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『願いのかぼちゃ風船 』
菰神カケル(mr0423)

 ハロウィンの祝い方にも色々ある。
 それは分かっているが、こんなのは初めて見た。
「ん? 何してるかって? ほらこのオレンジの風船に、かぼちゃの顔書いてるんだよ」
 少年の1人が答えてくれた。
 広場には他にも、大人や子供が雑多にいる。皆、オレンジ色の風船を手にしている。
「それでね、かぼちゃの顔の裏に願い事書いて、空に飛ばすんだ」
 よくよく見ると、大人が数人でヘリウムガスを管理している。この風船は飛ばせるらしい。
 少年はこちらを見て、にこっと笑った。
「やってみる?」
 ―――
「お願いごと、書こうよ。それでさ、飛ばそうよ」
 僕はハヤブサって言うんだ――
「お話するの大好きなんだ。よかったらさ、その願い事が叶ったらどうしたいか、僕に教えてよ」
 ハヤブサは笑顔で楽しそうに言った。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「全く……一体何処なんですか、此処は」
 菰神カケルは苦々しい思いで周囲を見渡していた。
 自分のいる学園とよく似た、土と大きな樹の気配。
 しかし周囲は高い壁の通路。
 リデルという摩訶不思議な風体の少年に飴玉を突然食べさせられ、気がついたらこんな場所にいた。しかも。
 子供の姿になって。
「……まあ、焦っても仕方が無いですね」
 軽く嘆息して、歩き出す。カケルは臆病ではない。ちゃんと腰に禁書がストックされているのを確かめて、いざとなったらそれを行使するつもりで歩き出していた。
 通路は迷路ではなかった。一方通行で――
 やがて、人間の気配が押し寄せてきた。
「……誰か他にもいるんですか」
 つぶやいて、臆することなくさらにまっすぐ前に進む。その気配に向かって――
 すると。
 突然通路が切れ、広い広場にカケルの足は踏み出していた。

「お兄さん、風船に願いを書いて飛ばそうよ」
 こちらに向かって走ってきた少年が、にこにこ笑いながら言ってきた。
 カケルはうさんくさいことこの上ないその言葉の内容に、白い目を向けた。
 しかし少年は無理やりオレンジ色の風船を押し付けてくると、
「僕はハヤブサ。あのね、この風船をかぼちゃに見立ててまずかぼちゃの顔を描くでしょ」
「かぼちゃ……」
 そう言えばハロウィンだったか。カケルはリデルが残していった言葉を思い出し、むうとあごに手をかける。
 『Trick and Treat』? 普通は『Trick or Treat』だろう。
 そんなことを考えうなるカケルの傍で、ハヤブサはさっそく自分用に持っていた風船に顔を描いていた。
 ――かぼちゃの顔。描いてみると、風船もけっこうかぼちゃの代わりになっている気がするから不思議だ。
「それでね、このかぼちゃの裏に」
 ハヤブサは風船をひっくり返し、
「願い事を書くんだ」
 『この広場にもっと人が来ますように』
「………」
 カケルは何も言わずに周囲を見渡す。
 まわりは喧騒に包まれて、大人も子供もオレンジ色の風船とペンを手に、笑っている。
 そして人々は――
 その風船を、やがて手放すのだ。空に向かって。
「ねえ、お兄さん聞いてる?」
 ハヤブサに服の裾を引かれて、
「え? ええ……」
 とカケルは視線をハヤブサに戻した。
「願い事を書き終わったら」
 少年は続ける。
「空に――飛ばす!」
 ハヤブサは高く手を上げ、そこで風船を手放した。
 カケルはそれを見つめる。ゆっくりゆっくり上昇していく風船。どこまで行くのだろうか。
 この世界はまるで閉じられているようだと思ったのに、空は開いているのか。
「これで、願い事が叶うんだよ」
 ハヤブサはにこにこと笑顔で告げる。
 ――やはりうさんくさい。
 でもまあ……
「暇ですしね……少しはやってみてもいいですか」
 カケルは少年に無理やり渡された風船に、かぼちゃの顔を描き始めた。

