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『〜綾香と悪魔の奥様談義〜 』
御崎・綾香5124)&ノアール・ー(5639)&(登場しない)

メビオス零


 季節は秋。気温は寒くもなく暑くもなく、湿気も春ほどではないが、湿ってもなく乾いてもいない、そんな季節。
天気の良い日曜日。雲は薄く、日光は眩く洗濯物を明るく照らしている。
 まさに絶好の休日日和。仲の良い家族ならば一緒に出かけて遊び回り、恋人同士はデートの一つもするのだろう。不健康にも家にこもってパソコンに向かい続けるような者もいるのだろうが、それはそれとして、シーツから水を切って並べて干していく御崎 綾香には関係のないことであった。
 何故なら……本日、綾香の相手をしてくれるはずだった婚約者は、家から忽然と姿を消していたのだから。

「……」

 綾香は無言で洗濯を終えると、家に上がって掃除を始める。しかしフッとカレンダーに視線が行ってしまい、溜息を吐いて項垂れてしまった。
 本日の日付の場所には、赤いペンで囲みがしてあり、“二人で映画etc.etc.・空けておくこと!”等という書き込みがされていた。ちなみに、この書き込みは一月ほど前から存在していたりなんかする。
 綾香の機嫌がすこぶる悪いのは、偏にこの書き込みと不在の婚約者が原因だった。

「何で……こう間が悪いのだ」

 綾香とて分かっている。彼女の婚約者の仕事がプロレスラーと言うことを思えば、これは当然のことなのだ。
 ……テレビでばかりプロレスを見ている人にはわかりにくいかも知れないが、テレビ中継されるような試合というのは存外に少ないものである。それはどの格闘スポーツでも言えることではあるのだが、試合がない以上は収入もない。それは困る。その為に自分達で試合の日取りを決めて客を集め、試合を行うことになるのだ。
 なるのだが……その開催場所は一定しない。
 東京や大阪と言った大きな場所では、大きな大会ばかりが開かれる。自分達で大会を開く時にも、客が集めやすい反面、会場を借りるための費用で多大な出費がかかる。リスクが大きいため、協会が開いてくれるような大会でなければ敬遠されるものだ。
 よって、ジムが場所を借りて行うような試合は、大半が各県・地方にある体育館や広場を借りての小さな試合である。他のジムに連絡を入れて相手を確保し、そしてその相手のいる地方にまで出向くのだ。ジムのメンバーは会長を初めとして各選手がバスや電車で移動を続け、安ホテル等に泊まりながら資金を節約し(場合によってはそのままバスの中とか)、様々な地方で場所を借りて試合を行って資金を調達する。これを巡礼と言い、多数の地方を回るために時間の掛かる必須事業である。プロレスラーなら、大物でも必ず経験したことのある事だ。
 ……必須なのは分かる。生活のための資金稼ぎだ、当然だろう。しかも綾香の婚約者は、まだ新人の域を出ていない。どんなに戦績が良かろうと、とにかく数をこなしたい所だったというのも、まぁ分かる。
 しかし、巡礼を許可した自分でも、まだ内心では落胆を隠せないでいた。
 「何も一ヶ月も前から予定していたデートをすっぽかすことはないだろう」という思いが、少なからずある。しかもこの一週間、婚約者はこの家に一度も帰ってきてはいない。毎晩のように電話で連絡を入れてくれてはいるが、「今日の相手は強かったー」だの「先輩の奥さんがな〜」だの「大阪のうどんって味が薄いな!」なんて感想を聞かされた所で、うれしさは微妙な所である。せめて「元気か?」とこっちを気に掛ける言葉ぐらいは言えないのか。一緒にいるときには驚くほどこちらの感情の機微を読んで来るというのに、電話越しでは鈍感な婚約者であった。
そして何より綾香をガッカリとさせたのは、帰宅予定は来週の金曜日と言うことだ。デートは来週まで持ち越しなのだが、年末の大会への予選を考えれば、それも怪しい。いつ中止になっても、おかしいことはない。

