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『聖誕祭の怪人 』
ラン・ファー6224



1.
 目を開くと、そこにはあるものには懐かしく、別のものには話としてだけは聞いたことがあるような世界が広がっていた。
 セピアカラーで彩られた町並み、いくつもある入り組んだ路地。周囲にある建物も何処か懐かしい雰囲気を漂わせたものばかりだ。
 いったい此処は何処だろうと疑問を浮かべたとき、それを遮るように声が聞こえてきた。
「大変だー!」
 すっとんきょうなその叫び声でその場にいた人々は怪訝な顔になる。
 サンタと聞いて誰もが思い浮かべるような衣装の少女は、慌てたように周囲の者に大変だと何度か言ってから次の言葉を叫んだ。
「プレゼントが盗まれちゃった!」
 その声を合図にしたかのように、空からくぐもった声が人々に向かって放たれた。
『その通り、プレゼントはいただいた』
 まるでショーか何かのように時代がかったそんな台詞と共に、現れた『怪人』は、やはり何処か懐かしさを感じるような黒いマントで身を包み仮面を付けた男だ。
『プレゼントはいただいた。諸君、さらばだ』
 やはり芝居がかった口調でそう言い放つと、大きな白い袋を持って怪人はその場から消え去っていくのと少女が人々に口を開くのはほぼ同時だった。
「早く追いかけて捕まえなきゃ! あの中に皆に渡すプレゼントが入ってたの! 絶対取り返してね!」
 少女はやはりショーの司会のような口調で人々にそう言った。
 そう言われた三人の反応はといえば、それぞれ異なるものだった。
 真っ先に口火を切ったのは、突然目の前で起こった出来事に付いていけず一瞬ぽかんとした顔をしていたレナだ。
「ひっどーい!! 泥棒はいけないんだから! っていうか、あたし宛のプレゼントもあったってことじゃないの!?」
 此処がどういう世界なのかは完全に理解しないまでも、目の前にいるサンタの姿をした少女、エファナが言った台詞の意味は察したらしくそう怒りながら逃げた怪人の代わりとばかりにレナはエファナにそう噛み付いた。
「わ、私に言われたって……盗ったのはさっきの怪人だから早く怪人を追いかけなくちゃ!」
 レナの剣幕に気圧されながらもショーの進行に努める係員よろしくエファナは仕切りなおすようにまたそう言い、なおも怒りが収まらない様子のレナを宥めるように今度はシュラインが口を開く。
「どうやら、私たちが協力してさっきの怪人さんを捕まえてプレゼントを取り返さなきゃいけないようね。じゃないと、この世界からは出られないんでしょう?」
 怪異に巻き込まれることには慣れているシュラインはそう言いながら悪戯っぽい笑みをエファナに向けた。
 この世界自体に悪意がないことはエファナや先程逃亡した怪人の様子からすでに理解しているらしく、事務所に持っていく良い土産話ができたと考えているらしい。
「というわけだから、一緒にプレゼントを取り返しましょう」
 にっこりと笑いながらシュラインがそう言い、レナも勿論と頷いてみせる。
 と、そこでふたりと一緒に事の成り行きを眺めていはしたが、この世界がどのような場所なのかもプレゼントが奪われたというエファナの言葉もどうでも良かったらしいランが興味を持ったのはただひとつのことだった。
「なんて素晴らしい格好をしているのだ! その衣装をよこせ!」
 どうやら、怪人が身に纏っていた黒マントやその他装束がいたく気に入ってしまったらしく、プレゼントよりも何よりもそれを手に入れることに対して闘志を燃やしてしまったようだ。
 そんな言葉にシュラインとレナ、そしてエファナが呆気にとられている間に、ランはいち早く怪人が逃げ去ったほうへと駆け出した。
「待ちなさいよ! あたしだってプレゼントを取り返すんだから!」
 その後をレナが箒に乗って慌てて空から追い、シュラインが必然的に地を走る。
 こうして怪人対異世界に放り込まれた三人の追跡戦が開始されることとなった。


