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『 〜かくして幕は上げられて〜 』
松浪・静四郎2377)&フガク(3573)&(登場しない)




 「そこのお兄さん、俺の顔に見覚えない?」
 いきなり背後からかけられた、なれなれしいとも言えるその言葉に、やや眉をひそめて、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)は振り返ろうとした。
 しかし、相手は思ったより歩幅が大きく、声をかけた一瞬後には、自分の目の前に現れていた。
(…?)
 ふと、静四郎は相手を見て、何かを感じた気がした。
 言葉では言い表せないが、何か、ひっかかるものを感じたのである。
 だが、それを自分に問い質す暇もなく、目の前の男は屈託なく続けた。
「いや別に因縁つけようってんじゃなくてさ。あんた、この前、ススランザ行きの隊商にいた人だろう?俺、あの時、傭兵として隊商に加わってたんだよ。同じ馬車の中にいた」
「そ、そうだったのですか…」
 驚いて、静四郎は反射的に「すみませんでした」と頭を下げた。
 普段ならそんなことはあり得ないのだ。同乗する者の顔くらい、覚えていそうなものなのに。
 相手の態度から、自分のことを覚えていないことを察し、男は何度もうなずいた。
「だろうな、今にも倒れそうな顔してたし。・・で、もう大丈夫かい?ああ、いいって、気にしなくて!あの時、死にそうなくらい青い顔してたもんな。エバクトに着くまで、膝、かかえててさ。俺も気になってたんだけど、人のことに踏み込むのもどうかと思ったから、そのまま黙ってたんだけどね」
 男は、くだけた調子で、立て板に水とばかりに話し始める。
 よく見ると、その腕は意外に太く、かなり鍛えられたもののようだった。
 背も高く、静四郎はかなり見上げる体勢になる。
 服の隙間から、生々しい刀傷も覗いていた。
 静四郎はちょっと微笑んで、「お陰様で」と答えた。
「そっか、今は…ん、大丈夫そうだな。飯もちゃんと食ってるみたいだし…ここにはよく来るのか?」
「いえ、たまに来ます。普段はあまり外食はしないものですから…」
「そうなのか。俺は専ら、外食派なんだ」
 白山羊亭はその日も人であふれ返っていた。
 他のテーブルは既に満席なのを見て取り、静四郎は前の椅子を勧めた。
 静四郎が頼んだのは、自分の好物でもある鶏と季節の野菜を煮込んだシチューと、焼きたてのパン、オレンジ色のチーズと燻製されたソーセージである。
 それを見て、彼は店員をつかまえ、「同じもので!」と軽快に注文した。
「まだ名前、名乗ってなかったよな。俺はフガク。名前だけで、姓はないんだ」
「私は松浪静四郎です。よろしくお願いします」
「じゃ、静四郎さん、かな」
「静四郎でいいですよ」
「俺もフガクでいいぜ。よろしくなっ」
 片手を差し出し、にこっと笑う。
 笑うと真っ白な歯が見え、目元が陽気に細められた。
 その手を軽く握り返し、静四郎はフガクに尋ねた。
「いつも聖都に?」
「いや、ここには久しぶりに戻って来たんだ。いつもはあちこちを転々と、ね」
「お仕事でですか?」
「ああ。俺の仕事は冒険者だからさ。ちなみに腕はいいぜ。最近は、そのことが結構有名になってきたせいもあって、四六時中仕事仕事でさ!まあ、いろんなところに行けるのは、好都合なんだけどな」
「好都合、ですか」
「実は俺、さ…記憶、なくしちまってて…」
 右手で頬杖をつきながら、フガクは盛大にため息をついた。
「で、行く先々で、俺のことを知ってるヤツがいないかどうか、訊いて回ってるんだ」
「それは…何と言って良いか…」
 口ごもる静四郎に、フガクは大きな笑い声をあげながら、片手を目の前で振った。
「いいって、気にしなくてさ。そんなに焦ってないんだ。そのうちきっと、取り戻せるって思ってるしね。だから、ちょっとでも、俺の『何か』に触れるような感覚があった人には、片っぱしから声をかけてるってワケ」
 フガクは突然、大きく身を乗り出して、静四郎の鼻先に人差し指を突きつけた。
「だからさ、最初、馬車の中で、あんたの服を見て、何か懐かしさを感じたんだ。それで、今回、こうやって、声をかけさせてもらった」
「そう、だったんですか…」
「ま、あいにく、あんたは俺のこと、知らないようだから、ちょっと当ては外れたってことになるんだけどさ」
「すみません…」
「謝ることはないって、静四郎。これは俺の問題」
 目の前に並べられた料理に、しり上がりの口笛を吹き、フガクはガツガツと食事を始めた。
 その姿に、またしても静四郎は何か感じるものがあったが、それが何なのか思い当たるところがない。
(…この感覚はいったい…)
 内心で首をかしげながら、静四郎は相手の話を聞いていた。
 フガクは整った顔立ちをしていた。
 青い目は角度を変えると紫にも見え、また髪は青にも見えるが銀色をしていた。
 人懐こい笑みと、いろいろなところについている大きな傷たちの落差を感じるが、彼が傭兵として相当な手練れであることは、その隙のない行動から見て取れるほどだ。
 動作はどれもこれも、大げさすぎるほどではあったけれど。
 人好きのする話し方も、なれなれしいとも言える態度も、彼の魅力に思えるから不思議だった。
