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『そうして、気付く。 』
望月・健太郎6931)&弓槻・蒲公英(1992)&草間・零(NPCA016)


 弓槻・蒲公英(ゆづき たんぽぽ)は、自分を囲むクラスメイトの女子達を見て、びくり、と身体を震わせた。
「あーあ、もう。何やってんのよ」
 一人がそう言って、蒲公英の近くに落ちている筆箱を、蔑むように見る。「こんなに散らかして」
「ごめんなさい……」
 落ちているのは蒲公英の筆箱で、散らかっている鉛筆や消しゴムも蒲公英のもの。クラスメイト達はそれらを踏まえた上で、拾うのを手伝う事すらせず、ただ罵倒を浴びせる。
「こんな所に散らかされたら、危ないじゃない。ねぇ」
「鉛筆で転んじゃうかもしれないし」
「尖ったところで突き刺されたら、大変じゃない」
 ねぇ、と女子達は頷きあう。蒲公英は「ごめんなさい」と小さな声で何度も呟きながら、筆箱の中身を拾っていく。
 その様子を、望月・健太郎(もちづき けんたろう)は、じっと見ていた。助けてやりたい、とは思ったが、普段は蒲公英に対してちょっかいを出しているのは自分だ。その自分がどうして蒲公英をかばう事ができようか。
 やめろ、とは言いたいが、どうしていいのかが分からない。庇うという行動に一歩進めない。
「さっさと拾ってよ、危ないじゃない!」
「ごめん……なさい」
 蒲公英の小さな声が聞こえる。健太郎は、ぎゅっと手を握り締めた。
 そうなった原因の一端は、健太郎にもあるからだ。


 掃除を終え、帰りの会が始まるまでの、少しの時間。蒲公英は、窓の外をちょんちょんと歩く雀を見ていた。
「みんな……元気そう……です」
 小声で呟き、ふふ、と笑う。元気そうに動き回る雀が、嬉しい。
「何してんだよ。もう帰りの会、始まるんだぜ」
「……あ」
 突如した声の方に振り向くと、健太郎が立っていた。
「ぼーっとしてんじゃねーよ」
 健太郎はそういうと、蒲公英の髪を引っ張ろうと、手を伸ばす。
(怖い……!)
 蒲公英は思わず、びくりと身体を震わせた。身体を震わせた反動で、蒲公英の手は机の上に置いていた筆箱に当たる。
 がしゃん、という音とともに、筆箱の中に入っていた鉛筆や消しゴムが、あたりに散らばってしまった。
「あ」
 蒲公英は散らばったものたちを見つめ、小さく声を漏らした。
「健太郎、何してるんだよー」
「な、何でもねーよ!」
 友人に呼ばれ、健太郎は乱暴に答える。そんな健太郎の方を見ると、ばつの悪そうな顔をしつつも、顔をぷいっとそむけて友人達の方へと行ってしまった。
(この人は、私が嫌い……なんですね)
 蒲公英は俯き、床に散らばった筆箱の中身を拾い始める。その時に、女子生徒たちに囲まれたのだ。
 女子たちが蒲公英に嫌な言い方をするには、訳がある。それは、健太郎の存在だ。元気があって、クラスを引っ張っている存在の健太郎は、男女ともに慕われている。そんな健太郎が唯一何度もちょっかいを出しているのが、蒲公英である。
――健太郎と仲良くして。
 女子達の目からは、健太郎が蒲公英と仲良くしているようにしか見えない。だからこそ、蒲公英をいじめる。
「ほら、さっさと拾いなさいよ」
 蒲公英は俯き、鉛筆たちを拾って筆箱に入れていった。そうこうしている内に、担任が帰りの会を始める為に入ってきた。蒲公英を取り囲んでいた女子達は、自らの席へと戻っていく。
 ようやく片付けられた蒲公英は、ほっと息を漏らしながら席に着く。今度は落としてしまわないように、ランドセルの中に筆箱を収めながら。
 その様子を、同じくほっとしながら、健太郎が見ていた。誰にも分からないように、横目でそっと。


