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『モノクロームの朝 』
海原・みなも1252)&(登場しない)


 気圧配置は西高東低。空の青は淡く雲は薄く、風は乾いて冷たい。絵に書いたような冬の気候だ。
 そんな空の下を、透明な朝の光の中に白い息を咲かせながら、海原みなもは歩いていた。
 今日は、早朝からアルバイトの予定が入っている。内容は花屋の売り子さんで、店舗の前に正月飾り用の柳や裏白を売る露天を出す為の、臨時募集だった。忙しいし、外の仕事で寒いから覚悟しておいて、というのが先方からのお達しである。服装もそれに備えてパンツスタイルにしてあった。
「……今年ももう終わり、ですね」
 みなもの小さな呟きが、白く色付いて北風に散る。
 師も走る月であるが、みなもには走る必要はなかった。初めて行く場所だからと、用心して早めに家を出たのだ。初めての道を、ゆっくりと散歩気分で眺めながら歩く程度には、時間の余裕があった。
 みなもの歩調にあわせて、白いロングダッフルコートの裾が揺れる。そのポケットから、みなもは一枚の紙を取り出した。今日のバイト先までの地図だ。
 次の目印は、とみなもは地図を目で追った。そろそろ、右手に寺が見えてくるはずだった。
「お寺……ああ、あれですね」
 探すまでもなく、大きな山門が右手に立っていた。
 地図を片手に、みなもはその前を通り過ぎる。寺は小高い山の上に建っていて、その背後の山肌に沿って墓地が設けられているのが見えた。
 黒っぽかったり白っぽかったり、明度はさまざまであれど同じ灰色の石の群れが、朝日に照らされている。
 そこだけ、まるで光と影だけで描かれた色のない世界のよう。
 みなもが思った時、ふと、何かの気配を感じた。
「はい?」
 足を止め、振り返る。名前を呼ばれた気がしたのだ。
 歩道の上に、ぽつりと小さな何かが立っている。
 色褪せたドレス、白磁の頬。茶色の巻き毛に結んだ茶色のリボンは、みなもが結んであげたもの。
 ああ、とみなもは声を上げた。
 雨の夜に出会った、不思議なアンティークドール。みなもの部屋に大人しく座っていたはずの彼女が、みなもを見上げて立っている。その、古びてくすんでいるはずの硝子の瞳が、濡れたような艶を取り戻し。
 鮮やかに、人形は時を遡ってゆく。
「お人形さん」
 歩み寄ろうとして、みなもは驚いた。脚が動かなかった。否、動かない、というのとは違う。動かすことはできるのだけれど、硬い何かに縛り付けられたように邪魔をされるのだ。腕を上げようとすれば、がち、と硬い感触が肘を固定している。
 みなもは息を呑んだ。
 白かったダッフルコートが灰色を帯び、まるで石のように硬化しているのだ。見えないけれど、恐らく下肢につけた服も同じようになっているのだろう。
 ずしり、と全身に重みを感じる。本当に石のようだ。衣服の重みにみなもが悲鳴を上げそうになったその時。
 パキン、と小さく音を立ててコートの袖口にひびが入った。
 まるでそれが合図だったかのように、衣服の全てが石のように砕け散る。
 石の衣から開放された裸の肌が、朝日に照らされた。しかしそれは、瞬きをするほどの間のこと。
 砕け落ちた破片が、再びみなもの肌に貼り付く。重く硬いその感触。胸の中まで重苦しくなるような。
 石の破片が、みなもが着ていたものとは全く違う服を形作ってゆく。
 白い大きな襟、さらりと身体に沿うラインの、灰色のワンピース。その上に同じ布地で出来たウエスト丈のケープがふわりとかかった。スカートはたっぷりしていて、裾が長く、足首まで隠れる。
 教会のシスターが着ている服を、みなもは一番最初に思い出した。
 しかし、それならワンピースと同じ灰色の布地で出来たヴェールが髪を隠すだろう。みなもの頭には灰色のレースでできたヘッドドレス。そこから黒い紗のヴェールがふわりと降りて、目元を隠す。
(これは……喪服、でしょうか)
 例えば、主人を亡くしたメイドが、喪に服するために着るような。そんな衣装のように思えた。
 紗のヴェールで暗く翳った視界。そこに、お人形さんが立っている。
「……大丈夫よ。私は大丈夫」
 みなもの唇から、言葉がこぼれる。それは、人形の二番目の持ち主となった、メイドの言葉。人形のもつ、過去の記憶の中の出来事。こうなるともう、動作も言葉も、みなもの意思から発しているものではない。
「さあ、行かなくてはね」
 みなもは、人形を抱き上げた。
 しゃら、とその手首から涼やかな音がした。袖口から零れ落ちたのは、灰色の石を磨いた数珠の鎖。その先に銀の十字架が揺れる。ロザリオだ。
 ロザリオを握り締めたみなもが、人形と共に抱きかかえているのは、白い百合を束ねた花束。
 みなもは一歩脚を踏み出す。足首で、スカートの裾が揺らめく。
 踏みしめたのはもはやアスファルトの歩道ではなく、玉砂利の敷き詰められた道だった。
 みなもが一歩進むたび石の鳴く音が広がり、平凡な日本の道路の光景が色をなくしてゆく。
 人形と花束を抱いたみなもの周囲に、次々と硬質な影が浮かび上がった。白や灰色の石の群れ。それらは、生を終えた人々の眠る場所を示すもの。
 そこは墓地だった。
 黒いヴェール越しの視界は暗く、灰色の光景がいっそう翳(かげ)って見えた。
 砂利道が途切れ、ふわりと、みなもの爪先が柔らかな芝生を踏んだ。地面だけが鮮やかな緑色で、色のない光景を一層際立たせる。
 芝生の上を、みなもは更に進んで行った。足を止め、背筋を伸ばした時、その目前のには二石の墓標があった。
「ご無沙汰いたしまして、申し訳ございません」
 みなもは深く頭を垂れた。墓標に刻まれているのは、彼女に人形と財産の一部を残した男の名。その隣に寄り添うように立つ、少し小さな墓標には女の子の名前が刻まれていた。その下に刻まれている、生年と没年との差はわずか十年。それは、幼くして先立った、男の娘の墓標だった。
墓石と地面との際には雑草が生え、石はくすんで苔むし始めている。その様子は、管理人が最低限の手入れを施しているだけで、この墓を訪れる者がなかったということを示していた。 
 寂しい微笑を浮かべ、みなもは芝の上にお人形を座らせた。
「少し、待っていて下さいね」
 膝をつき、墓石の周辺を整える。爪の間に砂が入るのも厭わずに、みなもは草を取り、石を磨いた。
 同じ苗字の墓石は二つきりだった。男の妻、娘の母の墓標はここにはない。
 奥方はさる名門の出で、男とは結婚を反対された末の駆け落ちだったのだという。娘が生まれたばかりの時に、奥方は父母により実家に連れ戻され、やがて心を病み亡くなったのだそうだ。だから、奥方の墓は別のところにある。
 みなもは墓前に花束を捧げた。清楚な香が、風に乗り舞い上がる。白い百合は男の好きな花で、それは奥方の好きな花でもあったと言う。
「旦那様。私とこの子は、安らかに暮らしています。どうか、安らかに」
 ロザリオを手にかけ、みなもは祈った。
 男の元には赤ん坊の娘のみが残され、男はたった十年で、その娘すらも失った。男が、悲しみを癒すために正気を失い、人形を娘と思い込みいとおしんでいた間も、そこに妻の面影を見ていたことを、みなもは――メイドは知っている。
 顔を上げ、一礼すると、みなもは再び人形を抱き上げた。 
「せめて、天国でご家族三人、……幸せになさっていますよね?」
 人形の頬に、頬を寄せる。
 冷たい陶器の頬が濡れているのは、みなもの涙なのか、それとも――。


