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『who are you? 』
トリストラム・ガーランド(mr0058)

 ■

「好きな姿に変身出来るとしたら、何がしたい?」
 オレンジ色の髪に緑の瞳。
 秋の夜長に不思議なほど溶け込む外観をした子供はリデルと名乗り、意味深な笑みを浮かべながら問い掛けてきた。
 トリストラム・ガーランドは唐突な展開に目を瞬かせつつも、動揺を見せることなく先を促す。
「好きな姿に変身って、どうやって?」
「簡単だよ、このお菓子を食べるだけで君は好きな姿に変身出来る」
 右手には親指の爪先くらいの飴玉。
「で。もう一度こっちのお菓子を食べれば元に戻れる」
 左手には同じ大きさの、チョコレート。
「簡単でしょ?」
 にっこりと笑うのは、少年だろうか、少女だろうか。
 無邪気な笑顔につられるように、確かに簡単そうだと思う。
「これを食べて、変身しちゃったら、誰に何をしても君の仕業だなんてバレないんだもん、何でもやりたい放題だよ!」
 意気揚々と語るリデルの声は、まるで暗示を掛けるかのごとく。
「好きな姿に変身か…」
 右手の飴玉を貰い、口に入れた。
 同時に広がる甘味と、鼻腔をくすぐる柔らかな匂い。
 そして、目眩。

 ――…ぁ…れ…?

 あまりにも強い揺れに、立っていられなくなり、膝をついた。
 と、同時に子供が笑う。
「そういえば言い忘れてた。ボクのお菓子を食べちゃうと、ボクの世界に飛んでっちゃうんだよね」
 そういうことは最初に言って欲しいと思うも、時既に遅し。
「元に戻りたくなったらボクに言いに来てね、もう一回お菓子を食べたら戻れるから」
 もっとも、と鈴の様に響く笑い声。
「ボクもう少しこっちで遊んでいくから、会えるのがいつになるか判らないけどね」
 
 まったく悪びれの無い様子で大きく手を振る。
 その姿を最後に視界は完全に暗転した。


 目覚めれば、そこは異世界。
 人はたくさんいたけれど。

 誰も自分を自分とは知らない世界――。




 ■

 風の精霊王の娘・リーフが熱い視線で嬉々とした声を上げる傍で、同じ精霊王の息子・ヴェントが感心した様子に真面目な顔で呟く。
 常に自分に最も近しい場所に在る精霊達の反応を「あのね…」と複雑な表情で受け止めたトリストラムは、現在は彼にして彼に非ず。
 人間の耳に代わって頭部にお目見えしたのは黒い猫耳だった。
 シャツにジーンズという衣装も黒で統一され、どういう仕組みか、背後にゆらりと揺れる猫尻尾。
 左腰のウォレットチェーンは、木々の合間から射す月明かりのように艶やかな弧を、少年の細腰に描いていた。
 リデルと名乗る不思議な少年から受け取った飴玉によって招かれた世界は、常しえの闇を謳歌するようにオレンジ色の灯をあらゆる場所に燈していた。
 彼が目覚めた森の中はもちろんのこと、視線の先に広がる街並、そこに建ち並ぶ木造家屋の軒先はもちろん、街灯も、道の脇にも、窓辺にも。
 灯が揺れる。
 まるで見る者の感覚を鈍らせるように――。
「…それにしても…、変身と言っても性別が入れ替わるわけではないんだね」
 周囲の奇妙な雰囲気を警戒しつつ自分の姿を確かめたトリストラムは、特に違和感のない身体つきに安堵した。
 好きな姿に変身出来ると言われた結果がこの姿というのは少々気になるのだが、その理由は背後の精霊からすぐに知らされた。
 不思議の菓子は、彼と共に生きる精霊達の意見を強く聞き入れたらしい。
 まったく…、と少年は軽い吐息を一つ。
 だが、こうなってしまっては仕方が無い。
 自分を元の世界に戻すことが出来るリデルは、しばらく戻って来ないと言っていたし、帰りをただ待つのも退屈だ。
 せっかくの機会なら楽しまないのは損だろう。
「そう考えれば…、女の子になって故郷に飛ぶのも楽しそうだったね」
 トリストラムは街に向かって歩き出しながら、ふと思いついたように背後の精霊達に話し掛けた。
 兄弟に見せるのかと問われて首を振る。
「違うよ。昔、俺が女の子なら良かったのに、って言ったあの人に見せたらどんな反応をするか想像したら、面白そうだなって」
 もちろん酒の席でのことだ、本人は覚えていないはず。
 そんな相手に無害な顔でサラリと怖いことを言えるのは、さすが“精霊に愛されし者”というところだろうか。




 ■

 訪れた街は様々な姿をした者達で溢れていた。
「みんな、リデルのお菓子で変身しているのかな…」
 トリストラムはしばらく思案した後、
「――うん、せっかくだしね」と微笑んで見せた。


