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『妹のかぼちゃを護って 』
ルナン・ローラル3084

 ハロウィンまっさかりの今日。
 ある川を通りがかると、ひとりの女性が、かぼちゃを川に流そうとしていた。
 かぼちゃ。例のあれである。中身がくりぬかれ、顔の形にされたあれ。
 ――そんなもの川に流してどうするの。
 尋ねてみたら、女性はこちらを見て儚く笑った。
「妹の命日が……今日なんです」
 ………
「妹はハロウィンが好きで。毎年ハロウィンが来るたびにパンプキンパイを私が作ってあげて……」
 懐かしそうに女性はつぶやく。
「……だから妹が死んで以来、このハロウィンのかぼちゃの中にパンプキンパイを入れて流しているんです」
 ――精霊流しみたいなもの?
「そう……なのでしょうか」
 言いながら、女性はかぼちゃを川に流した。
 川の流れに乗って、かぼちゃは流れていく。海に向かって。
 ――流している間に誰かに食べられちゃうよ。
 言ってみると女性は軽く笑って、
「海はすぐそこです。海に入ったらすぐふやけてしまいます。誰も手を出さないでしょう」
 ――そうかな?
 指を指してやる。
 女性がふっとかぼちゃの方を見て――
 青ざめた。
「何……あれはなんですか!?」
 5羽ほどの、大きな猛禽類が、かぼちゃに群がっていた。明らかにつついている。
「嫌、やめて! 妹の大切なかぼちゃなの、やめて……!」
 女性は今にも猛禽類たちに飛び込んで行きそうだった。
 ――キミには無理だよ。
 誰か、助けを待とうよ。
 女性はがくっと地面に膝を落とし、猛禽類に襲われるかぼちゃを見つめながら、
「誰か……妹のかぼちゃを護って……」
 とつぶやいた。

 ■■■ ■■■

「ハロウィンパーティだから僕は魔法使いのコスチュームで参加するのだ☆」
 じゃーん、と誰が見ているわけでもないのに格好をつけながら、ルナン・ローラルは上機嫌に言った。
 トレードマークのハムスター耳飾りが今日も風に吹かれて元気だった。
 ハロウィンパーティ。何しろ元がアメリカ人の少年ルナンには心が躍って仕方がない。
「久しぶりに故郷の気配がするのだっ」
 るんるんと、料理人の癖でなんとなく持っているフライパンをくるくる回しながら彼は歩く。
 と、途中で絶景にあたった。
「おお、海があるのだ!」
 興奮して、額に手を当てる。今日は秋風が少し強くて、潮の香りがここまで届きそうだ。
「海まで走ってみるのだ!」
 ルナンは「ったーーー!」と、威勢のいい声を出して、走り出した。


 レイジュ・ウィナードは、蝙蝠の城と呼ばれている自分の城に飾るためのかぼちゃを買いに、出かけていたところだった。
 蝙蝠の城というのは、何も本当に有翼人のレイジュが蝙蝠の有翼人だからついた名ではないのだが。いつの間にか定着した城の名前を、今更否定し続けるのも面倒な話だ。
 そんなことは目下関係がなく。
 目的のかぼちゃを手に入れ、レイジュは空を飛び、急いで姉や友人の待つ城へ帰ろうとしていた。

 ……ふと。
 気配を感じて下を見下ろすと、海につながる川の傍らで、女性が1人何かをやっていた。
「……かぼちゃを流しているのか……?」
 おかしな趣向だ。レイジュは首をひねったが、まあ世の中色んなことをする人がいるんだなと片付けて、とりあえずあの女性はこのままどうする気なんだろうと気が向いて観察してみた。
 途中で青年が1人やってきて、その青年に向かって女性は何かをしゃべっている。
 途切れ途切れに声が聞こえた。何でも妹さんの……命日……のようだ。
 ちらっと表情も見えた。
 女性の、儚い、けれど優しい愛情に満ちた表情。
 兄弟。
 それを思い、レイジュはぎゅっと胸をつかまれた気分になる。
 自分にも姉がいる。幸い姉は元気いっぱいで健在だが、両親を恐ろしい方法で失って以来、唯一の肉親だけに大切で――大切すぎて不安で。
 自分は姉に愛されていると実感している。
 ……それに見合う愛情を、ちゃんと姉に返してあげているだろうか。
 愛情表現の仕方が分からなくて、日々姉の明るい笑顔を見るたびに申し訳なくて……
(あの女性……は、妹君を……亡くされたのか……)
 ――精霊流し、という言葉が聞こえた。
 それなら聞いたことがあるような気がした。亡くなった人の魂を送る行為……
 あの人はかぼちゃに、妹の魂を乗せて流すのか。
 感慨深くなり、レイジュはかぼちゃの行く末を見守った。
 しかし――


