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『Cherry Blossom 』
桜塚・詩文6625)&ナイトホーク(NPC3829)

 午前零時を過ぎた真夜中。
 桜塚 詩文(さくらづか・しふみ)が、ママをやっているスナック「瑞穂」は、今日は客が帰るのがやけに早かった。
 客商売というものは水物で、瑞穂のように人気がある店でも時にはこんな事がある。ラストオーダーギリギリに団体が入ることもあれば、今日のように閑古鳥が鳴くことも珍しくはない。
「うーん、急に暇になっちゃったわん」
 多分この様子だと、今から客が来るという事もないだろう。詩文は少し考えながら、創作人形が並べられたボトルに目をやった。
「そう言えば、最近蒼月亭に行ってないわね」
 詩文の目に入ったのは、蒼月亭のマスターであるナイトホークを模した小さなフエルト人形だった。
 瑞穂ではボトルの首に持ち主を模した人形が飾られて、初めて常連と認められる。ナイトホークは時々瑞穂に来てくれて、ボトルキープもしてくれているが、こっちの店が忙しくてなかなか蒼月亭に向かう暇がない。
「そうと決まったら、今日は早じまい〜。そそ、お土産も持っていかないと」
 歌うように呟くと、詩文はタッパーに持って来た里芋の煮っ転がしを包み、軽やかに閉店準備をし始めた。

「暇だな……」
 蒼月亭では煙草をくわえたナイトホークが、手持ちぶさたにカウンターの中で止まってしまったレコードを取り替えていた。
 日付変更線が変わるまでは店の中にも客がいたのだが、帰ってしまってからは客足が遠のいた。普段なら早じまいして、自宅で飲もうかというところなのだが、店を開けたままにしているのは、何となくまだ客が来るんじゃないとか言うような気がしているからだ。
 そんな事を考えながらグラスなどを片付けていたりすると、不意に入り口のガラスに女性の影が映る。やっぱりこういうときの勘は信じておいて損はない。
 カラン……とドアベルの音と共に入ってきたのは、手に包みを持った詩文だった。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ。詩文さん、お久しぶり」
「こんばんは、ナイトホークさん。久しぶりにこっちに来ちゃったわん」
 店に入ってきた詩文は、薄いピンクのお洒落なスーツだ。色は淡いのにタイトな雰囲気なのは、やっぱり来ている詩文がぴしっと着こなしているからなのだろう。下はもちろんスリットの入ったミニにハイヒールだ。
 詩文はにっこりと頬笑むと、真っ直ぐカウンターに座ってから、持って来た包みを差し出した。
「これ、私のお店の突き出し代わりだったんだけど、良かったらどうぞ。煮っ転がしなんだけど、里芋はお好きかしらん?」
「あ、すげー好き。詩文さん、サンキュー。じゃあ、『チェリー・ブロッサム』でも作ろうか」
 ナイトホークが嬉しそうに包みを受け取ってくれたことに満足すると、詩文はメニューを開いて中に書かれている物をじっと見た。
「そうね、お願いするわん。あと、サイドメニューとか頼んじゃっても良いかしら」
「店なんだから、注文とか遠慮しないでいいよ。それに今日は詩文さんの貸し切りだし」
 グラスやシェーカーを用意するナイトホークを横目に、詩文は何を頼もうか考える。
 今日のお勧めは鮭と白菜のクリーム煮。それは確実に頼むとして、ホットサンドやチキンのガーリックソテーなども食べたい。だったらサラダやデザートも気になる訳で……。
「お待たせいたしました。チェリー・ブロッサムです……って、詩文さん何悩んでるの?」
「メニューが色々美味しそうで迷ってるの。人狼になると、なんだかお腹がへるのよねん♪」
 何気なくそう言って顔を上げると、ナイトホークはシガレットケースを開けようとしたまま固まっている。
「あら、どうしたの?」
 何か変なことを言っただろうか。
 きょとんとしている詩文に、ナイトホークが自分を落ち着けるかのように、開けたシガレットケースをパチンという音と共に閉めた。
「詩文さん、今なんて言った? 俺の耳がおかしくないなら人狼になると……とかって聞こえたけど」
