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『 〜真紅の誓い〜 』
松浪・心語3434)&(登場しない)


 戦況は明らかに敗色濃厚だった。
 それは、隊の誰もが感じていたことで、しかもそれは、疑いようのない事実であった。
 松浪心語(まつなみ・しんご)は、ため息をつきたくなる気持ちをどうにか抑え、愛剣「まほら」を抱え直した。
 彼の所属する隊は前線に位置し、戦局全体を把握することは難しかったが、これだけ敗退が続けば否応なしに分かるというものだった。
 昨日、別行動中の隊と合流するため、この合流地点まで移動してきた。
 途中、小競り合い程度の戦闘はあったが、ほぼ無傷でここまで来ることが出来た。
 だが、合流地点と決められた場所は、あまりに見晴らしの良い台地で、敵の恰好の餌食になること請け合いの場所である。
 先ほど、隊の仲間が数人で、この近くに身を隠せる場所がないかどうか、探索に向かったが、その間に敵に見つかる可能性は十分にあった。
「別動隊はまだか?!」
 上官のひとりが見張りに立った男に、よく通る声で確認した。
 見張りは力なく何度か首を横に振る。
 それを見て取り、心語はとうとうひとつだけ、ため息をこぼしてしまった。
 現在雇われているこの国の上層部は、どう高く見積もっても、戦争が下手だった。
 攻められた訳でもないのに、領土がほしい、それだけの理由で戦争を始めたのは、失敗以外の何物でもない。
 だが、だからこそ、自分にも声がかかったのだ。
 戦争が下手な国は概して、戦力の補強には余念がない。
 せっかく補充した戦力を使う技量はなかったとしても、雇われる側には雇用機会が増えるだけだ。
 心語は、生きる糧を得るためにも、戦い続ける必要があった。
 だから、自分が所属する国が勝とうが負けようが、大して気にはしていなかった。
 この作戦を成功させ、報酬をもらい、次の戦いへ身を投じる、ただそれだけのことだった。
 だが、命あってこそ、である。
 残念ながら、この隊の上官はお世辞にも作戦の立案も指揮も、優れているとは言いがたかった。
 そのため、局地的な戦闘ではあれ、負け続けているのが現状なのだ。
 隊の総数は半分以下になり、戦力自体も低下をたどる一方である。
 当初は弓、剣、精霊魔法とそれなりに均衡の取れていた戦力も、討ち減らされる中で、体力に優れた剣士だけになりつつあった。
 食料も矢も、既に底を尽きかけている。
 度重なる行軍で、補充もないのだから当然だ。
 心語が残りの戦力を数えようとしたその時だった。
「敵だ!!敵襲だーーーー!!」
 見張りの男が声を嗄らして、こちらに事態の急変を伝えた。
 男はこちらに走って来ようと体の向きを変えたが、時既に遅し、背中に一本の矢が突き刺さり、あえなくその場に倒れ伏した。
 隊の全員が不意にざわめいた。
「見ろ、あ、あんなに!!」
 その声の示す方に目をやると、騎兵の大群が見えた。
 その先頭には弓箭兵がいて、こちらに大量の矢を射掛けて来る。
 身を隠す場所もない心語たちは、成す術もなく討ち取られていく。
「こっちだ!こっちに洞窟が!」
 さっき隠れ場所を探しに行った別部隊がようやく戻って来た。
 心語たちは急いで、その声のした方へ向かった。
 とにかく、ここにいては狙い打たれるだけだ。
 走って走って、やっとのことでたどり着いたのは、密林のようになっている場所だった。
 先ほどの合流地点に行く途中に見かけた、山林地帯の一部である。
 そこにはいくつもの天然の洞窟があり、ツタがベールのように垂れ下がっていて、上手い具合に奥を隠している。
 そのうちのひとつに、心語たちの隊は身を潜めた。
 見回してみると、いつの間にか彼らを率いていた上官がいなくなっていた。
 それだけではない、最後の魔法使いもいなくなっていた。
 これで遠距離攻撃は、弓兵のふたりのみになってしまった。
 それに、合流地点からはだいぶ離れてしまった。
 別動隊と連絡を取るために、この洞窟から伝令を出さなければならないが、この人数ではそれを割くのも難しかった。
 出て行けば、それはすなわち「犬死に」を意味する。
 それでも、ここにいれば全滅は必至だった。
 やむなく、剣士のひとりが伝令に立った。
 しかし、彼は戻って来なかった。
 その頃から、心語は心にわだかまっていた疑問を形にし始めていた。
(合流地点には予定通りに着いた。だが、味方の姿は影も形もなかった…)
 それは、どういうことなのだろうか。
 途中で全滅したとは考えにくい。
 別動隊を指揮するのは、我が軍でも屈指の隊長なのだ。
 この不利な戦況の中で、唯一勝ちを積み重ねていた隊だった。
 その隊が、約束の場所に来なかった。
 これはとりもなおさず、ひとつの結論を導き出す。
 考えたくないことではあったが。
 心語は洞窟内を見回した。
 負傷者のうめき声が耳に残り、絶望に近い色をたたえた瞳ばかりが目に入る薄暗い闇の中で、彼はひとつの行動を決めた。
 立ち上がり、洞窟内につぶやくようにこう告げた。
「次は、俺が行く」
 気をつけろ、と誰かが声をかけてくれた。
 それを胸に、心語は外へと歩を進めた。


