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『『大切なあなたへ』 』
シュライン・エマ0086

 冷たい風が吹き抜ける。
 ビルの隙間から押し寄せる風に、身体が震えた。
 だけれど、寒いとは感じない。
 街を彩る装飾がとても綺麗で。
 すれ違う人々もとても幸せそうだから。
 ただ、歩いているだけなのに。
 心が、弾んでいた。

 ショーウィンドーには、綺麗なアクセサリーが並んでいる。
 飾られているアクセサリーのいくつかは、彼氏の手から彼女へと渡るのだろう。
 しかし、シュライン・エマはアクセサリーには目を留めず、一人、百貨店に入っていった。
 彼女が向ったのは、包装紙売場だ。
 手に下げている大きな紙袋の中には、家族のように大切に想っている人達への贈り物が入っている。
 翻訳業の伝手で知り合った革職人にこっそり頼んであった、草間・武彦へのプレゼント。
 そして、彼の妹のような存在、草間・零にはブーツを買った。オーダーメイドでは高額すぎて受け取り難いだろうと考え、市販のものにしたのだが、普段利用している靴屋で零の足に合うように調整してもらってある。
 自分から、2人への世界でたった一つのプレゼントだ。

 包装紙売場は、女性客で賑わっていた。
 大量の包装紙を抱えている30歳前後の女性は、クリスマス会の係りの人だろうか。
 子供向けの賑やかな絵柄の包装紙だ。幼稚園の先生かもしれない。
 真剣に包装紙を選んでいるその姿だけで、プレゼントを贈る相手を大切に思っていることがわかる。
 シュラインは微笑みながら、彼女とは別のコーナーで立ち止まる。
 好みの色や、クリスマスらしい包装紙に目がいってしまうが――贈る相手のことを考えて、シックな包装紙を選ぶことにする。
 綺麗で、煌びやかな包装も素敵だとは思うけれど……。
 草間の姿を思い浮かべ、一人くすりと笑う。
「あまり仰々しいと、受け取りにくいでしょうしね」
 草間興信所は今年も金欠状態で年を越すことになりそうだ。
 となると、興信所でのパーティーなんて考えてもいないだろうし、プレゼントも期待できない。
 自分からのプレゼントは喜んでもらえるのだろうか?
 あげるものがないから、受け取れない……なんて、拒否されはしないだろうか。
 少しだけ、不安になる。
 だけれど、すぐに思い直す。
 そう言われたら、こう言えばいい。
 “あなたが貰ってくれることが、私へのプレゼントだから”
 数ある包装紙の中から、深緑の包装紙を選び出し、シュラインは会計へと向うことにする。
 会計には女性客が3人並んでいた。皆、色とりどりの包装紙や袋を抱えている。
 今日は、並ぶことも苦にならない。
 どのように包装しようか?
 どんな風に手渡そうか。
 2人は、使ってくれるだろうか――。
 
**********

「れ、い、ちゃん」
 事務所の掃除を一通り終えた草間零に、シュラインは給湯室から声を掛けた。
「はい、給湯室はこれから……」
「あ、そうじゃなくて」
 シュラインは手招きして、零を給湯室に招く。
 掃除用具を持ったまま現れた零に、袋から取り出したものを差し出した。
 綺麗に包装し、リボンを巻いた箱だ。
「はいこれ、クリスマスプレゼント」
「お兄さんにですか。大きいですね、きっと喜びます」
「え? ううん、零ちゃんによ。いつもご苦労様」
「私に、ですか」
 零は瞬きを数回した後、シュラインからプレゼントを受け取った。
「ありがとう、ございます」
 言って、零は笑みを浮かべた。
 出会った頃とは違う。
 暖かさを感じる笑みであた。
 それは、兵器として習った微笑みではなく、彼女に生まれた人の心の微笑みなのだろう。
「私も何かお返しを……」
「あ、いいのいいの」
 手を振って言いながら、シュラインはふと思いつく。
「……あ、でもこんなのどうかな」
「なんでしょう?」

**********

「兄さん」
「ん?」
「クリスマスプレゼントいただけますか?」
「え?」
 零の突然の言葉に驚きながら、草間は財布を取り出し、中を見た。
 ……案の定、ほぼ空だ。
「物ではありません。プレゼントということで、午後はお休みしてもいいでしょうか。お出かけしたいんです」
「お、おお! 掃除も終わってるしな」
「それでは失礼します」
 ぺこりと頭を下げると、零はパタパタと事務室を出て行く。
 浮かれた後姿を、草間は訝しげに見ながら呟いた。
「まさか、零のやつ彼氏でも出来たか? ……なわけないか」

