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『しつこいやつらと逃亡劇 』
松浪・静四郎2377)&レイジュ・ウィナード(3370)&ライア・ウィナード(3429)&(登場しない)

「まあーいい匂い」
 ライア・ウィナードが満足そうに胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「――これだけでお腹がいっぱいになりそうだわ!」
「さすが秋、ですね」
 松浪静四郎が辺りを見渡して微笑んだ。
「これが……収穫祭というものか」
 ライアの弟、レイジュ・ウィナードが興味津々で市場を見つめていた。
 3人揃っての買い物。そのついでの収穫祭見学。
「お金は残っていましたでしょうか……ぜひ買いたいものなのですが」
 3人が住む城のほぼ給仕役の静四郎が、惜しそうに財布の中身を確かめる。
「あら、この収穫祭は3日間続くというし――今日じゃなくても大丈夫よ」
 振り向いたライアが気楽なことを言った。
 静四郎は苦笑いをする。――今日は服やらなにやら(特にライアが)大量に買った。おかげで城の全財産に近い金を持ってきているのに空に近いのだ。
「――労働が近いかもしれません」
 ぽつりとつぶやいた彼に、
「労働か? 僕たちにもできるならやるが」
 レイジュが素直にそう言った。
「いえいえ。お2方にはご面倒をかけられませんよ。働くならわたくしが――」
「……そうか?」
「ええ」
 レイジュは首をひねりながら静四郎の微笑みを見ていた。20歳になったばかりのレイジュには、まだまだ分からない大人の気遣いだ。
 実際今も、静四郎が一番荷物を持っている。その次にレイジュ。
 なぜか「これだけは渡さないわ!」とライアが、1時間悩んで買ったドレスだけは手に持っている。
 レイジュが首をひねり、静四郎がこの先どうしていこうかと悩んでいるうちに、1人気楽なライアはどんどん先に行ってしまう。
「お待ちくださいライア様――」
 静四郎はレイジュを促し、慌てて後を追った。
 やがてライアに追いついた時。
 ライアは1人の男と話していた。
「ライア様?」
 静四郎はそっと呼びかける。ライアは振り向き、
「あ。こちらの方、収穫祭の実行委員の方ですって」
 するとがたいのいい男は静四郎とレイジュの方を向き、にこにこと笑った。
「収穫祭、楽しんでいただけてますでしょうか?」
「ええ、もちろん」
 即座に答えた静四郎に対し、レイジュは詰まって、
「……食材を見るのが楽しいものなのか?」
 小さな声でつぶやいた。
 ここに「買い物」が混じれば多少は楽しいものなのかもしれないが。
 ライアはレイジュの頭を押さえ、
「ええ、弟も大変楽しいと言っておりますわ」
「それはよかった」
 収穫祭実行委員の男は安堵の息をついた。
 それから、1つの方向を指差した。
「午後からですね。『美女コンテスト』があちらにあるステージで行われるのですよ」
「美……女……」
「そうです。ですからこちら様に、ぜひエントリーなさらないかと――」
「出るわ!」
 ライアは即答した。銀の瞳が、これ以上ないくらい輝いていた。
「美女コンテスト、美女コンテスト♪」
「そうですね、ライア様なら絶対にどこの女性にも負けません」
「……そうだな、ライアなら」
 男2人も反対することはなかった。
 実際ライアは大変美しい白鳥のウインダーだ。可憐な風情に、真珠のような輝きを持つ白い頬。けぶるようなまつげが影を落とす銀の瞳は不思議な色合い。
 もしも特技披露というものがあったらもっと輝くだろう。彼女には、天使のような美しい歌声という素晴らしいステータスがある。
 否――その純白の翼があいまって、天使そのものにも見える。
 収穫祭実行委員の男はうんうんとにこにこ顔でうなずいて、
「ではお嬢様だけ、こちらに来ていただけますか」
 と脇道に誘った。
「ええ」
 ライアは言われた通りに男についていく。
 静四郎とレイジュはそれを見送った。
「さて、午後のコンテストまで時間をつぶさなくてはなりませんね、レイジュ様」
「ああ――あ?」
 ぞくっ
 寒気を感じて、レイジュはばっと辺りを見渡す。
「れ、レイジュ様?」
「だ、誰かに見られている気がする……!」
「そんな馬鹿ことありませんよ。落ち着いて下さい」
「………」
 静四郎になだめられて、
「……そうだな、そんなはずがないな……」
 レイジュは肩で息をした。
 ――市場の隅から、にたりと見つめられているのにも気づかずに……

