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『WONDER HALLOWEEN 』
阿佐人・悠輔5973



 見も知らない場所だ。
 突然森の中で出会った子供によって、こんな姿にされてしまった。
 そう、『こんな姿』に。
 子供は言った。
「それはアンタが望んだ姿だよ!」
 ウソだあ、と心の中で洩らす。
 だがそうなのだというのだから、そうなのだろう。
 どうしてくれるんだと思うが子供はいない。どこに行ったと見回すと――。

 ハッ、と目が覚めた。

***

 夢の中で出会った少女に変えられた姿。それは――。

 阿佐人悠輔は目を覚ましてから……悲鳴をあげなかったのは褒めてもらいたいと、思った。
 悠輔には義理の妹が存在する。血も繋がっていないし、どこか遠い親戚から養子に入ってきたわけでもない。
 その妹はこの姿を見たらどう思うだろう?
(単純に考えて……ファイリアと体が入れ代わった! ってぇわけじゃないよな)
 もしもそうだとすれば、義理の妹の広瀬ファイリアがここに来ているはずだ、悠輔の姿で。
 豊かな胸元を見下ろし、目を泳がせる。何も悪いことをしていないのに、緊張してしまった。
 全身を映す鏡など、悠輔の部屋にはない。だが小さな手鏡くらいはある。まぁ、たしなみというものだ。
 その鏡を覗き込み、悠輔は顔を確かめる。妹の顔そっくりだ。
 髪を少し摘んでみる。自分の硬質気味な髪とは違ってさらさらだ。うぅ、やはり。
(どう見てもファイリア、だよな……)
 これは困った。おそらく夢の中で出会ったあの少女が原因でこうなってしまったのだろうが、かといって対策が浮かぶわけでもない。もう一度眠ればまた会える可能性があるが、生憎と眠くない。
(こうなったら元に戻るまで部屋にこもるか……。それが無難だな)
 なぜこんな姿になったのか、なんとなくわかっている。これは自分の望んだ姿だ。
 たまには妹の立場になって、甘えられる側から甘える側になってみたいという願望のあらわれだ。
「ねえお兄ちゃん!」
 ドアが派手な音と共に開けられる。布団に戻ろうとした悠輔はギクッとして動きを停止した。
 目があう。
「ファイ、大きくなったの! 見てくださいっ!」
 くるりと全身を回転させて、悠輔に見せてくる。
 二年分成長しただろうファイリアの姿は幼さを強く残すものの、髪も伸びていて顔立ちも少し大人びている。
「お兄ちゃん、ファイそっくりです!」
 笑顔で近づいて来る妹が恐ろしい。なんで笑顔なんだ!?
 困惑する悠輔に近づいてくると、ファイリアはすぐに首を傾げる。
「その格好だと可愛くないです、お兄ちゃん。ファイの服貸してあげるです!」
「い、いや……いい。部屋にいるから」
「だめです! ほらほらっ!」
 ぐいぐいと腕を引っ張られ、布団をはがされる。
「ファイの部屋に行こ!」
「ちょ……っ」
 制止の声など届かないようだ。ファイリアのほうが二つ上の姿なのだ。これではまるで姉と妹だ。今の悠輔の姿はファイリアの姿なので、腕力もない。抵抗できないのだ。



