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『走り出す心 』
望月・健太郎6931)&弓槻・蒲公英(1992)&草間・零(NPCA016)


 ひそひそ、くすくす。
 自分を見ながら聞こえる笑い声に、望月・健太郎(もちづき けんたろう)は怪訝そうに辺りを見回す。
(やっぱ、俺を見てるよな?)
 健太郎は軽くむっとしながら、席に着く。すると、数人のクラスメイトが「よっ」と言いながら、健太郎を取り囲んだ。
「健太郎、お前なかなかやるじゃん」
「なんだよ?」
 にやにやと笑いながら話しかけるクラスメイトに、睨み付けながら健太郎は尋ね返す。
「誤魔化さなくていいんだぜ?」
「何を?」
「お前、弓槻・蒲公英(ゆづき たんぽぽ)が好きなんだって?」
 クラスメイトの言葉に、健太郎は顔を一瞬のうちに赤くする。
「お、赤くなったじゃねーか」
「やっぱり本当なんだな? ひゅー、やる!」
「うるせぇな!」
 健太郎は、ばん、と机を叩いて立ち上がる。すると、クラスメイト達は「あー怖い怖い」といいながら、くすくすと笑う。
「隠さなくっていいんだぜ? ちゃんと、知ってるんだからよ」
 クラスメイトの言葉に、健太郎は「あ」と言葉を漏らす。
(聞かれたんだ)
 ちっ、と小さく舌を打つ。
(あの時、俺が蒲公英を好きだと言ったのを、聞かれてたんだ)
 蒲公英に好きだと言う直前まで、クラスの女子達がいた。蒲公英にちょっかいを出していたから、話を逸らして何とかその場を収めた。だが、それだけだ。
 その後、周りを確認することなく蒲公英に好きだと言ってしまった。他に誰か聞いているかもしれない、何て事を思うことも無く。
 あの時は、頭の中が赤く赤く染まっていたから。
(くそ)
 健太郎は、心の中で毒づく。思い返すだけで、頭の中が赤く染められていくかのようだ。
「お前、妙に弓槻にちょっかい出してたもんな」
「気を引こうとしてたのかよ」
 あはははは、とクラスメイト達が笑った。ちょっと前まで一緒に悪ふざけして、遊んでいた男子が、別に敵意なんて持ってこなかった女子が。あっという間に、自分の敵となってしまったかのようだ。
 健太郎は、ぐっと拳を握り締めた。その時、がらり、と教室のドアが開き、蒲公英が入ってきた。それを見て、クラスメイト達はより一層「おおお」と声を上げる。
「奥さんのご登校だぜ!」
「ああ、あっついあっつい」
 クラスメイト達からくすくすという笑い声を浴びせられ、蒲公英はおどおどしながら一歩後ずさり、それから俯きながら席に着いた。クラスメイト達が更に蒲公英に何か言おうとした瞬間、教育実習生である草間・零が、担任と一緒に入ってきた。
「早く席に着いてください」
 零の言葉に、クラスメイト達は小さく舌を打ちつつ、席についていった。健太郎はほっとしつつも、ぐっと拳を強く握り締めた。
(何で、こんな風になっちまったんだ?)
 ぎり、と奥歯を噛み締めた。強く、強く。
 その日、学校が終わるとすぐに健太郎は教室を飛び出した。ランドセルを引っ掴み、何も言われないように。後ろは振り向かず、とにかく走った。
 途中、何人かのクラスメイトに何か言われた気がするが、必死で走ったために聞こえなかった。零ともすれ違った気がする。やっぱり何か言っていた気がしたが、聞こえなかった。
 健太郎は家に着くとすぐに自室に飛び込み、ベッドの上に倒れこんだ。
「畜生」
 小さな声で呟き、ぐっとシーツを握り締めた。ぎりぎりと握り締めていると、目頭が熱くなってきた。
 一体、自分に何が起こったのだろうか。ただ、言ってしまっただけだ。周りをよく確認もせずに、蒲公英に自分の気持ちを言ってしまっただけなのだ。
 それなのに、何故。
 健太郎は、思い出す。今まで自分が、蒲公英にやってきたことを。そしてまた、その行動を見ていたクラスメイト達の反応を。
「……そうかよ」
 そうして、気付く。今のこの事態は、今までの健太郎がした行動が招いた事なのだと。蒲公英に、ちょっかいを出していたから。
 健太郎は、ぐっと唾を飲み込む。喉の奥が熱い。目がちりちりして、涙がこぼれている事が分かった。
 うう、と小さく唸る。全ては、自分が招いた事。だからこそ、この状況は自分が受け止めなければならない。
「くそ」
 吐き捨てるように呟き、ぐっとシーツを握り締めた。いつまでも続く目と喉の熱に、また腹立たしさを抱えるのだった。


