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『願いのかぼちゃ風船 』
千獣3087

 ハロウィンの祝い方にも色々ある。
 それは分かっているが、こんなのは初めて見た。
「ん? 何してるかって? ほらこのオレンジの風船に、かぼちゃの顔書いてるんだよ」
 少年の1人が答えてくれた。
 広場には他にも、大人や子供が雑多にいる。皆、オレンジ色の風船を手にしている。
「それでね、かぼちゃの顔の裏に願い事書いて、空に飛ばすんだ」
 よくよく見ると、大人が数人でヘリウムガスを管理している。この風船は飛ばせるらしい。
 少年はこちらを見て、にこっと笑った。
「やってみる?」
 ―――
「お願いごと、書こうよ。それでさ、飛ばそうよ」
 僕はハヤブサって言うんだ――
「お話するの大好きなんだ。よかったらさ、その願い事が叶ったらどうしたいか、僕に教えてよ」
 ハヤブサは笑顔で楽しそうに言った。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 千獣はお遣いから帰ってきた途中だった。両手に荷物を持って、いつもの道を行く。
 大好きな森の、そしてその森に住む人々のための、お買い物。買出し以外にも逆に売りに行ったり、森の青年が街の人間と約束していたものを渡しに行ったり。
 こんな時間が、最近は何となく幸せだ。
 ふと上空から影が落ちてきて、はっと空を見上げると、オレンジ色の風船がたくさん飛んでいた。
「……いつ、の、間、に……?」
 そして次に突然ざわざわとした気配が横から襲ってくる。
 振り向くと、そこには知らない広場が出来上がっていた。たくさんの人がいる。大人も子供も一様にオレンジ色の風船を手にして、何かをしている。
「………?」
 何だか分からない。
 けれど危ない気配ではない。
 広場にいる人々の笑顔を見てそう判断した千獣は、しばらく人々の様子を観察していた。
 ――風船に、ペンで何かを書いてる?
 書いた後に、空に飛ばしてる?
 目のいい千獣にはそこまで見えて、風船なんかに一体何を書いているのだろうと心底不思議で小首をかしげた。
「――不思議に思う?」
 声が聞こえた。
 思わず目を見開いて、ぱっと振り向いた。――いつの間にかそこに、ふたつの風船を手にした少年がいた。気配を感じなかった――
 少年は、にこにこ笑顔を浮かべていた。
「僕はハヤブサ。お姉さんは?」
 千獣は迷ってから、
「……千獣……」
 と自分の名前を告げた。
「千獣お姉さん。ね、千獣お姉さんも、風船飛ばそうよ」
「風船……飛ば、す……?」
 ハヤブサは持っていたふたつの風船のうち、ひとつを千獣に手渡そうとした。千獣は慌てて片手の荷物を下ろし、受け取る。
「ハロウィンって知ってる?」
 ハヤブサは訊いてくる。
 ハロウィン。千獣は視線を泳がせた後、
「……聞いた、こと、は……ある……」
「うん、それでいいよ」
 ハヤブサはペンを取り出し、自分が持っている方の風船に何かを描き始めた。
 それは、何やら滑稽な人間の顔――に見えなくもない顔――だった。
「ハロウィンにはね、本当はかぼちゃをこういう顔にくりぬくんだ」
 とハヤブサは説明した。「だけどこの広場の伝統ではね、かぼちゃを使わずに風船を使う。――千獣お姉さんも、描いてみて?」
 少年がペンを渡そうとするので、千獣はもう片方の手に持っていた荷物も下ろした。
 ペンを受け取る。
 ハヤブサの風船を真似て、顔を描いてみる。
 ――とてもつたなく、ますます滑稽な顔になる。
 千獣はむうと膨れた。しかしハヤブサは微笑んで、
「いい顔してるね、その顔」
 と言った。
「……どこ、が……?」
