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『     Trick and Trace!? 』
シュライン・エマ0086

 「今夜は楽しいハロウィン、いつもの自分を脱ぎ捨てて、自由な姿で騒ごうよ!」
 突然どこからともなく降ってわいた、血色が悪いわりには元気な子供がシュライン・エマの口に放り込んだ小さな飴。それを『おいしい』とか『まずい』とか、あるいはどんな味であるとか判断するよりも先に、細身で長身の成熟した女性であった彼女の姿は、瞬く間に様変わりしてしまった。
 背丈は眼前の子供よりも低く、見た目は五歳前後。非常に小さく、斑点付きの茸風バルーンワンピースを着ており、まさに茸の妖精といった風采である。
 「それがキミの望む本当の姿。それを否定するならボクを捕まえて。元の姿に戻りたいならボクから飴を取って、もう一度食べるんだね。」
 子供はのんびりとした口調からは想像もつかないほどの驚くべき速さでシュラインの前から駆け去っていく。それを追おうと一歩足を踏み出したシュラインは――次の瞬間、木の根でできた巨大な迷路に迷い込んでいた。当然、先ほどの子供の姿は見当たらない。
 「……。」
 シュラインは完全に見失ってしまった子供の追跡を一旦諦め、よく伸びる衣装をびよーんと引っ張ると、改めて自分の身体を見下ろした。
 「ぷくりとした茸可愛いなあとか、図鑑を見てた名残よね、これ。」
 自分の姿や周囲の風景が変わったというのに、さほどうろたえた様子もなくそんなことを呟く。
 それから、さてどうしたものかというようにシュラインは周囲を見回した――と、ふいに背後から「うわーん!」と弾ける様な子供の泣き声が響き、はっとして振り返ると、そこにはついさっき行方をくらませたはずのあの子供が声をあげて泣いていた。
 その火のついたような泣き方に、何かあったのだろうと察したシュラインは「どうしたの?」と声をかける。すると子供はしゃくりあげながら、「ボクのお菓子をジャックが全部持っていっちゃったの。」と涙ながらに訴えた。
 「いたずらジャック! キミにあげた飴もあの子が持っていっちゃったよ。お願い、取り返すのを手伝って!」
 そう言ってシュラインの小さな手をしっかと握る。
 「ジャックにはこわーい守銭奴の魔女とか口の悪い幽霊、女の人が大好きな吸血鬼に神経質な狼男っていう変でおっかない友達がいるんだ。ボク一人じゃ取り返せないよ。だから、お願い!」
 ぎゅっと握られた、今のシュラインよりほんの少し大きいだけの手は、かすかに震えていた。シュラインはそれを認めると、空いている方の手で子供の背をぱむぱむと慰めるように叩き、
 「すぐに取り返してあげるから、泣かないの。」
 と、あどけない顔には似合わぬしっかりとした口調で言った。これを聞いて子供はぱっと顔を上げ、血色の悪い頬を滑り落ちていく滴が襟元を濡らすのも気にせず、
 「ありがとう!」
 と、笑顔を見せる。子供の表情というのは、とかくよく変わるものである。
 「ボクはリデル。キミは?」
 「シュライン。シュライン・エマよ。」
 涙を拭って明るい声で名前を訊いてきた子供――リデルに、シュラインも愛らしい笑顔を浮かべて答える。ここに、小さな子供たちによるお菓子奪還同盟が結成されたのだった。

     †††††

 リデルの話では、ジャックは奪った菓子を仲間に配るだろうから、その内の一人から件の飴を取り戻すことができれば、シュラインは元の姿に戻れるということらしい。しかし、問題は誰から取り返すか、である。
 「みんな敵にまわすと怖いんだけど、特に魔女は仲間からも怖がられてるんだ。だからね、魔女に会っても知らん顔をして他の奴を探した方がいいよ。」
 眉をひそめてそう言ったリデルだったが、シュラインの方は、ふぅんと呟いて興味深そうな顔をしてみせた。
 「私は、楽しげな人たちだから全部に会ってみたいけど、会うなら魔女がいいわ。同性ということで、なんとなく安心感があるもの。」
 「キミは怖いもの知らずだなあ……。」
 シュラインの言葉にますます渋面になったリデルをよそに、
 「とにかく誰かいないか探しましょう。」
 シュラインは明るくそう言って歩き出し、あとに続いて歩きながらリデルは、どうか最初に見つかるのが魔女以外の者でありますようにと密かに祈るばかりだった。