 脇道は、入っていけばいくほど暗くじめじめした道になった。
「ねえ実行委員さん。本当にこの道でいいのかしら?」
 ライアはさすがに不安に思って訊いた。
 彼女は希望に満ちていたのだ。買ったばかりのこのドレス、早速使う機会が来たかもしれない! 秋という季節に浮かないよう、薄黄緑のドレス。色合いと形が気に入って買った。
 1時間迷うほど高かっただけに、思い入れが深い。
 けれど――この脇道。
「ええ、ここで間違いありませんよ」
 振り向かないまま男は言った。
 さらに奥へ。奥へ。奥へ……
 やがてたどりついたのは――
「―――!」
 行き止まりだと気づいて、ライアが悲鳴をあげようとした。が、遅かった。
 口をふさがれ、
「ほら……あなたの行き先はここで間違いありませんよ」
 男がにやりと笑う。
 道から、男の仲間たちがわらわらと出てきた。
 ライアは瞠目した。――あの、気味が悪いほどのマッチョな体は……!
 実行委員とマッチョ軍団は力を合わせて、うめくライアの口を封じ、用意してあった大きな樽に詰め込んだ。

「それにしてもね……あなたたちが人魚だなんて未だに信じられませんよ」
「馬鹿ねぇ人間の男。あたしたちは、海のハーフレディ魔女、通称魔女カマに宝と引き換えに足をもらったの。こうして陸にも上がれるようになったのよ」
「ふむ……海の魔女にもらった薬で足を得ると後々泡になると言われているが」
「やぁねぇ、あたしたちがそんなに弱っちく見えるぅ?」
「見えませんな。――ああ、謝礼金、どうもありがとうございます。それであなた方の本来の目的は?」
「うっふふ」
 足を得たカママッチョ人魚たちの目が、きらーんつやーんと光った。
「――夏に仲間にしそこねたあの2人をゲット☆ することよん」
 夏の時には猛然と友人と弟を助けに来たライアに邪魔をされた。
 けれど今度はそんな心配はない――
 さて、と。
 ぽき、ぽき。ぼきぼきぼき。
 まっちょたちの関節が鳴る。
 頭に浮かんでいるのは青い髪を三つ編みにした優しげな男と、赤い髪の蝙蝠のウインダー。
「今度こそ待っててねぇダーリンたち☆」
 うっふんと気味の悪い笑いが、路地裏を満たした。

「おかしいですねえ」
 静四郎が戸惑った声で会場を見渡した。
「もう午後すぎて大分になるのに……そもそもコンテスト会場が見当たりませんね……」
「係員に訊こう」
 レイジュの提案で、静四郎は係員を探し、「美女コンテストはどうなったのか」と尋ねた。
 係員はヘンな顔をした。
「そんなコンテストはありませんよ」
 レイジュと静四郎は驚愕した。では、ライアをつれていったあの男は――!?
 その瞬間、2人は周りをざっと囲まれた。
 はぁはぁと息も荒くぎらぎらとした目で見る包囲網の男たち――いや違う男じゃない――いや男――!
「邪魔者はいなくなったわ――!」
 こーんーどーこーそーなーかーまーにー!
 甘ったるいぶっとい声。かわいらしくしようとして余計に気味の悪い声。
「カ……」
 静四郎が愕然と声を上げた。
「カマ……カマッチョ人魚!」
 カママッチョからカマッチョにレベルアップ!
「なぜカマッチョが」
「どうしてここに……!」
「どうして足があるんだ?」
「それを問うている暇はありません、レイジュ様!」
 カマッチョたちはじりじりと間合いをつめてくる。
「……ライアは拉致されたな」
 レイジュはぎり、と歯ぎしりをした。「よくも……」
「……レイジュ様、二手に分かれましょう」
 静四郎が落ち着きを取り戻して囁く。
「二手……」
「囮と、ライア様を助けに行く者と」
「どちらがどちらをやる……?」
「あいにくわたくしは彼らから身を隠すすべを持っておりませんので」
 静四郎はレイジュの背を後ろからぽんと押した。
「――ライア様はお任せしましたよ、レイジュ様!」
 そしてすかさず静四郎は動いた。
 カマッチョたちの包囲網の隙間に向かって突進する――!
「いやああああん、自分から来てくれるなんて――!」
 両手を広げて待っているカマッチョのすぐ向こう側に、
(――空間跳躍!)
 祈るような思いで成功確率の低い技を使った。
 しゅっ――
 視界が一瞬ブレた。
 気がつくと、自分はカマッチョの包囲網の外側にいた。
 静四郎はほっとする間もなく逃げ出す。
「あん、ダーリーン!」
 つられて静四郎を追い出すカマッチョたち!
 そして一部の、レイジュを捕らえようと残った者たちは――
「!?」
 レイジュは大量の蝙蝠を呼んだ。そして自らも蝙蝠に変化した。
「きゃあ、これはなに、なんていう生物――!?」
 蝙蝠の大群にカマッチョたちは慌てふためく。――元が海底に住む人魚だから蝙蝠を知らないのだ。
 都合のいいことだ。レイジュは急いで、ライアがつれていかれた脇道へと飛んで行った。