 不思議に思って、膨れたまま尋ねる。
「だって絵には心が表れるんだ。千獣お姉さんの絵……うん、ちょっと線が曲がっちゃってるけど、すごく笑ってる顔じゃない」
「………」
 言われてしげしげと自分の風船の顔を見返してみる。
 確かに……線がぐちゃぐちゃながらも、やけに楽しそうな顔をしていた。
 千獣は目をしばたく。何だか……森に帰ろうとしていた自分が、まるでこんな顔をしているような感覚に陥った。
「それでね、ええと」
 ハヤブサは自分の風船をひっくり返し、顔風船の裏側を出す。
「ここにね、願い事を書くんだ」
「願い、事……」
「うん」
 ハヤブサは千獣からいったんペンを受け取り、すらすらと風船の裏に文字を書く。『広場にもっと人が来てくれますように』。
「それでね、このまま空に――飛ばす!」
 勢いをつけて、少年は風船を空へ放り投げる。
 ガスの入った風船はゆっくりと、上空へ上空へとのぼっていく。
 ぼんやりとそれを見上げていた千獣に、
「こうするとね、願い事が叶うんだよ」
 ハヤブサはにっこりとしながら言った。
「願い、事……叶う……」
 千獣は小首をかしげる。なぜ? どうして? 不思議だらけだ。
 そんな彼女の反応を見て、
「あはは。どうして、なんて聞いちゃダメだよ。だっておまじないだもの。でも不思議と叶うんだよ」
 はい、とハヤブサはペンを千獣に渡してきた。
「千獣お姉さんも、願い事」
「………」
 願い事……
 千獣は風船かぼちゃの顔を見ながら考える。自分の顔に見えた顔。
 ――自分は笑っている? こんなに楽しそうに。
 だったら……
「……願い……?……願い……」
 ちょこんと首をかしげたまま考えて、考えて考えて、やがて彼女は風船を裏返し、小さな子供のようにペンをぐーで握ってきゅっきゅっと文字を書いた。
『クルスをまもること』
 はっきり言ってとても下手な字だ。けれど、それを覗き込んだハヤブサにはすぐに読めたらしい。
 その、『願い事』とはちょっと違うかもしれない内容に、しかし少年は何も言わなかった。
「クルスさん? お友達?」
「友、達……」
 千獣は知らず頬を赤らめていた。友達――ではない。
 けれどどんな関係かと言われると……実は彼女自身よく分からない。
 とにかくひとつだけ分かっていることと言えば。
「大切、な、人……」
 ハヤブサは優しい瞳で見つめてくれている。
「……大切な、人で、ある、のは、もちろん、だけど……」
 千獣はぽつぽつと話し出す。
 なぜこんな話をしているのか、いや、そんな疑問さえ浮かばないうちに、言葉はこぼれ落ちていた。
「それと……私は……何も、できない……」
 きゅっと、胸が引き絞られるように痛んだ。
「……精霊の、みんなの、研、究、も……ルゥ、スライムの、世話も、セレネーの、記憶、も……何も、できない……」
 森に棲む精霊たち。千獣にとっても家族に等しい精霊たち。
 ミニドラゴンのルゥ。森で孵化したかわいいドラゴン。
 ……意味不明のスライムたち。
 そして突然森に迷い込んできた、記憶喪失のセレネー。
 ――自分は、彼らのために何もできない。
「けど、クルスは、違う……」
 彼の顔を思い描く。緑にところどころ青が混じった不思議な髪色。男性にしては細面の細身の青年。手放せない銀縁眼鏡。森の色の優しい……瞳。
 胸に手を置いた。
 とくん、とくんと鼓動が揺れていた。
「……クルスは、森の、みんなの、ため……いろいろ、できる……」
 精霊の研究をし、今までの森の守護者たちさえ成しえなかったことを成し遂げて。
 ルゥの世話をし。セレネーの世話をし。
「クルスは、森に、必要……」
 千獣は自分が書いた願い事を眺めて、強く思う。
 クルスは、森に、必要。
「……彼を、護り……森の、みんなも、護る……」