 しかし、リデルの祈りも虚しく件の恐ろしい魔女はすぐに見つかった。大きな三角の帽子を目深にかぶっており、その帽子の下から唯一見える紅を塗った唇を引き結んで木の根に腰かけ、何やら帳面をくっている。帽子を目深にかぶっているためその顔は見えないが、長い艶のある金髪からしてまだ若そうである――見た目だけは。
 そんな魔女の傍らには、小さな入れ物に入った菓子が無造作に置かれていた。
 「やっぱり、ジャックはボクのお菓子を仲間に渡したんだ。あれはボクのだよ。」
 迷路を作り上げている立派な木の根の陰に隠れながら、リデルは魔女の傍にある菓子の入れ物を指差した。
 「ねえ、本気で彼女からお菓子を取り返してくれるつもりなの?」
 そう言うリデルの心配を気にもかけず、シュラインはそこで待っているよう伝えると、ぽてぽてと小さな足で木の根を踏み、魔女の下へと歩み寄っていく。そして、相手が自分の存在に気付いて顔を上げるのと同時に礼儀正しくお辞儀をし、
 「お金儲けには貴方をお手本にするのが一番と聞いてきたんですけど。」
 と話を切り出した。魔女は、妖精のような五歳ほどの少女が持ち出すにしては意外な話題に口元だけで驚きの表情を作ったが、シュラインがただの子供でないことが判ったのか、それとも相手がどんな者だろうと構わなかったのか、すぐに関心を惹かれた様子で笑みを浮かべてみせた。
 「いつからわたしがお金儲けの第一人者になったのかは知らないけれど、わたしの経理の腕を正しく評価してくれるのは嬉しいわね。店子(たなこ)ときたら――ああ、わたしは一屋敷の大家なんだけど、そこの住人はみんな揃ってわたしのことを『がめつい』だの『いんちき』だの、悪徳守銭奴のように散々言うんだから。」
 魔女はそう言って大げさなため息をつく。口ぶりやその様子からして、かなり不満がたまっているらしい。シュラインは、これは好都合だとばかりに話を合わせることにした。
 「それはきっと貴方のことを妬んでいるからだわ。時に人は自分より優れた相手に酷いことを言うものよ。でも私なら、人がうらやむお金儲けのコツを是非教えてもらいたいと思うけどなあ。」
 「あら、あなた、お若いのによく判っているわ。理解者がいるということはこんなに心を晴れやかにするのね。」
 シュラインの言葉に気分を良くしたらしい魔女は、そう言って口元だけで目の前の小さな少女に笑いかけた。そして、
 「わたしに一番お金を儲けさせてくれる、とっておきの方法を教えてあげる。」
 と自慢げに言い出したのである。
 「さっきも話したけれど、わたしは大家をしているの。そこに元気な子供と、騒がしい幽霊、格好つけの吸血鬼、それに神経質な狼男を住まわせてるわ。問題児ばかりだけど、だからこそ行き場のない彼らは、大金を払ってでも住む場所を得たいというわけ。そこでわたしは『彼らに相応しい値段』で、部屋を貸すことにしたのよ。買い物や掃除は当番制で、食事はみんな好みが違うから自分で調達するし、はっきり言ってわたしはほとんど何もしなくていいわけだけど、どこへ行っても門前払いされる彼らを受け入れて部屋を貸しているんだから、それくらい当然よね。それなのに連中ってば、家賃は一流アパートメント並なのに管理は路地裏以下だとか……。」
 そこから延々と魔女の日頃の鬱憤が吐露されること数十分。その間もシュラインは礼儀正しく話を聞いていた――少なくとも遠くから様子を窺っているリデルには、そのように映った。
 「すごいや、シュライン……ボクは頭が痛くなってきたっていうのに。」
 リデルはこめかみを押さえ、一人そう呟く。リデルにできることはもはや見守ることだけだった。
 だが、シュラインには菓子を取り戻すという重大な任務があり、ただ黙って話を聞いているだけというわけにはいかない。妖精のように無邪気に相槌を打ちながら、しかし、虎視眈々と攻撃の機会を窺っていたのである。そしてその機会は、魔女のこんな言葉によって訪れた。
 「つまりお金儲けのコツは、いかに自分が何もせず、相手からむしり取るかってことにかかっているのよ。節約も同じね。」
 これにすかさずシュラインは思わせぶりな一言をはさむ。
 「でも、あなたの話を聞く限り、少し手を加えるだけでもっと儲けることも、経費を削減することも可能だと思うわ。」
 「……何ですって、本当に?」
 シュラインの予想通り、魔女は話に食いついてきた。ここからが本番である。
 「それ、帳簿ね。見せてもらえるかしら?」
 先ほど魔女が真剣な面持ちでめくっていた帳面を指差しシュラインが言うと、相手は一瞬ためらうような様子を見せたが、やがて好奇心に負けて差し出した。
 「電卓。」
 ふっくらとした手を広げると、魔女は黙ってその上にどこからともなく取り出した電卓をのせる。シュラインはそれを木の根の上に置き、開いている帳簿にざっと目を通すと、到底子供の手の動きとは思えぬ恐ろしいほどの速さで数値を入力していった。ページをめくり、また電卓を叩く。その動作は非常に慣れたもので魔女を驚かせたが、何ということはない、シュラインは惚れた弱みか半ばボランティア状態で日々事務という名の激務をこなしているので、これしきのことは大した仕事でもなかった。
 ものの数分で帳簿の最後のページまで処理すると、シュラインは電卓を魔女に見せ、
 「この帳簿にいくつかあるまずい点を直して、何箇所かやり方を変えると、これくらいの経費削減になるわ。儲けで言えば、これくらい。」
 きっぱりとした口調で宣言した。その言葉に魔女はたちまち身を乗り出し、どうすればいいの、と具体的な説明を求める――が、待ってましたとばかりにかわいらしい手をシュラインが差し出すのを見て、いぶかしむような声をあげた。
 「その手はなあに?」
 「ただでは教えられないわ。」
 「わたしからお金を取るって言うの?」
 茸の妖精の姿をした少女のにこやかな表情とは反対に、魔女は生の茸でも食べたように口を曲げて渋ったが、当然それくらいで引き下がるシュラインではない。
 「先のことを考えれば悪くないと思うわ。次の儲けのための投資だと思えばいいのよ。」
 と、さらにたたみかけたのである。そこで、いかにも渋々といった様子で「いくら?」と魔女が唸ると、シュラインは可憐な笑顔で法外な値をその耳元で囁いた。
 「それは高すぎるわ!」
 「そう? でも、ここをこうすればもっと儲かるのになぁ……。ここは儲け話になるのに。」
 憤然と叫ぶ魔女に、これ見よがしにそう呟く。やがて魔女は、
 「少しまけてくれない?」
 と気弱な口調で言い出した。シュラインが待っていたのは、この言葉である。
 「そうね……そこのお菓子をつけてくれるなら、少しだけまけてもいいわ。」
 そう言って、有利にお菓子を手に入れる状況を作り出したのだった。
 それから交渉を続けること数十分。リデルは眼前で繰り広げられる女たちの恐ろしいほど巧みな駆け引きにすっかり憔悴し、意識をその戦場から離脱させた。つまり、夢の世界に逃避したのである。ぽかりと頭を小突かれて夢路から帰還すると目の前には、茸の妖精姿が何やら板についてきた愛らしいシュラインが立っていた。その手には、魔女が持っていたはずの菓子の入った入れ物と、やたら重そうな小袋が握られている。
 「……どうなったの?」
 「まず経理の受講料を『お菓子割引』で相談して、頃合を見て割引なしにきっちりお金を巻き上げたの。もちろんお菓子も取り返したわよ。」
 「……ボク、キミが味方で良かったと心から思うよ。」
 
