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『Perfect present 』
シュライン・エマ0086)&草間・武彦(0509)&(登場しない)


 クリスマスまであとちょっと。
 クリスマスまでに間に合わせる。



 気づけば、街中が赤と緑と金で飾り立てられ、陽気なジングル・ベルが鳴り響いていた。

 11月末から掛かりきりだった翻訳の仕事をようやく終え、シュライン・エマは久しぶりに老朽化の激しい草間興信所の扉を開いたのだが。
「あら?」
 普段なら、雑然としたデスクにだらりと体を預けて居眠りにいそしんでいるはずの所長が、めずらしく険しい表情で自分を迎えた。
「武彦さん、なにかあった?」
「あったと言えばあった、だろうな。イタズラだって言うならそれに越したことはないんだが」
 開いた状態で目の前に差し出されたのは、黒い小鳥をレリーフとしてあしらったキレイなクリスマス・カードだった。
「お前宛だ。宛名に気づかなかったんでこっちで開けてしまったんだが、そもそもこれがなんでうちに届いたのかも分からん」
 しかも、綴られているのはたった二行だけの文面で、それはひどく簡素で、かつ簡潔だ。

『  クリスマスまであとちょっと。
     アナタは4番目のプレゼント。  』

 文字列を目で追いながら、ザラリとした感触にシュラインはわずかに眉根を寄せた。これは予感、あるいは直感、もしくは――
「これ……」
「悪趣味だろ?」
 違和感の原因は、それを手にした瞬間に分かった。
 表紙となるべき場所には、なぜかべったりと不吉な色が塗り付けられていたのだ。血を連想させる、赤黒い色彩がべったりと、まるで誰かの手形のように。
 ソレに隠れてよく分からないが、飾り文字で自分の名が記されているのがチラリと見えた。
 イタズラならいい。悪質ではあるけれど、ゴミ箱に直行させればそれで済む。
 だが、武彦はそうしなかった。
 そして自分も、それをしようとしていない。
「……このカード、もしかして他に3枚存在している?」
「鋭いな。来て早々で悪いが、何ならこれから現場巡りでもしに行くか?」
「犠牲者は既に出ているのね?」
「出ている。確認済みだ。このカードが届いたのはついさっき、事件の噂を聞いたのはその直前、お前が来たのはたったいま、というタイミングの良さだ」
 気味が悪いだろ?
 そう口元を歪めて、武彦は立ち上がった。
 怪異も猟奇も日常茶飯事になってしまったこの街で、果たして、これから何が起ころうとしているのか、これまでに何が起こってしまっているのか。
 持ち込みのパソコンからいくつかのネットワークに情報を呼びかけてから、シュラインは武彦とともに興信所をあとにした。
 そして、不吉なカードだけがデスクにぽつんと残される。
 残される。
 残されていたはずなのに、窓も扉も開いていない事務所の中で、ふわりと舞い上がり、すぅっと消えた。


 クリスマスまであとちょっと。
 クリスマスまでに、あとちょっと。


 陽気な色と音であふれる街中を武彦と並んで歩きながら、シュラインは『これまでの事件の経緯』を整理する。

 4日前、届けられたのはヤマウズラをモチーフにあしらったクリスマスカード。
 翌日、28歳の彼女は死者となって発見された。
 その両腕はすっぱりと切り取られて、どこを探しても見つからない。
 3日前、届けられたのはキジバトを模ったクリスマスカード。
 翌日、25歳の彼女は死体となって発見された。
 その両手首はすっぱりと切り取られて、どこを探しても見つからない。
 そして、2日前、届けられたのはメンドリのオーナメントをつけたクリスマスカード。
 翌日、つまり今日、27歳の彼女が死体となって発見された。
 その右脚はすっぱりと切り取られて、どこを探しても見つからない。
 カードが届くたび、ひとりずつ殺され、ひとりずつカラダのどこかを持ち去られている。

