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『  枯葉色の午後 』
海原・みなも1252)&(登場しない)


 秋の連休、最初の一日。
「終りました!」
 自室で勉強机に向かっていた少女――海原みなもは、シャープペンシルを置いて顔を上げた。深い海のような艶の、長い髪がその背中で揺れる。
 ノートを畳んで、みなもはにっこり微笑んだ。思っていたよりも早く、学校の宿題を終らせることができた。
 窓辺には、柔らかな午後の陽光。外を見れば、パステルで描いたような青い空と白い雲。今日は、珍しくアルバイトの予定も入れていない。
 さあ、今日はこれからどうしましょう。思案しながら、みなもは部屋の中を見回した。
 すると、小さな青い目と視線が合う。茶色い巻き毛に、磁器の頬。ベッドサイドのテーブルに腰を下ろしている、舶来のお人形。
 まるで、みなもが宿題を終えるのを、いい子で待っていてくれたように思えて。
「そうだ。こんなに良いお天気ですから、日向ぼっこをしましょうか、お人形さん」
 みなもは優しく、彼女を抱き上げた。


 庭木の陰にガーデンテーブルを据えると、みなもはその上にお人形さんを座らせた。
「お庭、暖かいですね」
 語りかけながら、みなもは人形の髪を櫛で梳く。陰干しをしてあげるのは久しぶりだった。
 心なしか、お人形の顔は嬉しそうに微笑んでいるようだ。それは恐らく、みなもの気のせいではない。数奇な運命の後、長い時を経てみなもの許にやってきた、不思議なアンティークドール。
 これまでにも、その想いの中にみなもを引き込んで、一時の幻を見せてくれた。最初は驚き戸惑ったけれど、彼女の持つ記憶の切なさを知った今は、もう怖くはない。
 髪を梳き終わると、みなもは茶色の巻き毛にリボンを結んであげた。渋茶色の、別珍のリボンだ。
「新しいのを買ってみました。お気に召しましたか?」
 秋風が吹いて、庭に落ちた枯葉がみなもの足元を舞う。かさかさと鳴る音は、どこか物悲しい。
 もう一度強く、風が吹いた。舞い上がった枯葉が目の前をよぎり、みなもは反射的に目を閉じた。
「……あっ」
 次に目を開けた時、みなもは小さく声を上げた。
 時を経た、古いお人形。微かに曇ったそのガラスの瞳が、鮮やかな艶を取り戻していた。ビスクから皹(ひび)が消え、釉薬が輝く。色褪せたドレスの、フリルのほつれが消え、擦り切れたレースが再び編み上げられ。
 見る見るうちに、お人形さんは時を遡り――。
「きゃっ」
 ざっ、と音がした。再び、風だ。みなもの着ていた、ゆったりとした秋物のワンピースが揺れたかと思うと、ばらばらと糸がほつれるように裾からほどけて。
 無数の枯葉となって、舞い落ちた。
 裸の肌に午後の陽光が触れたのは一瞬のこと。舞い落ちた枯葉は再び舞い上がり、みなもの身を覆った。
 枯葉は、すぐに柔らかな布の感触に変わる。無数の枯葉が、その色のままに衣服になってゆく。
「あ」
 ぎゅ、と背中と肩を拘束されるような窮屈な感じがして、みなもは小さく息を呑む。身体にぴったりとしたラインの服なのだ。襟は高く、袖も身頃も細い。けれど、ウエストから鳥かごのようなラインを描いて降りたロングスカートは、ふんわりしている。渋い茶色の、大人のメイドさんの着る服だと、みなもは思った。
 手首には象牙色のカフス。よく見れば、葉脈を折り重ねたようなレースでできている。それと同じレースでできた丸いヘッドドレスが、ふわりとみなもの髪を飾った。
 そんなみなもの姿を、テーブルの上から、お人形さんは見ている。テーブルは白いクロスを引いた木製のものに変わっていた。午後の光に満ちた庭は、ゆっくりと壁に囲まれて、いつしか日当たりの良いリビングルームになる。
 人形を、亡くなった自分の娘だと思い込んでいた主人がこの世を去った後、お人形はその屋敷に勤めていたメイドに引き取られたのだと言う。「お嬢様」として人形を世話していたメイドだ。
 その日々の記憶だろうか。頭の奥で、みなもは思った。部屋は簡素だが清潔で、ゆったりとした午後の時間を湛えていた。お人形さんとメイドさんが過ごした、静かな生活を象徴するように。
 お人形の硝子の瞳の中で、みなもとメイドさんの姿が重なってゆく。みなもは誘われるままに、リボンを結んだお人形の頭を撫でた。
「よかった。新しいリボン、とても似合うわ」
 みなもの唇からは、自らの意思ではない言葉がこぼれる。
 お人形の瞳は嬉しそうに、しかし少し申し訳なさそうに揺れた。高価な品を買ってもらったことを申し訳なく思っているらしい、そのいじらしさに、みなもは笑みを浮かべた。
「いいのよ。あなたのためのお金は、充分すぎるほどあるの」
 メイドが引き取ったのは、人形だけではなかった。主人の財産の一部もまた、お嬢様をお世話するメイドに、と、彼女に譲られたのだ。一部とは言え、もともとが莫大な遺産。お人形とメイドが、つつましやかな生活を続けてゆくには、充分な額だった。
「もうすぐ秋も終わりだから、北風が吹く前に、暖かい耳当てや外套も揃えましょうね」
 妹か娘にそうするように、みなもは――メイドはお人形に語りかける。
 窓の外から、風と枯葉の音がした。
「そうね、もうすぐ冬……旦那様が亡くなられた雪の日から、もうすぐ一年になるのね」
 ふと、みなもの眉宇が曇った。
 病の床で、今わの際に、メイドと人形の主人は幻想から覚めた。男は娘の名を呼んだ。人形ではなく、本当の娘の名を。
 あの瞬間に、きっと、お人形は「お嬢様」としての役目を終えたのだと、メイドは思う。
「そろそろ、あなたに、ちゃんとしたお名前をつけてあげなくちゃね」
 そっと、メイドは人形を胸に抱いた。服の下で、きしり、と小さくコルセットの骨が軋む音がした。
「いつまでも、お嬢様のお名前で呼んでいては、お嬢様も、ご主人様も……あなたも、かわいそうですもの」
 胸に抱かれながら、人形がメイドを見上げる。繊細な睫に囲まれた瞳が、少し驚いて見開かれているように見えた。
「あなたはもう、私の、可愛いお人形さんなんですから」
 優しく強く、メイドはお人形を抱き締める。
 秋の午後の窓辺。ゆっくりと傾いてゆく日差しの色は、少しずつセピア色を帯びはじめていて。
「紅茶が飲みたくなってしまうわね」
 お茶にしましょうか、お人形さん。そう言って、微笑むメイドさん――。


