▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『願いのかぼちゃ風船 』
アレスディア・ヴォルフリート2919

 ハロウィンの祝い方にも色々ある。
 それは分かっているが、こんなのは初めて見た。
「ん? 何してるかって? ほらこのオレンジの風船に、かぼちゃの顔書いてるんだよ」
 少年の1人が答えてくれた。
 広場には他にも、大人や子供が雑多にいる。皆、オレンジ色の風船を手にしている。
「それでね、かぼちゃの顔の裏に願い事書いて、空に飛ばすんだ」
 よくよく見ると、大人が数人でヘリウムガスを管理している。この風船は飛ばせるらしい。
 少年はこちらを見て、にこっと笑った。
「やってみる?」
 ―――
「お願いごと、書こうよ。それでさ、飛ばそうよ」
 僕はハヤブサって言うんだ――
「お話するの大好きなんだ。よかったらさ、その願い事が叶ったらどうしたいか、僕に教えてよ」
 ハヤブサは笑顔で楽しそうに言った。

     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ん……あの人々は何をしているのだろうか」
 アレスディアはふと、広場に目をやってつぶやいた。
『さあて、わしにはとんと分からんことをしておるようだが……』
 頭の中から声がする。壮年の男性の声だ。
『む。何かを飛ばしておるのか? あれは何色と言うのだったかなアレスディア殿。ううむ、大人も子供もたくさんいるな、楽しそうだ』
「興味がおあり? ザボン殿」
 アレスディアはとても饒舌になった頭の中の声に微笑んで、尋ねてみる。
『うむ。……はしゃぐのは子供っぽいだろうか』
 照れたように言ったザボンに笑ってみせ、
「そんなことはない。では行ってみよう」
 アレスディアはぎし、ぎしと関節が重く鳴るのも無視して、広場へと向かった。

 精霊の森という森がある。
 そこには精霊が8人いて、守護者は彼らに外を見せてやってほしいと常々願っていた。
 その方法は、外を自由に歩きまわれる人々の体に精霊を宿らせること――
 岩の精霊ザボンという精霊がいた。擬人化すると、40代ほどの男性の姿を取る。
 アレスディア・ヴォルフリートという名の少女は、ふとした縁からこのザボンと仲良くなった。
 それ以来、しばしば擬人化したザボンとチェスをしながら語り合ったり、ザボンを宿して外へ出向いたりしているのだが――