「しかしあそこまで謝られると……私が悪者ではないか」

 綾香は掃除機を片付けながら、巡礼で出立するときの婚約者を思い起こした。
 婚約者はデートに行けなくなったことを平謝りし、挙げ句の果てには土下座までしてきた。その態度に、綾香も怒りを抑え込んで「フフフ、私は大丈夫だ。そう、大丈夫なんだ。怒ってなんかいないぞ? だから、安心して行ってきてくれ。そう、私のことなんか気に掛ける必要はないぞ? これも仕事なんだからな。そう、こんな事はどこでも良くあることなんだ。だから安心して……」と笑顔で見送ったというのに、顔を上げた婚約者は、子どものように怯えた表情を浮かべていた。なんだその顔は。私の体からどす黒いオーラがにじみ出ている? 誰がそうさせたと思ってるんだ。このまま暗黒面に落ちてやろうか?
 ……しまった。思い起こしていたら私自身、私が悪者に思えてきた。今度、祖母にでも相談しておこう。誰かに愚痴ぐらい聞いて貰わないと、本当に覚醒してしまいそうだ。
 私が回想を終了して鬱に入っていると、ピンポーンという軽快な呼び鈴が鳴り響いた。

「あ、はーい!」

 私はすぐに鬱モードから脱出し、普段通りの顔に戻っていた。パタパタとスリッパをで床を叩きながら小走りし、玄関を開けて客を見る。
 ……見たことのない人だった。いや、確か……婚約者をバスまで見送るときに一度、顔を合わせていたような気がする。確か、婚約者の先輩の奥方だ。一歳ほどの小さな子どもを抱きかかえ、子供をあやしながら笑顔を浮かべている。
 知らない相手ではないのだが、突然家に訪問されるほどの親しい仲ではなかったと思うのだが……?

「あの……失礼ですが、ノアールさん……ですよね?」
「はい。一度会っただけで覚えていただいて、ありがとうございます」

 ニコニコと純粋な笑顔を浮かべた女性、ノアールは、そう言って小さくお辞儀をした……




「……というわけで、うちの主人がこちらを尋ねてみろ、と申しまして。ご主人がいないと寂しいのも確かなので、お伺いさせていただきました」
「そうでしたか。あ、紅茶でよろしかったでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」

 綾香は、ノアールを迎え入れて居間に案内すると、自分は台所の方へと入っていき、お茶の準備を始めていた。ノアールはその間に抱いていた子供を居間のソファーに降ろし、抱きついてくる子供を撫でながら、ノアールは台所にいる綾香に事情を説明している。
 この日、ノアールが綾香の家(正確には、綾香は婚約者の家に通い妻をしているため、この家は婚約者(の父親)の家なのだが)に尋ねてきたのは、問題の巡礼中、妻(綾香は婚約者なのだが気にしない!)を家に置いてきた者達同士で議論が盛んになったのが原因だった。なんでも、置いてきた妻に対しての配慮をどれだけしていたか、と言う話題だったらしい。
 そこで問題になったのが、綾香の婚約者とノアールの夫である。二人とも、これ言って何一つ配慮を見せず、挙げ句の果てには約束をすっぽかすという問題行動が吊し上げられてしまったらしい。
 ……そこで、婚約者達が立てた苦肉の策が、ノアールを綾香と会わせてみることだった。まだ新妻である綾香に、ノアールの主婦歴から、妻とはこういう事であると言うことを教えてくれと頼まれたらしい。実際にノアールが受けた連絡は“たぶん暇をしているだろうから、二人で楽しんできてくれ”と言うことではあったが、天然スーパー主婦であるノアールはそれを好意的に解釈し、今回の訪問に落ち着いたのだった。
 白カラスが、ソファーに足をかけて子供を見つめる。

「それにしても……私にも連絡をくれれば良かったのに」

 綾香は紅茶をテーブルに置いてノアールに差し出しながら、連絡すら寄越さなかった婚約者に愚痴を言った。
 それを聞いて、ノアールが苦笑を浮かべる。

「仕方ないですよ。昨日の試合で、何でもボロボロにされてしまったそうですから。二人して」
「え!? そ、そうなんですか?」
「ええ。何でも最後には乱闘になるほどの騒ぎだったそうで、チェーンソーがどうとか……まぁ、詳しいことは分からないんですけど、とりあえず生きてるそうですよ?」
「あっさり言ってますが、それって大事では?」
「大丈夫ですよ。私にここに行くように勧めてきたときでも、自分は大丈夫だって言ってましたし」

