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『そんな、ある秋の日。 』
海原・みなも1252)&(登場しない)

 長い長い、辛い辛い夏は、ある日唐突に終わりを迎える。
 九月も後半に入ったその日は、そんな一日だった。
 陽射しは柔らかく、風は熱気を運んでこない。
 陽が傾けば、少し肌寒いほど。それでも、随分過ごしやすい。
 最近は秋が短いから、あっという間に冬が来てしまうだろう。
 ――それまでに、色々しておきたいな。たまにはでかけたいし。どうしようかな。
 
 アルバイトの帰り。夕焼け空を背にして歩きながら。
 海原みなもは、色々と考えをめぐらせていた。
 夏休みの間はアルバイトに忙しくて、何もできなかった。
 今もアルバイトはあるが、夏休みほどじゃない。やりたいことはたくさんあった。
 ちょうど明日は学校もアルバイトもない。珍しい、お休み。
 丸一日、使える。
 あれもこれも、色んなことが頭の中を流れていく。でも、いまいちピンとこない。
 いつもはできないこと。だからこそ、したいこと。
 ――そうだ。
 大事なことを思い出す。
 いつでも家で待っていてくれるあの子のことを。
 うん。
 決めた。
 まっすぐ帰る道から少し逸れて、買い物をしていく。
 明日が楽しみだ。

「ちょ、ちょっと! なにすんのよ!! やめなさいって!」
 次の日。
 昨日と同じ、心地の良い快晴。部屋の中には暖かい光と、優しい風が入ってくる。
 そんな中で。
 みなもは、人形の服を脱がせにかかっていた。
 抵抗は声のみ。なおも甲高い罵声は続くが、それだけ。それはそうである。この人形は――彼女は人間ではないのだ。球体関節人形。しかしもちろん、彼女はただの人形でもない。
 意思を持ち、喋る。しかもとんでもなく口が悪い。気分屋で、すぐへそを曲げる。
 ――でも、根は悪い子じゃないし。ちゃんとあたしのこと、分かってくれてるし。これまで色々あったけど。
「何にやけてるのよ! 人のこと脱がせながら喜んで、気持ち悪い!」
 どうやらいつのまにか、顔に出ていたらしい。
 今まであなたとあったこと、思い出してたのよ。とにっこり笑ってあげる。
「洋服、クリーニングに出してあげようと思って。夏、ほんとに暑かったでしょ。汗かかないだろうけど、湿気も馬鹿にできないし。それと、せっかくだから綺麗にしてあげる」
 言葉の最後に音符でも見えそうなほど楽しげに、歌うようにみなもは話した。
「だからって、動けないのをいいことに! 前も言ったじゃない!」
 相手のテンションは変わらない。確かに、以前にもこういうことはあった。その時は無理矢理黙らせてしまって、大変だったっけ。
「あら? でも……汚れ……このままでいいの? 恥ずかしがってたら、いつまでもこのままなんだけど……あなた、綺麗好きよね? 綺麗にしてあげたかったのに……」
 ごめんなさい、といった風にしおらしい顔で言ってみる。
 でも、事実だ。彼女のことは、本当に大切に思っているから。休日を二人でゆっくり、彼女のために過ごしたい。そう思っている。
「……白々しい、ったらありゃしないわほんと……」
 はー。とため息が聞こえてきそうなほどの声で彼女はこぼした。まあ、声に出さなければため息などつきようもないわけだが。
 じっと瞳を見つめる。その人形の瞳は、とてもガラス玉には見えないほど生気に満ちた光を湛えていた。吸い込まれるようだ。でも、逸らさない。
「はいはい、負け負け。確かに、さっぱりしたいし。まあ、ね。みなもがちゃんと私のこと思ってくれて言ってくれてるのは……なんとなく、分かるしね」
 最後の辺りは本当に小さな声。ぶっきらぼうな言い方。でもそこにこそ、彼女の本音があるんだってことは、もう分かっている。
 すっかり服を脱がすと、身体が露になる。顔の精緻さに比べ、球体関節人形の身体は独特の人形らしさが残っている。だけどもその倒錯した容姿が、逆に艶かしい。
 久々津館の住民、鴉にもらった飾り箱の中から、お手入れ道具を取り出す。まずは、羽ボウキ。
 ゆっくり、そうっと。撫でるように、丁寧に埃を払っていく。
 いつも以上に、懇切丁寧に。
 長い時間をかけてそうした後、次に、アルコールを軽く浸した布で拭いていく。先程以上に慎重に、丹念に、繊細に。全身の、隅から隅まで。舐めるように。
 さらに麺棒を取り出し、同じくアルコールで、関節の隙間などの細かいところを拭いていく。
「……ちょっと。なんか喋りなさいよ。なんかこう……余計に気恥ずかしいじゃないの……」
 いつもと少しだけ様子が違う。照れているのか。
 ただ静かに、微笑んであげる。視線が合う。ぶつかるのではなく、絡み合うように。
「……むう、調子狂っちゃうわほんと……」
 そう呟いたのを最後に、押し黙る。
 でもその沈黙は、穏やかな、優しい沈黙だ。こういうのも、悪くない。
 髪を梳かして、お香を炊き上げて。
 そうして一息。
 一緒に、寄り添うように休憩。
 窓の向こうの空を見上げる。
 いつのまにか、陽は高くなっていた。でも、暑くはない。爽やかな空気の流れが、ささやかに窓から染み込んでくる。
 本当に、ゆっくりと時間が流れているようだ。
「あたしね。本当に、あなたに出会えて良かった。そう思ってるよ」
 その台詞は、何一つ作ったものではなく、自然と、心の中から零れ落ちるかのように口をついた。
 少しだけ眠くなって。ぼんやりと、そのまま座る。こういう一日もいいものだ。
 返事は、たっぷりと時間をかけて耳を打った。
「……私もよ」
 いつもの調子で話すその言葉は、まどろみの中、天上からの響きのように、みなもの夢の中に広がっていった。



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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです、伊吹護です。
たびたびの発注、ありがとうございます。
この話は書いていて私も楽しく、書き始めたら興に乗って一気に書いてしまいました。
ただ、お望みの百合っぽいのは……この程度が限界、ということで。
満足していただければ幸いなのですが、もっと今後精進しますね。
ではでは、またいつか、機会がありましたら。
この後、全三回でやっていますゴーストネットOFFでのシナリオの第二回のOP公開をいたしますので、途中参加でもよければ、ぜひぜひ宜しくお願いします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊吹護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年10月12日

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