「…………」
「お兄ちゃん、下向いたまま歩かないほうがいいですよ?」
 親切で言ったのだが、悠輔はキッとこちらを睨む。なぜそんなに怒るのだろうか。似合っているのに。
(まぁファイの服だから似合うのは当然なんですけど)
 自分の姿をしている悠輔に、自分の衣服を着せる。似合わないわけはない。
 二人は家の外に出ていた。ファイリアが悠輔を連れ出した、とも言う。
 悠輔は悠輔で俯いて歩くことで、周囲を気にしないようにしていたのだ。ファイリアの衣服はどちらかと言えば可愛らしいもので、余裕のあるだぼだぼのものではない。スカートもかなり短いものだ。
 普段は「似合うから」「ファイリアが好きで着ている」と思っていたものだが、悠輔自身が着るとなると話は別だ。
(なんでこんなに短い……!?)
 ぐっ、とスカートの前側をおさえる。すると、横を歩いていたファイリアが少し目を丸くした。
「お兄ちゃん、スカートを前に引っ張ったらダメです。後ろ、捲れてます」
「えっ!」
 ぎょっとした悠輔が自身の背後を振り向いた。その様子にファイリアが吹き出してしまう。スカートは捲れていないのでからかわれたのだ。
 そんな二人のやり取りを偶然見かけたらしい二人組の女性が「可愛い姉妹ね」と言って通り過ぎていった。小さな声だが悠輔とファイリアにはしっかりと聞こえていた。
 悠輔は顔をぴくぴくと痙攣させ、ファイリアの陰に隠れるようにした。誰かにじろじろ見られるのは嫌だということだ。
 いつもは頼りがいのある兄が。
 ファイリアはぱちぱちと瞬きし、悠輔を見遣る。ムッとしたように悠輔が顔をしかめた。
「……なんだよ」
「んふふ。なんでもないです!」
 にこーっと笑顔を浮かべると、ファイリアはずんずん歩き出す。目的は色々あるのだ。まずは……。

 外の世界では奇妙なことが起こっている。歩いている人全てがなんだかぎこちなく、けれども楽しんでいる人もいた。
 ファイリアたちが入ったブティックでもそうだ。店員が魔女の格好をした美女だったのだ。
「いらっしゃいませ〜」
 元気よく出迎えた店員に軽く頭をさげ、二人はずらりと服が並ぶ方向へ歩いていく。
「せっかくだし、お兄ちゃんに色々着て貰いたいです、ファイは」
「な、なんで……!?」
「鏡を見ながら服を合わせるより、こうして外から見たほうがきっと似合う服が見つけらます! ちゃんと試着してくださいね?」
「どうして!」
「試着しないとキツいかどうかわからないです〜」
 ちんぷんかんぷんだと言わんばかりの悠輔など放っておき、ファイリアは早速自分のサイズの衣服を見始める。
 なんだかとっても楽しい! 兄をコーディネートするわけではないが、兄が困っているのを見るのが非常に楽しいのだ。
(どうしてなんでしょう?)
 首を傾げつつ、ファイリアはハンガーにかかっている服をとって、悠輔に合わせるように掲げる。
「これかわいいです! お兄ちゃん、着てみてください。あ、これとこれも」
 手頃なところからスカートやキャミソールもとってくる。どさっと一気に渡されて、悠輔は困惑してファイリアを見た。
「こ、この下着みたいなのはなんだ……?」
「キャミですよ、お兄ちゃん」
「…………」
 じぃっと見ている悠輔は首を横に振る。着たくない、ということだ。
「いいからほらほら! 試着室あっちです! 行きましょう!」
 無理矢理悠輔を試着室に押し込み、ドアを閉めた。ドアにかかっているプレートを「使用中」のほうへ裏返した。
 試着室に一人だけぽつんといる悠輔は渡された衣服を眺め、唸る。唸るしかない。
 女物の服ってのはなんでこんなにぴらぴらしていて量が多い? そもそも何枚も重ねて着るのがワケがわからない。
 ドアをそっと開けて、すぐ外で待っているファイリアに耳打ちする。
「ファイリア……着方がわかんねーんだけど」
「どうして?」
 くりっと首を傾げる様子は、外見が成長していてもやはりファイリアなのだと思わせた。
「どういう順番で着るんだ?」
「どういうって、ふつぅですよ?」
 その「普通」とやらがわからないから訊いているのに。じとりと見ると、ファイリアはやっと気づいたようだ。
「じゃあファイも中に入りましょうか?」
「いや、そこまでしなくていい!」
 慌てて首を横に振ると、ファイリアが残念そうにする。けれど、すぐに持ち直して胸を張った。
「えっとね、まずこっちを着て、その上にこのキャミを着るんです。そのほうがかわいいです。あ、こっちのは、先にそこのキャミを着てからです。胸元が大きく開いてるから、このキャミのレースが見えて可愛いでしょう?」
「……日本語で喋ってくれないか?」
「日本語ですよぉ!」
 むぅ、とするファイリア。しかし悠輔には彼女の言っていることはほとんどわからない。とにかく、指示された通りに着ていけばいいのだろう。頭の中で反復すると、試着室のドアを閉めた。



