▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『幽明の宴〜薔薇と炎の幻影〜 』
ジェネシス(mr0174)

■オープニング

 異世界から来た友人に聞いた。
 彼の故郷には10月の終わりになると「ハロウィン」なる慣習があるそうだ。
 現在では形を変えて子供らが主役となるお祭りとなっているが、元々はある古代民族の収穫祭に源流を発するという。
 彼らはこの季節、生者と死者の世界を隔てる「門」が開かれ、死者の魂が自在に現世を訪れると信じていたらしい。
 友人はこうもいっていた。
『毎年ハロウィンの季節になると、子供の姿をかりた精霊が巷を徘徊する。その子からお菓子を貰えば、かつて亡くした大切な人と一夜だけ再会できる』――と。

 その話を聞いても、俺は別段驚かなかった。
 その程度の不思議なら、いま留学しているこの世界でいくらでも体験できる。
 むしろ興味を惹かれたのは、死者の魂が現世に舞い戻るという、ハロウィンの習わしそのものについてだった。
 偶然だろうが、俺の故郷であるスヴァルトアールヴへイムでも、同じ季節に似たような伝説があったからだ。

 ◆◆◆

 10月も終わりに近いその晩、俺はそれまで読みふけっていた想魔学に関する古文書を閉じると、外套を羽織って外に出た。
 読書に疲れた頭と目を休めたかったし、それに今夜は自分にとっても、特別な意味を持つ晩であったからである。
 夜風は涼しいというより、もう寒いといっていいくらいだった。
 研究に関する事はしばし忘れ、冴えた月光のもと、秋の花々が咲き誇る夜の薔薇園を横切り、東屋の方へと向かう。
 秋の花も悪くないが、俺はやはり薔薇の方が好みだ。多分薔薇好きだった母の血を引いたのだろう。
 赤、黄色、ピンク――中には、俺が自ら遺伝子改良で作った青薔薇も咲いていた。
 庭の一角に建てられた東屋はガラス張りの温室も兼ねているので、中で花を観賞しながらお茶を飲むこともできる。
 だが、その前に俺にはやることがあった。
 手に提げた鞄を開き、中に用意した大小様々な蝋燭を取り出す。
 細い蝋燭、太く長い蝋燭、色つきの蝋燭、人や動物や鳥を模した、本物と見まごうような細工を施された蝋燭――。
 それら一本一本を東屋の回りに置き、俺は魔力を使って順々に火を灯していった。
 例の友人の故郷でハロウィンが祝われるこの時期、俺の故郷スヴァルトアールヴへイムでは、こうして還ってくる死者の魂を出迎えるのだ。
 もっともここは留学のため滞在している土地なので、故郷で死んだ魂がわざわざここまで訪ねてくるかは定かでない。
 しかし霊魂とは、ある意味で時間や空間を超越した存在だ。
 だいいち故郷の連中はわざわざ蝋燭など灯して「彼女」を出迎えないだろう。彼女を殺したのは、他ならぬ奴らなのだから。
 彼女の魂が還る場所があるとすれば、それは俺が待つ、この屋敷だ――それは殆ど確信といっていい感情だった。

 最後の蝋燭に火を灯したとき、ふと何者かの気配を感じ、振り向いた。
「こんばんは。いいお月さまだね」
 そこに立っていたのは、奇妙な出で立ちの子供だった。
 性別は不明だが、オレンジ色の髪にくりっと丸い緑色の瞳を見開いた、ひどく綺麗な顔立ちの子供である。その尖った耳を見て、俺はてっきりエルフかと思った。
 いずれにせよこんな真夜中、人の庭に勝手に踏み込んでくるとはいい度胸だ。
 普通ならただでは済まさないところだが、子供相手にいちいち怒るのも大人げない。
「……何か用?」
 特に語気を荒立てることもなく、俺は尋ねた。
「用ってほどでもないけど。気持ちのいい月夜だし、ここの薔薇園がきれいなもんだから、ついお邪魔しちゃったのさ」
「おまえ、名前は?」
「ボク? ボクのことは『リデル』って呼んで」
 その名を何処かで聞いたような気がしたが、すぐには思い出せなかった。
「その耳の形……おまえもエルフか?」
「違うよ。ボクは……まあ、細かいコトはどうだっていいじゃない」
 どうやらエルフではないようだ。といって、やや血色の悪い白い肌は、俺と同じダークエルフでもなさそうだが。
 この世界樹ユグドラシルの根元にある街には、実に様々な世界から留学やその他の理由で訪れた種族がいる。たまたまエルフに似た者がいても、別に不思議ではあるまい。
「男か、女か?」
 それを聞いて、リデルはクスクス笑った。
「どっちでも、お好きなように……でも、なぜそんなコト気にするの? ボクは別に、キミの家族でも恋人でもないのに」
「……もっともだな」
 俺も思わず苦笑いした。かくいう自分も、この中性的な容貌のせいで他人からはよく女と間違われて迷惑している身だ。確かに、今のは余計な詮索だった。
「薔薇もいいけど、その蝋燭もなかなかきれいだね。今夜はキャンドルパーティ?」
「これは迎え火だ。……還ってくる死者の魂が迷わないようにな」
「へえ。この世界にも、ハロウィンがあるんだ?」
「ちょっと違うが……まあ好きに呼べばいいさ。名前なんか、どうだっていい」
 あるいは、蝋燭の迎え火が子供の幽霊でも呼んでしまったのかもしれない。
 まあそれも一興だ。
 どうせ秋の夜長、話し相手の一人くらいいても悪くない。
「今の一本で最後だ……お茶でも飲んでくか?」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて」
 警戒というものを知らないのか。リデルは嬉しそうに俺の後を追い、小走りで東屋へと入ってきた。