「……願い事……ですか」
 カケルは風船を裏返してみて、少し悩んだ。
「……リデルさんをさっさと見つけ出して吊し上げ……いえ、説得して元の姿・元の世界に戻して欲しいですね」
 ほんのりとイイ笑顔。……黒い。
「そして珍しい禁書を大量に読み漁り、寝不足がちな誰かさんに安らかな眠りを……」
 リデルのことからそこまでつぶやいてみたが、カケルはそれを書かなかった。
「……ですが、これらは自分で何とか出来そうなので止めておきましょうか」
 カケルの顔が、和らいだ。
「なので、そうですね……『多くの方々に、些細な事にでもいいので「幸せだな」と感じていられる毎日を過して頂きたい』」
 きゅっきゅっとペンを走らせる。
 ハヤブサが嬉しそうに微笑む。
「お兄さん、いい人だね」
「いい人とは違いますよ」
 カケルは苦笑する。書き終わった文章を見下ろし、吐息をついて、
「この願いが叶ったとしても……それを知る術の無い僕は気付く事無く、いつもと同じ様な日常を繰り返すのでしょうけれど」
 目を閉じる。
 たくさんの学園の学士たちを知っている。
 例えば彼らにひとつずつ幸福を与えられれば、ほんの少しでも笑みを与えられれば、これはとても幸せなことだろう。
 たとえ自分はそれを、知らなかったとしても。
「でも、そんな日常も……僕は良いと思いますよ」
 瞼を上げると、ハヤブサの満面の笑みがあった。
「やっぱり優しいね、お兄さん」
「優しさじゃありません。自己満足です」
 照れて少し目をそらす。
 広場の他の人々が、次々に風船を飛ばしている。例えば彼らの願いが叶うことだって、自分の願いが叶うことと同じことだろう。
 ハヤブサは、広場の人々を興味深く見つめているカケルをしばらく笑みで見つめていたが、
「ちょっと待っててね」
 と突然風船がたくさん用意されている場所へと戻っていった。
 そしてまた2つ風船を用意してくると、
「こっちは、ちょっと持っててくれる?」
 と1つをカケルに渡す。
 そして手元に残ったもう1つに、またペンでかぼちゃ顔を描き、裏返した。
「ええと……お兄さんお名前、なに?」
「……菰神カケルですが」
「カケルお兄さんだね。『カケルお兄さんが今一番心配してる人に会えますように』」
 さらさらとハヤブサはそんなことを書き、そしてカケルが唖然としている間にそれを空に飛ばした。
「な……何を願ってるんですか、一体」
「へへえ」
 にこにこと無邪気な笑顔。
 カケルは苦笑する。しかし今一番心配している人物? 誰だそれは。――……
 ふと思い浮かんだ顔に、まさかねとカケルが肩をすくめていると。
「菰神?」
 横から声がして、カケルは仰天した。
 ばっと振り向く。
 そこに、たった今思い出していた人物がいた。
「何だ。お前もこの世界に入り込んでいたのか」
 同い年だが少し偉そうな。偉そうだが何となく放っておけない。というかどちらかと言うと根が子供っぽい――その人物は。
「ヒイラギ教授――?」
 カケルはその人物の名を呼んだ。思わず手にしていた風船を手放すところだった。
 ヒイラギ・フリズナ禁書実践学教授は、こちらも小さくなっていた。リデルに飴を食べさせられたのだろうか。
 ヒイラギはとことことカケルのところまでやってくると、
「何をしているんだ?」
 と小首をかしげて訊いてきた。
「いや、教授……どうしてこの世界に?」
「ああ、まあ……珍しく自力で眠れそうでうとうとしてたら口の中に何かを放り込まれて、気がついたらこの世界にいてな」
 ――カケルはやっぱりリデルを吊るし上げることにしようと決めた。
 この、滅多に眠れない教授が眠りの禁書を使わずに自力で眠れることなど、本当に珍しいことなのに。
「顔から落ちたものだから鼻が痛くて」
 ヒイラギは赤くなった鼻をさする。よく見ると額も赤い。
 ――吊るし上げた後少しいじめようか、とカケルは思った。
「まあ幸い近くに同じような目に遭った人間がいて、事情は分かったんだが……」
 ヒイラギは周囲を見渡す。
「この広場は何だ?」
 ハヤブサはにこにこして、
「カケルお兄さん。説明してあげてよ」
「え……僕が?」
「だって見知らぬ僕より、知ってるカケルお兄さんの話の方が伝わりやすいよ?」
 だったらハヤブサの説明であっさり納得してしまった自分はどうなるのだろうと思いながら、カケルは渋々ヒイラギにこの広場のハロウィン祭りを教えた。
「ああ、ハロウィンだったか今日は」
 ヒイラギは飲み込みが早かった。おそらくヒイラギ用にあらかじめハヤブサが持ってきたのだろう風船を、カケルはヒイラギに渡した。
 ヒイラギはそれにかぼちゃの顔を描く。そしてひっくり返して。
「願い事な。願い事……」
 ――普通に眠れますように。きっとそれだろうとカケルは確信していた。
 しかし、大して迷わず走り出したペンが書き出した文章は――
 『禁書学を学ぶ者たちが、そのことに誇りをもてますよう』
「………」
 カケルは同い年の教授の横顔をじっと見つめる。
 視線に気づいたのだろう、ヒイラギが「何だ?」とカケルの方を向いた。
「……意外でした」
 正直に、言った。
 ヒイラギは、少し笑った。
「伊達にこの歳で禁書学の教授はやっていない」
 ――つまりそれは、好きでつきつめてきたからこそ、この歳で教授にもなれたということ。
 カケルは自然と口元が緩んだ。
「これを飛ばせばいいのか?」
 ヒイラギに問われ、うなずくと、少年教授はぽんと風船を下から弾いて飛ばした。
 ゆっくりと昇っていく。
 教授から学士に送る言葉が。
「――ここは学園に気配が似ているな」
 ヒイラギがふと、つぶやいた。
「あ……あ。僕もそう、思いました」
「世界樹でもありそうな気配だ」
 くすくすと笑ったヒイラギの顔。
 そして彼はふとカケルの方を向き、
「実は道が途中で2つに分かれていたんだが――」
「え?」
 カケルは一本道でここにきた。首をひねっていると、
「どちらに進むか迷っていた時に、何となく気配がしてこっちに来た。……お前の気配だったんだな、菰神」
「え、いや」
「この世界に来てから、知っている人間に会うのは初めてなんだ。正直、安心した」
 ヒイラギは微笑を浮かべて、「ありがとう」と言った。
「―――」
 礼を言われる理由が分からなくて、カケルは詰まる。
 そんなカケルの困ったような表情が通じたのだろうか。
「本当は、また妙な夢に迷いこんだのかと――不安だったんだ」
 ヒイラギはぽりぽりとこめかみをかく。
 普通に眠れば必ず悪夢に襲われる少年。泣き叫ぶその姿をカケルも目にしたことがある。
「お前がいたから大丈夫だと、安心した。ああ……すごく安心した」
「教授……」
「だから、ありがとう」

