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『   『 狂宴に響く紡ぎ歌 』 』
トリストラム・ガーランド(mr0058)



 突然放り込まれた世界を見上げる。
 辺りをきょろきょろと見回せば、植え込みで出来た広大な迷路が広がっていた。自分が立ち尽くしている場所を中心に、大輪の花々が咲き誇り、真円の花畑を作っている。色とりどりの花は風もないのにゆらゆらと揺れる。不思議な光景に思わず凝視していると、すいっと花の影から透明な羽を震わせる小さな妖精が現れた。それも一匹じゃない。何匹も空中を舞って、自分の周りをぐるぐると飛び回る。くすくすと愉快そうな笑い声を零し、妖精は声々に歌う。

「あら大変。それはリデルの仕業だね♪」
「戻りたいならやり返せ♪」
「それは即ち―」
「「「Trick or treat!」」」

 きゃははっ、と笑い声を響かせて妖精は歌いながら迷路の奥へ消えていく。

「東のカブ頭は美味しい料理♪」
「南のカボチャ頭は美味しいお菓子♪」
「欲しけりゃ どたまをかち割って♪」
「西の血みどろ蝙蝠 呼び出せば♪」
「北のパーティ ひとっとび♪」

――今宵は人ならざる者の宴 ハロウィン♪



●迷わない迷路

 闇色の天蓋にはまるで絵に描いたような満月が浮かび、星々を煌めかせている。ありがちな形のふわこもの雲も当然のように夜空に居座っていた。それらを仰ぎ、一息つくと、トリストラム・ガーランド(mr0058)は妖精たちの消えた通路を眺めて呟きを落とす。
「あの妖精たちが歌ってた歌の通りに迷路を抜ければ良いんだろうか」
 言いながら、果たして妖精の言うことを信じていいものか、ふと疑問に思うけれど、それを言い出すとこの世界ではなにもかもが信用ならないものになるのではないかということに気付いて、ここは素直に信じることにしてみた。
 現実感の薄い可笑しな世界。あり得ない現象も言動も、元来、純粋な青年が信じるのは容易いことで、ほんの少しの逡巡の後に、
「よし、此処から抜け出す為にも頑張ろう!」
 気合の一声を上げて、迷路へと駆け出した。が、
「…わ、っと」
 ふらりとよろめいた。黒い滑らかな尻尾をくねっと揺らしてバランスを取り、黒い猫耳がぴんと立ち上がって、彼の神経が研ぎ澄まされているのを表す。
 トリストラムは翔ける速度を調節しながら、慣れない猫耳尻尾付きの体にゆっくりと順応していく。黒いシャツとジーンズで走る彼の姿はスマートで、左腰に下げたウォレットチェーンが銀色の光を帯びて鳴る様は、まるで本当に猫が人の姿を借りて走っているのかと思わせる。
 生垣で出来た迷路。
 走り続けながら、不思議な違和感に首を傾げる。なにか、可笑しい。まっすぐに翔けながら思う。 …真っ直ぐ?迷路なのに?
 不可解な事実に気付いた、その時、トリストラムの視界に人影が飛び込んで来た。脇道からふらりと現れた影にぶつかりかけ、慌てて後方へぴょんと飛んで避けると、トリストラムはそれの姿を目を丸くして眺めた。
「ひひっ、ひひひっ」
 引きつった笑い声をあげ、トリストラムを指差して笑うのは薄汚れた包帯をぐるぐるに巻いた、いわゆるミイラ男だった。いやに大きく丸い目を愉快そうに歪ませている。
「みみっ、みみー! あひゃひゃ」
 突然現れたかと思うと、腹を抱えて笑い転げ、地面をだんだんと拳で叩く狂態に、トリストラムは自身の頭に生えた漆黒の耳に触れながら、
「確かに耳が四つとか明らかに可笑しいよね…」
 ミイラ男の狂態を半ば認めつつ、困ったように無意識に尻尾を揺らす。更に、ミイラ男はそれを見て追い討ちされたように、今度は尻尾を指差し、尻尾ー! ひーひっひっひ。と、大爆笑する。全身が包帯で覆われていては年齢は分からないけれど、もしかしたら、箸が転がっても可笑しい年頃なのかも知れない。
 さて、どうしたものか。とトリストラムが困っていると、突然、辺りが暗くなった。月が雲に隠れたのだろうかと振り仰ぐと、まさしくその通りで、わざとらしく雲がきっちりと月を隠していた。まるで、意地悪されているように見える。
「耳と尻尾がそんなに可笑しいか、このミイラ男っ!」
 ガンっ! っと、鼓膜を揺るがす音に視線を天空からミイラ男へ戻すと、地面に彼がめり込んでいた。その後頭部には岩をも砕きそうな頑丈な拳があり、腕を伝って視線を上へ動かすと、やがて、イカつい顔をした巨大な男へと行き着いた。瞳孔の細い、鋭い瞳が怒りを浮かべている。
「あぁ!?」
 トリストラムの視線に気付いた男は眉間に皺を寄せて睨みつける。あまりの形相に思わず、トリストラムの尻尾がぴんと立ち上がる。本来備わっていないはずの猫の本能が危険だと告げているのが分かった。
 しかし、男はトリストラムの頭の天辺から足の先までじっくり眺めると、急に相好を崩した。
「なんだ、迷子か?」
 にっと笑って大きな腕を伸ばすと、トリストラムの頭をがしがしと撫でる。よく見れば、この男の耳は獣のような毛に覆われ、巨躯の影には長いフサフサの尻尾が窺えた。連想するのは狼男だが、外見に似合わず、そんなに悪い人…、妖怪ではないようだった。急に態度が変わったのもトリストラムが狼男と同じように耳と尻尾があったためだろう。そんな中、
「ひっ、ひひっ、迷子だって! 迷子だって! ひひひっ」
 和みかけた空気をぶち壊すように、地面にめり込みなお笑声を上げて、ミイラ男は土を頭に載せたまま起き上がる。再び眉間に皺を寄せた狼男の様子を微塵も気にする様子なく、
「迷路で迷うなんて、ひひっ! あり得ないっ!」
「なに言ってんだてめぇ、迷うから迷路っつーんだろーが!」
 起き上がったミイラ男に頭突きをかましながら睨みつけ、狼男は最もなことを言うが、当のミイラ男にはどれも効き目はないらしく、息も絶え絶え笑い続けている。
「そーだねぇ、人生は迷路、迷路は人生、出口は一つ、一つは出口、それって迷子?」
「訳分かんねぇこと言ってんじゃねぇ…よっ!」
「っひゃ」
 二度目の頭突きを正面に受けたミイラ男は仰向けに昏倒し、今度こそ口を閉ざす。トリストラムは呆然と今までの光景を眺めていたが、ようやく狼男の方とはまともに会話できると口を開きかける。すると、絶妙のタイミングで雲に隠れていた月があわられ、辺りを月光で明るく照らした。
 照らされ、狼男の体が硬直する。嫌な予感。
「あ、あの…?」
 恐る恐る狼男を見る。月光を浴びた瞬間に硬直した体は一転してぶるぶると震えだし、彼は天空にある月を仰いで高々に吠え声を上げる。狼男の体は見る間に滑らかな毛で覆われていき、口からは鋭い牙が、手には鋭い爪が生える。ついでに、鋭い視線がトリストラムを射抜く。
 お約束の展開に狼狽する。
 というような猶予はなく、彼は狼男がその鋭い爪で襲い掛ってきてすぐさま、風の精霊の力を借りて烈風を生み出し放つ。形が可視出来そうなほどの威力の風は、直撃した狼男は生垣をいくつも超えて吹き飛ばす。草木の潰れる音がぐしゃりと響き、その音がトリストラムに届く前に、彼は再び走り出していた。狼男が起き上がる前に、真っ直ぐ。真っ直ぐ。
 そんな彼の耳にミイラ男の狂言が蘇る。



