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『銀輪は謳う 』
九原・竜也7063)&伊葉・勇輔(6589)&篁雅隆(NPC4349)

「カブ高の奴らには気をつけた方がいいよ」
 高校三年という、受験を控えた微妙な時期に転入してきた篁 雅隆(たかむら・まさたか)が、クラスメートにそう忠告されたのは、昼休みにまったりとコーヒー牛乳を飲みながら話をしているときだった。
 ずっとアメリカなどに留学してきて、飛び級の末に数々の博士号を取っている……ということを、クラスメートは知らない。ただ頭は良いが、何となくぽやぽやのほほーんとして、どことなく世間知らずな雅隆が危なっかしいとは思っているようだが。
「かぶこうって、何?」
 コーヒー牛乳のパックを両手で持ったまま、首をかしげると、クラスメートが「カブ高」について説明をしてくれた。
 歌舞伎町高校。
 新宿にあって、不良ばかりが集まると言われている場所らしい。噂では大抵の悪いことはやっており、目を付けられたら外を歩けなくなる……とさえ言われている。
「篁は気をつけた方がいいよ」
「なんで?」
「なんでって……カツアゲとかされるって。最近そんな話が出てるんだよ」
 そう言われ、何だかよく分からないけれど、カブとかカツとか美味しそうな語感だなと雅隆は思う。
「分かった。よく分かんないけど気をつける」
「どっちだよ」

 そんな話が出た数日後……。
「カツアゲって、恐喝のことだったのぅ?」
 痛々しく頬にガーゼをつけて登校してきたクラスメートから話を聞き、雅隆は「カツアゲ」の本当の意味を知った。
 どうやら、カブ高の不良グループに恐喝されたらしい。バイトの給料日を知っていたのか、その帰りに待ち伏せされたという。
「バイトのお給料って、それ、半分お家に入れるって言ってたやつだよねぇ」
 そのクラスメートが母子家庭で、少しでも母親に楽させたいと学業の合間を縫ってアルバイトをしていたことを雅隆は知っていた。だが、彼はまだ痛々しいガーゼの部分を押さえつつ、溜息をつく。
「仕方ないから、日雇いでもやるさ。それに、グループのバックには東京最強の不良がいるって話だし……」
「警察は?」
「そんな事したら、家族にも迷惑がかかる」
 警察に行けば立派に強盗なのだが、そうしたらしたで、お礼参りというのがあるようだ。それで家族を危険に晒したくない……その気持ちは、弟がいる雅隆には分からぬでもない。
 ざわめく教室。
 気の毒だとは思っているが、どうしようも出来ない。そんなムードが漂っている中、雅隆がカバンを持って立ち上がった。
「僕、ちょっとぽんぽん痛くなったから帰る」
 その話を聞き、雅隆はあることを考えていた。
 お金を返してもらいに行こう。その東京最強の不良とやらが、どんな者かは知らないが、頑張って働いたお金を奪うなどとは許せない。
「先生に早退したって言ってね。んじゃ、よろしく〜」

