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『ポインセチアの花言葉 』
一条・里子7142)&矢鏡・慶一郎(6739)&(登場しない)

「北海道に比べると、やっぱり十二月でも暖かいわ」
 花屋のパートからの帰り道で、少しだけ吹いてきた風に目を細めながら、一条 里子(いちじょう・りこ)は、ポインセチアの鉢が入った袋を手に提げながら、よく晴れた空を見上げた。
 今年の春に東京に引っ越してきたのだが、北海道の気温に慣れていると、外の寒さもそう感じない。ただ家の造りはかなり違うので、壁の厚さや暖房効率という点では、北海道の家の方が暖かい気がするのだが。
「札幌だと、クリスマスに暖房が効いた部屋でアイスケーキも良かったけど、こっちだと寒くなっちゃいそうね」
 そういえば、もうクリスマスだ。折角新居で迎えるのだから、クリスマスの可愛い飾りを作って、家に飾ったりするのはどうだろうか。手先は元々器用なので手芸は得意だし、ポインセチアも安く分けてもらったわけだし。
「早速本でも買ってみようかしら」
 こうなると決断は早い。どうせだから、おせちの本なども一緒に買ってしまおうか。そんな事を思いながら本屋に入り、何気なく雑誌などのコーナーに向かおうとしたときだった。
「兄さん?」
 バイクやホビー系の雑誌が置いてあるコーナーで、模型雑誌を立ち読みしている兄……矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)の姿を見つけ、里子は思わず本棚の影に隠れてしまう。
 思えば東京に越してきてから、慶一郎と一度話をしたいと思っていたのに、電話は出ないしメールの返事もない。何だかんだ忙しいと理由を付けられては、ずっと逃げられている。
 慶一郎は里子の存在に気付いていないのか、読んでいた雑誌を持ってレジに向かった。
「今なら確実に忙しくないわよね」
 今日は平日だし、制服姿でもない。ということは、多分休みなのだろう……多分、というのは、慶一郎がさぼっているという可能性があるからだ。
 これを取り逃がすわけにはいかない。今を逃すと、話が出来る機会がいつになるか分からない。
 雑誌が入った紙袋を小脇に抱え、店を出て行った慶一郎の後を、里子はポインセチアの花言葉のごとく、こっそりつけることにした。
 ポインセチアの花言葉は……『私の心は燃えている』

 自分に向けられている視線。殺気にも似た、何かの感情。
 慶一郎は自販機の前で立ち止まり、コーヒーを買った。特に飲みたかったわけではないが、一体何者が自分を見ているのかを知りたかったのだ。
「里子?」
 何故妹が自分を尾けているのか。
 軽く動揺し、慶一郎はコーヒーの隣にあるココアのボタンを押した。色々やっているので、尾行される覚えがないわけではない。そういえばつい最近も、メールや着信があったような気がするが、仕事が忙しいとか出張とか言って逃げた。ここで捕まれば、おそらく待っているのは説教で……ぞくっとしたのは、決して木枯らしのせいだけではない。
 だが、甘そうなココアの缶をポケットに入れながら、慶一郎は思い直した。
「いや、待てよ」
 よくよく考えてみれば、里子は素人で自分はプロだ。尾行に気がつかない振りをして、里子を撒くのは容易い。現に今だって気付かない振りは完璧だ。
「前略、妹様……貴女の兄はプロなのですよ」
 心でそう呟くと、慶一郎は素早く行動を開始した。木は森に隠せというが、人は街に隠す方が見つからない。東京という街は、その点大変ありがたい。
「………!」
 慶一郎が歩き出したのを確認し、里子も後を追う。
 昼下がりの街は、昼食を食べに出たサラリーマン達でごった返している。そんな中を慶一郎はすいすいと歩いていくが、慣れていない里子はなかなか上手く尾けられない。そのうち角を曲がられたり、曲がった角に何故か空き缶が転がっていたりして、気がつくと里子は慶一郎を見失っていた。
 ちなみに、空き缶を転がしておいたのは慶一郎だ。里子の性格上、道にゴミがあったら拾ってしまうのはよく分かっていたので、それを利用させてもらったのだ。
「やられたわ」
 慶一郎にまんまと逃げられてしまったのに気付いた里子は、空き缶をくずかごに捨てながら静かに闘志を燃やしていた。
 おそらく、慶一郎は自分に気付いていたのだ。そうでなければ、何故こんな何もないところを曲がったのか。 
「兄さん……逃がすわけにはいかないの!」
 燃え上がった炎が、心の中で温度を増していく。
 里子はぎゅっと拳を握ると、普段の主婦モードから「霊感主婦りっちゃん」モードへと変化した。普段は余計なトラブルに巻き込まれたり、悪いものを見ないようにセーブしているのだが、無意識のうちにフルパワーになっている。こういう所は兄妹似ているのかも知れない。
「行きます!」
 意志の強そうな瞳が、キッと前を見据えた。その瞬間、現実の「目」だけではなく、霊視の力が働き、辺りにいる精霊や、水を含んだ風などが、慶一郎の通った後を里子に教える。
「みんな、兄さんの行きそうな所を私に教えて。今日は問答無用です!」