 ――お茶にしましょう。
 遠くから家族の呼ぶ声がして、はたと、みなもは顔を上げた。
 元通りの自宅の庭、元通りのワンピース姿の自分。夢から覚めたアリスのように、みなもは目を瞬く。
 お人形は、ガーデンテーブルのちょこんと座って、みなもを見上げていた。その目は、満足そうでもあるし、寂しそうでもある。
 髪に結んだ、新しいリボン。
「ひょっとしてリボンのせいで、思い出してしまったのですね。ごめんなさい」
 解いた方が良いかとリボンに手を掛けようとすると、しかし人形の目が曇ったようだ。
「このままで良いのですか?」
 古びた硝子の瞳が微かに輝いたように見えて、みなもは頬を緩めた。お人形に似合うものをと、一生懸命お店で選んだリボンなのだ。受け入れてもらえて嬉しい。
 秋の日はもう傾きかけていた。風が吹き、枯葉が舞うと少し寒い。
 ――お茶もケーキも冷めてしまいますわ。早くいらっしゃい。
 家の中から、再びみなもを呼ぶ声がする。
「おうちに入りましょうか」
 お人形を連れて、みなもは暖かい家の扉を開けた。
 枯葉色の午後は、紅茶の香りと共に終ろうとしていた。



+++++++++++++++++++++++++++++++END. 









<ライターより>
 おひさしぶりです! ご依頼ありがとうございました。しかもお人形さん再びで、とても嬉しいです。
 黒と白のメイドさんは、可愛らしい雰囲気でしたので、今回は大人っぽい雰囲気の、ビクトリアン風のメイド服をイメージしてみました。季節や色からも、しっとりと大人っぽいのが合うかと思いましたので……。
 クラシカルなメイドさんの服は、身頃や袖が細いのと、コルセットをつけたりするので意外と動き難いらしいので、みなもさんにはちょっと窮屈そうな思いをさせてしまいました。
 お人形さんとは、また少し仲良くなったみたいです。
 楽しんでいただけましたら幸いです。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月12日

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