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『星の約束 』
デュナス・ベルファー6392)&立花香里亜(NPC3919)

 十一月二十二日、午後十一時ごろ。
 デュナス・ベルファーは、ベージュのマフラーにコートという暖かい格好をして蒼月亭へ向かっていた。別に、酒を飲みに行ったりするわけではない。今日は別の約束があって向かっている。
 いつもの看板が見える角を曲がると、店の前から毛糸の帽子を被った立花 香里亜(たちばな・かりあ)が、デュナスに気付いたように、ニコニコ笑いながら小走りに近づいてきた。今日は歩きやすいようにスニーカーとデニムのパンツに、白いショートコートだ。
「こんばんは、デュナスさん。あ、私が編んだマフラー、してくれてるんですね」
「こんばんは……最近寒くなりましたから。香里亜さんは、寒くないですか?」
「大丈夫です。今日は帽子もかぶってますし、歩いてたら暖かくなりますから」
 こんな時間に待ち合わせをしているのには訳がある。
 十一月二十三日は、鷲神社で酉の市が行われる。午前0時の一番太鼓と共に始まり、二十四時間の間行われる、関東地方の年中行事だ。
 日本の文化に興味があるデュナスは、酉の市には前から行ってみたいと思っていたので、どうせ行くのだったら……と、香里亜を誘ってみたのだ。
「酉の市って、熊手を売ってるお祭りですよね? 私、一度見に行きたかったんです……だったら、始まる時から行きませんか? 二十三日って丁度祝日ですし」
 デュナスとしては、夜中に未成年の香里亜を連れ回すのはどうかと思い、行けるのであれば昼ぐらいから……と思っていたのだが、祭りの最初を見られるのはちょっと嬉しい。
「でも、夜中ですよ?」
 何となくそう言ってみると、香里亜はにこっと笑ってこう切り返してきた。
「デュナスさんが一緒だから、大丈夫です」
 自分は絶対安全だと思われているのだろうか。
 とは言え、秋口に勢いでメールで告白しておいて、今更うだうだ言うのもそれはそれで往生際が悪い。それにOKをもらったからと言って、突然積極的になれるわけでもないのは、当のデュナスが一番よく分かっている。
「デュナスさん、どうかしました?」
「あ、いえ、ちょっと考え事です」
 この時間では流石に公共交通機関は動いていないので、タクシーを拾い近くから歩く事にした。やはり祭りということで、時間の割に人通りが多い。
「熊手守りは『福をかき込む』と言うことから『かっこめ』とも呼ばれているそうですよ。香里亜さんは、どんな物を買うかとか考えてきましたか?」
 香里亜に合わせてゆっくり歩きながらそんな話をしていると、少しずつ賑やかな声が聞こえてきた。
「うーん、向こうに行ってから決めようかなとか思っているんですよ。でも、初めて買うから小さいのにしようかなって」
「熊手は年々大きくしていくらしいですね……こうやって、神様がたくさんいるのに、ケンカしないのが、日本の良いところだと思いますよ」
 フランスでは、こんなにたくさんの神がそれぞれ祭りをするなんて、考えられないことだ。だが、そうやって全ての物に神がいるという考え方は、デュナスとしては嫌いではない。身近に神を感じているという点では、案外日本人の方が信心深いのではないかとさえ思う。
 そんな事を考えていると、不意に香里亜がデュナスの手を握った。慌てて香里亜を見ると、デュナスを見上げてにこっと笑っている。
「はぐれないように、手を繋いでていいですか?」
「も、もちろんですよ」
 とは言いつつも、手を繋いだのは初めてではないのに、実はドキドキしている。感情が高まると、うっかり発光してしまうのでそれを悟られないようにしていると、太鼓の音が聞こえてきた。
「お祭り、始まったみたいですね」
 こんな時間なのに、境内は人で一杯だった。
 昼間のように明るい照明がたくさんの店を照らし出し、あちこちで手締めの音か聞こえている。そしてどの出店にも、色とりどりの熊手が飾られていた。
「まずはお詣りしましょうか」
 急ぐものでもないので、あちこちを歩いたり見学したりしながら前へ進む。熊手も時代の流れがあるのか、それとも色々な世代向けなのか、時々ファンシーショップでよく見かける猫や、アニメで見るキャラの物などがあるのが、何だか微笑ましい。
「色々なデザインのがあるんですね」
 デュナスがそう言うと、香里亜は何かに気付いたように、ポケットから携帯電話を取り出した。