「さて、久々にクレーンゲームでもするかな」
 少し先にゲームセンターの看板を見つけた慶一郎は、何気なくそう呟いた。この季節は、クリスマスバージョンのぬいぐるみなどが出ていたりする。自分で集めているわけではないが、クレーンゲームもある程度極めると、財布に小銭があるとなにげにやりたくなったりするのだ。
 今は何のプライズが人気だろうか……そう思いながら、入り口横にあるゲームの景品を見ようとして、慶一郎は足をピタリと止めた。
 首の後ろがチリチリするような緊張感。この先に進むと、危険が待ち受けているという気配。
 そっと中を覗いた慶一郎が、冷や汗を掻いたとしても無理はない。中では里子が難易度の高そうなクレーンゲームの前をうろうろしていたのだから。
「……逃がさないわよ」
 能力をフルで使った里子は、慶一郎が来そうな所に先回りしていたのだ。それに気付いた慶一郎は、その場をスルーして足を速める。
 ここは何とかして逃げねばならない。だがその後も里子は、次々と慶一郎が行こうとした場所に先回りをしていた。
 模型屋、ホームセンター、お好み焼き屋にレンタルショップ。自分の行く先々で、里子が張り込んでいる。
「逃亡者の気分だ」
 おかしいと思いながらも、慶一郎は狡猾に里子の監視の目をすり抜ける。模型屋は自分の趣味を知っている里子なら予測はつくだろうが、レンタルショップは流石に変だ。別にDVDをよく借りたりするわけではなく、棚が多くて撒きやすい所を選んだはずなのに。
「そういえば、里子は昔から勘が異常に鋭かったな……」
 これだけ先回りされるという事は、次も先回りされると考えたほうが自然だ。今まではまだ逃げられるところだったが、下手に狭い場所に行ったりすると追いつめられる。
「考えろ……自分は敵をよく知っているはずだ」
 里子の性格は、自分が一番知っている。だからこそ、最初に逃げたときに空き缶を置いていったのだ。だったら、次もそれを利用するしかない。
 里子では入り込めない場所……ならば、次の舞台は新宿歌舞伎町の風俗エリアだ。
「さて、どうする? 妹様……」
 くつくつと何故か楽しそうに笑いながら、慶一郎は歩いて行く。

「……っ!」
 また逃げられてしまった。
 今まで何度も先回りしているのに、上手い事監視の目をすり抜けられてしまう事に里子はおかんむりだった。
 ここまで重なれば、偶然では済まされない。慶一郎は、自分が追っていることを知りつつ逃げているのだ。しかも全力で。
「次は、どこに向かうつもりなの?」
 イライラしつつも意識を研ぎ澄ますと、おぼろげに慶一郎が残していった思考の残り香が見えてくる。
 黄色い照明のゲート。たくさん歩いている人、人、人。
 そして肌色とピンク率のやたら高い看板……うっすら見える看板には「新宿」と書かれている。
「あの馬鹿兄!」
 平日の昼間から、新宿の風俗エリアに向かうとは。それが自分の兄だと思うと、怒りの炎が更に燃え上がる。流石にいい歳なので、義姉に操を立てろとか言うつもりはないが、何も昼間からそんなところに……。
 ……もう容赦しない。
 里子は怒りのオーラを漂わせながら、慶一郎の後を追った。