「……どうして、彼女たちじゃなくちゃいけなかったのかしら……」
 つい、こぼれたのは、ほとんど無意識の呟きだった。
 赤い死。真っ赤な死。とうとつに振り撒かれた悲劇に、巻き込まれたのは3人の女性たち。
 犠牲者は既に3人。
 しかもかなり『真新しい』事件でありながら世間を賑わせていないのは、その猟奇性にあるのだろう。模倣犯を排除するため、詳しい情報は隠蔽されたまま、彼女たちの死だけが積み重ねられていく。
 しかも、その事件の被害者リストには、シュライン・エマの名が連なり掛けているという事実がある。
 だから、だろう。
 ――エマちゃんのためなら、ね。
 そう言って、ちょうど現場検証に出向いていた顔馴染みの甘党刑事は、随分と深刻な顔つきで出来る限りの情報を提供してくれたのだ。
 まだほとんど出回っていない貴重な事件の情報を、ふたりに宛てた。
「怪奇探偵の出番かもしれないとか言ってたな、アイツ」
「彼の嗅覚も日々研ぎ澄まされているのよ、きっと」
 不本意そうなカオの武彦に、くすりと小さく笑みを向ける。
 実際に事件と向き合い、捜査をするものにはありありと見えてくるモノがあるのだろう。この事件が果たして【どちらの世界寄り】なのか、あの刑事は肌で感じているはずだ。武彦や自分と同じように。
 不可解な状況を解き明かすのに、必要なものはなんだろうか。
 得るべきものはなんだろうか。
 バッグの中の携帯に、そろそろ何か情報が入ってきているかもしれない。
「ああ、着いたぞ。ここが一番古い、と言っても三日前の現場になるが、これまでとあまり変わり映えはしないな」
 武彦の声で、顔を上げる。
「特別何かがあるというわけでもなさそうね」
 現場はみっつとも、規模の差こそあれ、すべて公園だ。広い道路に面しているためか、比較的人通りも多く、見晴らしもよいものばかり。緑も多く、昼間なら中心に据えられた小さな噴水に腰掛けてランチをするのも悪くない。
 けれど、冬の黄昏は、ひどく足早に夜を引き寄せる。
 気づけば暗くなってしまった夜の街中で、警戒心を張り巡らせているはずの彼女たちに、加害者はどのようにして接触するに至ったのか。
「……犯人は“男”じゃない気がする、というのはただの直感になってしまうかしら」
「可能性のひとつとして考えるのは悪くないだろう」
 武彦はジャケットから煙草を取り出し、一本くわえる。薄暗い世界に、一瞬ライターの明るい光が散った。
「被害者同士に今のところ接点は見つかっていない。お前も、彼女たちを知らないな?」
「ええ」
 問いに頷きを返しながら、シュラインは自分の手帳に書き記した文字列を目で追っていく。
「メッセージに使われているモチーフは分かった気がするわ……少しマイナーだけど、たぶん、間違いない気がする」
「知っているのか?」
「クリスマス関係の特集記事でね、一度翻訳を手掛けたことがあるから。だから多分、外してはいないと思うの」
 ただ、とシュラインは続ける。
「モチーフは分かっても、目的が分からないのよ」
「ん?」
「持ち去られたのは体の一部、けれど、同じ部位は選んでいない。だからただの戦利品的蒐集とは違う気がして……」
 何故、どこか一箇所だけ、ではないのか。
 手首だけ、耳だけ、目だけ、そんなふうにただひとつの部位を偏執的に蒐集するのではないとしたら。
「“あなたは4番目のプレゼント”……、だったか? あのカードに書かれていたのは」
 思案するように、探偵はぐるりと辺りを睥睨する。
「腕、手首、脚、……バラバラの部位だと言うなら、こういう場合、思い当たる動機がひとつあるんだが……ある意味使い古された、ある意味ありきたりな……」
 武彦の思考、武彦の呟き、武彦の感性から導き出されるものを拾いあげながら、シュラインもまた思考を巡らせる。
 モチーフは既にわかっている。
 相手は12枚のカードを用意するはずだ。
 クリスマスまでの12日間を1日1日カウントしていく。
 そうして、毎日ひとつずつ、全部で『12の死』を集めて。
「カードをもらった者をプレゼントに仕立て上げるのだとしたら……ねえ、武彦さ――」
 彼の背に手を伸ばし、声を掛ける、その間隙を縫うように、くすりと、背後から耳元に小さな囁きが吹き込まれる。
『あなたは4番目のプレゼント』
「――っ」
 はらり、と、空から何かが落ちてきた。
 薄暗い公園、外灯によって幾方向にも影が分かれたシュラインの足元に、ぱさりと落ちたのは、見覚えのある、一枚のカード。
『アナタの瞳がほしい』
 ふわりと背後で微笑んだ、闇色の何か。
『アナタの強い光を宿した、キレイなその瞳がほしい』
 するりと伸ばし、こちらを指し示すのは闇色の手、ひとさし指。
『ねえ、12の贈りモノ、あの人への完璧な贈りもののひとつに、アナタを選んだの』
 氷で心臓を撫であげられたかのような、おぞましい悪寒にざーっと全身に鳥肌が広がった。
 彼女の鼓動が聞こえない。彼女が近付く足音も聞こえなかった。彼女の吐息は感じるのに、奇妙にエコーの掛かった声は複数の人間の声が重ねられているのだというのも分かるのに、彼女の心臓の音がどこにもない。
 耳が捉えた異常。
「シュライン!」
『あたし、アナタを手に入れるから』
 笑って笑って笑いながら、彼女はシュラインの体を抱きしめる。
 呼吸を止めていた……、そんな自分に気づく。
 鼓動は聞こえない。足音もない。けれど、浮かれた歌なら聞こえてくる。まるで誘うように楽しげな歌声だけが、街の喧騒を通してもはっきりとこの耳に届く。
『さあ、いきましょう?』
「待て――っ」
『行きましょう、アナタはあたしが用意する、素敵なプレゼントになるの……』
 引き摺られる、引き込まれる、闇の中へ、影の中へと、赤黒く視界を塗りつぶされながら、シュラインは武彦が伸ばす手を掴もうとして――――
 ―――――呑まれた。