「デュナスさんは、あまりお土産屋さんとかって行かないですよね」
「ええ」
 まあ、普通に行かない。というか、用事がない。
「私、秋に北海道に帰省した時にお土産屋さん行ったんですけど、にゃんことかがウニとかメロン被ってましたよ。あまりのインパクトに、思わず一個買って携帯につけちゃいました」
 見ると香里亜の携帯には、イカを被った猫のマスコットがついていた。
「猫にイカって、いいんでしょうか……」
「カニもいましたよ。デュナスさんにも買おうかなって思ったんですけど、ウケ狙いなのでやめたんです」
「お菓子をもらったので、それでいいですよ」
 イカを被らされることを思うと、熊手にくっついて福を呼び込むぐらいはご愛敬か。何だか昨今の猫も大変そうだ。
 そうしているうちに社務所が見えてきた。列に並んでお詣りを済ませると、香里亜がデュナスの手を引っ張る。
「『一粒萬倍種銭交換所』でもらった鷲神社の種銭を財布に入れておくと、財をなす財が増えるんですよ。もらってきましょう」
 今考えると大変に大変切ない話だが、デュナスは一時期「パンの耳と塩スープ」で日々を過ごすほど貧乏な時があった。その時にも、香里亜や蒼月亭にはお世話になったのだが、それを覚えられているのだろう。ちなみに、今は副業で事務をやっているので、生活は安定している。
 だが、福はあって困ることはない。デュナスはもらった種銭を大事に財布に入れた。
「これってポケットとかに入れておかないと、なくしちゃいそうですね」
 そんな事を言うと、香里亜も財布のポケットに種銭を入れながら白い息を吐く。
「その時は『悪い運を種銭が、持っていってくれたんだ』って思うんですよ。身代わりになってくれたんだーとか……って、都合良い考え方かも」
「いえ、良いことだと思いますよ。香里亜さんは寒くないですか? 甘酒でも飲んだ後に、熊手を買いましょうか」
 福をなくしたのではなく、悪い運を持っていってくれた。
 そう考えられるのが一番なのかも知れない。なくした物を振り返って悔やむのではなく、それによって新しい物がやって来るという考え方。デュナスが香里亜に好感を持っているのは、こういう所だ。
「甘酒いいですね。こういうところの甘酒って、自分で作るより美味しい気がするんです」
「そう言えば、今年初めて酒粕からじゃなく、麹から造った甘酒を飲ませてもらいましたよ」
「いいなーデュナスさん。今度は私も呼んで下さい」
 そんな事を話している時だった。
「家内安全、商売繁盛! ようっ!」
 威勢の良い声と勢いに、二人の背筋が思わず伸びた。そして何故か、手締めに混ざって手を打ってしまう。
「は、はうっ、勢いで」
「背筋伸びましたね」
 このお店で熊手を買うのはいいかも知れない。頑固そうな江戸っ子風の店主と、愛想の良い女将さんと目が合い、デュナスは思わず会釈してしまう。
「二人とも、かっこめかい?」
「はい。初めて買うんですけど、どんな物が良いかなとか思っているんです」
 すると、頑固そうな店主がぼそっとこう言った。
「んなもん、ここにあるのは全部縁起物だ。自分が気に入った物を買うのが一番だ」
「なるほど……」
「でも、目移りしちゃいますね。どれも素敵ですから」
 それももっともだと感心するデュナスの横で、香里亜がニコニコしながら言うと、店主はぷいとそっぽを向いた。それをフォローするように女将さんが笑う。
「お父さんたら照れちゃって。でも、好きなだけ悩んで頂戴。御神酒でも飲みながらねって、車じゃないわよね」
 デュナスは御神酒を、未成年の香里亜は甘酒をもらい、それを飲みながら女将さんと話をする。酉の市にしか売らない熊手だが、準備は五月の連休後から始めることや、毎年色々デザインを変えたりすること。そんな事を話している間にも、熊手は着々と売れていく。
「手に乗るぐらい小さいのもあるんですね」
「そういうのはマスコットね。あと、最近は皆マンションだから」
 初めて買うなら小さい物がいいとは言え、これはあまりにも小さすぎる気がする。欲張るのは良くないが、遠慮しすぎるのもどうだろうか。そんな事を思いつつ悩んでいると、香里亜も同じように悩んでいるらしい。
「うーん、招き猫とおかめと悩んじゃいます。デュナスさんは、どれが良いか決めましたか?」
「いえ……何か優柔不断で良くないですね」
 実際、どれも良い物ばかりなのだ。