 広場近くへ行ってみると、アレスディアにはそこにいる人々が何を空に飛ばしているのかが分かった。
 オレンジ色の風船だ。
「ザボン殿、この空に飛ばしているものは、オレンジ色の風船だ。風船は以前エルザードでごらんになったかな?」
『おお、覚えておるよ。噴水のある公園で、風船を子供に配っておる者がおったな』
 そうか、これは『オレンジ色』というのか――と、常緑樹の森にいるため色を知らないザボンは感慨深そうにつぶやく。
「オレンジという果物がある。そこからとった色名なのだと思う」
 アレスディアは説明しながら――首をかしげていた。
 目の前の、オレンジ色の風船を飛ばしている人々は、一体何をしているのだろう?
 よく見ると、ペンで風船に何かを書き込んでいる。
 ――ふと気配がして横を向くと、
「ねえ、お姉さん不思議だね」
 いつの間にか、そこにはにこにこ笑う少年がいた。
 少年は微笑んだまま、
「お姉さんの中に、誰かいるね? 2人で来たんだ」
『む……この少年はわしの気配が分かるのか』
 ザボンがうなっている。さすがにその声までは少年に届かないのか、少年はそれには反応しなかった。
 アレスディアは、分かっているのなら別に隠す必要もないかと、
「ああ、私は今精霊殿を体に宿している。よくお分かりになったな」
 と少年に微笑んでみせた。
 少年はにっこりとした。
「精霊さんも1人。確かな1人。僕には気配しか分からないけど――、1人でも多くの人がこの広場に来てくれることを願ってる」
「……この広場では、皆何をしているのだ?」
 アレスディアは改めて人々を見た。
 全員が風船を飛ばしながら、楽しそうな、幸せそうな顔をしている。
「うん。ハロウィンのお祝いだよ」
 少年は言った。
「ハロウィン……。文献で見たことはあるような……」
「実際のハロウィンがどんなものかの説明はしないよ。長くなるからね」
 眉間にしわをきざんで考え込んだアレスディアに、少年は笑って、「ただ、ここではハロウィンにこういうお祝いをするってこと。これが重要だよ」
「そうだな」
 アレスディアは顔から力を抜いた。
『はろ……はろうぃん?』
 ザボンには慣れない言葉すぎて発音が難しいらしい。
 少年はハヤブサと名乗った。
 ハヤブサは風船を2つ手に持っていた。反対の手にはペンも。
 風船1つをアレスディアに渡して、
「さっ。お姉さんも一緒に願い事を書こう?」
「……願い事?」
「あのね、ハロウィンっていうのは本当はかぼちゃを使うんだ。かぼちゃの中身をくりぬいてね、こう、目と鼻と口の部分を切り取って、顔にする」
 言いながら、ハヤブサは風船にかぼちゃの顔を描いていく。
 もちろんこれは風船だから切り抜かないよ――などと、笑って言いながら。
「それで、ここからが重要」
 少年は、かぼちゃ風船を裏返した。
 後頭部が見えた。オレンジ色以外何もない。
「この広場の伝統では――ここに、願い事を書くんだ」
「願い事……?」
 ハヤブサは手早く『この広場にもっともっと人が来ますように』と書いた。
「それで――空に飛ばす!」
 彼は風船から手を放した。
 願い事のかかれたかぼちゃ顔風船が、空に飛んでいく。
「――こうするとね。願いが叶うって言われてる」
 ハヤブサは満足そうにそう言って、「さ、お姉さんたちも」とペンを渡してきた。
「ふむ……」
 アレスディアは考え込んだ。考えて考えて考えた後――とりあえず風船に顔を描き、
「願い事、か……私は、良い。ザボン殿、何か願いがあれば書いてみては如何か?」
『むう?』
「なに、大丈夫だ。私が代筆しよう」
『ふむ。願い事、か』
 ザボンはうなった。『願い事とは、そもそも何なのだろうか、アレスディア殿』
 言われて、アレスディアは面食らった。
 ――願い事とは何か?
「そ、そうだ……な。こうなったら嬉しい、とか、そういうものではないだろうか」
『こうなったら嬉しい……』
「そうだクルス殿だ。クルス殿は精霊殿方が外のよさを知ることを願っていらっしゃる。まさしく願い事だ」
『願っている……願い事。なるほど、了解した』
 ザボンは即答した。『“我らが森が平穏であること”でいかがだろうか』
「………」
 アレスディアは代筆する前に動きを止めてしまった。
 精霊の森の平穏……
 それは、根本的に無理なのではないだろうか。最近特に。著しく。
『む? 無理であるかな?』
 アレスディアの思考が読めてしまったらしい。ザボンが首をかしげるような気配がした。
「い、いや!」
 アレスディアは慌てて否定した。しかしザボンはふむふむとうなずくような気配を送りながら、
『そうだな、では“アレスディア殿とわしの友情が続くこと”は……単なるわがままになってしまうかな』
「―――」
 アレスディアは驚いた。思わず破顔して、
「願い事とはわがままなものだ。それに――私が、嬉しい」
 ザボンが笑った。