「あれ?」
 海の近くまで走ってきたルナンの目に、不思議な女性の姿が見えた。
 海につながる川の傍らで、1人の青年に動きを制されている。
「……あのお姉さんがどうも元気がなさそうに見えるのだ」
 元気がなさそう、どころではない。
 女性は今にも泣き出しそうだった。
「誰か……妹のかぼちゃを……妹のかぼちゃを……!」
 ――かぼちゃ――
 気がつくと、ルナンのほど近い場所に、猛禽類が数羽集まって何かをつついている。
 ルナンは目をこらしてよく見てみた。
 ――独特の色が見える。猛禽類に襲われてるのはかぼちゃだ。
 ルナンはすぐに察した。あのかぼちゃは、あの泣きそうな女性にとって、とても大切なものなのだろう。
「そうだっ。あいつらをやっつけて、僕の得意な料理でお姉さんを慰めてあげようなのだっ」
 ぐっとフライパンを握り締めた。
 猛禽類を倒そう。倒せるだろうか? ぐぐぐ、とフライパンを握る両手に力をこめていると、
 頭上からばさっと、優美に翼をはためかせて、
「待て……魔物ども」
 容姿端麗な、翼を持つ青年が降りてきた。


「このかぼちゃはあの女性の大切な物の様だ……あの女性の悲鳴が聞こえないのか?」
 レイジュは冷静に、猛禽類を諭そうとしていた。
 猛禽類は魔物だ。ぐぎゃあっと妙な声を上げ、レイジュに向かってくちばしを突き出し、威嚇してくる。
「聞こえないのか。そのかぼちゃは大切なものだ。今すぐ襲うのをやめろ」
 レイジュはなおも、話し合いで決着をつけようとする。
 しかし魔物たちは、ぎゃあぎゃあと騒ぐだけでかぼちゃにまとわりついて離れなかった。
「……話が通じる相手ではないか……」
 青年は嘆息する。
「戦うのだっ!」
 ふと見やると、十歳を過ぎたばかりほどの少年がいて――いや、いるのは最初から知っていたが関係ないだろうと特に気にしていなかったのだが――フライパンを両手で握って構えている。
「お兄さんは、仲間なのだっ!」
 少年はレイジュを見て言った。
 レイジュが首をひねると、
「手強い相手だろうと、仲間達と協力して魔物を退治するのだっ!」
 ――ああ、そういうことか。
「危ないぞ……いいのか」
 レイジュは一応少年に告げた。
「子供だろうと僕にだって戦う勇気はあるのだっ!!」
 勇ましく少年は声高に言った。
 レイジュは何となく、頼もしく思った。そして、
「では、2人でお相手しよう――獣ども」
 ばさっと翼をはためかせた。


「たあああああっ」
 ルナンがフライパンで思い切り魔物に突っ込む。
 危なっかしいなと思いながらも、レイジュは空から魔法を使って川の水を操ろうとした。
 うまく水面が動いてくれない。ぱしゃんぱしゃんと軽く波が跳ねるだけ。魔法が苦手だとこういう時不便だなと苦笑しつつ、何度も試みる。
「てえいっ!」
 フライパンが1羽の魔物の頭を直撃する。
 何度も何度もルナンは叩いた。しかししょせんは子供の力だ。限界がある。
 ――どうも倒す力に欠ける。
 ここはやはり、この魔物たちを追い返すしかないと、レイジュは考える。
 川面が揺れる。かぼちゃは何とか護りたい。しかしいったりきたりとかぼちゃは波に乗っている。
 ルナンに向かって魔物が襲いかかる。
「負けないのだっ!」
 ルナンは果敢にも立ち向かった。レイジュが慌てて川面の水を操ったが、他の猛禽類に当たってしまった。
 しかしルナンは、自分で真正面から襲いかかってくる魔物の顔面を叩いた。
 ばきっと音がして、魔物のくちばしが折れた。
「お、お姉さんのかぼちゃにいたずらするから、痛い目に遭うのだっ!」
 ルナンはくちばしが折れてぎゃあぎゃあ騒ぐ魔物をびしっと指差して、力いっぱい言う。
 レイジュが苦笑していると、彼にも魔物は襲いかかってきた。
「―――」
 とっさに蝙蝠を使役し、魔物を傷つけるのではなく追い払うことを考えた。
 猛禽類だけに蝙蝠ではなかなか難しい。
(それでも、何とか傷つけずに――)
 レイジュは超音波を発した。
 魔物はびりびりと電流が走ったように麻痺した。
 軽くかけただけだから、すぐに痺れは取れるだろうが……
 レイジュは再度魔法を試みる。
 何度目かの水の魔法で――
 ようやく、大飛沫があがり、そっくり返った川面が魔物たちの頭上から降った。
 ――幸いだったのは、その猛禽類たちが、攻撃すればますます憤るタイプの魔物ではなかったというところか。
 くちばしを折られ、何度もフライパンで殴られ、あげくに水を浴びて、魔物たちは飛び去った。
「やったのだ!」
 ルナンは無邪気に喜んだが、レイジュは無言で下を見つめていた。
 それを不思議に思ったルナンがレイジュの視線を追いかけると。

