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『幽明の宴〜炎の奥の記憶〜 』
来生・十四郎0883

■オープニング

「Trick or treat!」

 どこか遠くから、子供たちのはしゃぐような歓声が聞こえる。
 夜霧の漂う広場の向こうで、魔女や悪魔や狼男、思い思いの扮装に身を包んだ行列が、カボチャをくりぬいて作ったランタンをかざし練り歩く。

 ――そう、今夜はハロウィン。

 一応カトリックの諸聖人を称えるお祭りってことになってるけど、その起源はキリスト教より遙かに古く、古代ケルト人の収穫祭にまで遡る。
 彼らは一年のこの時期、生者と死者の世界を隔てる「門」が開かれ、互いに往来できるようになると信じてた。ちょうどこの国の「お盆」ってとこかな?

 ボクの名は「リデル」。
 何者かだって? まあ、細かいコトはいいじゃない。

 そんなことより、キミは誰か親しい人を亡くした覚えはない?
 しかも、本当に伝えたかった「大切な言葉」を言えなかったまま。
 親兄弟。恋人。友だち。幼なじみ――別に人じゃなくたって構わない。
 さあ、「門」は開かれた。今宵催されるは、幽明の狭間で生者とそれ以外のモノたちの間で繰り広げられる、一夜限りのパーティー。

 もしかしたら、キミが知ってる「誰か」も来てるかもね。

 お菓子をあげよう。
 これはパーティーのチケット。そしてキミ自身を望みのままの姿に変える魔法の薬でもある。
 明日の朝、鶏が刻を告げるまでの間、よければ捜してごらんよ。
 あの言葉を伝えられるかもしれないよ? もう一度会いたかった「誰か」に。
 準備はいいかい? それじゃあ――

「Trick and treat!」

 ◆◆◆

 家が燃えている。
 壁を這うように広がる紅い炎と、濛々と立ちのぼる黒煙。
 既に火の手は家屋全体に回り、消防車のホースがさかんに浴びせかける放水も、せいぜい周辺住宅への延焼を食い止める役にしか立っていない。
 警官や消防隊が何事か怒鳴りながら走り回り、その周囲をパジャマ姿の近所の住人や、好奇心剥きだしの野次馬どもが鈴なりに取り囲んでいる。
 俺はただ、為す術もなく見つめることしかできなかった。
 まるでTVドラマの一場面でも眺めているような非現実感。
 これはきっと悪い夢だという、藁にでも縋るような思い。
 だがそんな一縷の望みを打ち砕いたのは、音を立てて1階部分が崩れ落ちる瞬間だった。
 そのとき、俺には確かに聞こえたんだ。
 高々と舞い上がる火の粉と煤煙の彼方から、あいつが助けを求めるように俺の名を呼び続ける声を――。

 ◆◆◆

「大丈夫? そんな所で寝てると風邪ひくよ」
 俺はゆっくりと瞼を開いた。
 ほぼ同時に、頭上を轟音と共に電車が通過する。
(糞ッ、またあの夢か……)
 仕事のことで編集長とこっぴどくやり合い、ヤケになって居酒屋や屋台をはしご酒した挙げ句にたどりついた、どこかのガード下。
 酒には強いつもりだが、さすがに今夜は度が過ぎたようだ。
 おまけに、しばらくご無沙汰してた「例の悪夢」まで再放送ときた。
「ずいぶん飲んだようだね? お酒はほどほどにしないと、体に毒だよ」
 余計なお世話だ。
 のろのろ顔を上げると、そこに立っていたのは舞台に立つマジシャンのような服装の子供だった。
 歳は12歳くらいか。暗くてはっきりと見えないが、その髪や目の色は少なくとも日本人じゃない。
「酔い覚ましに、おひとついかが?」
 やけに芝居がかった仕草で差し出された子供の掌に、手品のごとくクッキーが現れた。何だこりゃ。新手のストリートパフォーマンスか?
「いらねえよ。今は菓子なんか食う気分じゃねえ」
 気の利かないガキだ。どうせならお冷やでも持ってこいってんだ。
 ……待てよ?
 この真夜中に、まだ小学生みたいな子供が、たった一人で手品の練習?
 ようやく目覚めかけた頭の片隅に、最近巷で広まっている奇妙な噂が思い浮かんだ。
 それは仕事柄、俺もネタ捜しにちょくちょくアクセスする有名オカルト系サイト「ゴーストネットOFF」の投稿から広まった、いわゆる都市伝説の一つだった。