 小高い丘のようになっているこの山林地帯は、いったん森状の地形を抜けると、草一面の台地になってしまう。
 そのため、敵に簡単に見つかるようになってしまうので、彼は山裾を狙って身を低く隠しながら、合流地点まで遠回りをすることにした。
 先日の偵察が帰って来なかった現状から見るに、敵はそう遠くはないところに野営をしているはずだった。
 慎重に慎重を重ねて、心語は木々の間を歩いていたが、不意に周囲の色にそぐわない色が目に留まった。
(何だ、あれは…)
 どう見ても、自軍の兵士の制服の色だった。
 足音を消して近付くと、人がひとり倒れている。
 心語は用心しながら、その傍らに膝をついた。
「おい、しっかりしろ!」
 助け起こすと、血がべっとりと手についた。
 それに眉をしかめつつ、改めて相手の顔を見る。
「あんたは…!」
 心語は思わず目を見開いた。
 倒れていたのは、心語がよく知っている兵士だった。
 自分の出自を知っても差別せず、人懐こい笑顔で話をしてくれたやさしい男だったのだ。
 そして――――彼は、合流する予定だった別動隊の兵士でも、あった。
「…生きて、いたんだな…?」
 男は、かすれた声で心語に話しかけた。
 よく見ると、わき腹に矢が一本刺さっていて、そこからとめどなく真っ赤な血が流れ落ちている。
 背中にも斬られた傷があり、先ほどから心語の手を濡らしていた。
 既に、手遅れの怪我だった。
 心語は一度だけゆっくり瞬きをすると、その男を見下ろした。
「ああ、何とかな」
「じゃあ…おまえの部隊はまだ…?」
「ああ」
「よかった…」
 男は弱く微笑んだ。
 どこか満足そうな笑みだった。
 それを見、心語は不吉な予感が現実になるような気がした。
 そしてそれは、気のせいではなかった。
「…それなら、早く逃げてくれ…敵はすぐ、そこまで…来ているから…」
「だが、あんたの隊と…」
「俺の隊は…もう、来ない…」
「何だって?」
「ここに移動する途中…撤退命令が出たんだ…前線の隊、すべてに…」
「俺の隊には来なかったぞ?!」
「…おまえの隊は…捨て駒にされたんだ…」
 やはりそうか。
 心語は冷静に、そう思った。
 自分たちの隊は傭兵ばかりで構成されていた。
 この国の人間ではない者ばかりだったのだ。
 捨て駒にするのに、何の支障もなかったのだろう。
 男は続けた。
「国王陛下と軍参謀閣下は…この地域を放棄した…だが…前線の軍が撤退するのには…時間がかかるから…おまえたちの隊を囮に…」
「…そうか…」
「だから…今すぐ逃げてくれ…敵は明日中に…この地を…平定するつもりなんだ…」
「わかった、逃げるのなら、今夜だな」
「そう、だ…頼む…どうか、逃げ切ってくれ…」
 せめておまえだけでも。
 男は血だらけの震える片手を差し出した。
 心語はその手を強く握った。
 心語にはわかっていた。
 この男が、自分の隊を無断で離脱し、ここまで命懸けで来てくれたことを。
 ただ、自分たちにそのことを伝えるためだけに。
 男は、淡く笑った。
 そして、唇だけでこう告げた。
 「生きろ」と。
 不意にその手が力をなくし、心語の手の中から、するりと大地へ滑り落ちた。
 心語は緑蒸す地へと彼を横たえた。
 見開いたままの目を閉じてやり、彼自身もしばし瞳を伏せる。
 生きなければ。
 彼は自分に命を預けていったのだから。
 彼のためにも、同じ隊の仲間たちと、この地を離れるのだ。
 一刻も、早く。
 雇用主である国王に見捨てられたことは、彼にはまったく感慨を起こさせなかった。
 自分は傭兵であると、骨の髄まで知っているからだ。
 作戦が失敗した以上、こういう立場に立たされるのはやむを得ないことなのだった。
 所詮、傭兵は金で雇われた余所者である。
 心語は形見代わりに、男の血に染まった階級章を外し、自分の襟に留め付けた。
「…後は任せろ」
 心語は、男に向かってそうつぶやいた。
 そして、元来た道を走り出す。
 もう二度と、その後ろは振り返らなかった。

〜END〜
 
 
 
 〜ライターより〜
 
 いつもご依頼、ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 今回、松浪心語さんの過去に関わる重要なエピソードを拝見しまして、
 彼の心の強さの一端を垣間見ることが出来たような気がします。
 これからもこうやって、彼は戦っていくのでしょうね…。
 
 それではこれから先の未来にまた、
 心語さんのお話を綴る機会をいただければ幸いです。
 この度は本当に、ありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年12月10日

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