「あ……」
 海に向かって川面にぷかぷか浮かぶかぼちゃは、見るも無残に食べ散らかされていた。

 ■■■ ■■■

 レイジュはかぼちゃの欠片を、大切にすくいあげた。飛ぶのをやめ、地に足をつけて、ルナンとともに女性の元まで歩いていく。
「きみたち……ありがとう」
 と、多分通りがかりだったのだろう青年が言った。女性を制していた青年である。
 そのまま青年はすぐに姿を消した。ルナンは目をぱちくりさせて、
「あれ? あれ? どこ行っちゃったのだ?」
 レイジュはつぶやいた。
「……ハロウィンだったな、今日は……」
 ――魔法が飛び交う日。そんな、不思議なおかしなハロウィンマジック。

 女性は1人でぺたりと地面にしゃがみこみ、レイジュの腕の中にあるかぼちゃを見つめていた。
 レイジュは無言で、かぼちゃを差し出した。
 女性が泣き出す。
 ――姉の面影が重なった。
「……大事なのは貴女の心だ」
 レイジュは、クールにも聞こえる声音に精一杯の感情をこめて、告げた。
 女性が泣き濡れた顔でレイジュを見上げる。
「このかぼちゃは、貴女の妹に捧げたもののようだな。……かぼちゃはだめになってしまったが、貴女の心は何があっても消えないはずだ」
「私……私……っ」
 ひっく、ひっくとしゃくりあげる女性を少しの間、伏せ気味の目で見ていたレイジュは――
 ふと、ルナンがフライパンを持っているのを思い出した。
「フライパン……料理人か?」
「僕? そうなのだっ!」
「ならこれで」
 レイジュは自分の城用に買ってきたかぼちゃを、ルナンに差し出した。
「かぼちゃ料理を作ってくれ……この人と、この人の大切な妹君のために」
 ルナンは大きな目を輝かせて、
「任せてなのだっ!」
 大きくうなずいた。

 調理場は女性の家を借りた。
 女性はしばらく放心していたが、やがて1人かぼちゃ切りに奮闘するルナンの横にふらっと立って、
「……妹の好きだったパンプキンパイを作りたいの……。手伝ってくれる……?」
「もちろんなのだっ!」
 ルナンはにこっと女性に笑みを返した。

 レイジュは、最後まで付き合おうと、時間のかかるパイ作りもじっと待っていた。
 あとで姉に「遅い!」と怒られるだろう。
 ――怒って、くれるだろう。
 心配などせずに。心配していても、おくびにも出さずに。
「ありがとう……」
 姉を思い浮かべ、ぽつりと言葉を落とした。

「完せーい! なのだ!」
 台所からいい香りがして、ルナンの元気な声がした。
「焼き立てです」
 女性がパイを乗せた皿を持ってくる。
 涙の跡が消えていた。
 レイジュは心底安心した。
 3人で食卓を囲もうと、女性が椅子に座ろうとした時に、レイジュは言った。
「僕にも姉がいる」
 女性は一瞬、動きを止めた。
 それから――微笑んだ。
「食べて……下さいますか」
「愚問だ」
 我ながらつっけんどんな返答だと思いながら、レイジュは真っ先にパイをいただいた。
 熱い。
(この熱さが、きっと妹君の魂なのだろう)
 ルナンがおいしいのだーと声を上げる。
 女性が嬉しそうにルナンのこぼしたものを取ったり、口周りを拭いたりと世話をする。
 ひょっとするとルナンは、妹に共通するものを持っているのかもしれない。性格かもしれないし、年齢かもしれない。
 そんなことはどうでもいい。
 肝心なのは、泣いていた人が今は笑っているということ。ただそれだけなのだから。

「我が家分のかぼちゃを買いなおさなくてはな……」
 レイジュは女性の家を出て、空を仰いだ。
「行っちゃう、のだ?」
 ルナンが悲しそうな顔をする。
「ああ。……ルナンもだろう」
「うん……家に帰らなくちゃなのだ」
 2人で振り向く。
 女性は柔らかな微笑みをたたえて、2人に向かって頭を下げた。
 ただただ、頭を下げた。

 今日はハロウィン……
 不思議な魔法がかかる一日。
 彼らが出会ったのは偶然であり、また必然であり。
 ――そんな出会いに名残を残して。

 涙が笑顔に変わったハロウィンマジック。
 そんな奇跡の日に、感謝を告げて……


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

聖獣界ソーン

【3084/ルナン・ローラル/男性/11歳/異界職】
【3370/レイジュ・ウィナード/男性/19歳/【蝙蝠の騎士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ルナン・ローラル様
初めまして。笠城夢斗と申します。
このたびはイベントノベルにご参加くださり、ありがとうございました!
ルナン君はとってもかわいくて、おまけに料理人さんだったのでとてもいい慰め役になってくれました。
女性も喜んでいると思います。
よろしければまた、どこかでお会いできますよう……
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
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聖獣界ソーン
2007年10月24日

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