『では、ぜひそれでお願いしよう』
 アレスディアは丁寧に、かぼちゃ風船の頭に文字を書いていく。ぎし、ぎしと少しばかり手の動きが硬いのは、岩の精霊を宿しているせいだ。
 本当はザボンを宿すとものすごく体が重くなるのだが、アレスディアはもう慣れっこなので何も気にしていない。そもそも彼女は天然怪力少女だった。
 ハヤブサは、アレスディアが書いた願い事をのぞきこんでいた。
 アレスディアは書き終わった願い事を満足げに見つめて、
「飛ばすぞ、ザボン殿」
『うむ』
 風船から手を放すと、風船はあっという間に空高く飛んでいった。
 額に手をかざし、目を細めてそれを見送る。
 ハヤブサが楽しげに言った。
「『願い事が叶ったらどうする?』って訊くのが僕の趣味なんだけど、今回は訊く必要がないね」
「ハヤブサ殿。私たちの趣味はチェスだ――これからもずっとチェスで勝負を続けて行くのだろう」
 アレスディアがくすくすと笑って言う。
『むむむむっ! アレスディア殿、わしはもうこれ以上負けぬぞ!』
 頭の中で気合の入ったザボンの声がした。アレスディアはもう一度笑った。
 ただいま2人の勝敗は、アレスディアの20勝0敗。
 ザボンがアレスディアに勝てるようになるにはまだ遠い。
「ところでさ、お姉さん」
 ハヤブサがふと小首をかしげて、「お姉さんの願い事は、よかったの?」
 アレスディアはふと、表情を消した。
 今は地面に刺していた、幾重にも刃を重ねたような形をした槍ルーンアームにもたれかかるようにして、彼女は遠い目をした。
「私は、理不尽な暴力に晒される人々を護れるように自らを矛であり盾であると思っている……」
 つぶやく。小さな声で。「誰もが誰かに踏みにじられることのない世界のためなら、戦いの中で散ったとて構わぬとも」
『………』
 ザボンが、真面目に聞いてくれている気配がする。
 だからアレスディアは、言葉を続けた。
 相棒のルーンアームを見下ろして。
「だが、その一方で、もしも願いが叶って平穏な時代が来て、矛も盾も要らぬ時代が来たら、そのとき私はどうするのだろう」
 考えても詮無いことだ。
 けれど『願い事』などと言われて、つい頭をもたげた思い。
「無論、必要とされたいがために誰かが傷つく世界を望んだりは断じてしない。皆が平穏に生きていけるなら、それが一番いい」
 今この広場にいる人々のように。
 誰もが笑顔で。
 誰もが幸せそうで。
 もちろん平穏な世界でも泣くことはあるのだろうけれど。
 もちろん怒ることもあるのだろうけれど。
 それらさえも幸せと思える世界。
 そんな穏やかな、のんびりとした、優しい世界。
「だが、その平穏の中で私はどう生きるのだろう」
 うつむく。――灰銀色の髪が、さらっと落ちてきて彼女の顔を隠した。
「ふとそう考えて、私自身の生きる道が見えなくて……だから、書けなかった」
 かすむような声だった。
 何故、こんなに声が出ない?
 怖いからか。人に聞かせたい言葉ではなかったからか?
 ハヤブサの表情を見るのが怖い。
 ――この歳になって、こんな少年の顔をまともに見られないなんて。
 はあ、と息を吐いて、アレスディアは顔を上げた。
 風船がたくさん飛んでいく空を見上げて。唇に浮かぶのは微苦笑。
「……別に自身を善人だと思ったことはないが、とんだ偽善者だ」
 今までの言葉を打ち消すように、わざと声を大きくした。
 ハヤブサの視線を感じる。
 怖くて、少年の顔を見られなかった。
 ――まさかこの程度でこんなに動揺するとは。よりによって自分の言葉に――
「でもさ……」
 ハヤブサの声がする。無邪気な声だ。それが余計に怖い。
 構わず、ハヤブサは少し考えるような声を出した。
「さっきの――願い事が――」
「……願い事?」
『アレスディア殿』
 頭の中から、優しい岩の精霊の声がした。
 いつもずっしりと。腰をすえて自分の話を聞いてくれる精霊。
『さっきのかぼちゃ風船とやらの顔を書いている時から、アレスディア殿の逡巡は分かっていたのだがな』
 アレスディアははっとした。
 そうだった。精霊を体に宿している時は、場合によってはこっちの考えを精霊に読まれてしまう。その逆もしかりなのだが。
『わしはな、アレスディア殿』
 ザボンは、思いの外軽い声で――言ってきた。
『どんな世の中であろうと――いや戦乱の世は困るが。アレスディア殿に時間があるのなら、アレスディア殿とのチェスの対決をやめようとは思わんぞ?』
「―――」
『それとも平穏な世界になったら、アレスディア殿は我々精霊の前から姿を消しておしまいになるのかな。それは悲しいのだが……』
「………っ」
 思わず胸元をかきむしった。
 そうだった――そうだ、私は何を言っていたのだ?
 もしも平穏な世界になったなら、生き方が変わるのは自分だけではない。
 誰もが変わって当たり前なのだ。
 ――けれどその中でも、変わらぬものもある。