2.
「ねぇ、空からは何か見えるかしら」
 走りながら路地に並ぶ家々から何かを失敬しつつ、シュラインは空から怪人の姿を探しているレナに声をかける。
「何処にも見えないわ。もう、何処に隠れてるのよ!」
 早くプレゼントを取り返そうと躍起になって探しているレナの返事にやっぱりそう簡単には捕まってくれないのかしらと考えながらシュラインはいま調達した物を地面に並べ細工を開始する。
「何してるの?」
 その様子に気付いたレナがシュラインの様子を興味深げに見下ろしていることに気付き、シュラインはにっこりと笑って準備が整ったものを見せた。
「闇雲に探すよりもこういうものを使ったほうが効果的でしょう?」
 そう言って見せたのはロープやシーツ等で作られた簡単なトラップだ。
「なんだ? おもしろそうなものを作ったみたいだな」
 先に駆け出していたランもいつの間にかその場に現れてシュラインが作ったトラップを興味深そうに眺めている。
「あら、先に追いかけたんじゃなかったの?」
「うむ、走ったは良いが何処に逃げたのかをまったく見ていなかったのでな。すっかり見失っていたところだ」
 どうやらまったくの手がかりなしにただ駆け出していたらしいが、それを悪びれるでもなくあっさり言い放ちながらランはシュラインのトラップを手に取った。
「これを奴が現れそうな場所に仕掛けるという作戦だな。良い手だ、気に入った」
「じゃあ、仕掛けるのを手伝ってくれるかしら」
 いつの間にか指揮官になったような口調のランに対し、シュラインは気にした風でもなくそう頼む。
「よし、任せろ」
「じゃあ、あたしはあたしで別の罠も用意するわね」
 そう言ったかと思うと、シュラインとランには聞き覚えのない呪文らしき言葉をレナ口にした途端、空中に巨大な網が現れた。
「それも使えそうね。あの怪人さんだいぶ身軽なようだから屋根の上に設置して頂戴」
「ほう、なかなかおもしろい芸を持っているな」
「芸じゃないわよ!」
 作戦を練っているシュラインの横からそんな少々ずれた言葉を口走ったランに対してレナはそう反論しながらも、怪人が現れそうなスポットに網を設置する。
 ランのほうもシュラインが用意したトラップを設置しだした、のは良かったのだが気が付けばシュラインたちを取り囲むようにトラップが張られてしまっており、慌ててシュラインがそれを修正する。
「ちょっと、これじゃ私たちが此処から出られなくなっちゃうでしょ」
「そうか、それでは困るな。よし、ではお前がベストだと思う場所へ設置してくれ」
 どうやらトラップを設置してみたかっただけらしく、その用途までは考えに入れていなかったらしいランはひと通り興味を満たすとあっさりシュラインにそれを一任した。
 どうもかなりマイペースな性格らしい。
 そんなやり取りがありはしたが、その後シュラインが計算した場所への設置にはランも手伝い、高所の部分にはレナがトラップを張ったりと意外にも三人の息は合っているようにも見えた。
「よーし、これであの怪人を此処に誘い込んで捕まえればプレゼントを取り返せるわね!」
「うむ、あの衣装は是非手に入れたいからな。しかし、まずは奴の潜伏先を突き止めて此処へ誘い込まなければならんな」
 マイペースではあるがまったく何も考えていないわけではないランの言葉に、シュラインは自分に任せろとでも言うようにくすりと笑った。
「それなら大丈夫。怪人さんの足音は記憶してるわ。その音で隠れている場所がわかるはずよ」
「なんだ、それならば最初からそうすれば良かったではないか」
「でも、音がわかってもここまで入り組んでると見つけにくそうね」
 レナはそう言いながら空からじっと周囲に視線を配る。
「そうね。でも、この世界はさっきの女の子の口振りから想像すると一種のショーみたいなもののようだから、そこは怪人さんだってわかってるんじゃないかしら」
「ふむ。つまり、ある程度私たちが準備をした頃には、奴は必ず出てこなければならんということだな。何事にも段取りというものは付きまとうものだ」
 ランのそんな少々夢のないような発言を聞いて、というわけではないだろうが、まるでタイミングを計ったかのように先程聞いた芝居がかった声が周囲に響き渡った。
『どうした、諸君。プレゼントは諦めたのかな』
「素晴らしい、見事な段取りだ」
 その言葉に対しては誰も返事はせず、シュラインとレナは声がしたほうへと向かっていった。