 なにげに高いところにある熊手を取る手伝いなどをしつつ観察していると、持った時にもしっかりしているし、丁寧に作られているのが分かる。
「あの、これは全部一人で作られたんですか?」
 おずおずとデュナスが聞くと、店主は煙草を吸いながら少しだけ笑う。
「ああそうだ。どこから来たか知らねぇが、こういうのは初めてかい?」
「ええ。私はフランスなんですけど、こういうのはありませんでした」
「そっか。でも、おとりさまのかっこめは、日本人とか外人とか関係なく福をかっ込むからな。気に入ったの買って、来年もまた来てくれりゃいいさ」
 来年もまた。
 今年買った熊手は、来年の酉の市に神社に納めて、また新しい福を呼び込む。そうやって毎年が進んでいくのは、素敵なことだろう。
「………」
 自分の好きな物、身のためにあった物をじっくり選ぼうか。香里亜も同じように、デュナスの横で熊手をじっと見ていた。そしてしばし唸った後、ぴっと人差し指を指した。
「よし、私はその黒い招き猫がついたやつにします。もう迷いませんよ」
「えっ! 私もそれにしようと思ってたんですが」
 デュナスが居候している家は猫屋敷で、黒い子猫又によく懐かれているので、何となくいいかなと思っていたのだが。二人で顔を見合わせていると、店主がカラカラと笑った。
「仲がいいな、お二人さん。招き猫がついたのはまだあるから、同じの買っていきな」
「あ、あはは……」
「何か、照れちゃいますね」
 気が合うのはいい事だが、からかわれるとそれはそれで気恥ずかしい。
「じゃあ、招き猫のでお願いします」
 熊手を選んだら、ここからもまた勝負だ。
 熊手屋と相談して、どれだけ値引きをしてもらうかの駆け引きが始まる。何も言わずに言い値で買っていく人もいるが、しばらく見ていたデュナスは駆け引きをすることも醍醐味だと言うことを知った。
「じゃあ一万円五千円だな」
「女の子なので、もうちょっとまけて下さい」
「あ、私はフランス人なので、サービスして下さい」
「そうか……じゃあ、一万三千円で」
「むー、もう一声二声下さい。出来ればキリのいいところで」
 そんなやりとりもまた楽しい。実はこれにも裏があって、例えば一万まで値引きしてもらったとしても、最初に言われた一万五千円を出し「後はご祝儀に」というのが、江戸っ子っぽい粋なのだ。
 結局一万まで値下げしてもらい、デュナスは財布から一万円札を三枚出した。
「デュナスさん、私自分で買いますよ」
「いえ、香里亜さんの福を買わせて下さい。それで来年良いことがあったら、来年は香里亜さんにお返ししてもらいますから」
 そう言ってにっこり笑うデュナスに、香里亜が少しふくれる。
「うっ……そう言われると、断る方が粋じゃない気がー」
「はははっ、そっちの兄さんの勝ちだな。じゃあ二人で二万だ」
「はい。残りはご祝儀で」
 お金を払うと、最後は手締めだ。熊手を渡されたデュナスと香里亜に、威勢の良い声がかかる。
「家内安全、開運厄除! ようっ!」

 買った熊手は降ろさないで、捧げ持つようにしたまま持って帰るそうだ。これから水商売の人たちが増えてくるらしく、また混雑してきた中、どうやって香里亜の手を引いて持ち帰ろうかとデュナスが悩んでいると、香里亜はしばし考えてデュナスの腕に手を回す。
「えっ? 香里亜さん??」
「こうしないと、両手で持てないんです。熊手は代わりに持ってもらえませんし……ダメですか?」
「そ、そんなことないです」
 顔が赤いのが、自分でも良く分かる。
 神社に向かう人たちと逆方向に向かって歩きながら、香里亜がデュナスを見上げた。
「デュナスさん、来年は私がお返ししますから、また来ましょうね。約束ですよ」
 来年はどんな年になるのか、まだ全然分からない。
 でも、また酉の市で熊手を買って、新しい福をかき込まなければ。今年より少し大きくて、幸せな福を。
 でもこれ以上幸せになったら、なんだか死にそうな気もするが……。
「来年も来ましょう。香里亜さん、シリウスが見えますよ」
「あ、本当だ。東京でも、シリウスは見えるんですね」
 来年もまた同じように。
 それが一番の幸せなのかも知れないと、デュナスは心の中でそう思っていた。

fin   
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月25日

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