 ノアールはあっさりとそう言って、美味しそうに紅茶に口を付けた。
 “夫が大丈夫だと言っているから大丈夫”
 たったそれだけのことで、ノアールは安心しきっているのだ。まさに全幅の信頼を寄せている証拠である。
 綾香も直接婚約者の言葉を聞けば多少の安心は出来そうだが、やはり飛んでいってしまうかも知れない。ノアールのように、子供と一緒にろくに知らない相手の家に遊びに行くような度量は、自分にはないと自覚した。
 白カラスと子供の視線が合う。

「……信じてますね」
「妻が夫を信じるのは当然ですよ。」

 今にも子供に飛びかかりそうな白カラスを捕獲しながら、綾香は紅茶に視線を落とした。立ち上る湯気を目で追い、やがてノアールの顔に行き着く。
 ノアールは不思議そうな表情で綾香のことを見つめていた。

「……夫が信じられませんか?」
「いえ、信じられます。でも、巡礼や大会であまり家にいないし……居ても疲れていますし」
「それを支えるのが、プロレスラーの妻ですよ。子供の世話をしながらも家庭を守るのが、私達妻の役目です」

 ノアールは白カラスに掴みかかろうとする子供を捕獲しながら、頷きながらそう言った。それから「あの人の言った通りですね」と呟いた。

「?」
「いえ、電話で「まだ若い子だから、ちょっとプロレスラーの妻としての心構えとか、子供の世話の仕方とか教えてやってくれ」とも言ってましたから。どこの夫婦でも同じようなものですし、ちょっと古いのですけど……聞きますか?」
「是非ともお願いします」

 綾香は躊躇することなく頷いていた。元々真面目で古い家で育っていた綾香だ。綾香が望む理想的な妻像とは良妻賢母。目の前にいるノアールは、まさに綾香の理想的な姿だったのだ。躊躇う理由もない。
 とりあえず腕の中で暴れ回る白カラスの足に糸をくくりつけ、テーブルの脚に拘束する。ノアールは子供を隣の方へと移動させてから、「では……」と前置きし、自分が普段から心がけている心構えや実際の生活を話し始めた。
 ……と言っても、綾香の生活と大差があるわけではない。極々普通の、一昔前では理想的と言われていた生活。夫を立てて前に出ず、しかし陰でしっかりと支えて家を守り、子供を交えての幸福な家庭……
 その子供を交えての話で、綾香はこの話こそを期待していたのだと感じていた。
 綾香には、まだ子供が居ない。まだ婚約の段階なのだからそれが当然と言えば当然なのだが、母親としての心構えが済んでいない綾香にとって、未知の領域の話は是非にでも聞いておきたいことだった。
 ノアールは、いつの間にか白カラスと格闘を始めている子供を眩しい物でも見るように目を細めてみながら、話を続けている。

「……この子が生まれてから、まだ一年しか経っていません。ですが、この子が成長するに連れて、辛かったことが辛くなくなって、そして嬉しいことはもっと嬉しく感じるようになりました。この子の成長は、私の成長でもあったんです。
“夫が家にいないのならば、私がするしかありません”。そう思えば、どんなに辛いことでも乗り越えていけました。自分を必要としてくれている人がいると言うことは、それほどまでの力を与えてくれるんです。たぶん夫も、そうだからこそ、痛い目を見ながらも逃げ出すことなく戦い続けていられるんだと思います。
……ふふっ、そんな夫が頑張っているんですから、妻がギブアップするわけにもいかないですよ。本当に」

 微笑を浮かべて言葉を切るノアールに、綾香は返事を口にすることも出来ず、ただ頷き、沈黙を守っていた。
 そんな綾香から視線を外し、ノアールは傍でカラスを振り回していた子供を窘め、抱きかかえる。母親の抱擁に安心したのか、子供はカラスのことなど完璧に忘れ、しばらくはしゃいだ後に眠りにつく。
 ……その姿は、綾香には聖母のように映っていた。元・悪魔と聞いても信じるようなことはないだろう。
 綾香は自然と笑みを浮かべながら口を開いた。