「うまいな、これ!こんなメニューがあったなんて、知らなかった」
「そうですね、これは表に出ていない品なんですよ」
 にっこり笑って静四郎は言った。
「こんな寒い日にしか注文できない一品なんです」
「へえー!いいこと聞いた!」
 くるくるとよく変わる表情は、まるで子どものようだ。
 静四郎もつられて笑顔になってしまっている。
 フガクは食事をかき込みながら、静四郎にさらっと自分のことを話し出した。
「俺さ、昔の記憶ってのが、まったくなくなっちまってて、小さい頃何をしてたのかとか、どんなとこで生まれたのかとか、本当にわかんなくってさ。それって、もどかしくもあるんだけど、仕事には支障があるワケじゃないし、ありがたいことに武器とかチカラの扱い方は忘れてなかったから、気長に探すことにした。あ、『フガク』ってのも、俺が倒れてたところを助けてくれた家の人がつけてくれた仮の名前なんだ。持ち物はこのショートソードと、ちょっとした荷物だけだったらしいしね。傷だらけで、息もたえだえに倒れてたって聞いて、『もしかして誰かに追われてるのか』って、最初は背後ばっかり気にしてた。でも、特に刺客らしき人間が現れるワケでもなかったから、ま、安心して仕事を始められたってとこかな」
 静四郎は眉を曇らせた。
 耳にした話は、気軽な口調にだまされそうになるが、それなりに重い内容だ。
 まるっきり悩まなかった訳ではないだろう。
 だが、フガクは言葉通り、焦っている雰囲気はなかった。
 むしろ、現実を楽しんで、のほほんとしているように見える。
「ここで会ったが百年目ってことで、静四郎、あんたが何かで用心棒が必要になった時は、一声かけてくれよ。袖の下なしで話に乗るからさ」
「ない袖は振れませんよ」
 肩をすくめて静四郎は言う。
 フガクは大声で豪快に笑うと、木のスプーンを空になったスープ皿に放り投げた。
「あはははは!静四郎は人が良さそうだもんな」
「それは誉めているんですか?」
「もちろん誉め言葉だって!」
「わかりました。何かあったら、その時はお願いしますね」
 それから、フガクはひとしきり静四郎自身の話を、矢継ぎ早の質問攻めにして聞き出し、半刻ほどかけて聞き終えた後、腕組みをして少し沈んだ表情になった。
「義弟、か…」
「…何か思い当たることでもありましたか?」
「うーん、そうじゃない。でも、何か引っかかるんだよな…弟、か…」
 弟、と何度も口の中でつぶやいて、フガクは首をひねる。
 その瞳が、不意に光を失った。
(えっ?!)
 それは突然だった。
 いきなり、ぐらりとフガクの体が傾いだ。
 慌てて静四郎が椅子を蹴って立ち上がり、フガクの身体をやっとのことで支えた。
 とても支えてはいられないので、いったん木の床に降ろし、フガクを見下ろす。
 目はうつろで、何も映してはいないようだった。
 口の中でぶつぶつと何かをつぶやいているようだったが、聞いたことのない言語のようで、静四郎にはまったくわからなかった。
「フガク!!しっかりしてください!!」
 何度かそう声をかけ、肩を揺さぶったが、反応はない。
「あなたの宿はどこですか?!」
 せめて宿までは運ぼうと思って、耳元でそう尋ねる。
 根気良く同じ質問を繰り返して、ようやく静四郎は『海鴨亭』という言葉を聞き取った。
 自分の細い肩にフガクの腕を回して、よろよろと店を後にする。
 街の外れにある安宿『海鴨亭』までがはるか遠くに思えるほどだった。
 やっとのことで宿にたどり着き、彼の泊まっている部屋のベッドに横たえた時、フガクが何かを探すように手をさまよわせた。
 小声で、何か言っている。
 耳を寄せ、その言葉を理解した静四郎は、彼の上着の胸ポケットを探し、「それ」を見つけた。
 もうずいぶん前に彫られたものなのだろう。
 ところどころ研磨されて、おおよその形しか残っていない、それは木で出来た動物のようであった。
 それを手に握らせると、先ほどまでの苦しげな虚無の表情から、一気に力が抜けたような安堵へと変わった。
 そのまま、何事もなかったかのように、安らかな眠りに落ちて行ったフガクを見つめ、静四郎は、そっとこう書き置いた。
「おやすみなさい…良い夢を。どうか、お大事に」
 後には、粗末な木の扉の閉まる音だけが、残っていた…。


                                                               〜END〜



 <ライターより>

 いつもご依頼ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。

 今回は、初登場フガクさんと静四郎さんの出会い編をお送りさせていただきました!

 ところどころ、秘密めいた過去を匂わせてみましたが、
 いかがでしたでしょうか?

 百戦錬磨の冒険家・フガクさんの戦いの場面も見てみたいものですね!

 未来にいろいろな場面が用意されていそうな、
 おふたりの今後を楽しみにしています!

 この度は本当に、ありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年10月15日

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