 静四郎は逃げた。ひたすら逃げた。
 カマッチョ人魚が目の前にくればすぐ右に、左に、慣れない収穫祭会場を走り回る。
 体力に自信がないことはない。
 しかし、
「ダーリーン!」
 目にハートマークをつけて襲いかかってくる、超がたいのいいオニイサン軍団に追いかけ回されるのは、正直神経をすりへらす。
「ラ、ライア様を助け出すまで……っ」
 こらえろ、こらえろ、
 カマッチョのラブハートビームになど耐えろ、ラブハートスラッシュになど耐えろ、ラブハートマシンガンになど耐えろ、セーラー服にマシンガンなど耐えろ……あれ?
 今自分で思ったことの意味が分からず首をかしげながら走った。何か電波を受信してしまったようだ。
 カマッチョ元人魚たちの走り方は変だった。
 すたたたたたたた
 爪先だけで走っているようなおかしな動き。
 そもそも何で生えたばかりの足まで鍛えられているのだろうか。彼らのマッチョに対する情熱はいかなるほどか?
 あれの仲間にされる――
 ぞっとして、静四郎はますますスピードアップする。爽やかどころか泥のような汗が流れる。
 しかーし、カマッチョになるのは嫌であります!
 静四郎とて必死になると人格が少々おかしくなるのだ! そしておかしくなっちゃったまま全力疾走しちゃったりするのだ!
「どくがいい! そなたの命と引き換えに!」
 意味不明な言葉まで口走りながら、彼は走り続ける――

 蝙蝠の1匹が、2体のカマッチョに護られている大きな樽を見つけたとレイジュに報告してきた。
「――ライアか?」
 分からないが、行ってみるしかない。
 上空からなら見やすかった。蝙蝠が知らせてきた場所はすぐに分かる。確かに人1人入れそうな樽に、2体のカマッチョ。誰もいないのに無意味にうふーんあはーんとポージングしている。
 普通なら、気味が悪くて見なかったフリをするところだ。
 だが今のレイジュは怒り狂っていた。
 よくもライアを、よくもライアを、よくもライアを――!
 レイジュは蝙蝠から元の姿に戻った。
 そして、思い切り周囲の空気に干渉し――
「衝、撃、波!」
 心の底から怒りをこめて、衝撃波を放った。
 カマッチョの1体の足元で破裂し、カマッチョ1体が衝撃で飛んで近くの壁にぶつかり気絶する。
「な、なに!?」
 上空を見上げたもう1体のカマッチョが、レイジュを見て、
「あらんダーリン!」
 嬌声を上げた。
 レイジュは黙って衝撃波をもう1発。カマッチョの足元をえぐって、先ほどと同じように壁にぶつけ気絶させる。
 そしてすぐに地面まで降り立つと、樽を開けた。
 そこで、白鳥のウインダーがぐったりしていた。
「ライア。ライア!」
 この樽には小さな穴がひとつあるだけだった。呼吸が――できない。
「ライア――」
 必死に呼ぶと、うっすらと姉は目を開けた。
「レイ……ジュ?」
「ライア!」
 レイジュは樽に詰まっている姉の体を引き上げようとする。
 立ち上がっても、ライアはふらふらしていた。
 静四郎には悪いが、ここは少しライアを休ませなければ――
「うふふふ……」
 不気味な声が聞こえた。「そうはさせないわよ……」
 壁にぶつけて気絶させたはずのカマッチョが2体、のそりと立ち上がっていた。
 レイジュは大きく深呼吸した。
 落ち着け。落ち着け。
 そして――冷静に判断せよ。今何をすべきか。
「……って」
 レイジュはどんどんと、湧き上がってくる何かを抑えられなかった。
「冷静に考えても考えなくても同じだ……っ」
 衝撃波! 衝撃波! 衝撃波!
 連発で叩きつけ、どごっどごっどごっとカマッチョの体に命中させる。
 ……衝撃波を受けて血も出ないなんてどんな皮膚をしているんだか分からないが。
「衝撃――」
 レイジュが何度目か分からぬ衝撃波を放とうとしたその時。
 大型台風直撃的強烈な突風がカマッチョたちを襲った。
「きゃあああああっ」
 カマッチョたちは飛んでいった。
「あ……」
 レイジュは振り向く。
 ライアが、はあ、はあと息を荒げながらにこっと笑った。
「ありがとうね、レイジュ……」
「よかった、ライア……」
 レイジュはまだ少しふらふらしている姉の体を抱きしめて、心の底からその無事を喜んだ。