 気が付けば、みなもは元の服装で、人形を抱いて、寺の山門の前に立っていた。
「お嬢さん、どうかなさいましたかな?」
 掃除に出てきたらしい作務衣姿の住職に、心配げに声をかけられて、みなもは自分の頬が涙で濡れていることに気が付いた。
「いいえ。……いいえ、なんでもありません」
 コートのポケットから出したハンカチで頬を拭い、住職に一礼すると、みなもは再び歩き出した。
 腕時計を見ると、アルバイトには充分に間に合う。泣いた目が脹れないように顔を洗って、身支度を整える余裕もあるだろう。
 どことも知れない墓地の風景を思い出し、みなもは小さく鼻をすすった。資産家の男が亡くなったのは冬。もしかしたら命日が近いのかもしれないと思う。
「お墓参りは無理ですけれど。お花を……せめて、帰りにお花を、買って帰りましょうね」
 みなもは、お人形を抱き締めた。
 お人形さんの茶色の巻き毛から、微かに百合の残り香がするような気がした。



+++++++++++++++++++++++++++++++END. 







<ライターより>
いつもお世話になっております。
今回はお墓参りということで、どんなメイドさんにしようかと色々と調べているうち、シスター風メイドさんというものに行き当たりました。喪服の風味も取り入れてヴェールもつけてみたので、肌の露出は前回よりも更に低く、ストイックになりました。
メイドさんとお人形さんのお話をまた少しひろげてみたのですが、イメージとそぐわない部分などありましたら申し訳ありません。
ご依頼、本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月21日

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