだがな」
「お天気に興味がないだけでしょう。そんな事で、いつもお洗濯はどうしてるの? お布団もちゃんと干してる? まさか万年床じゃないわよね?」
 母親を務めあげた経験はダテではなく、楽子は神無にもここぞとばかりのお小言を飛ばし始めた。神無のほうはというと、気だるそうに、右から左へと聞き流している。
「で、そっちは?」
「え、あ、ああ、そう、そうね。こっちの準備をしないと」
 後ろ手で窓を閉め、ご丁寧に鍵まで閉めながら、神無は楽子をさりげなく誘導した。
 だが結局、二度目のお小言の嵐が吹き荒れる事になるのである。
「神無くんっ!? どうしてこんなに洗い物が溜まってるの!? それにゴミ箱も‥‥カップ麺のごみばっかりじゃない! レトルトやインスタントばかりじゃ体に悪いのよっ。どんなお仕事をするにも、体が資本、健康であってこそなんだからっ」
 タッパの中身を温めるからという楽子に、キッチン――いや、ここはあえて台所と呼ぼう――台所に入る許可を与えてしまったのは、どう考えても失敗だった。
(けどまあ、こいつの事だから許可なんざ出しても出さなくても同じだろうけどな)
 温めるための鍋、温めた後によそうための皿、食べるためのスプーン。その全てが流しの水桶に山をなして浸かったまま放置されており、楽子はまずそこを攻略しなければならなかった。袖をまくり、湿らせたスポンジに洗剤をつけた。
(‥‥あの洗剤、いつ買った奴だっけな)
 鬼気迫る雰囲気の彼女をひとり残し、神無はこたつに戻る。そして彼女の意識が自分に向いていないのをいい事に、新たな煙草の一本へ火をつけた。

 ◆

「あれから何本吸ってたのかしら」
「わからん。いちいち数えてないからな」
 一段と標高の増した吸殻の山。そこにまた、新たな吸殻が押し付けられる。
「煙草代だって馬鹿にならないでしょうに」
「だから気張って稼いでるのさ」
 すっかり折れぐせのついている台本が床に置かれるが、楽子はそれだけでは許さない。
「吸殻は捨ててきて」
「わかったわかった」
 やれやれと重い腰を上げて灰皿を持ち、台所にあるゴミ箱に向かう神無。その背中を眺める楽子の顔に笑みがこぼれた。
「何をニヤニヤしてるんだか」
 料理を運ぶために彼女も台所へやってきたところを、空の灰皿を手に神無がすれ違う。
「だって楽しいんだもの」
 こたつの上に並べられる、洋風の品揃え。深めの皿に入ったビーフシチュー、プレートに積まれたミンスパイ、そして、日本酒を冷やで飲むのに丁度よさそうなガラスのコップに注がれたスパークリングワイン。
 コップのせいか、それともこたつが元凶なのか。クリスマスにかこつけていつもよりグレードの高い食事ができればいいや的な様相を呈している。
「一人でいるとワインなんてなかなか飲まんからなぁ」
「‥‥今度、うちからグラスを持ってこようかしら」
「まあ好きにしてくれ」
 神無はスプーンを持ち、さっそくビーフシチューを一口。
「『いただきます』は? 乾杯もしてないのに」
「お、うまいな」
 またもやお小言が始まりそうになったのを察知して、話を逸らす。
 楽子はまだ何か言いたそうだったが、折角のクリスマスにこうして二人でいるんだし、これ以上うるさくすることもないだろうと、壁から見守ってくれている白いリースを見上げて心を落ち着けた。
「これくらいのものでよければ、いつでも作りに来るわよ」
「それじゃ毎日来るか?」
 自分もシチューを食べようと、スプーンを持った楽子の手が、神無の一言でぴたりと止まる。
「‥‥毎日来てもいいの?」
 まさかそんな言葉をかけてもらえるとは夢にも思っていなかったようで、呆気にとられている。
「二度は言わん」
 神無のほうは淡々とスプーンを動かし続けており、既に皿の底が見え隠れしている。もうすぐ食べ終わってしまいそうだ。
 楽子はスプーンを置いて、一旦こたつを出た。小さいこたつに向かい合って座っていたものだから、近づくにはこたつから出なくてはならなかった。
 心の中では身構えているのかもしれないが、神無は彼女の動きを目で追う事すらせず、黙々と食べている。
 そんな彼を、楽子は背中から腕を回して、抱きついた。
「そんなこと言われちゃったら、本当に毎日でも来ちゃうんだから」
 ついに完全な空になった深皿を置き、今度はミンスパイを頬張る神無。
「‥‥おいしい?」
「ああ」
 あっという間にひとつめを食べ終わり、ふたつ目に手を伸ばしている。それは何にも勝る、美味の証拠だ。
「すまんな。‥‥色々と」
 小さな咳払いの後、やはりミンスパイから目を逸らす事なく、礼の言葉が告げられる。
「‥‥」
 そう、礼の言葉だ。とてもぶっきらぼうな物言いではあるが、その場しのぎのものではない事は、告げた神無の耳がほんのりと赤みを帯びている事から判断できる。本人は耳の事など気づいていないだろうけれど、背中から見ている楽子にはよくわかる。
「なんだよ」
 楽子がくすりと笑ったので、やや慌てた声で神無が尋ねてくる。
「なんでもないわ。――こちらこそ、どういたしまして」
 くすくすと、笑い声はそこからが本番だった。
 今度は心中に隠す事なくおおっぴらに、神無は舌打ちをした。
 ただしその舌打ちは彼の不満を示すものではなく、温まったおかげでこそばゆくなってきた胸の内を、扱いあぐねてのものだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【fa5615/楽子(ラクコ)/女/42歳/アライグマ/メイクさん】
【fa3678/片倉 神無(カタクラ ジンナイ)/男/38歳/鷹/ハードボイラー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご発注ありがとうございました、言の羽です。
 リアイベなどでよくお見かけするお二人がこんな親密な仲になっているとは気づきませんでした。今回の執筆中にも何度も思ったのですが、とてもお似合いのお二人なのではないでしょうか。掛け合いを描写するのがとても楽しかったです。
 お二人のこれからがどうなっていくのかも、楽しみで仕方ありません。またご縁のありました時には、どうぞよろしくお願いします。
WhiteChristmas・恋人達の物語 -
言の羽 クリエイターズルームへ
Beast's Night Online
2007年12月25日

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