『ハロウィンの季節、夜の街に子供の姿をした幽霊が現れる』

 もちろん、この程度のありがちな怪談話じゃベタ記事にもなりゃしない。
 例のサイトの掲示板にしても、ある投稿では『その子は死神で、一度連れてかれたら二度と戻れないんだって。怖っ!』とあり、別の投稿では『いたずら好きの妖精で、頼めば亡くなった親しい人に再会させてくれるそうだよ』とまるで内容が違う。
 まあ、都市伝説なんてのは往々にしてそんなものだが。
 ただし、俺もその全てを否定するつもりはない。かくいう俺自身、28年生きた間には理屈で説明できない「怪異」とやらを一度ならず体験しているからだ。
 件の「子供の幽霊」の投稿にしても、内容がてんでバラバラであるにも拘わらず、ある一つの事柄だけには奇妙な共通点があった。
 俺はガード下の路面から身を起こし、改めて子供と向かい合った。
「ボウズ……おまえ、名前は?」
「ボク? ボクのことは『リデル』って呼んで」
 いうなり、子供はおどけるようにクルリと回った。
 俺の背筋にゾッと冷たいものが走った。
 そう。「ゴーストネットOFF」に複数投稿された書き込みでも、「幽霊」の名前だけは全て同じだったからだ。
「おまえが、リデル……本当にいやがったのか」
「へえ、そんな有名人なんだ? ボクって」
「死神だって噂もあるが……どうなんだ?」
「失敬だなあ。ボクは死神でも幽霊でもないよ」
 リデルはちょっと拗ねたように口を尖らせたが、すぐにニコっと笑うと、
「――でもね、キミが望むなら……会わせてあげてもいいんだよ。今はもういない、大切な誰かに」
 俺は生唾を呑み込んだ。これは夢の続きなのか?
 とにかく、今はただ一杯の冷たい水が欲しかった。
「フフ……その様子じゃ、どうやら心当たりがありそうだね」
「い、いや……俺は、別に……」
「決心がつかない? なら、チケットだけ渡しておくから。パーティーへの参加は、どうぞご自由に」
 返事も聞かずに、リデルは手にしたクッキーを俺の掌に握らせた。
 そのまま一歩下がり、玩具のステッキを差し上げると、やけに楽しげな声で一声叫ぶ。

「Trick and treat!」

 ◆◆◆

 自宅が放火で全焼したのはもう11年前のこと。俺が17の歳だった。
 両親と兄と妹――4人の家族をいっぺんに喪った。
 就寝中を狙いすましたような真夜中の犯行。
 皮肉なことに、夜遊びで帰りが遅くなった俺だけが生き残った。
 身許確認のため警察病院の霊安室で家族4人の遺体を見せられたが、そのときの俺は生まれて初めて目にする焼死体の惨たらしさにショックを受け、本当に両親や兄妹たちなのか、冷静に確かめられる余裕なんてなかった。
 実際、男女の区別すらつかず、せいぜい体の大きさから一番小さいのが当時10歳の妹らしい――としか答えようがなかった。
 そのまま「よく判りません」といって部屋を出てしまえばよかったかもしれない。
 だが、俺は気づいてしまったのだ。
 高熱による筋肉の収縮で、赤ん坊のように手足を縮めた子供の焼死体。
 その小さな掌に、僅かに燃え残ったピンク色の毛糸の端が握りしめられているのを見た瞬間――。
 俺は絶叫を上げ、半ば錯乱状態で霊安室から連れ出された。

