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『Dead or Alive 』
ファム・ファム2791)&立花香里亜(NPC3919)

 その日、立花 香里亜(たちばな・かりあ)は朝起きたときから体がだるかった。
「……風邪かな。最近急に寒くなったし」
 喉の調子も悪いし、少し熱っぽい気もするが、流石にこれぐらいで休む訳にはいかない。それじゃなくても、今年は何度か体調を崩して休んでいる。いくら縁故就職でも、それは社会人として色々まずい。
「体調管理も仕事のうちですよね」
 食欲がないのでカップスープだけ飲んで、歯を磨いたりと出勤する準備をする。職場である蒼月亭は自宅の一階なので、出勤で疲れないぶん楽なのかも知れない。ギリギリまで家にいることも出来る。
「薬はちゃんとあるし、飲んどこうかな」
 一人暮らしだと話す相手がいないせいか、つい一人言が多くなってしまうなと思いつつ、薬類を入れた小引き出しを開けようかとしたときだった。
「おはようございますなのですぅ」
 突然上から現れた、聞き慣れた声。それに顔を上げると、体ほどの大きさの懐中時計を持ったファム・ファムがぺこりとお辞儀をしていた。
 ファムは『地球人の運命を守る、大事な大事なお仕事』をしている少女だ。姿はどうやら自分にしか見えていないらしい。香里亜はファムに頼まれて、よく狂ってしまいそうになった地球の運命を元に戻すための手伝いをしているのだが、何というか今日はタイミングが悪い。
「おはようございます、ファムちゃん。どうかしたんですか?」
 だがファムは返事をせず、懐中時計を見ながらカウントダウンをし始める。
「ごー、よん、さん、にー……」
「ファムちゃん?」
「ぜろ!」
 その瞬間視界が揺れた。
 目眩がして体を支えることが出来なくなり、テーブルに突っ伏すように手をつく。
「あ、あれ?」
 まずい。これでは仕事処の話ではない。携帯電話はどこだっただろうか……それよりも、仕事を休まなければならないのが辛いなと、朦朧とした意識で思っていると、ファムは持っていた懐中時計を何処かにしまい、んしょんしょと香里亜をベッドへと引っ張る。
「寝ていた方がいいのですぅ」
 まだブラウスに着替えていなくて良かった……と言うべきか。
「べ、ベッドに行く前に、電話と、寝る用意……」
 まずは電話を掛けて、仕事を休む旨を言わなくてはならない。
 電話をすると「じゃあ、こっちから飯とか持っていくから、風邪治して熱下がるまで休んでろ。何か欲しいものとかあったら言えよ、どうせすぐ上だし」と言われたが、その心遣いで更に胸が痛い。
「寝てないとダメなのですぅ。何かお手伝いすることはありますか?」
 ファムは香里亜を覗き込んでいるが、お手伝い言われてもファムに出来そうなことは……。
「じゃあ、やかんにお湯を沸かしてもらえますか?」
「了解ですぅ」
 熱が出たときに大事なのは、保温と水分補給だ。たくさんお茶などを作っておいて、飲まなければならない。その間香里亜は、タンスからありったけのタオルと着替えを出しベッドの横に用意する。熱の具合では、大量に汗を掻きそうな気がする。一人暮らしで具合が悪くなったときは、近場にそういう物を用意しておかないとおちおち倒れてもいられない。
「うーん、倒れる準備よし」
 それにしても。
 ファムのカウントダウン終了と同時に、いきなり具合が悪くなった。ファムが来ているということは、それも運命の中の一つなのだろうか。
 ぱたっとベッドに倒れ込むと、ファムがいそいそとやってきて布団を掛けてくれた。
「大丈夫ですか?」
「微妙ですけど…ところでファムちゃん。これ何なんでしょう?」
 するとファムは心配する様に覗き込みつつ、こう言う。
「ただの風邪なのですぅ」
「でも、カウントダウンと同時に……」
 ただの風邪でファムがここに来るだろうか。朦朧とした頭で、香里亜が額に熱さまし用のシートを貼っていると、ファムはごそごそと大きな「運命の書」を取り出しパラパラとめくる。
「香里亜さん、何か欲しいものとか……うわっ」
「………?」
 うわっ?
 ファムの驚いた声に、思わず顔を顰める。本当は聞き返したいのだが、頭が痛い。
「いえ、ウイルスの増殖速度が凄くて……」
 一体自分の体で何が起こっているのか。
 何だか嫌な予感がしつつも、枕元に用意した体温計を探っていると、突然ファムの横にポン!と手帳が出現した。
「すごいです、専用の手帳までできちゃいました」
 それはファムが普段出す体ほどありそうな運命の書とは違い、手で持てるぐらいの手帳サイズだ。表紙には『細菌・立花香里亜体内産』と書かれている。
 それをパラパラとファムがめくってみせると、真っ白いページに物凄い速度で文字が埋まっていく様子が見えた。その間に計り終えたという音が鳴った体温計は、38度を超えている。
「………」
 どうも嫌な予感は的中している様だ。具合が悪いせいなのか、それともその専用手帳に文字が埋まっていく様が気味悪いのか、血の気の引いた青い顔をして見ていると、ファムはぽんぽんと布団の端を叩く。
「夏の暑さの疲れが原因で……あっ」
 ……あっ?
 するとファムはまた懐中時計を取り出して、秒針を見始める。
「……にー、いち、ぜろ。わーっ」
 パチパチパチ、ファムはと小さく三回拍手をすると、何故か目を輝かせた。
「今、体内で新種のウィルスが誕生しました。歴史的瞬間です! 感動です!」
「あの……何か色々勘弁してください……」
 ファムにとって地球にいる命は、細菌でも人間でも変わらないというのは頭で理解していても、具合が悪いとちょっと泣きそうだ。しかも新種のウイルスと言われて素直に喜べるはずもない。熱で混乱しているのか、とりとめもなく、蒼月亭の常連さんのドクターなら、ちょっと喜ぶかもしれないななどと思う。
 実はファムがここに来た理由は、香里亜には悪い新種の誕生を間近で見る為だった。ファム自身にとって香里亜は友達であり、大事な存在ではあるが、人も細菌も同価値である。
「運命演算によれば、これはもう一度変異して冬には……あ、間もなくお見舞いの方が来られますから、一端消えますね」
 そう言うと、すいっとファムが浮かんで消えた。来たときと同じで、やっぱり唐突だ。
 お見舞い。
 まだ誰にも連絡していないのに、一体誰だろう。でも、何か考えるのが辛くなってきた。
 新種の細菌は体内にいるし、仕事は好きなのに休まなきゃならないし、気は使ってもらっちゃうし、多分この調子だと点滴の一本も打ってもらいに病院にも行った方が良いだろうし……何というか、色々と切なすぎる。病気になると、人は弱気になるものだ。
「お見舞い……その前に寝たいかも」
 取りあえず誰でもいいが、寝る前に氷枕を作っておけば良かった。
 そう思いながら、香里亜はちょっと涙ぐみつつ布団に深々と潜りなおした。確か、件のドクターが、こういうときに丁度良い言葉をこの前カウンターで言っていたような気がする。
 ……思い出した。
 もうどうにでもなーれ。