「九原、何か変な奴が来てんだけど」
「変な奴?」
 カブ高の空き教室で煙草を吸っていた九原 竜也(くはら・たつや)は、その言葉に眉を顰めた。よその高校からの殴り込みなど日常茶飯事だ。だが、声の調子からそういう訳でもないらしい。
 後ろで縛ったロングヘアの竜也は、その辺にあった空き缶で煙草を消した。
「勇ちゃんいないから、面倒だな……で、その変な奴って何しに来たの?」
「それが『東京最強の不良を呼べ』って、玄関でそう言ってんだよ」
 それはえらい度胸があるか、命知らずの馬鹿かどちらかだろう。
「九原、面倒ならちょっと締め上げとくか?」
「いや、勇ちゃんに用があるなんて珍しいから、会ってみるよ」
 その妙な訪問者は、バイク置き場で囲まれているらしい。竜也が行くと、まさに一触即発というか、一方的に自分達の学校の後輩達が、のらりくらりとかわされてるところだった。
「だからね、東京最強の不良に会いに来たの。僕、君たちに用ない」
「んだとこらぁ!」
「いっぺん死ぬか?」
「んー、二度は死ねないねぇ」
「さっきからてめぇ、おちょくってんのか?」
「冗談で、わざわざ学校さぼってこんな所までこないよぅ」
 どう見てもちょっと脅せば震え上がりそうな感じなのに、竜也は雅隆がただの高校生ではないという雰囲気を感じ取っていた。
 全く今の状況を危機だと感じていない。それどころか、相手の出方を見ながら楽しんでいるようにも見える。
 しばらくその様子をも見ていると、竜也に気付いた雅隆が大きな声で呼び掛けた。
「ねえねえ、そこの髪の毛長いお兄さん。日本語か、さもなくば地球の言語通じる人ぷりーず」
 地球の言語という物言いが可笑しいので、クックッと喉の奥で笑いながら近づくと、後輩達がさっと顔色を変える。
「九原さん、ちゅーっす」
「俺が話つけとくから、お前等下がっていいよ」
 そう言うと今まで周りにいた者までが、さっと退く。ナンバー2として多くの不良に慕われている竜也だから出来ることだ。
 目の前に立つと雅隆はまず、自分の名前を名乗る。
「初めまして。僕、篁 雅隆って言うの。高校三年生」
「俺は九原 竜也……三年なら同級生だな。東京最強の不良って、何の用?」
「タッちゃんが、東京最強の不良なのぅ?」
 ……タッちゃん。
 いきなり馴れ馴れしいなと思いつつも、子供の様な無邪気な口調に竜也は苦笑した。口調のせいだけではない。人との距離感を上手く詰めて、懐に滑り込む感じだ。おそらくは無意識なのだろうが、簡単に出来る様な事ではないのは確かだ。
「嫌、俺じゃない。でも勇ちゃんとは友達だから、用があったら伝えとくけど」
 多分雅隆の言う『東京最強の不良』とは、伊葉 勇輔(いは・ゆうすけ)の事なのだろう。この辺りでそんな事を言われるのは勇輔しかいない。
 とは言っても、当の本人は昨日大食いに挑戦し、腹を壊して不在なのだが。
「あのね、昨日僕のクラスの友達がお金取られたから、返してって言いに来たの。そのお金はお家に入れてお母さんに楽させたいって気持ちのお金だから、あぶく銭に換えたらだーめー」
 昨日。
 それを聞き竜也はポケットから煙草を出して、火を付ける。
「昨日って言ったけど、本当か?」
「うん。取ったグループのバックに、その東京最強の不良がいるんだって。だから元締めに会いに来ました」
「……勇ちゃんはバカだけど、お金を取る事はしない」
 それは竜也がよく知っていた。
 煙草や酒、バイクにも乗ったり暴走したりもするが、勇輔はそんな卑怯なことをする様な人間ではない。金がなければそれでも何とか楽しみを見つけるし、そもそも東京最強の不良というのも周りが付けた名で、勇輔自体はケンカ好きの江戸っ子気質なだけだ。昨日に大食いにしたって、完食したら二万円という賞金につられてやっている。完食しても腹は壊したが。
 じっと考え込んでいると、雅隆がこくっと頷いた。
「そっか。タッちゃんがそう言うなら、違う人がその東京最強の不良の……」
「伊葉 勇輔。俺は勇ちゃんって呼んでるけど」
「全然違う人が、勇ちゃんって人の名前を騙ってるのかな。じゃ、僕誰にお金返してって言えばいいの?」
 いきなりしょぼんとする雅隆に、竜也の方がペースを崩される。
「ちょっと待て。俺のこと信用していいのか?」
 学生服のまま、目の前で煙草を吸う自分をたった一言で信じるのか。だが雅隆は、もう一度こくっと頷く。
「うん。だってタッちゃん、お金取る事しないって言ったとき、視線がぶれなかったもん。嘘ついてたら見てれば分かるし、後ろめたいなら僕のこと追い出せば良いだけなのに、それもしないし」
 やはりただ者ではない。不良の中にいても全く怯えもせず、のほほんとしているように見えて冷静に観察をしている。竜也はそれに少し笑うと、煙草を捨てて足で消した。
「その犯人捕まえるのに協力するよ。勇ちゃんがカツアゲ犯にされたら、面白くない」
 多分その犯人は、勇輔の名を騙って他にも金を巻き上げたりしているのだろう。やってもいない罪まで着せられて、黙っている訳にはいかない。すると目の前の雅隆が、ぱぁっと笑顔になる。
「本当? 探すの手伝ってくれるの?」
「まあね。篁が友達のためにここに来たのと同じ理由だよ。でも、よくここまで来る気になったな」
 自分のバイクが置いてある場所まで歩きながら言うと、雅隆がキョロキョロと辺りを見た。カラースプレーで落書きがされていたり、所々ガラスが割れていたりと、お世辞にも真っ当な学校とは言い難い。
「んー、僕ずーっと海外に留学してたから、スラム街より安全かなって。いきなり銃で撃たれないだろうし、薬でイッちゃってる人もいなそうだし。あっちだとクラスメートにヤクのプッシャー(売人)がいたりしてねぇ……」
 ああ、なるほど。
 この一見のほほんとした感じの雅隆は、見た目よりも修羅場をくぐっているらしい。じゃあ、その辺で粋がっているような奴らがあしらわれる訳だ。
 愛車であるアメリカンバイクの前まで行くと、竜也は近くにいた後輩に指示をした。
「ああ、勇ちゃんの名前でカツアゲしてる奴ら探してって、皆に伝えといて。篁、俺のバイクタンデム仕様じゃないから乗りにくいかも知れないけど、後ろ」
「僕乗っていいの?」
「一緒じゃないとウチの学校の奴らに全部あたりそうだし、手伝うって言っただろ」
 そう言った途端、雅隆がにぱっと嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「ありがとー、タッちゃん」
「タッちゃん何とかならない?」
 呼ばれ慣れていないせいか、タッちゃんという呼び名が何だかくすぐったい。だがそれを言うと、雅隆は少し考えて真顔でこう言う。
「んじゃ、九原でキューちゃん」
「……やっぱりタッちゃんで」