 かくして、シュラインは取り返した菓子の中にあった件の飴を食べて元の姿に戻り、残りはリデルの手に無事戻った。
 あるべきものがすべて元通りになれば、魔法の時間は終わり。シュラインは、リデルの感謝の笑顔に見送られていつもの日常の風景に帰還した。そこには木の根でできた迷路ではなく、見慣れた町並みがあるばかり、彼女がこれから挑むべき相手は、守銭奴の魔女より恐ろしい事務仕事である。
 だが、そこがシュライン・エマの住む世界。思わぬことで手に入れた臨時収入――ちょっとした額の金が入った小袋を手に提げて、きっとこの世界に戻るべき一番の理由である想い人の待つ事務所へと軽い足取りで帰っていったのだった。



     了




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

公式NPC:リデル

クリエーターNPC:魔女

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大変お待たせ致しました。
シュライン・エマ様、はじめまして。
この度はハロウィンシナリオにご参加下さりありがとうございます。
まさか魔女に挑んで下さる方がいらっしゃるとは思ってもみなかったので、とても嬉しく思っております。
しかも平和的かつ知的なプレイングでしたので、大変楽しく、新鮮な気持ちで書かせていただくことができました。
変身後のお姿も愛らしく、想像しては頬を緩ませておりました。
もちろん元のお姿も魅力的です。
そちらのお姿のシュライン・エマ様とも今後ご縁があることを切に願っております。
その時はどうぞよろしくお願い致します。
それでは最後に、語られなかった一幕を少し。

 ――一人残された魔女が首を傾げながら呟いて曰く。
 ――「何だかうまいこと丸め込まれて、予想以上に巻き上げられた気がするわ。」
 ――しかし、間もなく彼女は「守銭奴に磨きがかかった」と言われるようになったとか。

ありがとうございました。
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
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東京怪談
2007年11月05日

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