 クリスマスまで、あとちょっと。
 クリスマスまでに、あとちょっと……


 朽ち掛けた廃ビルは、封鎖の仕方までいい加減で、まるで誰かがこっそり潜り込むのを待っているかのような節さえ窺える。
 例えばその奥底に何がひそもうとも、そ知らぬ顔で抱え込んでしまう不気味さと懐の深さがある。
 目が醒めた時、地面に倒れ伏していたシュラインが最初に見たモノは冷たく濡れたコンクリートの天井だった。
 同時に、剥き出しの配管。
 次に、崩れ掛けた壁。
 そして、彼女。
 彼女は座っていた。地べたにふんわりと腰掛けて、そこら中に服や生地やリボンや、いろんなものを広げたその中心で微笑んでいた。

 クリスマスにはとびきりのプレゼント。
 アナタ好みの、アナタがハッとするような、そんな完璧な女になるから、ね、待っていてね。
 アナタに届けるわ。
 完璧なプレゼントを届けるわ。
 だから、ねえ、今度はちゃんと受け取ってね。

 歌うように言葉をつむぐ彼女の足元には――暗い影。わだかまり、時折触手のように伸び縮みする暗い昏い黒い影。
 彼女の手には針と糸。
 靴ひもを結ぶみたいに体を折って、縫い合わされているのは――
『あら、目が醒めてしまったの?』
 こんなところを見られるなんて恥ずかしいわ、と彼女は笑った。ニタリと歪なカタチに笑った。口、瞳、鼻、輪郭に至るまで各部品はしっかりと分かるのに、いざどんな顔をしているのかと言われても思い描けない不可解な存在がそこにいる。
「……何を、しているの?」
 問いながら、自分の体をそっと起こす。幸いどこにもケガはしていない。手も、自由だ。ただコールタールに沈んだようにひどく体が重いだけ。
 静かに静かに、後ろ手に掴んでいたバッグをかきまぜ、その中に携帯電話を見つけた。
 手探りで、悟られないよう、そっと操作する。
 GPS機能を頼りに、武彦がここに辿り着くことを信じる。ネットワークを介して、彼が自分を見つけられることを信じる。
 けれど、ただ助けを待っているなんてことはしない。
 捕らわれてなお、その瞳に不安や恐怖によってもたらされる怯えた揺らぎは存在しない。
「もう一度、聞くわ。何をしているの?」
『完璧な贈り物を作っているところよ、アナタもここに加わるんだけど、でも少し待っていて、さっきちょっと動いてせっかくの足が取れかけてるの』
 さらりと彼女は答えた。
 答えながら、縫いモノを続ける。靴ひもを結ぶように、あるいは履いたままの靴下のほころびを直すように、自分の足を――
 ソレが何によって構成されているのか、自分はもう気づいてしまっている。
 心臓の奥が、ギュッと痛む。
「なぜ、こんなことを?」
『あの人のために、あたし、完璧な女になるから』
 にっこりと微笑んだ。
『あの人好みの女になって、あの人のもとへ行くの。あの人のために完璧な女になって、愛してるって伝えに行くの』
「だから、殺したの?」
『殺したんじゃないわ、もらっただけよ、アタシ、気に入ったモノをもらっただけよ』
 クリスマスに間に合うように、材料を集めたのだと彼女は言った。
『街の中で見つけたの、このビルの前を通り過ぎていくたくさんのキレイな人たちの中で見つけたの、あの人のプレゼントに相応しいキレイなモノをひとっつずつ見つけたのよ』
 繕い物が終わったのか、彼女は立ち上がる。
 ゆらりとうごめく影に体を支えられながら、彼女はゆっくりとこちらへ歩みよってきた。
『アナタのキレイな目をもらうわ』
 意識を集中し、耳を澄ませば、武彦の足音が聞こえてくる。
 武彦の呼吸が聞こえる。
 思った以上に早く、彼はここに来るのだ。
 わずかな焦りを滲ませて、けれど極力冷静であろうとしている、彼の心地良い心音を聞きながらシュラインは女と対峙する。
「その足も手も……もとは別の人のモノだったのに……あなたのものにしてしまったのね?」
『そうよ』
 足音が近付いてくる。
「なぜ?」
『あの人に会うため』
 鼓動がすぐ傍で聞こえる。
『完璧な女になって、完璧なプレゼントになって、あの人のもとへ行くのよ』
 かすかな物音すらも、ついには反響して――
「いったい、そんなツギハギでどこの誰に会いに行くつもりだ?」
 すっと、差し込まれる声。厳しさと気だるさをないまぜにしたような、低く重い言葉が彼女とシュラインの間に投げ出された。