 結局、歯形の照合から家族全員の死亡が確認されたのは後日のことだ。

 ◆◆◆

「ここは……どこだ?」
 さっきまでいたはずの夜の街並みは消え失せ、俺は両側を土壁に挟まれた、薄暗く巨大な迷路の中をフラフラさまよっていた。
 幸い頭上から差し込む月明かりのおかげで周囲の状況は判るが、いったいここがどこなのか、どう歩いたら外に出られるのか見当もつかない。
 俺は上着のポケットに手を入れ、さっきリデルから渡されたクッキーに触れてみた。
 奴の言葉を信じる限り、少なくとも俺の命を奪ったり、危害を加えるつもりはなさそうだが……。
 そういや、『パーティーのチケット』とかいってたな。
 つまり、これを食べればまた会えるってことか?
 今はもういない、そして自分にとって大切な「誰か」に。
 ――駄目だ。
 たとえそれが本当だとしても、あいつに――妹に会わせる顔なんかない。

 七つ年下の妹は長い黒髪が小作りの顔に良く似合う、人形のように可愛いやつだった。
 仕事で忙しい両親に代わり俺が面倒を見てやることが多く、そのためかあいつも俺によく懐いてくれた。
 小さな頃はよく「大きくなったら、あたしトシ兄のお嫁さんになる!」なんていって親父達を弱らせたもんだっけ。
 もし生きていれば、今はもう21。さぞかし美人に成長したろうし、賢い子だったからきっと大学に通ってる頃だろう。
 それに引き替え、今の俺ときたらどうだ?
 専らゴシップやスキャンダル、キワモノのネタばかり扱う大衆向け雑誌の記者。
 仕事にはそれなりにプライドを持っているつもりだが、気合いを入れて書いた記事に限っていつもボツ。結局は日の当らない裏道ばかり歩いている、こんな荒みきった兄貴の姿なんかあいつに見せられるか。
「リデルのバカ野郎……ハロウィンのパーティーなら、誰か別の奴を招きやがれ!」
 いつしか歩き疲れた俺は、土壁にもたれて座り込み、子供のように啜り泣いていた。

 ◆◆◆

「ちょっと出かけて来るわ。母さんには、晩メシは外で食うって言っといてな」
「あー、ちょっと待ってトシ兄! これ、巻いてきなよ」
 そういって妹が差し出したのは、自分が普段使っているお気に入りのマフラーだった。
 確かにその日は冷え込みが厳しかったし、俺が風邪をひかないよう、あいつなりの気遣いだったに違いない。
 とはいえ、高校生の俺が子供用のピンクのマフラーを巻いて出かけるのは、さすがに格好悪い。
 俺は苦笑いして断り、その態度が気にくわなかったのか妹はムキになってさらにマフラーを勧め――。
 ちょっとした押し問答から始まった、実に他愛のない兄妹ゲンカ。
 最後は俺が、
「バカヤロー! おまえ、子供のクセに生意気なんだよ!」
 吐き捨てるように怒鳴って家を後にした。
 そして、それがそのまま別れの言葉になってしまった。
 あの夜――炎に焼かれながら、そのマフラーを握りしめて俺の名を呼び続けた妹はどんな思いだったのか。
 最後に見たあいつの変わり果てた姿――掌に残されたマフラーの切れ端を思い出し、俺は声を上げて号泣した。

 ◆◆◆

 いったいどれだけ泣き続けたろうか。
 俺はふと顔を上げ、ポケットからあのクッキーを取り出した。
 ――謝らなくちゃいけない。
 あいつが今の俺を見て、どんなに軽蔑されようが、いっそ祟り殺されても構わない。
 せめて一言謝らなければ。
 なぜリデルが俺を選んだのか、ようやく判ったような気がした。
 俺は意を決し、汗で湿気ったクッキーを囓った。

 ふわり。

 何か柔らかく、暖かいものが首に触れる感触。
「よかった……ようやく呼んでくれたんだね、トシ兄」
 月明かりの下にぼんやりと浮き上がる、小さな女の子の姿。
 ストレートの黒髪を背中まで伸ばし、額の所でまっすぐ切りそろえている。
 つぶらな瞳、幼いながらも小作りに整った顔立ち。
 ――妹だ。
「おまえ……いったい、いつからそこに?」
「さっきからずっとだよ。エヘっ……トシ兄が泣いてるとこ、見ーちゃった」
「バ、バカ……これは……ただの汗だ!」
 俺は慌てて上着の袖で涙を拭う。
「でも……よかった。もしクッキーを食べてくれなきゃ、ずっと気づいてもらえないとこだったもん」
 妹は俺の隣に腰を下ろすと、甘えるように寄りかかってきた。
「今夜も寒かったでしょ? 風邪ひいちゃダメだよ」
 ふと首に手をやり、妹がかけてくれたマフラーに気づく。
 ああ、これはあの日の――。
「あの時はごめんな、ありがとう」
「ううん。あたしも、ずっとあやまりたかったの……ついカッとして、ひどいこといっちゃった」
「バカ……おまえが謝ることなんか……なんにもねえよ」
 一度は拭った涙が再び溢れ出す。
 俺はすでにこの世のものでない幼い魂を、そっと抱き締めてやった。