「ノアールさん、ありがとうございます。私も……いつかは、あなたみたいに家庭を守ってみたいです」
「あら、ここにいる時点で守ってるでしょう? 婚約者が不在でも、ここの家事をこなしているんですもの。……ふふ、子供だって、二人ならすぐに出来ますよ。若いんですから」
「ノアールさんだって若いじゃないですか。それに、まだ婚約なんですよ。婚約。結婚したわけでは……」
「さぁて、どうでしょう? 人間の若者って……フフフ」

 ノアールが不敵に笑う。数秒ほど綾香はキョトンと呆けていたが、すぐにノアールの言わんとしていることを察し、顔を赤くした。

「ノアールさん!」
「頑張ってね♪」
「もう!」

 ノアールにからかわれて真っ赤に染まる綾香。二人の笑い声が、小さな家の中に響き渡る。
 ……まるで平和な家庭の一幕。これだけでも、十分、綾香の理想とした家庭の1シーン……
 トゥルルル……トゥルルルル……
 そんな時、居間にあった電話が声を上げた。

「ぁ、失礼します」

 綾香はすぐに腰を上げて、グッタリしている白カラスをソファーの上に乗せてから電話を取る。
 受話器を通して聞こえてきたのは、綾香の婚約者の声だった。
 それを察したノアールが、綾香と婚約者の会話に耳を澄ませる。

「ああ。うん。大丈夫だ。あ、そう言えば怪我をしたって聞いたが……タンコブ? 良かった。だが気を付けてくれ、心配したぞ。ああ、ノアールさんから聞いたんだ。それで、今日はどうしたんだ? え? 再来週まで帰れない? 帰るのが一週間延びる? デートもまた無理? そのまま大会の予選で休みが全部埋まる? でも……いや、大丈夫だ。ああ、気にするな。そうだ、気にするな。フフフ、別に怒ってなんかいないぞ? ああそうだとも、別に怒ってなんかいないんだからな。では、試合を頑張ってくれ。ではな!」

 カチャン
 電話を切る。振り返った綾香はノアールと談笑をしていたのと同じように笑顔を浮かべていたが、その体から立ち上るオーラを感じたのか、白カラスが窓から飛び出して逃げていった。

「…………」
「…………」

 ……ノアールと綾香の間に、沈黙が降りる。
 やがてその空気に耐えかねたのか、ノアールは苦笑を浮かべながら口を開いた。

「えっと……飲みに行きますか?」
「行きます!」

 綾香は内心に湧き上がる感情をグッと堪えながら、しかし押さえきれずに答えていた。
 そして、そんな自分を振り返り、内心だけで溜息を吐く。
 まだまだ、ノアールさんまでの道程は遠い、と……






☆☆参加キャラクタ☆☆
5124 御崎・綾香
5639 ノアール・ー

☆☆後書き☆☆

 またずいぶんと時間がかかりました。メビオス零です。
 今回はいろいろと多数の執筆が重なり、こうなりました。本気ですいません。久しぶりの依頼でまで遅れてしまって。最近締め切りを守らなくなってるなと自覚症状がし始めてます。最初に上げた仕事では二日ぐらいで書いてたのに‥‥むぅ、申し訳ありませんでした。
 さて、今回の作品ですが‥‥まさか先輩の奥さんが出てくるとは思いませんでした。これは予想外。しかも元・悪魔ですか。う〜む、新展開にびっくりです。
 うわ〜、あとがき書いてるけど、本気で時間がない。ギリギリの納品です。これ以上は会社が受け付けてくれ無さそうなので、納品します!! 納品時までドタバタしててすいません!!
 では、今回のご依頼、誠にありがとう御座います。次のご執筆がありましたら、その時には最優先で書かせていただきますので、見捨てないで下さい。
 今回のご依頼、改めてありがとう御座いました(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2007年10月18日

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