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『WONDER HALLOWEEN 』
松本・太一(w3a176)



 見も知らない場所だ。
 突然森の中で出会った子供によって、こんな姿にされてしまった。
 そう、『こんな姿』に。
 子供は言った。
「それはアンタが望んだ姿だよ!」
 ウソだあ、と心の中で洩らす。
 だがそうなのだというのだから、そうなのだろう。
 どうしてくれるんだと思うが子供はいない。どこに行ったと見回すと――。

 ハッ、と目が覚めた。

***

 いつの間にか、うたた寝をしていたようだ。
 目覚めた松本太一は、青ざめるしかなかった。手であった部分が妙だ。足もとを見下ろすと、人間ではない足がある。
(悪夢は続く……。いや、これも悪夢なんですかね……)
 遠い目をしてそんなことを思う松本太一、40歳。いい年齢の中年男性、というやつだ。
 コウモリなのは妥協できると、思う。人間大というのは少々どうかと思うが、ま、まぁ我慢できなくはない。そのコウモリがエプロンドレスをつけていても、まぁ何かの冗談で済みそうな気が……しないでもない。と、思う。
(これは……ちょっと……)
 だがさらに追加されている。太一は「年若い娘」の姿でもあるのだ。
 娘の姿をしたコウモリで、エプロンドレスを着ている。これが現在の太一の状態である。
 夢の中に出てきた少女は「アンタが望んだ姿」とか言っていたはずだ。もしもそうなら……。
 太一はごくりと喉を鳴らした。
 これは自分の望みということに、なる。
(僕って、こんな望みを持っていたんだろうか……)
 ついつい、溜息が出てしまった。
 いくらなんでも40代の男がこんな願望を持っていたら、変だろう。元々そういう趣味の者ならばいざ知らず、そうでもない男にこんな願望があるほうが怖い。
 世間からはかなり冷たい目で見られるに違いなかった。実はそういう趣味だったんです、と告白するのとはワケが違う。
 太一は内心で頭を抱えてしまった。
 外に出て、知り合いに見つかれば……気づかれることはまずないとは思うが、万が一気づかれた時のことを想像すると恐ろしさに涙が出そうだ。
 近所で囁かれる噂。こちらが見た瞬間、目を逸らす人々。自分が歩き去った後にこそこそと話している人たち。
(う、うわ……こ、これはシャレになりません……)
 想像してしまって項垂れてしまう太一だが、すぐに「ああでも」と考え直した。
 こんな恥ずかしい姿で外に出るなんてこと、あるわけがない。外に出る用事はないのだから、当然だろう。
(頼まれものの執筆が何枚かあったから、今のうちにやってしまおう)



 しかし、この体は厄介なことこの上ない。
 そもそもコウモリは二足歩行するような構造ではない。人間の膝から下の部分が、前後ろ逆になっていると想像すればわかりやすいだろう。
 幸いなのは、顔のほとんどの部分が人間だということだ。目が人間ではなかったらとんでもないことになっていたことは、考えるまでもない。
 コウモリは目がよくないのだ。暗闇の中で過ごすコウモリは口や鼻から超音波を発し、それによって障害物などの位置を知る。目に頼る人間とは全く違う生物である。
(いっそフクロウならまだしも……)
 同じように、夜に活動するものならフクロウのほうがマシに思えた。
 歩くことが困難なので、ほぼ、ぴょんぴょんと不恰好に軽くジャンプして移動していた。つ、疲れる……。
 なにより困るのは、両手だ。両手は完全にコウモリ化している。移動する際はこの「翼」を閉じているが……。
(め、面倒な……!)
 太一が少々イラついてしまうのは、仕方がないことだった。
 コウモリの「翼」は、鳥が持つようなものとは違うのである。コウモリの「翼」は、実は「膜」でできている。皮膚の膜だ。その皮膚が二枚重ねになり、その中に筋肉や血管、神経もある。つまり……「手」なのだ。
 その証拠に、「翼」にはきちんと五本の手の骨が存在している。翼と思えるそれは手なのである。
(人間にとってもよく似てますけどね……作りとしては。指を動かすのと同じ要領だとは思いますけど)
 指の骨と骨の間の膜が、邪魔でしょうがない。いや、指の長さもかなり開きがあるので、膜のあるなしはあまり関係ないかもしれなかった。
 明らかに執筆向きではない手では、どうやっても無理だ。何度チャレンジしてもダメなので、太一はとうとう諦めてしまう。
(人間の自分が恋しい……!)