 多種多様な姿は人間か獣かの区別もつかず、天使か悪魔かも判りはしない。
 美しい姿で周囲に迷惑を掛ける者が居れば、凶悪な姿で他人の手助けをする者もいる。
 そんな景色の中の一角。
 菓子売りの店。
 商品が並んだ棚の上からクリームパイが浮き上がった。
「えっ…」
 目撃した者は目を見開いて驚きの声を上げる。
 ゆらゆらと大気を伝って向かう先には人だかり。
 喧騒には怒りの刺々しさが滲み、それが更に周囲の者達の神経を逆撫でていた。
「オマエからぶつかって来たくせに俺が悪いってのか!」
「似合わねぇ派手なカッコしてるテメェが悪いっつってんだろ!?」
 行き交う怒声を。
「あ…!」
「うわっ」
 不意に覆う驚愕と、甘い匂い。
「なっ…誰だこぉっ!?」
「ふげっ…な…ぁっ!?」
 二度、三度。
 頭上から落ちてくるパイに争っていた男達は怒りの矛先を変えた。
「誰だ、顔見せろ!」
「ふざけんな!」
 クリームだらけの顔では表情も変えられず、視界も狭まっていただろう。
 その僅かな視界に突如、飛び込んだ影。
「!?」
「争うのは良くないよ」
 声と共に、狭い視界を覆ったのは繊細な顔立ちの黒猫――否、姿を変じたトリストラムだ。
「おま…なに…っ…」
 怒鳴り返そうにも言葉が続かない相手ににっこりと微笑み、瞼についたクリームを舐め取った。
「!!」
 それこそ無邪気に、猫のような気まぐれさ。
「みんな仲良くね」
 言い終えるなり瞬時に姿を消した黒猫に、その場の一同が絶句。
「……なっ…なっ…」
 一方がわななく傍らで、瞼を舐められた彼はその場に転倒した。
 真っ白なクリームに朱が滲むほど、その顔を赤らめて。


 その風が吹くところ、物が飛んだり、落ちたりと。
 精霊の悪戯かと空を見上げる者が現れると、その眼前には影が落ちた。
 艶やかな黒色を纏った繊細な容姿に、人は決まって目を見開き、固まる。
 そんな驚嘆の姿に、黒猫は微笑んだ。
「ありがとう」
 驚いてくれて、ありがとう。
 感謝の言葉と共に頬に触れた温もりは、羽根のように軽やかなキス。
 その一夜で数十の鼓動を高鳴らせたことを、本人は自覚しているか否か。

 ハロゥインの、一夜限りの不思議の世界。
 ただ一夜なら菓子も悪戯も楽しんでしまわなければ勿体無い。


「この世界はどうだった?」
 どれくらいの時間が過ぎた頃か、再び姿を見せた子供は数時間前と変わらない無邪気な笑顔で声を掛けて来た。
「そろそろ戻る?」
 楽しげな響きを伴った問い掛けに、トリストラムは背後の精霊達と顔を見合わせて頷いた。
「そうだね…。充分、楽しんだし」
「そ」
 返答を聞くなり、リデルは彼の口にチョコレートを放り込んだ。
「ん」
 同時に広がる甘味と、鼻腔をくすぐる柔らかな匂い。
 そして、目眩。

 ――…ぁ…また…

 あまりにも強い揺れに立っていられなくなって膝をついた。
 と、同時にリデルは笑う。
「縁があったら、また来年ね!」
 大きく手を振る。
 その姿を最後に視界は完全に暗転した。


 目覚めれば、そこは元の世界。
 いつもの日常が戻ってくる――。




 ■

 翌日、ユグドラシル学園内の廊下を歩いていたトリストラムは、奇妙な視線を感じてそちらを振り返った。
 視線が重なったのは見知らぬ男性学士。
「…?」
 相手は途端に顔を真っ赤にして逆方向へ走り出した。
 だが、その急な方向転換のせいで歩いていた女学士とぶつかり、相手を転ばせてしまったのだ。
「ぁ…」
 そしてその女学士を、トリストラムは知っていた。
 同じ精霊友達学を専攻している封機委員、アリーシャ・マンスフィールドである。
「大丈夫?」
 立ち上がるのに手を貸そうと歩み寄ると、彼の接近に、彼女に謝りつつ事情を話していた件の男性学士は更に顔を赤くし、逃げ出した。
「……どうしたのかな」
「さぁ…、良く判らないのだけれど、貴方に良く似た猫がどうとか…」
 猫、と聞いた途端にトリストラムの背後から嬉々とした悲鳴が上がる。
 その声は、彼と同じく精霊と会話することが可能な少女の耳にも聞こえていたようだ。
「え…っ…からかい甲斐?」
「ううん、こっちの話。姐さん急に出て来ないでね」
 唐突な精霊の発言に目を瞬かせるアリーシャと笑顔で話しつつも、思うことは同じ。
 さて、どうしたものかな、と。
 小さくなる背を見送るトリストラムの口元には、楽しげな笑みが浮かんでいた。

 
  

 ―了―

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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・mr0058/トリストラム・ガーランド様/男性/17/専攻:精霊友達学/

・NPC/リデル/無性/外見年齢12/観察者/
・NPC/アリーシャ・マンスフィールド/女性/17/専攻:精霊友達学/


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、今回は『trick and treat!・ゲームノベル』へのご参加、まことにありがとうございます。
また、予定外にお時間を頂いてしまい申し訳ございませんでした。
今回お届けする物語をお気に召していただける事を切に願っております。

彼のように、華奢に見えて芯の強い美少年は大好きです。
そのため、細心の注意を払ったつもりなのですが、些か某傾向寄りの描写も含まれているかもしれません…、ラストも含め、不快な表現等ありましたらリテイクをお出し下さい。
可能な限りPL様のご希望に添った物語をお届けしたいと思っております。

また、機会がありましたら再びお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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Trick and Treat!・PCゲームノベル -
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学園創世記マギラギ
2007年10月22日

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