 ――これも、ひとつの幸福だろうか?

「教授」
 カケルは肩をすくめて、「教授らしくない。もっと偉そうにいきましょうよ」
「……俺はどんな印象を持たれてるんだ……」
「偉そうに、ここから先は先導しろ、とか言いましょう」
「………」
「せっかくですしね」
 カケルは腰に手を当てる。「2人で出口を探しましょう」
 ヒイラギは驚いたように目をぱちぱちさせる。
「――お前がそんなことを言うとは思わなかった」
「寝不足なんでしょう? くまがひどいですよ。自力で眠れてしまいそうなくらい寝不足なんでしょう。この世界で眠ってしまったらどうなるか、もう僕も考えたくもないですよ」
 寝不足がちな誰かさんに安らかな眠りを……
 一度でもそう願ったのは、自分だ。
 ヒイラギは笑った。
「菰神。お前はもうあの面倒な眠りの禁書作りをしたくないだけだろう」
「ええ」
 きっぱり。
 言ってから、カケルは笑った。
 彼らの笑い声が、お互いの耳に心地よく。
 ――ハヤブサが笑顔で2人を見つめている。
「さて、ハヤブサさん? この広場の出口はどこですか?」
「あなたたちが入ってきた場所だよ」
「――は?」
「大丈夫、道は開かれているから」
 にっとハヤブサは笑って、
「仲良くね? 何だか、言い争いもしそうな2人だけど」
「ご名答」
 カケルは即答する。
 だからと言って、ヒイラギと共にこの先を行くことをやめる気はない。
「なら出口はあっちだな」
 ヒイラギが、自分らの入ってきた方向を見やる。
 カケルは少し迷った後――
「ありがとう、ハヤブサさん」
 とお礼を言った。
「いいよ。僕は皆の笑顔を見たいだけだから」
 お兄さんと一緒でしょ――と不思議な少年は言う。
「ん? 菰神、何を願ったんだ?」
「な、なんでもありませんよ!」
 ふん、とそっぽを向いて、「行きますよ」とカケルは身を翻した。
「またね」
 ハヤブサの声が聞こえる。
 またな、とヒイラギの応える声が聞こえる。
「―――」
 また会うときは、またこんな妙な世界に放り込まれた時なんだろうけれど。
 カケルは肩越しに振り返った。
「――また、会いましょう」
 ハヤブサの笑顔が応えてくれる――

 そこから先は、ヒイラギとの共同戦線。時に言い合い時に笑い合い。
 2人で学園に戻るために。
 ――この世界によく似た気配のする、あの世界樹のある学園に、戻るために。


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

学園創世記マギラギ

【mr0423/菰神カケル/男/15歳/禁書実践学士】

【NPC/ヒイラギ・フリズナ/男/15歳/禁書実践学教授】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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菰神カケル様
こんにちは、笠城夢斗です。
マギラギでは幾度もお世話になり、ありがとうございました!
今回、イベントノベルでお会いできてとても嬉しいです。またヒイラギの参加も希望してくださって嬉しかったです。
カケルさんの願い事はとても優しくて……すごいなあと思いました。
そんなことを願えるカケルさんの心はとても広いなあと。
これからもそんなカケルさんでいてください。
それではまた、別の機会にお会いできますよう……
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
学園創世記マギラギ
2007年11月01日

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