 数日後、学校は健太郎にとって相変わらずの場所だった。クラスメイト達の冷やかしが、そう簡単に終わることが無かった。毎日が憂鬱で、つまらない。
「……からさ、健太郎とあっついんだろ?」
 掃除中、ひゅーひゅー、というはやし立てるような声と共に、クラスメイトの声が聞こえた。クラス全員での校庭と中庭の掃除をしていた時である。
(また、俺の話題か?)
 健太郎は自嘲し、声のした方を見る。すると、そこにはクラスメイトの中でも率先して健太郎と蒲公英に絡んでくるグループが、蒲公英を取り囲んでいた。
 蒲公英は何を言われても、俯いたまま何も言わなかった。浴びせられる冷やかしの言葉に耐えるように、長い黒髪をさらりと垂らして俯いている。
(蒲公英)
 どくん、と心臓が撥ねる。
「何とか言えよ」
「いいんだぜ? いちゃいちゃしてもよ……!」
 どん、と一人の男子が蒲公英を突き飛ばした。蒲公英は小さく「あ」と声をあげ、ふらりと一歩後ずさる。そこに、また他の男子が蒲公英を突き飛ばす。
「きゃ……」
 体勢が崩れ、蒲公英はその場に座り込んでしまった。それを見て、男子達は一斉に笑った。どんくさいだとか、ばっかじゃねーだとか、ひどい言葉を口々に言いながら。
「やめろよ!」
 気付けば、健太郎は彼らの前に立ちはだかっていた。クラスメイト達は一斉に健太郎を見、にやにやと笑う。
「なんだよ、健太郎。彼女が大切か?」
 ひゅーひゅー、と再びはやしたててくる。健太郎はぐっと拳を握り締める。
(蒲公英にちょっかいを出していいのは、俺だけ)
 そう言ったのは、紛れも無く健太郎自身。
(俺だけが、蒲公英をからかっていいんだよ!)
 だからこそ、他の者が蒲公英をからかっていいはずは無いのだ。権利は健太郎だけにあると、蒲公英に言ったのだ。
 嘘をつけない。
 自分は、蒲公英に告白したのだから……!
「全く、本当にオアツイ……」
 ばきっ!
 男子は、最後まで言葉をいえなかった。言い終えるより前に、健太郎の拳が頬に入っていたのだから。
「なっ……何するんだよ!」
「いい加減にしろよ!」
 今度は、男子の方が健太郎を殴りつけた。それを受け、再び健太郎が殴りかかる。殴り合いの喧嘩だ。
 グループのリーダー格である男子が健太郎ともみあっている為、他の男子は半ば呆然とその様子を見ていた。もみあいの喧嘩に、気付けば健太郎たちの周りには輪が出来ていた。
「二人とも、やめなさい!」
 担任教師の叫び声に、ようやくもみあいの手は止まった。喧嘩をしていた二人が顔を上げた先には、怒りがにじみ出ている担任教師の顔があった。
「こっちに来なさい!」
 担任教師は二人の手を掴み、引っ張って歩き始めた。
「まずは保健室へ行きましょう。その後、ゆっくり話を聞かせてもらいます」
 連れて行かれる途中、ちらりと健太郎は蒲公英を見た。蒲公英は座り込んでいたその体勢のまま、健太郎たちを見ていた。
 その視線がなんだか気恥ずかしくて、健太郎は目を逸らす。担任教師に引っ張られている手が、妙に痛いように感じるのだった。