 歌舞伎町の猥雑さは、慣れるとなかなか楽しいものである。雑居ビルの非常階段に隠れながら、慶一郎は楽しそうに口元に笑みを浮かべながら、里子を待ち受けた。
 実戦経験からの勘だが、これがおそらく最後の戦いだ。ここでどう出るかで勝負が決まる。
「クックック……真面目な性格のお前では、ここに入ってはこれんだろう」
 だが、里子の姿を見つけると、慶一郎は陰に隠れた。
 ……やばい。
 非常にやばい。
 里子の全身から漂う怒りのオーラに、流石の慶一郎も余裕を見せられない。かといって、ここで動けば自分の居場所を知らせることになる。後は気配を消して、嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。
 しかし、しばらくするとその状況が変わった。
「……里子?」
 里子がガラの悪そうな外国人二人に絡まれている。髪と目の色を見て日本人だと思わずに、どこの国から来たかとか、何処か遊びに行かないかとか、かなりスラングの混じった英語で話しかけている。
「えっ……」
 里子もある程度なら英会話は出来るのだが、早口だし、発音に癖があって何を言っているのか分からない。傘を持っていればもっと強気でいられるのだが、今日は天気が良いのでそれもないし、第一体格が違いすぎる。ポインセチアの鉢は、流石に振り回すわけにいかない。
 ……どうしよう。
 足が竦む。慶一郎を追うのに夢中で、こういう危険を失念していた。
「………」
 あんな心細そうな里子の表情を見て、これがチャンスと逃げられる訳がない。こんな事になったのは、ここに来た自分が原因だし、第一妹のピンチを兄が助けなくてどうする。
「パソコンの父曰わく『未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである』……蒔いた種は刈り取らないとな」
 がっくりと肩を落とし、溜息を一つ。
 今日は大人しくお説教を受けることにしよう。慶一郎は非常階段から出ると、二人に向かって声を掛けた。
「俺の妹に手を出したら、日本で暮らせなくなるぞ」
「……?」
 慶一郎は庇うように里子と二人の間に入り、英語で何かまくし立てる。その後ろ姿を見て、里子は思い出した。
「お兄ちゃん……」
 子供の頃……霊が視えたり、声が聞こえたりしていたせいで「嘘つき」とか「お化け女」とか言われて苛められていた時、真っ先に駆けつけて助けてくれたのは慶一郎だった。
 こうやって自分の前に立ち、背が高い相手にも食って掛かっていったのは、いつもいつも慶一郎で……それを思い出し、里子の目頭が熱くなる。
 しばらくすると、二人はなにやらぶつぶつ言いながら離れていった。慶一郎はふぅと溜息をつくと、里子の方に振り返る。
「大丈夫か?」
 会ったら絶対説教してやろうと思っていたのに、すっかり毒気が抜けてしまった。言いたいことは色々あったけど、今日は勘弁してあげよう。
 それにポインセチアの花言葉は、一つだけではない。『聖なる願い』……本当は、こうやって仲の良かった頃に戻りたくて。
 里子はにこっと笑うと、いきなり慶一郎の腕を取った。
「お兄ちゃん、ご飯食べに行こ!」
「は?」
「私が奢るから。久しぶりに、お好み焼きでも食べない?」
 突然笑顔になった里子に戸惑いつつも、慶一郎は小さく息を吐く。
「じゃあ、美味しい店知ってるからそこに行くぞ」
 十二月の柔らかな日差しが、二人を祝福するように降り注いでいた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7142/一条・里子/女性/34歳/霊感主婦
6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月14日

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