 数時間後――。
 既に22時を回っている。
 零にさせていた書類整理も、草間自ら行なった為、こんな時間になっても仕事は片付かなかった。
 何事もなければ、普段は暇な探偵事務所だが、さすがにもう年末なので、片付けておきたい仕事が多いのだ。
 シュラインは少しだけ申し訳なく思いながら、草間にコーヒーを出した。
 金銭的な負担にならないようなプレゼントを、草間からもらってはどうかと零に提案したのは、シュラインだった。
 それならば、休みが欲しいと零は答えた。シュラインに貰ったブーツを履いて、クリスマスの街を歩いてみたいのだと。
 しかし――こんな時間まで仕事が終わらない理由は、零が出かけてしまったからだけではない。いつもの通り、草間が夕方から夜にかけて、机につっぷして眠っていたからだ。
「お疲れさま」
「んー」
 それでもまだ眠いらしく、草間はあくびをしながら、書類を見ている。
「残りは明日、私がやるわ」
 実のところ、草間は書類を整理しながら、他の書類を投げるため、彼にやらせても事務所は片付かないのだ。
「んー、そうだな、夜間は暖房費もかかるしな」
「そうそう、事務所の暖房代ってかなり高いのよ」
 事務所の暖房の温度は20度に設定していある。故にとても寒い。
 シュラインはコーヒーと一緒に持って来た紙袋……の中に手を入れて、深緑の包装紙に包まれた柔らかな物を、草間の前に出した。
「……なんだ?」
 分かるだろうに、とぼけて草間は言った。
 その様子に、シュラインは少し戸惑った。
 節電の為といって、電気を半分消しておくべきだったかもしれない。
 なんだか気恥ずかしくて、互いに次の言葉が出てこなかった。
 物を渡すなんて、日常茶飯事のことなのに。
 今日は特別な日だから……。
「か、革手袋よ」
「そ、そうか」
 草間が包装紙を開ける。彼らしく雑な開け方だったが、そのまま捨てたりはせず、二つ折りにして中身――革手袋の下に敷いた。
 革手袋を片方ずつ、草間は手に嵌めていく。
「お、ぴったりだ」
「よかった」
 微笑むシュラインを前に、草間は気付く。
 この手袋は、あまりにも手に合いすぎる。
 ……オーダーメイドか、これは。
 自分の不甲斐なさに、草間は軽く自己嫌悪に陥る。
 これからデートに誘おうにも、財布の中身は先ほど確認したとおりほぼ空だ。
 シュラインには苦労をかけてばかりだが、プレゼントまでも貰いっぱなしだとは。
「ヘックション!」
 そして、こんな時だというのに、くしゃみをしてしまう始末。
「暖房少し強くする? 手袋より寝袋にするべきだったかしら?」
 言って軽く笑いながら、シュラインはエアコンパネルに向う。
「そうか、では――」
 草間は、事務机の一番下の引き出しを開けて、デスクで仮眠をする時に使うもの――毛布を取り出した。
「寝袋は、俺がプレゼントしよう」
「え?」
 振り向こうとしたシュラインの身体を、暖かなものが覆った。
 背後に感じるのは、人の温もり。草間の温もりであった。
 彼の両腕が、シュラインの肩から前に回り、彼女の身体を、毛布の中で抱きしめていた。
「武彦さ……」
「言っておくが、これは贈答品だから返品は不可だ」
 首筋に、息がかかった。
 煙草の匂いがする。
 ――やっぱり、電気は半分消しておくべきだった。
 次に顔をあわせた時、どんな表情をすればいいのかがわからない。
 シュラインは手を上げて、草間の腕に触れた。
 指が、革手袋に触れる。
 こうしていつも。
 寒い外の仕事でも。
 荒事に巻き込まれてしまっても。
 自分を覆い、包んで守ってくれますように。
 そっと目を閉じる。
 シュラインは彼の顔に頬を寄せて「ありがとう」と言った。
 草間もまた、大切な人を胸に抱きしめたまま、深い感謝を込めて言った。
「ありがとう、シュライン」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間・零 / 女性 / ?歳 / 草間興信所の探偵見習い】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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期間限定クリスマスノベル『大切なあたなへ』にご参加ありがとうございました。
素敵なシーンを書かせていただき、とても幸せです。
またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたしますー!
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
川岸満里亜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月25日

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