 竜也はまず近くのゲームセンターなど、自分達の学校の人間が溜まりそうな場所を当たり、最近急に金回りが良くなった奴がいないかなどの話を聞いた。カツアゲなどは大抵遊ぶ金のためにやるわけで、そういう輩は金が入れば片っ端から使ってしまう。学校でも後輩に指示はしたが、もしかしたら卒業生などが関わっている可能性もある。
「勇ちゃんの名前を使うって事は、ヤクザがいる可能性はないな」
 そもそもそんな大きな者がバックにいるのなら、勇輔の名ではなく組の名を出せば済むことだ。その名を使うということは、自分達と同じ高校生を狙っている。その竜也の分析に、雅隆がバイクの後ろで感心した。
「タッちゃん頭いいー。確かに大人の人とかに『東京最強の不良』って言っても通じないもんねぇ」
「そうだね。結局こういう称号みたいなもんって、卒業したら意味ないし」
 なじみの店や伝手を頼って色々周った後、また学校に戻って後輩や友人達から話を聞き、どうやらあまり学校に顔を出さない三年と、去年の卒業生のグループが勇輔の名を騙ってカツアゲをしていることを突き止めた。
 元々その卒業生が学校を締めていたのだが、入学したばかりの勇輔がボコボコにしたという過去がある。まあ恨みとかもあり、主に勇輔に罪を着せて少年院送りにして、自分達はその金で遊ぶつもりなのかも知れない。勇輔が知れば、自分で手を下すのだろうが……。
「勇ちゃん煩わせるのも何だし、俺が何とかするかな。篁はここで待ってろよ」
「あい」
 その溜まり場である喫茶店のドアを足で蹴り開けると、竜也は雅隆を背にして良く通る声でこう言った。
「勇ちゃんの名を使って取った金、返してくんない?」
 煙草の煙で霞む店内が、殺気に包まれた。奥の方から、聞き慣れた声がする。
「名前使ったぁ? 証拠があんのかよ」
「伊葉の威を借りてんのは、九原、お前も同じだろ」
 確かに竜也は慕われてはいるが、虎の威を借る狐と嫌っている者もいる。その言葉に、すっと竜也の目が細まった。
「虎の威かどうか、試す度胸もないてめぇらに言われたくねぇな」
「んだと!」
 その怒号が合図だった。
 竜也は狭い店内に入り込むと、少林寺拳法をベースにした格闘術で次々と不良達を倒していった。
 テーブルに登り、蹴りを入れる。基本が出来ていないでケンカをすると、脇が空く。そこに肘を入れれば、しばらくは息が出来ないぐらい程のたうち回る。
 竜也はどこをどう責めれば、より効果的に苦痛を与えられるかを知っていた。だから、無駄にケンカをせずに、時々熱くなって周りが見えなくなる勇輔を止めるだけで良かった。
 勇輔だって、無闇やたらとケンカしている訳ではない。ちゃんと己の正義感や信念に基づいて、売られたケンカを買っているだけだ。
 すると奥にいた卒業生が、混乱に乗じて移動し入り口にいる雅隆にナイフを突きつけた。
「九原ぁ! 大人しくしねぇと、こいつが痛い目に……」
 すい……と視線を向けるが、ナイフを突きつけられている雅隆は、口元で笑うだけだ。
「ねぇ、そゆ事すると、後で辞めときゃ良かったって思うことになるよ」
「………!」
 その刹那。
 竜也の指先から羽のような物が飛んだ。それが持っていたナイフを弾き飛ばすと同時に、そのまま竜也が駆ける。
「だからあんたは勇ちゃんにボコられたんだよ」
 そのタイミングを読んだかのように、雅隆がしゃがみこんだ。そのまま肘を顎に向かって打ち上げると、今度はその拳を打ち下ろす。とどめに蹴りを入れることも忘れない。
「誰が虎の威を借る狐だって?」
 その堂々とした物言いに、誰も言い返す者はいなかった。

 その後無事に金は取り戻し、雅隆は竜也に礼を言って去っていった。
 それから、何気なく今までメールなどでの付き合いが続いている。
 気がつくと今では勇輔は東京都知事だし、竜也はその秘書だ。雅隆も元気にやっているようで、時々科学雑誌に名前を見つけたりする。
「手紙……?」
 勇輔への郵便物を処理していた竜也は、その中に自分宛の絵葉書があるのを見つけた。それはプリンターで印字されているが、差出人は雅隆になっている。
『元気でやってる? この絵葉書を見つけたら、懐かしくなってタッちゃんに手紙を出してみたくなったの。忙しいみたいだけど、今度時間があるときには僕とも一緒に遊んでね』
 その葉書を返してみると、あの時雅隆と一緒に乗った、懐かしいバイクの銀輪が真っ直ぐと自分に謳いかけていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7063/九原・竜也/男性/36歳/東京都知事の秘書
6589/伊葉・勇輔/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年10月15日

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