 姿が変わっても太一は太一だ。ふつうにお腹が減ってしまうのは人間として、いや、生き物として当然である。
(確かカップラーメン、ありましたよね)
 これならなんとかなりそうだ。お湯を注げばできあがり。困った時の食事はこいつさえいれば百人力である。
 キッチンに移動を開始した太一は、途中でバテてしまい、休憩を挟んだ。慣れない足のせいで、なんだか筋肉痛のような気がする。
(だいたいなんなんですか、この足は。膝から下が前後反対なんて……! 気持ち悪くて仕方ないです……っ)
 前のめりになるのではなく、後ろに倒れかけてしまうのだ。壁に手をついて体を支えようにも、今はその「手」さえ役立たずと成り下がっている。
 一休みしてから、太一はキッチンまでなんとか辿り着いた。もう嫌だ。
(えっと……カップラーメンはテーブルの上にあったはず……)
 目的の物を発見! やった、これで食事にありつける!
 ついつい頬が緩んでしまう太一は、ハッ、とした。
 つ、掴めない。
(…………)
 フタを途中まで、いや、そもそも一切はがすことができない。
(…………っ)
 お湯なんてもってのほか!
(……………………っっ!)
 なんなんだこれは。何かの嫌がらせかそれとも試練か? 試練だというのかこれが。いやきっと何かの陰謀とか???
 がくーっ、とその場に座り込む体勢になるが、すてんと尻餅をついた。ああそうだ。膝が前に曲がらないから前屈すらできないのか……ふはは。
「ふふ……あはは……ふははは……」
 妙な笑いが込み上げ、太一は低く笑う。もちろん、尻餅をついたまま。
 部屋の中でたった一人、自分は一体なにをやっているんだろう。虚しい。そして悲しい。哀れでならない、自分が!
「すごいですねぇ……カップラーメンを掴むことすらできないなんて。あははー」
 あははははー。
 空虚な笑い声がキッチンでこだまする。
「いやもう、こんなナリであれですけど、尾膜がなくてよかったぁ。あったらもう、死ねって言われているようなものですよねー。うふふー」
 うふふふふー。
 尾膜なんてあったらそれこそ笑いすら出ないだろう。太一は涙ぐんでしまう。
 尾と、足の間にも、本来なら膜が存在していなければならないのだ。いや、それがない種類もいるだろうが。
「あったら、まさしくあれですよ。両足に手錠をがっちりハメられている状態に似てますね。あんな状態で、間接逆向きで、どうやって移動しろってんですかね」
 ははははは!
 大きく笑った後、部屋の中がしんと静まり返った。太一はなんとか起き上がる。これがまた、時間がかかった。
 一人で、良かった。
 こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしさと情けなさで、頭が破裂してしまいそうだ。幼い子供なら、10代の子供でも笑って済ませられる。20代でも、なんとか。だが30過ぎの男がこれでは、いくらなんでも。
 女の姿だからいいじゃないか、なんて思えない。そんなの、こっちが余計に惨めになるだけだ。外と中の差が激しくて余計に気持ち悪くなった。
「……なんかしましたっけ、僕……。なにか悪いこと、したっけなぁ……」
 ぼんやりと呟きながら、カップラーメンに視線を遣った。
 手を使わないでも食べられるものなんて……。口で食べろってか?
 コウモリはどうやって食べるんだろうと考える。考えかけて、すぐに中断した。
「やっぱりこのカップラーメンをどうにかしたいんですけど……」
 未練がましく口に出して言う太一は、カップラーメンを凝視していた。見ているだけなので、変化は起こらない。
「ふー……」
 溜息を吐き出す。
「……トイレ行……」
 きたいなぁ、と少し考えてぶんぶんと首を左右で振った。
 こんな娘の姿で行ってどうするっていうんだ! どうしても我慢できなくなったら行けばいい。
 トイレで用を足すことを想像するとさらに頭が痛くなった。もう考えたくない。一切の考えを放棄してやる。
(とりあえずできることからしましょうかね……)
 ぴょんぴょんと飛び跳ねて移動する太一は、自室に戻ってベッドに転がった。飛膜を折り畳み、体を小さくする。
 いつもなら、あれもこれもと気軽にできることが、何一つできない。無力だった。
 家の中が広ければこの飛膜を活用できるだろうが、人間の住居なのだからそれはできない。十分な高さがないのだ。
(いっそ、ぶら下がったほうがいいのかもしれませんね……)
 ぼんやりと天井に視線を向ける。
(冬眠とかできるんですかね……コウモリゆえに)
 このまま眠って、次に目が覚めた時……元に戻っていればいいのに。
 そこまで考えて「あっ」と小さく声を出す。
 どうしてそれに気づかなかった!?
(そうだ……。もう一度眠ればもしかして……!)
 どきどきと心臓が高鳴った。
 試すのも悪くない。
 ――と、そこで腹部が鳴った。空腹を訴える音だとすぐに認識する。
「目が覚めたらきっと……!」



 目が覚めても戻っていない。悪夢再来……!
 太一は頭を抱えたくて仕方がない。だがこの「手」ではそれも叶わない。
「誰か……!」
 助け――――。

 ハッとそこで瞼が開いた。頭が痛い。がんがんする。
「?」
 痛みに顔をしかめつつ起き上がる。見下ろした先は自分の手だ。
 人間の、手。
 ゆっくりと自分の顔に触れる。いつもの顔だ。
「やった……! やりました……!」
 勝利した! 自分は勝った!
 何に勝ったのかわからないが、太一はガッツポーズをとってしまう。あれ? でも待て。さっきまでのは夢なのだから、別にたいした問題はないはずだ。
「変な夢でしたねぇ。夢の中で目が覚めるなんて」
 軽く笑いながら台所へ向かった。お腹が空いている。
 キッチンのテーブルの隅にちょこんと在るカップラーメンを視界でとらえ、太一は思わず動きを止めた。
 いやいや、まさか。
 視線をふいっと逸らし、時計を見てぎょっとした。4時? 4時って夕方の?
 それにしては暗い。あれ? もしかして。
(いま、朝の4時?)
 だとすれば寝過ぎだ!
(え? いや、でも寝たのは……。あれ? でもこの頭痛は寝過ぎた時に起こるのに似てますしねぇ)
 頭の上を疑問符が乱舞している。
 はたして夢か、現実か。その答えを、太一は持っていないのだった。



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【w3a176maoh/松本・太一/男/40/直感の白】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、松本様。ライターのともやいずみです。
 かなり苦労されていた一日、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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神魔創世記 アクスディアEXceed
2007年10月23日

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