 温室も兼ねた東屋の中は暖かく、季節を問わず色とりどりの花が咲いている。
 そしてガラス一枚隔てた向こうには、やはり色とりどりの蝋燭が何本も灯され、夜の薔薇園をぼんやり照らし出していた。
 中央の円卓に座り、足をブラブラさせながら珍しそうに周囲を眺めるリデルに、俺は淹れ立てのローズティーを出してやった。
「ところで、リデルもユグドラシル学園の学士なのか?」
「ガクシってなあに?」
「……いや、違うのなら別にいい」
 俺も椅子に腰掛け、暗闇の中で音も無く燃える蝋燭の列を眺めながら、自分のお茶を一口啜った。
「俺の専攻は想魔学だ……想魔学って判るか?」
 リデルは首を横に振った。
「簡単にいえば、心にある思いや願いを力に変えて、様々な現象を引き起こす魔法を研究する分野さ」
「すごいや。心に思った願いがそのまま叶うの?」
「まあ、口で言うほど簡単じゃないけどな……いや、悪い。つい堅苦しい話になって」
「ううん、何となく判るよ。だってみんなの『願い』を集めるのがボクの仕事だもの。……もっとも、ボクはただ集めるだけで、自分のために使うわけじゃないけど」
 歳に似合わず達観したような微笑を浮かべ、
「ああ、もうすぐハロウィンの季節も終わりだねえ……そしたらボクも、自分の元いた世界に戻らなくちゃ」
「? それは、どういう――」
「そうそう、お茶請けに、おひとついかが?」
 俺の質問をはぐらかすように、リデルはニコニコ笑いながら手に提げていた小箱を円卓の上で開けた。クッキー、キャンデー、チョコレート――中には様々なお菓子が、ぎっしり詰まっていた。
「いや……腹は減ってない」
「まあ、そういわずに。お茶のお礼だよ」
 無碍に断るのも悪い気がして、俺は適当に選んだクッキーを一つつまみ上げ、口に放り込んだ。
 砂糖と小麦粉、それにミルクの香ばしい味が、じわりと口の中に広がる。
「……これは……」
「どうしたの?」
「似ている……昔、母さんが焼いてくれたクッキーの味に」
「お母さんは、今どうしてるの?」
「死んだよ……俺が子供のときに」
 俺はリデルから目を逸らし、すぐ傍に咲く薔薇を見つめながらいった。
「俺たちダークエルフは……故郷の土地じゃ色々と迫害されててな。暗黒神の信者だのと決めつけられて……母さんは……俺を庇って命を落としたんだ」
「ふうん……」
 さすがに、リデルも気の毒そうに眉をひそめた。
「おかしなものだね……ボクも色んな世界を渡ってきた。中には肌の色の違い、信じてる神様の違いだけで、何百年と殺し合いを続けている世界もたくさんあったよ。みんな、死んじゃえばまた全然違う姿で生まれ変わって、別の神様を拝むことになるのにねえ」
 まるで死後の世界を見てきたかのような言い方だ。
「そういえばおまえ、ウルドの門を通って来たのか?」
「関係ないよ。ボクは自分の力で、どんな世界にだって行ける。ただ行けるってだけで、その世界の事象には干渉できない決まりになってるけど」
 ようやく思い出した。
 異世界から来た友人の噂話。ハロウィンの夜、何処からともなく現れて、生者を死者の世界に誘う子供の精霊。その名前は――。
 ふと気づくと、目の前のリデルがやけに大きく見える。
 いや、俺の体が小さくなったのだ。
 ――さっき食べたクッキーのせいか?
 咄嗟に聖獣を召喚しようと試みたが、いつの間にかすっかり子供の姿に戻った俺がいくら呼んでも、何も現れなかった。
「やっぱりおまえが、あのリデル……俺をどうするつもりだ?」
「ほんとは、ハロウィンのパーティーに招待するつもりだったけど……その必要はなさそうだね。『向こう』から訪ねてきたようだ」
「……?」
 リデルが指さす先に顔を向けると――。
 ガラス壁の向こうに並ぶ小さな灯の向こうから、何かぼんやりした人影が近づいてくる。
 最初は、俺自身の姿が映っているかと思った。それくらい瓜二つだったのだ。