●芋虫のオヤジ

 迷路を抜けると、そこにはカボチャ畑が広がっていた。巨大なお化けカボチャが定番の目と口を愉快に歪ませていくつも転がっていた。
「歌の通りだと…」
 欲しけりゃ どたまをかち割って―。歌のフレーズを思い出して辺りを見回せば、まるで、誰かが用意したかのように手斧が転がっていた。カボチャの蔓草に埋もれかけたそれを手に取ろうと歩み寄ってしゃがみ込むと、にょっきにょっきと斧の上を芋虫が這っていた。丸々と太った緑色の芋虫はおもむろに上半身を持ち上げると、トリストラムに顔を向けた。
「おみゃあさん、ワシが折角くりぬいたカボチャを台無しにしようってのか?」
「……いや、そういうつもりじゃあ…」
 狼男やミイラ男の登場の後では、芋虫が喋ったくらいではそうそう驚きはしないけれど、トリストラムは手斧に伸ばしかけた手を引っ込めて芋虫を眺めた。芋虫は目を細めると、胡乱げに身を捻る。
「本当かのう? じゃあ、なんでおみゃあさんはコレを手に取ろうとしておったのかね?」
 くねっくねっと身を捻る芋虫が呟くと、トリストラムは困ったような微苦笑を浮かべて尻尾を揺らす。く〜ね、く〜ね、と柔らかく動いていることに自身は全く気付いていない。
「リデルに悪戯されて変身しちゃったから、パーティに参加して元に戻りたいんだ」
「…ほう、おみゃあさんはリデルに招待されよったとね」
「招待?」
「しょうのないやつめ。招待されとるんじゃ、いかねばにゃらん。ほんだら、好きなん持っていきゃあええ」
 トリストラムの疑問には答えず、芋虫はぶつぶつと呟くと背を向けて這い出した。
「好きなもの持って行くってどういうことなんだ?」
 這い去ろうとする芋虫に向かって慌てて訊ねると、芋虫は顔だけで振り向いて、ニヒルな顔で言った。
「ヘタが蓋になっちょる。芋虫の技をなめんで貰いたい。そんくりゃあ、朝飯まえじゃ」
 カッコウをつけたらしい芋虫はそれ以上何も言わず、蔓草の中に消えていった。トリストラムは口元を手で隠して少しだけ笑うと、傍にある一番大きいカボチャへと近づいていった。
 芋虫の話と妖精の歌から推測すると、つまり、くりぬいたカボチャの中にお菓子があるらしいのだ。