 ◆◆◆

 妹と手を繋ぎ、仄かな月明かりに照らされた迷路の中をあてもなく歩き続ける。
 出口なんか、もう見つからなくたっていい。
 いま、こうして二人きりで過ごせる時間だけが、ただただ愛おしかった。
「ごめんな……兄ちゃん、こんなカッコ悪い大人になっちまって。……俺なりに、みんなの分まで頑張ったつもりだったのに」
「なんでそんなこというの? トシ兄はいまでもカッコいいよ!」
 両手を胸の前で握りしめ、顔を真っ赤にして妹が声を張り上げる。
 ムキになったときのクセだ。11年経っても、ちっとも変わってない。
「雑誌の記者さんなんでしょ?」
「ま、三流……いや五流誌だけどな」
「関係ないよ! トシ兄、いつだってお仕事いっしょうけんめいじゃない。あたし、お空の上から見て知ってるもん」
「じゃあ……いいんだな? これからも、俺だけ生きちゃって」
「決まってるでしょ。がんばってね……あたしたちの分まで」
 ふいに眩しくなったのに驚き顔を上げると、迷路の前方が目がくらむほど目映く光り輝いている。
「ごめん……もう時間がきちゃったみたい」
 妹が寂しそうに俯いた。
「一緒には……戻れないんだよな、やっぱり」
「うん。リデルとの約束だから……」
 なら、俺もここに残る――そう叫びたい気持ちを、ぐっと堪える。
「トシ兄……お口、アーンして」
「?」
 いわれるまま開けた俺の口に、何か小さくて甘い塊が投げ込まれた。
 クッキーだ。
(いつかまた……会えるよな。きっと)
 俺は目をつむり、妹を強く抱き締めたままゆっくりクッキーを噛み砕いた。

 ◆◆◆

「ちょっとあんた! そんなとこで寝ちゃ駄目だよ」
 眩しさに目を瞬くと、中年の警官が俺の顔にマグライトを当てて見下ろしていた。
 頬に当る冷たいコンクリートの感触。
 ガード下を揺るがす電車の通過音。
 腕時計を見ると、初めリデルに会った時刻から5分と経ってない。
「気をつけてよ。近頃は酔っぱらい狙いの抜き取りスリも多いんだから」
「はあ……すんません」
 とりあえず立ち上がり、財布や携帯など貴重品を確認する。
 そのとき、上着の内ポケットにふと柔らかい感触を覚えた。
 ――ピンクの子供用マフラー。
(あいつ……)
 俺はマフラーを首に巻き付け、警官が首を傾げるのもかまわず歩き始めた。

 かまうものか。明日からこの格好で出社してやる。

〈了〉

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
0883/来生・十四郎(きすぎ・としろう)/男性/28歳/五流雑誌「週刊民衆」記者

(公式PC)
―/リデル(りでる)/無性/12歳くらいに見える/観察者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして! 対馬正治です。今回のPCゲームノベルご参加、誠にありがとうございました。
通常、特にご指定がない限り3人称で書くことが多いのですが、今回のノベルでは十四郎さんの内面の葛藤やハードな生き様を描写したかったため、あえて一人称で書かさせて頂きました。また、本編中で妹さんが「トシ兄」と呼んでいるのは、もう一人お兄さんがいたため生前そう呼び分けていたのでは? というライターの創作ですが……もしお気に召さないようでしたら、リテイクの方お気軽にお申し付けください。
ともあれ普段の「東京怪談」とはひと味違う世界が描け、ライターとしても非常に意欲の湧くお仕事でした。
ではまた、ご縁がありましたらよろしくお願いします!
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
対馬正治 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年10月09日

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