『私とザボン殿の友情がこのまま続きますよう』

 ついさっきこの手で書いた言葉は、一体何の意味を持っていたのだろう。
 そんなに軽い気持ちで書いた言葉だっただろうか?

「違う……違う、ザボン殿」
 アレスディアは首を振った。
「私は、消えない。あなた方の前から消えることはない。平穏な世界になったからと言って、そのまま姿を消す英雄気取りで友情を壊す気はない」
『なら、それでいいのではないのかな』
 ザボンはいつもの優しい声で言った。『それとも、そうやってのんびり過ごすのはやはり無理か』
「いや。――いや」
 常に戦いの中に身を置いてきた。
 だから、戦いがなくなってしまった時、自分の居場所はどこにあるのだろうと思った。
 偽善者? けれど自分が平穏を願う気持ちは変わらない。
 ただひとつ怖いのは、自分の居場所がなくなってしまうことだけ。

 平穏な時代になったらその世界に適応しようと。
 そういう思いが、どうして浮かばないのだろう。

「平和を……考えられない。考えるのが、怖い」
 それはかつて故郷を失った頃から、植えつけられていた思い。
 平和ボケはしたくない。いつどこで何が起こるか分からない。
『自分の生き方を変えてしまえば、自分が消えてしまうような気がするのだな』
 ザボンは言った。『そうであろうな……誰もが、変化を恐れる。人とはそういうものだという』
「ザボン殿……」
『心配するな、アレスディア殿』
 精霊の声は、変わらなかった。
『わしは岩の精霊。水滴に何十年何百年と打たれれば穴も穿たれるが――変わらぬ。変わらぬまま鎮座しておるよ。だから安心して、会いに来てほしい』
「―――」
『そしてチェスをする。わしは勝つまでアレスディア殿を待ち続ける。勝ってからも、何回も。そうじゃな、せめて勝ち越しぐらいはせねばな』
「ザボン殿……っ」
 アレスディアは微笑んだ。泣きそうな顔で、笑った。
 嬉しくてたまらなかった。精霊の言葉が胸にしみる。しみわたる。
 ――どんな世になっても、自分を待っててくれる人がいる。
 自分の生き方、触れるのが怖いそれにも、いつかゆっくりと向き合える時が来るのかもしれない。

『変わらぬまま、鎮座しておるよ』

 彼がそうやって、ずっと森を見守ってきたように。
 森が少しずつ変化していくのを、その目で見てきたように。
 自分も、変化を――きっと、受け入れられる日が来る。
 そう、思いたかった。
『だがまあ。平穏の時はまだまだ遠そうだがのう』
 ザボンはため息をついた。アレスディアは苦笑した。
「……やはり私は当分の間、矛であり盾であり続けねばならぬらしい」
 それから、いたずらっぽくふふっと笑った。
「そして当分の間、チェスならザボン殿には連勝だ」
『ななななんと! ぐぬぬ、負けぬぞ……っ』
 ザボンが頭の中で暴れているような気がする。ずしんずしんと体に響いたが、構いはしなかった。
「お互いに精進だ、ザボン殿」
 風が吹いた。心地よい秋の風。
 灰銀色の髪がなびいて、アレスディアはさらりと自分の髪を手で梳いた。
「いい、願い事だったね」
 ハヤブサがにっこりと笑った。――ああ、ほら、もう少年の顔を見るのも怖くない。
「ああ、最高の――願い事、だ」

 やはり願おう。この世に平穏をと。
 もう、迷ったりしないから。

 空には相変わらず風船が飛んでいる。
 願い事を乗せた風船たちの行き先は一体どこなのだろうと、アレスディアは思う。
 ――願わくば、すべてに幸あらんことを。

「さあ、ザボン殿、行こう」
『うむ。――次はどこかな』
「さあ、どこだろう」
 分からぬまま、精霊を宿らせてアレスディアは足を一歩進めた。
 それは自分の生き様を乗せた、強くてまぶしい一歩だった。


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

聖界ソーン

【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女 / 18歳 / ルーンアームナイト】
【NPC / ザボン / 男 / 外見年齢45歳 / 岩の精霊 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
アレスディア・ヴォルフリート様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回はシーズンノベルにご参加くださり、ありがとうございました!
ザボンを連れてということで、さらに嬉しかったです。
勝手にアレスディアさんの悩みに決着をつけてしまいましたが、よろしかったでしょうか;
本当にありがとうございました。
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年10月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.