●愉快で奇怪なお茶会

 パーティ会場は迷路の北側にある立ち枯れた一本杉のもと、緩やかな丘の上で開かれていた。ジャック・オ・ランタンには蝋燭の火が灯り、設置されたテーブルの上には様々な料理やお菓子が並べられている。いかにも美味しそうなものから、口に入れるのを憚れるゲテモノ系まで幅広い。
 そのテーブルの間を行きかう人々の仮装も様々で本や話に聞いたことのある妖怪や魔物もいれば、見たことも聞いたこともないような奇怪な格好をしている人もいた。また、それが仮装なのか本当にそういう姿をしているのかは、確かめようがない。自分と同じように。
「ありがとう」
 トリストラムは会場まで送ってくれた赤い蝙蝠に礼を言って分かれると、会場へと足を踏み入れた。その瞬間に、会場にいる人々の視線がそれとなく向けられている圧力を感じた。トリストラムは蔓草で出来たバスケットの中身、野菜を挟んだサンドイッチと乳製品無使用のニンジンケーキを見やると、道中で蝙蝠に教わった通りに、料理の並ぶテーブルの上へサンドイッチを置き、一切れだけ手にとって食べた。
 すると、彼の近くにいた魔女が手に持ったシャンペングラスを傾けて、
「Happy Halloween♪」
 ウィンクをしながら、陽気に言ってきた。トリストラムは内心で少しだけ安堵して微笑むと、魔女へ同じ挨拶を返す。
 蝙蝠曰く、料理を捧げて仲間への敬意を払い、一口食べて安全だと示さなければ、このパーティに参加することは出来ない。ということらしかった。
 妖精の歌にはなかったと告げれば、妖精なんか信じるもんじゃないと返された。そういう彼はべっとりと血まみれの姿であったし、初めて自分を見た時の眼差しは少し危なげなものだったように思う。『リデルに悪戯された』この一文を言わなければどうなっていたか、分からない。言った途端に友好的になったのもどうしてかは理解できない。
 …ここの倫理観はどうも難しい。
 それにしても、と、トリストラムはサンドイッチを咀嚼しながら思う。…コレって、ベジタリアンの俺対策? と、首を傾げて考える。料理やお菓子を取りに行かせるという回りくどいことをしているが、ベジタリアンの自分にも試食できるような料理があるという、こういう変なところが親切で、やはり、この世界は分かりにくい。
――ただ、一つ分かったことがある。
 ごくん、とサンドイッチを嚥下して一息吐くと、トリストラムはぐるりと辺りを見回した。
「さて、リデルは何処に居るんだろう?」
 妖怪たちで溢れかえる会場を、目を凝らして捜していく。ぴんっと立った猫耳が雑踏の音や気配を捉えてひくひくと動く。オレンジ色の髪だから直ぐに、と思った矢先、黒い立て襟のコートに見え隠れする明るい色を捉えた。
 あのヴァンパイア衣装! 紛れも無くリデルだ!
 人混みを素早くすり抜け、リデルが気付く前に近づく。そして、真後ろに迫ったトリストラムの気配に気付いたリデルが振り向いて、
「トリック・ア・トリート?」
 トリストラムがにっこりと微笑んで言えば、リデルは一瞬だけ目を丸くして、それから、楽しげな笑みを浮かべた。
「I'm scared ?」

――そう、分かったことは一つ。ここはハロウィンを楽しむための世界だ。












   fin.



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☆★★★★【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】★★★★☆

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【mr0058 / トリストラム・ガーランド / 男性 / 17歳 / 精霊友達学(精友学) / 学園創世記マギラギ】


☆★★★★【ライター通信】★★★★☆

この度はご参加、誠にありがとうございました。
猫耳尻尾は個人的にかなりドキドキな変化で、
内容と合わせて楽しんで書かせて頂きました。
書きたい話と文章量が釣り合わずに消化不良となっている部分もあるかとは思いますが、
楽しんで頂けたなら幸いです。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。
Happy Halloween!

2007.10.31 蒼鳩 誠
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
蒼鳩 誠 クリエイターズルームへ
学園創世記マギラギ
2007年10月31日

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