「……武彦さん、早かったのね」
「シュライン、お前が長い時間を掛けて構築したネットワークは優秀だ」
 うまく動けないシュラインの傍に来て、手を貸し、そして重だるい闇色の地面から引き剥がすように立ち上がらせた。
 眼鏡の奥の瞳がわずかに安堵の色を乗せ、そして、武彦は影にまとわりつかれた女に向き直る。
「思い出せるのか、その男の名前が。あの人って誰だ、お前は誰だ、おまえが固執するそのプレゼントの意味が思い出せるのか?」
『あたし、あの人、え、あの人はあの人……あの人の名前……なぁに、なんでそんなこと聞くの、ねえ、あたしは……』
 あたしは、と繰り返す。
 繰り返すけれど、答えられない。答えを見つけられずに、揺らぎ、悶え、震えて、惑う。
「12年前のクリスマスのこの時期、かつてこの廃ビルで女がひとり死んだ。全身を切り刻まれて死んでいた……」
 視線は女と影に向けたまま、武彦の手はシュラインに開いた携帯電話の画面を見せる。意図を察し、並ぶ文字列、情報、必要な言葉たちを目で追いかける。
 ネットワークによってもたらされたその中から、拾い上げ、構築されていく事実を噛み締める。
「あなたは殺されたのね……その男に、人形のパーツを取り替えるみたいに解体されて。相手が理想とする女に生まれ変わることを夢見ながら……」
 そして、そこで『何か』を引き寄せた。彼女の想いが、暗い昏い、何かを引き寄せ、彼女はここに留まった。
「言っておくが、男は既に死んでいる。お前を捕らえているものによって、だろうが」
『……あの人が、死んでる? あたし、あの人に……あの人のために……クリスマスの……』
「どうして間違えてしまったの」
 静かに、諭すように、シュラインは彼女へと手を伸ばす。
『……、間違えた……?』
「きれいになりたい、かわいくありたい、その人の好みの女になりたい、そういう気持ちはすごく大事だけど、でも……」
 でも、と続けながら、闇色に揺らぐ女の頬をそっとなでる。
「そのままのあなたを、どうして大事にしてあげなかったの……」
 自分の名前も思いだせないほど長く縛り付けられ、闇を呼び込み、同化し、変質しながら、それでも男の理想になろうと捕らわれた彼女の想いが痛くて。
 切なくて。
「どうして、プレゼントの意味、間違えてしまったの?」
『……どうして、間違えてしまったのかしら…………あの人に、完璧なプレゼント……あたし……どうして……』
 あたたかな手に触れられて、彼女は揺らいだ。揺らいで、怯えて、震えて、悔いて、ザラリと溶けて彼女は消えた。
 暗い昏い闇と影の中に、泣きながら、溶けて、消えた。
 あとには、哀しい骸だけが、そのカケラだけが、残されて――


 クリスマスまで、あとちょっと。
 クリスマスまでに、あとちょっと……きれいになるから、見ていて……ほしかった……


 クリスマスカラーの街中を、シュラインは武彦と並んで歩く。
「間に合ったな」
「ええ……ありがとう、武彦さん」
 凍え切った体を寄せ合いながら、俯き、考える。
 殺された彼女たちも、本当なら、緑と赤と金であふれ返ったクリスマスカラーの街中を歩いていたはずだ。
 約束をしていたかもしれない。
 幸せな約束を、プレゼントの約束を、誰かを交わしていたかもしれない。
「ねえ、武彦さん……完璧なプレゼントってどんなものだと思う?」
「……難しい質問だな」
「そうかしら」
「……そうだろ?」
 一年は早い。
 瞬く間に、時間は過去のものとなっていく。
 聖夜にも拘らず、事件は起きる。聖夜だからこそ、起きる事件もあった。過ぎ去っていった記憶たち。思い出。そこには甘いものも優しいものもたくさん詰め込まれている。
 それら全てを彼の隣で回想できる自分に、贈り物のすべてを受け取ってもらえたその幸福に気づきながら、シュラインは〈プレゼント〉の意味を考え続ける。



END
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高槻ひかる クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年12月04日

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