「そうよん。何か変なこと言ったかしらん?」
「……初耳だ」
 そう言われ、今度は詩文がグラスを持とうとしたまま固まった。
「あれ、あれれれれ……?」
 自分が『人狼』であるという事は、もう既にナイトホークには言っていると思ったのだ。だが、よくよく考えながら記憶を引っ張り出してみると、長生きしている話はしていても、人狼のことはちゃんと言っていなかったような気もする。
「もしかして、私が人狼だって言ってなかったかしらん??」
「うん、今初めて聞いた。詩文さんが俺みたいに長生きしてるってのは、話の上で何となく知ったけど、人狼だったんだ」
 飲みながら話をしていたり、時折片隅で見かけながらもお互いの姿が変わらないところから、普通の人とは全く違う時間の流れを生きているのだろうというのは知っていたが、人狼だというのなら納得がいく。それもただの人狼ではなくて、詩文は相当力を持っているのだろう。
「じゃあ、遠慮なく頼んじゃっていいかしらん」
 そっと上目遣いで頬笑む詩文に、思わずナイトホークもつられて笑う。
「遠慮しなくてもいいよ。メニューに載ってる料理って、一人でもさっと作れる物ばかりだし」
「そうね〜」
 カクテルグラスを少し傾けた詩文は、自分がどうして人狼になったかの経緯を、ナイトホークには隠さず全て話した。
 生まれたのは十七世紀ぐらい。元々北欧でルーン魔術などを継承していた魔女だったと言うことや、そこで異教徒狩りから村を守ってくれた人狼の花嫁になり、そこで人狼化の能力を得たこと。
「最初はね、コントロールするのが結構大変だったのよん」
 自分を花嫁にした人狼は、自分の人狼化や人を喰らうという衝動をコントロール出来ていなかった。詩文も今はさらっと話してはいるが、自分で自分の人狼化を制御するのはかなり大変な道のりだった。
 肉体にルーンを刻み、それが治癒能力で消えてしまうと、今度は骨にルーンを刻む。それも長くは持たなかったため、次は神託を得る……結局自分の人狼化が制御出来るようになった頃には、かなりの年月が経っていた。
「今は大丈夫なんだ」
 オールドファッションドグラスに、詩文が頼んだ『レッド・バイキング』と言うカクテルを作りながら、ナイトホークがマドラーを回す。このカクテルもチェリーを使った無色透明のリキュール、マラスキーノを使ったカクテルだ。
「今は全然平気よん。襲ったりしないから安心して頂戴♪」
「それは心配してない。それに俺食っても多分不味いよ、ヘビースモーカーだし、酒飲むし」
「うふふ、そうね。でも、ここまで来るのは、結構大変だったのよん」
「だろうな」
 今でも時々思い出すことがある。
 もっと早く人狼化を制御出来る方法が分かっていれば、彼は村と共に滅びるという選択肢を選ばなかったのかも知れないと。そうしていれば、今でも一緒に暮らせたのかも知れないと。
 だが過ぎ去ってしまった時間は取り戻せない。詩文がしゃらっと音を立てブレスレットを見ると、コースターの上にそっとグラスが置かれる。
「レッド・バイキングです。どうぞ」
「ありがと。ところで、ナイトホークさんはずっと日本にいたの?」
「ん? ああ……俺これでも日本人なんだわ」
 肌の色と高身長のせいで、あまり日本人っぽくは見えなかったが、本人が言うならそうなのだろう。ナイトホーク自身も自分で分かっているのか、背を測るように手をやり、ふっと笑う。
「俺、昔のことさっぱり覚えてないからアレなんだけど、この身長は多分目立ってたんじゃないかと思うよ。詩文さんは北欧からこっちに来たんだ」
「北欧から、あちこち流れて日本に来たのよん。探してるものもあったし〜」
「それって、前に詩文さんの店で話してた『五十年後はシルクロードを旅してる』ってのにも繋がる話?」
 ちゃんと覚えていてくれたのか。
 それが少し嬉しくて、思わず遠くを見る。
「そうなの……私、『春の国』を探してるのよん。日本に来たのは八十年代なんだけど、着いたのが丁度桜の時期でね、桜吹雪がまるで雪みたいで綺麗だったわん。それを見て、しばらく日本にいようかなって思ったの」
 遙か昔、彼とたった一つだけ交わした約束。
 いつか二人で、春の国に……それを果たすため、詩文は世界中を歩き回っている。人狼化の能力を制御する方法を探しながら、その約束のために詩文は旅をし続けた。