 目を閉じれば広がる。常緑樹の森の中。
 木々があって、雑草が生えていて。道を歩いていけば小屋が見えて。
 小屋の裏手には万年消えない焚き火。
 少し視線をはずせば大きな大きな岩があって。
 道をもっとゆけば森の中心、樹の精霊が宿る太い樹があって。
 そこを通り過ぎれば湖に到達する。つながっている川から、水が注がれて。
 そして森の中には常に風が吹いていて。

 小屋に戻ればこちらも万年火が消えない暖炉があって。
 そして部屋の隅っこに白い肌に赤い瞳の少女がいて。
 彼女の傍にミニドラゴンがいて。
 そして、椅子から彼が顔を上げる。優しい微笑み。お帰り、千獣――

「その、ために……必要、な、ものが、あれば……命、でも、払う……」
 暖かい場所。やっと見つけた居場所。
 お帰りと、言ってくれる人がいる場所。
 帰ってきた自分を包んでくれる存在たち。
 彼らを護るためなら。
「護れる、なら、それで、いい……」

 そして千獣は、風船を手放した。
 ゆっくり、ゆっくりと風船は昇っていく。
 ハヤブサが目を細めてそれを見送っていた。
 風船が高く高く。
 見えなくなってしまうほど高く。

「あ……」
 ふと思い出して、千獣は少年にそっと顔を近づけた。
「……これ、内緒、ね……」
「―――」
 少年は微笑みのまま千獣を見た。
「ねえ、千獣お姉さん――」
「な、に……?」
「僕はね、こう思うんだ」
 彼は千獣が地面に下ろした荷物を見下ろす。食料や道具やその他あれこれ。千獣が街から持ち帰ってきたもの。
「お姉さんは、その人が、その人たちが大切で全力で護る」
 ハヤブサは生活感あふれるその荷物を穏やかな目で見ながらつぶやいた。
「でもね、多分そのお姉さんの大切な人たちの方は――お姉さんを大切にしたいと思うんだ」
「………」
 千獣は言葉を失った。
 胸の中で、響くように声が聞こえる。あなたは大切な私の娘――俺の大切な精霊――
 思い出すたびに胸が熱くなる言葉がとてもとてもとても。
 優しく穏やかに響いて響いて響いて。
「だからさ」
 ハヤブサはにっこりと、千獣に微笑みかけた。
「千獣お姉さんもその命、失っちゃだめだと思うんだ」
 少年は手を伸ばす。そっと、千獣の心臓の上に。
 とくん、とくんと。
 波打つ鼓動が、彼にも伝わるのだろうか。
「……生きている証……」
 とくん、とくん、とくん……
「命」
 そんな言葉を紡ぐ少年の声は、不思議な響きをしていた。
「だめ、だよ。簡単に、命を払う……なんて、言っちゃ」
「だって」
 千獣は思わず言い返す。
「私、には、それ、くらい、しか……」
「この命を大切に思っている人、どれだけいるか、考えてみてね」
 ね、千獣お姉さん。
 最後に満面の笑顔でそう言って――

 少年は、消えた。

 広場の喧騒がなくなった。気がつくと、そこはいつもの森への帰り道だった。
「………」
 荷物を持ち直すこともできず、千獣はひとり立ち尽くす。
 胸の上に、両手を置いた。

 ――この命を大切に思っている人、どれだけいるか――

「分から、ない……」
 ぎゅっと胸元をわしづかんで、千獣は苦しい思いで声を出す。
 私の想いは、願いは、間違っているのだろうか?

 ――そうじゃないよ

 空から、声が落ちてきた。優しい笑い声の。

 ――だってそんなに護りたい大切な人たちなら、千獣お姉さんだってずっと一緒にいたいでしょう?

「………」
 すう……と。
 胸の苦しみが溶ける。
 そう……だ。一緒にいたい。
 ずっと一緒にいたいから、護りたいんだ。
 そしてそのためには……

 千獣は荷物を持ち直す。
「帰ら、な、きゃ……」
 唇に、かすかな微笑みが浮かんでいた。
 ――自分の願い事は間違ってはいない。
 けれど少しだけ、少しだけ方法を変えてみようか。
 考えることは……きっと間違いじゃない。

 風船はどこまで飛んだだろう?
 きっと空の彼方まで。
 私の想いはどこまで飛んだだろう?
 きっとこの世の果てにまで。
 願いは叶うのだろう、自分が自分でいる限り。
 刻の止まった常緑樹の世界の中で。

 彼女は歩き出した。己の帰る場所へと。
 歩き出した。たったひとつの言葉を聞くために。
 大好きな人から。大切な人から。
 たったひとつの言葉を聞くために。

 ――お帰り、千獣

「ただ、いま。クルス……」
 彼にそう、応えるために。


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

聖獣界ソーン

【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣様
こんにちは、今回はTrick and Treat!ノベルにご参加くださり、ありがとうございました。
千獣さんの決意表明、千獣さんらしいなと思いました。あえて最後にこちらから疑問も呈させていただきましたが、頑張ってほしいと思います。
また次のシーズンにぜひ遊びましょう!お会いできますよう願っております。
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年10月29日

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