 形ばかりの「ごめんなさい」を言い終え、教室へランドセルを取りにいき、健太郎は大きなため息をついた。クラスメイト達は既に皆下校しており、また喧嘩の相手は健太郎よりも先に教室から出ていた。健太郎と顔を合わせるのは、ばつが悪かったのだろう。
「ついてねぇ」
 ぽつり、と健太郎は呟く。
 蒲公英にちょっかいを出していいのは自分だけと言ったのだから、嘘はつけないと止めに入った。最初は、ただそれだけだった。それなのに、気付けば相手を殴りつけていた。
 蒲公英を、突き飛ばしたから。
 嫌がっている蒲公英を、見たから。
 頭で考えるよりも先に、相手に殴りかかっていた。ついでに、担任教師にこってりと怒られ、反省を強いられた。
 再びため息をついた時、ガタ、と教室の扉から音がした。既に皆が下校してしまっているというのに。
 健太郎は、ゆっくりと音のした方を見る。すると、そこには扉の影からさらさらと風に靡く黒髪があった。
 長くて綺麗な、蒲公英の黒髪。
 扉の影から健太郎の事を見ていたのだと、すぐに分かった。
「蒲公英?」
 呼びかけると、ひょっこりと蒲公英が顔を覗かせた。蒲公英は「あの」と小さく声を出し、ゆっくりと健太郎に近づく。
「あの……健太郎さま……」
「なんだよ?」
 担任教師に引っ張られていく時の蒲公英の顔を思い出し、思わず健太郎は俯きながらぶっきらぼうに尋ね返す。蒲公英はびくりと身体を震わせ、それからぺこりと頭を下げた。
「ありがとう……ございました……」
「……え?」
 予想外の言葉に、思わず健太郎は顔を上げた。蒲公英も顔をあげ、それからさらりと黒髪をなびかせ、踵を返す。ぱたぱたと走り出そうとしながら。
「あ……待てよ!」
 思わず、健太郎は蒲公英の手を掴む。ぎゅ、と。
 しかし、その手は蒲公英によって振り払われてしまった。健太郎の方をちらりと見た後、きゅっと唇を噛み締めながら。
 健太郎の手は、呆気なく蒲公英から離れた。行く手を阻むものがなくなった蒲公英は、ぱたぱたと駆け出した。その場から、逃げるかのように。
「蒲公英……」
 呟き、ふと視線を下にやると、そこにはハンカチが落ちていた。真っ白で、綺麗なハンカチ。拾って確認すると、蒲公英の名が書いてあった。
「これ、蒲公英の……」
 健太郎は悩む。振り切られた手が、未だに熱い。
(だけど、返さねぇと)
 家ならば、分かる。PTAによる連絡網があるのだから、蒲公英の家ならば簡単に分かる。だが、どう返していいのかが分からない。
「あら、まだ残っていたんですか?」
 突如した声に、健太郎はびくりとしながらそちらを見る。すると、廊下に零がにっこりと笑いながら立っていた。
「……別に。怒られてたから」
 健太郎が言うと、零は「ああ」と言って微笑んだ。担任教師から、話を聞いたのだろう。ばつが悪そうに健太郎がむすっとしていると、零はゆっくりと健太郎に近づいた。
「怪我は大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
 零は「それは良かったです」と言い、ふと健太郎の握り締めているハンカチに気付いた。
「そのハンカチ……」
 零がそこまで言うと、健太郎は顔を真っ赤にしてからハンカチを隠した。その様子を見、察した零は優しく微笑む。
「ハンカチ、落として困っているのかもしれませんね」
「困っている……?」
「はい。ハンカチをどこに落としたのだろうと、探しているのかもしれません」
「だけど」
 健太郎は俯く。振り払われた手の感触を、どうしても思い出してしまうのだ。
 零は「大丈夫ですよ」と言いながら、にっこりと笑う。
「親切を踏みにじるような事を、蒲公英さんがする筈がありません。その事は、健太郎さんが一番よく知っているでしょう?」
 零の言葉に、健太郎はゆっくりと顔を上げた。
(蒲公英)
 健太郎は知っている。どれだけ蒲公英が優しくて、綺麗で、穏やかな空気を身に纏っているかを。
「俺……これ、返すよ」
「はい」
「今……じゃなくて、近いうちに」
「ハンカチは腐ったりしないから、大丈夫ですよ」
 健太郎は「うん」と頷いた。そうして、ハンカチをポケットにしまった。
(必ず、近いうちにハンカチを返す。蒲公英に、俺から)
 健太郎は零に挨拶をし、教室を出た。
 ポケットに入れたハンカチが、どことなく暖かな気がした。まるで静かに燃えているかのように。


<心に火がともり・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月14日

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