3.
 屋根の上に黒マントで身体を覆った怪人の姿はあった。
 三人と対峙している姿は懐かしい探偵小説に現れそうな『怪人』のままだ。
「ようやく見つけたわよ! プレゼントを返しなさい!」
『取り戻したければ見事私を捕まえてみることだ!』
 レナのそんな言葉に怪人は笑いながら身を翻す。
 やはりレトロなそんな雰囲気の中、三人が協力して怪人を仕掛けたトラップへと誘導していく姿もまるで探偵小説の登場人物のように見える。
「あなたは空から追い込んで! 下からも挟み撃ちするわ!」
 羽根が生えているような身軽さで屋根の上を飛ぶように移動する怪人を追いながら、シュラインがそう指示する。
「もう、さっさと捕まりなさいよ!」
 焦れたようにレナはそう怒鳴り、再び先程と同じ呪文を唱えると新たな網を作り出し、怪人に向かって投げつける。
 が、それを怪人はするりと避け、別の屋根へと飛び移る。
「きゃっ!」
 その軌道を追おうとしたレナが突然悲鳴をあげた。見れば、先に仕掛けておいた網に自分が捕まってしまっている。
「大丈夫?」
「頭にきた! 絶対に捕まえなきゃ気がすまない!」
 すぐに網から脱出したレナはそう叫ぶとスピードを上げて怪人を追い込んでいく。シュラインとランもそれに倣う。
 やがて、徐々にだが確実に怪人はシュラインたちの計算したとおりの場所へと向かっていく。
 それでもひょいひょいと怪人は巧みにトラップを抜けていき、素直に捕まってくれる気配はない。
「あなた、さっきの網みたいなものもう一度出せる?」
「出せるけどどうするの?」
「私が合図したら同時に相手に投げて!」
 そう言いながらシュラインは設置していたものとは別に用意していたトラップを構える、それに気付いたらしいレナも網を張る準備をする。
「1、2……3っ!」
 シュラインの合図で上空からレナの網が、地上からはシュラインの投げ縄状にしたロープが怪人に向かって放たれる。
『うわっ!』
 流石にそれは避けきれなかったらしい怪人は頭から網をかぶり、足に絡まったロープのために屋根から落下する。
「これ以上はもう逃げられんぞ」
 そこへ待ち構えていたように立っていたランが構えた扇子を怪人に向かって振り下ろした。
 途端、ゴツッという扇子で殴られたにしては鈍く重い音が周囲に響く。
『いたたたた!』
 頭を抱えながら頭にかぶった網をそのままに怪人が蹲っている場所へシュラインも近付き、レナも地上へと降りて三人で怪人を取り囲む。
「さぁ、もう観念してプレゼントを返しなさい!」
「その衣装を渡してもらおうか」
「怪我はなかった? ごめんなさいね、でも捕まえないと事務所に帰れないの」
 三者三様の言葉を投げかけられた怪人は先程までの威勢は何処へやら、すっかり観念した様子で三人の顔を見渡すと高らかに笑いながら叫んだ。
『今回は……私の負けだ!』
 途端、怪人の身体が風船のように破裂する。
 破裂したように三人には映ったが、それと同時に周囲に紙吹雪が舞い落ちる。
 怪人の姿は跡形もなく消え去り、その場にはいくつかのプレゼントらしいものが入った箱、そしてランの希望通り黒マントもしっかりと残されていた。
「……あの怪人さん自体がプレゼントだったのかしら?」
 シュラインのその言葉を待っていたように、三人に向かってパチパチと拍手の音が鳴り響いた。


4.
 何事かと周囲を見渡すと、先程まで誰もいなかったはずの家屋の窓から笑顔を浮かべた人々が三人に対して拍手を送っている。
 まるで素敵なショーを見終えた観客のような笑顔と共に、やはり何処に姿を隠していたのかエファナの姿が現れた。
「おめでとう! 無事プレゼントを取り戻してくれたのね!」
 シューの成功を祝うようなエファナの言葉に、シュラインたちはどうしたら良いのかわからないまま拍手と歓声をしばらく浴びることになった。
「あっ、あたしのプレゼントはどれ!?」
 思い出したようにレナがそう言って箱を見渡せば、『レナ・スウォンプ』と流れるような文字で書かれた箱がきちんと置かれていた。
 中を開ければレナが身に纏っている服にぴったりのネックレスが『Merry Christmas!』というメッセージと共に入っていた。
 ランはというと、先程まで怪人が身に纏っていた男物のレトロな黒マントを早くも小脇に抱え込んでいる。
「これで私たちは元の世界に戻れるのかしら?」
「勿論! 楽しんでもらえた?」
 エファナの言葉に、三人は三様の答えを返す。
「えぇ、素敵なクリスマスプレゼントをありがとう」
「うむ、なかなか楽しい催しだったな」
「プレゼントがもらえたからオッケーにしてあげる」
 その言葉を受け、エファナは笑顔のまま大きく手を広げた。
「それじゃあ元の世界でも素敵なクリスマスを! さぁ、最後にもう一度素敵な活躍を見せてくれた彼女たちに拍手をどうぞ!」
 それを合図に割れんばかりの拍手がまたも降り注ぎ、三人は笑いながら軽く礼を返した。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3428 / レナ・スウォンプ / 20歳 / 女性 / 異界職
6224 / ラン・ファー / 18歳 / 女性 / 斡旋業
NPC / エファナ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ラン・ファー様

初めまして、ライターの蒼井敬と申します。
この度はクリスマスの特別イベント(ショーでしょうか)に参加いただきありがとうございます。
プレゼントやショーよりも怪人そのものに興味を示し、無茶苦茶な行動を取るとのことでかなりマイペースな行動をしながらも、他の方々と協力もしつつ怪人を捕まえるという催しとなりましたが楽しんでいただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
蒼井敬 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月17日

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