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『We wish... 』
トリストラム・ガーランド(mr0058)


 ■

 其処は『夢の世界』。
 現実には続かず、残るものも無く、たった一夜の「心」に贈られる物語。

「貴方の一番欲しいものって何?」

 家族から。
 友人から。
 恋人から。

 そうとは表現出来ない“誰か”から、貴方が一番欲しいものは何ですか。


 十二月の奇跡の夜。
 白銀の結晶が舞い落ちる世界で貴方が見る夢は――……。




 ■

「ここ…」
 トリストラム・ガーランドは辺りを見渡しながら、その異変に小首を傾げる。
 現状にハッとして意識を傾ける直前、耳元で不思議な声が響いたような気はしたのだが、それが何を意味するのかは理解に苦しむところだった。
 何よりも不可解なのは、常に傍にいてくれる風の精霊達の姿までもが見えないことだ。
 此処は何処だろう。
 何のために自分は此処に居るのだろう、……悩む内、背後から彼の名を呼ぶ声が掛かる。
「トリス」
「え…、アル兄?」
 驚いて振り返れば、アルバート・ピアソラの姿があった。
 艶やかな黒髪に見え隠れするハシバミ色の瞳。
 羨ましくなる長身に大人びた風貌。
 そこに居るのは次兄の友人である彼に間違いなかった。
 トリストラムは胸中に滲む安堵感に息を吐き、その傍へ歩み寄る。
「アル兄、おかしいんだ。ここは学園内のはずなのに他の誰の姿も見えないし、姐さんや…」
「トリス」
 早口に現状を説明しようとしたが、不意にそれを制される。
 触れるか否かの微妙な距離感を保った指先の向こう側で、アルバートは何の心配も無いと言いたげに微笑んでいる。
「心配ない、俺が一緒だろ?」
「ぇ…」
「それより精霊抜きで会えることなんて滅多にないんだ。校内を案内して貰えたら嬉しいんだが?」
 トリストラムは目を瞬かせる。
 そのような悠長な事をしていていいものかと頭の片隅で鳴る警鐘。
 だが、それがまだ学園に来て日の浅い彼の要望ならば、聞き入れたいというのが本心。
 迷ったのも最初の内だけ。
 彼は微笑う。
「…姐さんに後で報復されても、俺は責任持たないよ?」
「望むところだな」
 不敵に微笑う彼に軽く肩を竦めて見せたが、いつしか浮かぶ表情は、言葉よりも雄弁にその本心を相手に伝えてしまうのだった。


 ■

 他には誰の姿も見られない学園を、トリストラムはアルバートと二人で歩く。
 静かな。
 ――静かな、冬の日。
 こんなにも穏やかに過ぎる時間はいつ以来だろうか。
「それで、こっちが精友学の講義堂で……って、聞いてる?」
「もちろん」
 眉根を寄せて問う彼に、アルバートはさらりと返す。
「なんか…、すごく視線を感じるんだけど」
「あぁ」
 それならと強まる意味深な笑み。
「久し振りに会ったら、トリスが随分と大きくなった気がしてな」
「……アル兄に大きくなったとか言われても、すっごい嫌味に聞こえるんだけど? アル兄に比べたら俺は全然小さいんだし」
「体のことじゃなくてさ」
 心なしかムキになって言い返せば、アルバートは小さな笑いを交えて答える。
「精神面の話だよ。内面が大きくなったと言うのかな」
「そう、かな…、他の人に比べたら、まだ未熟だと思うけど…」
「他人と比べる必要なんてないだろ?」
 言いながら、その頭に彼の手が触れた。
「大きくなったよ、あの頃よりもずっと」
「アル兄…」
「もう十七だもんな、おまえも」
「って!」
 唐突に頭を撫で回されて視界が揺らいだ。
 トリストラムは慌ててその手を退かせ、すかさず安全距離を取る。
「何するんだよッ!」
 ぐしゃぐしゃになってしまった髪の毛を直しながら文句を言う彼に、しかしアルバートは声を立てて笑うばかり。
「そうムキになるなよ。紅茶でもどうだ、今日は俺が淹れてやる」
 恐らくは、奢ってやると彼は言いたかったのだと思う。
 だが現在の、この世界ではそういうわけにもいくまい。
 彼が紅茶を淹れるという言葉に少なからず驚いたトリストラムだったが、考えてみれば、こんな状況でもなければ考えられない誘いだ。
「……お茶一杯くらいじゃ許してあげないけどね」
 手に手を重ねたトリストラムに、アルバートはいつになく優しい笑みを、その口元に湛えるのだった。