 カマッチョたちに追いかけられて人格崩壊。涙が流れているような幻覚まで見ながら、静四郎は走って走って――
 やがて、とうとう袋小路に追い込まれた。
 壁を背にして、静四郎はカマッチョたちと向き直る。
 じりじりと喜悦の表情を浮かべたカマッチョたちがにじりよってくる。
 可能なら、叫びたかった。
 『このカマッチョー!(エコーがかかって)カマッチョー! カマッチョー! カマッチョー……!』
 カマッチョたちは襲いかかってきた。
「やめ、やめなさい、やめてくださ……い……!」
 抵抗むなしく、逃げられないようにと服を脱がされる。
 褌一丁になった静四郎はがくりと地面に膝をついた。屈辱だ。どうしようもない屈辱だ。こんな姿をよりによってカマッチョたちに見つめられているなんて……っ
 『このカマッチョー!(エコーがかかって)カマッチョー! カマッチョー! カマッチョー……!』
「じゃ、最後の仕上げねダーリン♪」
 カマッチョ元人魚たちは丸薬を取り出した。
「これを飲んだら……とっても気持ちよくなれるのよぉ〜」
 それはドラッグか!?
 いや多分、本当にドラッグに近いのだろうが。
「むっきむきの体になれるのよー!」
 ……本当にいやなドラッグだ。
 しかし、今の静四郎にはもう抵抗する力がなかった。口に押し込まれようとした、その瞬間。
「静四郎さん……!」
 声がした。
 カマッチョたちがはっと顔を上げた時、その場は水蒸気による煙で包まれ、カマッチョたちは動きを封じられた。
「衝撃波!」
 姉の助言でさらにパワーアップしたレイジュの衝撃波が、カマッチョたちを吹き飛ばす。
 どがどがどがっと壁に衝突し次々と行動不能になっていくカマッチョ。
「静四郎さん、立てるか!?」
 レイジュが静四郎の腕を取る。
 静四郎はライアが水蒸気を高めているのを見た。それから、最後の力をこめて立ち上がった。
 彼を支えながら、一行はその場を後にする――……

 カマッチョから何とか逃げおおせ、3人は市場の陰でようやく一息ついた。
 静四郎は裸同然の姿だった。
「これじゃ帰れませんね……」
 途方に暮れる静四郎に、
「あら、これがあるわ」
 ライアが、この期に及んでもまだ持っていたドレスを取り出した。
 薄黄緑の、重ねフリルドレス……
「はは……申し訳ない、静四郎さん」
 本当にそのドレスを着せられてしまった静四郎の姿に、レイジュが苦笑する。
「まあ、似合うじゃない」
 ライアは両手を組み合わせきゃあきゃあと。相変わらずだ。
 静四郎はそんな自分を見下ろして、深々とため息をついた。
「今度こそ、あの人魚たちは諦めたでしょうか……」
 恐るべきカマッチョ人魚。
 もう二度とその脅威に怯えなくて済むよう、静四郎は心から祈る。
「というかあの足、元に戻るのかしら」
「……泡になって消えてしまわれるのは、それはそれで後味悪いのですが……」
「泡? 何の話だ?」
「あらレイジュ知らないの? その昔美しい人魚姫がいて――」
 途端に日常が戻った。
 静四郎が、夕陽に光る薄黄緑のドレスをひらひらさせて歩いていること以外は……。


 ―FIN―
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年11月26日

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