 げっそりと疲れ果てた悠輔は家に帰るなり居間のソファに倒れ込んだ。妹は自分の簡易ファッションショーでかなりのご満悦だ。悠輔には災難にほかならない。
(女ってわかんねー……)
 あれを着ろこれをつけろ、と散々ファイリアに引っ張りまわされ、悠輔はくたくただ。
(あー、疲れた。もー寝たい)
 ――と、腕を引っ張られた。「うあ?」と悠輔が苦痛の声を洩らす。
「お兄ちゃん、夕飯の支度しないと」
「……それは俺はしてないだろ、いつも」
 買い物くらいは付き合うが。
 ファイリアはそんな悠輔の言葉に「ううん」と首を横に振る。
「だってお兄ちゃんは女の子になったんだから、晩御飯のお手伝いしないとだめですよ」
「はあ?」
 なんでそうなる?
 むんっ、と胸を張って「えっへん」とばかりにファイリアは偉そうにした。
「家事のお手伝いくらいしないと、バチが当たります!」
「いや、でも」
「ほらほら! 晩御飯に間に合いません!」
 無理矢理引っ立てられた。なんだこれは。どうなってるんだ。
(ファイリアがやたらと押しが強い……。なんで???)

 台所に来ても、悠輔は所在なげに立っている。そもそも、いつもしないことをしろと言うのが無理な話なのだ。
 ファイリアは手早く長い髪を一つに結ぶやエプロンをつける。両手を洗って「さて」とばかりに腰に手を置いた。
「えっとぉ、確か今日はコロッケでした。じゃあお兄ちゃん、じゃがいもの皮を剥いてください」
「えっ」
「『え』じゃないです。剥いただけで終わりじゃないですから!」
 ええ〜……と、嫌がる悠輔にじゃがいもを差し出した。仕方なく受け取る彼はおどおどしつつ皮を剥き始める。
 その間にファイリアはフライパンと鍋を出し、タマネギやミンチも用意していた。そのてきぱきと動く様子に悠輔は唖然とする。
(なんか……)
 いつもと違うっていうか。
 悠輔の知るファイリアではないみたいだ。姿が問題なのではなく、自分が知らない一面があるとは思わなかったというか。
 皮を剥きながら横目でファイリアを確認した。
(…………甘えてるだけじゃ、ないんだな……)

「じゃあ丸めるですよ!」
 兄と一緒に丸めていく。兄のたどたどしい動きに笑ってしまいそうになった。
(お兄ちゃんもなんでもできる人じゃないんですね)
 いつもはしっかりしていて、俺に任せろ! という感じなのに。
 彼はこちらを怪訝そうにみる。
「なんだ? 形がおかしいのか? でも衣つけて揚げれば全部同じだぞ」
「おにぎり作るみたいにしてもいいんですよ?」
「…………」
 顔をしかめる様子にファイリアは吹きだすのを堪えた。笑っては兄が怒るに違いない。
 えへ、とファイリアが笑みを浮かべた。
「出来上がりが楽しみです!」
「……そうかぁ?」
「また手伝ってください、お兄ちゃん!」
「……それはちょっと」

 美味しいコロッケを食べたその次の日、二人は無事に元の姿に戻っていたという。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5973/阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)/男/17/高校生】
【6029/広瀬・ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)/女/17/家事手伝い(トラブルメーカー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、阿佐人様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 広瀬様の姿となる、ということでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
Trick and Treat!・PCゲームノベル -
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東京怪談
2007年10月04日

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