 ■

 舞い散る雪も幻想の産物だろうか。
 ひらひらと視界を流れゆく白い結晶には、アルバートの真っ直ぐな強さがよく似合うと思う。
 自分達の他には誰の気配を感じることもなく、静かに過ぎていく二人だけの時間。
 これは、何の魔法だろう。
「トリス」
「ん?」
 不意に声を掛けられて視線を転じれば、その先で彼が微笑う。
 そうして投げ掛けられたのは思い掛けない言葉。
「なにか欲しいものはあるか?」
「…なに、唐突に」
「クリスマスだからな」
 大切な人と共に過ごせる命の在ることを神に感謝し、その生誕を祝う日は、神によって巡り合えた相手を尊ぶ日。
 だからこそ、この日には多くの贈り物が誰かのもとに届けられる。
「俺がトリスに何かを贈りたいと思うのも当然だろう?」
 そうして向ける笑みを、トリストラムはどう解釈すれば良かったのか。
「アル兄から欲しいものなんて特にはないけど」
 困ったように、言う。
「何も?」
「だって、もう貰っているから」
 問い返しには、無意識の内に自分の左耳に輝くピアスに触れていた。
 アルバートから貰った、彼と揃いの品だ。
「これで充分だよ、本当に…」
「欲が無いな」
 くすくすと小さく笑われて、トリストラムの頬は熱を帯びた。

 ――それきり、辺りには静寂が広がる。
 二人は無言で雪の下に佇む。
 ひらひら。
 ひらひらと舞い散る雪は辺りを覆い、世界をゆっくりと白一色に変えていく。
 この世界には二人きり。
 その言葉を聴くものは、互い以外には無い。
 ならば言いたい事が。
 此処だけの我侭で済むならば、伝えたい事がある。
「出来るなら…だけど、これからも俺達兄弟の支えてあって欲しい、かな…」
 悩んで、悩んだ末の言葉。
「君の人生を縛るみたいで、申し訳ないとは思うんだけど……さ」
 本当に心苦しくて、無意識に声を震わせれば、いつしか彼からは苦い笑いが届く。
「別に縛られるとは思っていないんだが」
「でも」
「俺は俺の意思で君達と友人関係を築いていると言ったはずだよ」
 はっきりと告げられて、トリストラムは押し黙った。
 彼がそう言うことは判っていた。
 それが判るだけの長い時間を、共に過ごして来たのだから。
「君達兄弟の“支え”は、…精神的な“支え”という意味でいいのか?」
 コクン、と頷くトリストラムは、やはり黙ったまま。
 直後、アルバートは声を立てて笑い出す。
「なに?」
 驚いた顔をして見せると、彼は肩を竦めた。…呆れたように。
「まったく…。何事に対しても、もう少し肩の力を抜いて考えれば良いんだって、いつも言っているだろう」
「そんな…、アル兄は簡単に言うけど、それが出来ていたら苦労はしないよ」
 少なからず怒った声音で言い返す。
 しかし、それでも相手から笑みを奪うことは無かった。
 彼は言う、笑顔のまま。
「いいや、トリスはもう少し努力してごらん。以前に俺が君に言ったことも含めて、な」
「……? 以前に…って」
 怪訝な顔をしつつ小首を傾げたトリストラムは、彼の言葉が意味するところを考えた。
 そうして思い当たった、記憶の中の言葉。
「ぁ…っ」
 しばらくして声を上げたトリストラムは、これ以上ないほどに顔を赤くした。
 アルバートは、やはり笑う。

 ――……君が女の子だったら良かったのに……

 いつかの酒の席だ。
 何気なく。
 意味を持たせる事も無く告げられたかのように思えたあの言葉は、酔ったフリだったのか。
「ぁっ…アル兄、まさか覚えて…っ」
「さぁ、何の話しかな」
 今更のようにとぼけられてトリストラムの顔はますます赤くなる。
 口をぱくぱくさせながらも、これといった言葉が見つからない。
 言い返せない。
 結局、言い放てるのは情けなさいっぱいの捨て台詞。
「い、いつか覚えてろー!!」
 真っ赤な顔で言い放つ。
 せめて、そこに重なる心音が相手に聞こえずに済む事を祈りながら。




 此処は『夢の世界』。
 現実には続かず、残るものも無く、たった一夜の「心」に贈られる物語。

「貴方の一番欲しいものって何?」

 家族から。
 友人から。
 恋人から。

 そうとは表現出来ない“誰か”から、貴方が一番欲しいものは。


 十二月の奇跡の夜。
 白銀の結晶が舞う世界で、貴方が貴方と見る夢は――……。




 ―了―

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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・mr0058/トリストラム・ガーランド様/男性/17/専攻:精霊友達学/
・mr0768/アルバート・ピアソラ/男性/19/専攻:幻想装具学/

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回はクリスマスノベル【we wish…】へのご参加、まことにありがとうございます。
お届けまで少々お時間を頂いてしまいましたが「待っていて良かった」と思っていただける物語に仕上がっていれば幸いです。
色々と妄想が膨らんでしまい、自分を自制させるよう頑張りました。^^;

お気に召して頂けます事を切に祈ると共に、また別の機会にもお逢い出来ます事を願って――。
年の瀬の忙しい時期ですが、くれぐれもお体はご自愛下さい。


月原みなみ拝

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学園創世記マギラギ
2007年12月25日

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