 しかしそれはどこかつかみ所のない、今にも消えてしまいそうに儚げな風情の、ダークエルフの女性だった。
「かあ……さん……」
 その女性は薔薇と蝋燭の間を通り過ぎ、さらにガラス壁さえ影のようにすり抜けて俺の方に歩み寄ってきた。
 俺と同じくわずかに紫がかっった銀髪。紫銀の瞳。青黒い肌――。
 だがその髪は腰まで流れ落ちるように長く伸び、細身ながら女性らしい曲面を描く肢体に張り付くようなシルクのドレスをまとっている。
「会いたかったわ……ジェネシス」
 切れ長の瞳が、優しげに微笑んだ。
 俺は傍らでリデルが見ていることも忘れ、夢中で母に駆け寄った。
 ちょうど背丈が縮んでいるので、上から見上げた母の姿は、昔の思い出そのままだ。
 走り寄った俺を、母は包み込むように抱き締めてくれた。
 そうだ。忘れもしないあの日、故郷でリンチを叫ぶ群衆に取り囲まれたときも、母はこうして最後まで俺の身を庇い――そして命を喪ったのだ。
「……貴女の息子で……よかった……貴女がいてくれたから、俺は……俺の血に誇りを持てた」
 その儚げな容姿に拘わらず、彼女は強い人だった。
 外見が、髪や肌の色が自分たちと違う――それだけの理由で狂乱に浮かされ、野獣と化した群衆に華奢な体を蹂躙されながらも、最後までその瞳は凜とした光を失わなかった。
(憎んでは駄目よ。彼らはただ、心の弱い者たちにすぎないのだから――)
 ただ恐怖に身を竦める幼い俺に、そう言い聞かせるように。
 だが、それでも――。
「……もっと、貴女と一緒に生きたかったよ……」
 話を聞かせて貰いたかった。
 枕元で子守歌を聴かせて欲しかった。
 もっともっと、その腕に抱き締めて欲しかった――。
 この10数年、誰にもいえなかった本心からの言葉を、俺は嗚咽を洩らしながら母に伝え続けた。
「ごめんね、ジェネシス。でも、母さんはいつでもあなたを見守ってるわ。たとえ生死の境に隔てられても……私たちは、ずっと一緒よ」
 温室の花びらが一斉に舞い散り、まるで吹雪のように俺たち二人を取り巻いた。
 たとえ束の間の夢であろうと、その夜の母との再会は、俺の胸に永遠の現実として刻みつけられた。
 時間が経つにつれ、燃え尽きた蝋燭の炎が一本、また一本と消えていく。
 やがて、東屋の中は深い闇に包まれた――。

 ◆◆◆

 ガラスの屋根から差し込む朝日で目が覚めたとき、そこにはもう母も、リデルの姿も消え去っていた。もちろん俺の体も元通りに戻っている。
 ゆうべ蝋燭を点け終えたあと、東屋で眠り込んでしまったのだろうか?
 まだ夢うつつの俺の前に、円卓に置かれた二つのティーカップだけが残されていた。

〈了〉

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
mr0174/ジェネシス(じぇねしす)/男/18歳/ダークエルフ

(公式NPC)
―/リデル(りでる)/無性/12歳くらいに見える/観察者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ジェネシスさん、はじめまして。ライターの対馬正治です。
この度のご参加、誠にありがとうございました。
プレイングの文章中、東屋の周囲に蝋燭を灯して回るシーンが非常に印象深かったため、本作ではあえて「迷路の世界」へは行かせず、お母さんの方から来て貰う展開となりました。また、本作でのジェネシスさんは学生寮ではなく、学園の外にご自分の屋敷(庭付き)を持って暮らしているという設定で描写しております。
では、またご縁がありましたら、よろしくお願いします!
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
対馬正治 クリエイターズルームへ
学園創世記マギラギ
2007年10月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.