 放課後、蒲公英はまっすぐに学校が飼っている兎や鶏といった動物の檻へと向かった。
「元気……みたいです」
 楽しそうに過ごす動物達を見、蒲公英は微笑む。そうしていると、太陽の光が不意に遮られた。誰かが後ろに立ったのだと、蒲公英は振り返る。
「何、してるんだ?」
 びくり、と蒲公英は身体を震わせる。そこに立っていたのは、健太郎だったからだ。また何かちょっかいを出されるのではないかと、蒲公英は軽く怯える。
 健太郎はそんな蒲公英の様子を見、動物の檻を見つめる。
「動物、好きなのか?」
 蒲公英は怯えつつも「はい」と答える。
「健太郎さまも……?」
「うん、大好きだ」
 蒲公英は思わず「あ」と声を出しそうになる。
 にっこりと笑う健太郎の目は、今まで見たこと無いくらい優しかった。大好きだと言って笑う顔も、動物に向ける慈しみを含んだ目も。今まで怯えていたのが不思議なくらい、優しいものだった。
「今から……世話をしようと思って……もし、良ければ……」
 健太郎さまも、と言ったところで、健太郎は顔を輝かせる。
「いいのか?」
「……はい」
 鍵を使って檻の中に入る。蒲公英が餌箱をとろうとしたので、健太郎が取ってやる。その中を二人で軽く掃除し、中に新たな餌を入れて戻る。すると、あっという間に動物達が寄ってきた。
「よし、今のうちに掃除しようぜ」
「はい」
 動物達が餌に夢中になっている隙に、掃除をする。そうして掃除を終えてまた元通り鍵をかけ、今度は檻の外から動物達を見つめた。未だにのろのろと餌をつつく兎がいた。
「あの兎、食いしん坊だな」
「ゆっくり……食べてるんです。よく噛んで……」
「そうか?」
「はい……」
 健太郎は暫くその兎を見つめ、小さく笑って「なら、そうかもな」と言った。それを聞いて、蒲公英もふんわりと笑った。
 何とも穏やかな時間だった。口に出してはいないが、二人ともが感じていた。
「可愛いですね」
 新たに聞こえた声に、二人は振り返る。そこには、草間・零が立っていた。にこ、と微笑み、未だにもきゅもきゅと餌を食べている兎を見つめる。
「何だ、お前」
「零……さま」
「知り合いか?」
「草間・零と言います。こんにちは」
 零はそう言い、にっこりと笑う。そして、怪訝そうな健太郎に怪しいものではないと、釈明をした。
「どうか……なされたのですか……?」
 不思議そうな蒲公英に、零はただ微笑んだ。健太郎は「ま、いいさ」と言って笑う。
「可愛いだろ、兎。俺達がさっき餌をやったんだぜ」
「はい、可愛いです。何処と無く幸せそうなのは、お二人が世話をしてあげたからですね」
「幸せそう……ですか?」
「はい。お二人が会いに来てくれたから、寂しくないと言っているみたいですし」
「寂しくない?」
 健太郎が尋ねると、零は微笑みながら兎を見つめる。
「兎は寂しいと死んじゃうって、言われています。これは全くの誤りなんですけれど、ここの兎たちはなんとなくそんな雰囲気を出しています」
 零はそう言ってから、時計を見てから「いけない」と小さく呟く。
「帰らないと。では、また会いましょうね」
「はい……」
「おう、またな」
 二人に見送られ、零はその場を後にする。
「兎は寂しいと死んじゃう、か」
 ぽつりと呟く健太郎に、蒲公英は「え」と言いながらそちらを向く。夕日を背に背負い、蒲公英の長い黒髪が風に揺れる。
 蒲公英と同じ、赤い夕日が……。
「健太郎、何やってるんだよ」
 突如した声に、びくりとしながら健太郎は振り向く。クラスの男友達だ。
「なんだお前、弓槻と一緒かよ」
「ひゅーデートかよ」
「ばっ……馬鹿野郎!」
 健太郎は慌てて叫び返す。
「もしかしてお前、弓槻のことが好きなんじゃねーの?」
「おーお暑いじゃん!」
 ひゅーひゅーと囃したてる友人達に、健太郎は再び「馬鹿野郎!」と叫ぶ。
「別に俺は、あいつが好きじゃない!」
 健太郎は顔が熱いのを感じていた。夕日の所為だ、とも思っていた。あながちそれは間違いではない。
 健太郎の顔は、夕日の如く真っ赤なのだから。
「またまたー」
「うるせぇ!」
 尚も囃したてる友人達に、健太郎は駆け出した。友人達は慌てて「おい、待てよ」と言いながら、健太郎を追いかける。
 そうして、蒲公英だけがぽつんと取り残された。再び動物たちの方を振り返り、蒲公英は「また……です」と言って微笑んだ。


 健太郎は友人達の追跡を振り切り、はあはあ、と肩で息をする。気付けば、川辺の橋の下にいた。
「ばっかじゃねーの、あいつら!」
 そうは言ってみるものの、胸にもやもやが絡み付いて取れなかった。
(あいつの事、好きとかいうから)
 もう一度、馬鹿野郎、と呟く。続けて、そんなんじゃねーよ、とも。
(俺は、別に)
 ぽつん、と教室の端で座っている蒲公英。
(そんなつもりじゃなくて)
 独りぼっちの、蒲公英。
 健太郎は息を整え、ゆっくりと吐き出す。
「……そうだよ、あいつ、独りなんだよ」
 だから、ちょっかいを出した。ちょっかいを出して、関わろうとした。
「だって」
――兎は寂しいと、死んじゃうって言われています。
 零の言葉が頭の中に響く。
「独りは、寂しいじゃねーか」
 あんなにたくさんの人が存在しているのに、その中でぽつんと一人でいる蒲公英。
 周りには誰もいないかのような、蒲公英。
「そうだよ、独りだと寂しい。だから……」
 俺が、と続けようとし、健太郎は気付く。
(それだけ、じゃない)
 独りが寂しいから、という、同情から来る思いだけではない。
 ちょっかいを出すのは、構って欲しいから。
 構って欲しいのは、寂しそうにしているからだけではなく……。
「俺……!」
 かあ、と顔を赤くする。
 健太郎の顔を染めた夕日は沈みかけている。だからこれは、紛れも無く健太郎が原因だ。そうしてまた、夕日を思わせる瞳を持つ……。


 次の日の放課後、世話をするために動物の檻を訪れた蒲公英は、健太郎の姿を見つけた。
「健太郎……さま?」
 小首をかしげていると、健太郎が「あのさ」と言って口を開く。
「お前一人じゃ大変だろ?」
「何が……ですか?」
「世話だよ、世話!」
 ああ、と蒲公英は納得する。健太郎は、今日も動物達の世話をしにきたのだと。
「手伝ってやるよ。お前一人じゃ、大変だからな!」
 健太郎はそういうと、鍵をかけているところへと向かう。蒲公英は再び小首をかしげた後、自分も鍵をかけている場所へと向かった。
 背を向けたままの健太郎の顔はよく見えなかったが、落ちていく夕日に照らされているようだった。
 ちょっとだけ見える顔が、どことなく赤かったから。


<赤い夕日に目を細めつつ・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年10月16日

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