 結局、熱はずっと下がらなかった。
 見舞いの人が来たり、下からマスターがおかゆとスポーツドリンクなどを持って来てくれたり、店で使う氷をごっそりと分けてくれたりしたのだが、やっぱり新種のウイルスのせいなのか、熱冷ましもパッと効かない。
 ウイルスは熱で殺すべきという話もあるが、それにも限度があって、あまり熱が高いと今度は脳がやられてしまうので、やっぱりある一定温度になれば熱冷ましは使わねばならない。
 『あんまり酷かったら病院連れてくから、その時は空メール送れ』と言ってくれたマスターや、見舞いに来てそのまま看病してくれた人に感謝しつつも、病気のせいで心が弱くなっているのか申し訳なくなる。
 今何時だろう。見舞いの人は居間の方で眠っているらしく、やけに静かだ。部屋が暗いので、夜になったらしいというのは分かる。
「ずっと寝てると、時間の感覚が怪しくなっちゃうな」
 そう呟いたときだった。
「こんばんはですぅ、具合は大丈夫ですか?」
 ふわっと自分の横にファムが現れた。香里亜は額に手をやりつつ、小さな声で呟く。
「ごめんなさい……あんまり大丈夫じゃないです」
 本当はこれぐらい大丈夫と言って、ファムを安心させたい気持ちもあるが、流石にこの調子では無理だ。喉が腫れてるせいで声もあまり出ない。
 するとファムは、手を出そうとした香里亜に布団をかけ直し、小さな声でこう言った。
「先ほど説明が途中だったんですが、続きよろしいでしょうかぁ。香里亜さんには、ちゃんとお伝えしておかなきゃと思いまして」
「はぁ」
 確か今罹っているのが新種のウイルスで、冬にもう一度変異して……とか言っていた気がするが、何しろ熱が出ていたのでよく思い出せない。すると、ファムは静かにもう一度言う。
「運命演算によれば、これはもう一度変異する……って言うのまでは説明しましたよね?」
「多分……」
「その事なんですが、香里亜さんの体内にいるウイルスは、1%の確率で冬には億単位の死者を出す菌に変異します。いわゆるパンデミックですね」
「……は?」
 何か、ものすごい事をさらりと言われた気がする。
 パンデミックでもアカデミックでも何でもいいが……というか、パンデミックという言葉自体香里亜は初めて聞いたのだが、勘弁してくれないものだろうか。というか、本当に「もうどうにでも……」と言う感じにになってきた。
「あ、あの……」
「はい、何でしょう」
「これって、何とかならないんですか?」
 自分の体でとんでもない菌が出来るかもと言われ、平然としていられるほど流石に香里亜は図太くない。背中か冷たいのは熱が下がるときに出た汗なのか、それとも冷や汗なのか分からない。
「これも地球史の運命なのです……ごめんなさい」
 そうだった。
 ファムは狂った運命は直すようにするが、狂っていなければ基本ノータッチなのだ。それが地球の運命であるというのなら、たとえ友達でも見ているしかないのだろう。
「出来れば99%の方になるよう祈って下さい。それではー」
「ファムちゃん?」
 それだけ言うと、ファムはまたすーっと帰ってしまった。居間の方でごそごそと音がしたのが聞こえたのかも知れない。
 1%。
 それは宝くじに当たるよりは高い確率なのだろう。でも、そうなると自分が億単位の死者を出す原因の一端であり、その菌は多分まだ元気に自分の細胞と戦っている。どうにかしたいのは山々だが、こうなると香里亜には何も出来ない訳で。
「夏の疲れって、そんなに疲れる事したかな……もしかしたら暑かったからかも」
 もっと体力を温存すべきだったとか、何だか色々考えてしまうが、何かの本で読んだ、強ければ生き残るだろうし、そうでなければダメだろうとかいう言葉を思い出す。
 取りあえず体力には割と自信があるし、今自分に出来るのは「99%の方になりますように」と祈ることと、休むことだけだ。
 でも。
 そんな事を告げられれば、やっぱり泣きたくなるほど切ない訳で。
 いっそ隔離してもらおうかななどと思いつつ、香里亜は頭から布団を被り小さな声でもう一度呟いた。
「……もうどうにでもなーれ」

fin 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年10月15日

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