 今は日本にいるが、旅が終わってしまった訳ではない。永遠とも呼べるほどの長い人生なのだから、しばらく日本に定住するのもいいと思ったからだ。桜吹雪が綺麗だったというのもあるし、今は面倒を見てくれている愛人が可愛いからというのもある。
「私の彼氏ってば、可愛いのよん♪ だから放っておけないのよん」
「何年生きてても恋は必要だよな……って、微妙に最近枯れてる気がするけど」
「うふふっ」
 そう、いつでも恋は必要だ。先に相手が逝ってしまうからと、付き合いを避けてしまうのは勿体ない。長い人生だからこそ、時々メリハリがなければ、それはただ息をしているだけになってしまう。
 詩文はグラスに口を付けてからにこっと笑うと、カウンターに肘をついてナイトホークをじっと見つめた。
「どうしたの、詩文さん」
「うふふー、何か今日は気分がいいかも知れないわん。そうそう、私、頭半分くらい飛ばされても再生しちゃうのよん♪」
 何故そんな事を話す気になったのか。
 気分が良いというのもあるが、何となくナイトホークには話しておきたかったのだ。じっと反応を見ていると、ナイトホークは何か想像するように視線を上に向けた後、グラスに氷を入れながら小さく呟く。
「それ、俺も同じだな」
 同じ、と言うことに詩文が少しだけ目を丸くする。
「あら、ナイトホークさんもそうなの?」
「うん。何か知らないけど、俺、普通の方法じゃ死なないみたいで」
 何故か知らないが、詩文が自分と同じと言うところで、ナイトホークはふっと気持ちが楽になったような気がした。
 自分よりも長生きしている詩文は、多分生きている中で色々な想いをしてきたのかも知れない。花嫁になった人狼に村を滅ぼされ、その人狼との約束のため春の国を探して、世界中を旅し、人狼化の制御を身につけた。
 だが、そんな悲哀を全く感じさせない、その強さと美しさが羨ましい。
 ウイスキーの入ったグラスを舐めながらそんな事をおぼろげに考えていると、やっぱり詩文は笑顔でポテトをつまんでいる。
「じゃあ、二人なら大抵の所に旅行出来るわねん。私、国境スレスレとか、結構危険なところにも旅したりしてたのよん」
「いや、俺はぬるい平和大好きだから、今のところ日本から出る予定ないし。でも、気が向いたらどっか行くのもいいかもな」
 五十年後詩文がシルクロードを旅していると言ったように、もしかしたら、自分もふらっと何処かに行きたくなるかも知れない。その頃には……なくした記憶に、こだわったりしなくなっているのだろうか。
 感慨深くなってしまったことに苦笑し、カウンターを見ると、にこやかに話をしながら詩文はあらかた出したものを綺麗に食べていた。残るつもりで作っていたのもあるのだが、人狼になるとお腹がへるというのは本当らしい。
「詩文さん、まだ何か食べる? 今日夜の客あんまり来てないから、クリーム煮とか残ってるけど」
「あら、嬉しいわ。じゃあ、その間にちょっとした芸でも見せちゃおっかしらん」
 鍋を温めるのを見た後で、詩文は袖口のボタンを外して、左腕をまくり上げた。ブレスレットを外してグラスの横に置くと、左手の肘から先だけを獣化させて見せる。
「ほらほら♪ コントロールできるのよん♪」
 そういう詩文は何だか妙に楽しそうだ。触って欲しそうに手をついと差し出すと、ナイトホークもおずおずとその亜麻色の毛皮を触る。
「へぇ、人狼化をコントロール出来てると、こうやって体の一部分だけ変化とか出来るんだ」
「そうなの。こういうことも出来るわよん」
 今度は耳だけ変化させ、満面の笑みでにこっと頬笑んでみた。その様子にナイトホークが苦笑する。
「詩文さん、萌えキャラかよ」
 萌えキャラとか言われてしまったので、詩文は思わずハンドバッグからコンパクトを出して自分の顔を見た。確かに最近流行りの獣耳っぽいが、ちゃんと自前だ。その証拠にぴこぴこと動かすことも出来る。
「可愛いでしょ? お店でやったらお客さんが驚いちゃいそうだから、一人の時とかこっそりやったりするのよん」
「詩文さんのお店でやっても『最近のは良くできてる』って、皆喜びそうな気する。いいなー、俺ただ死なないだけで、全然そういうのないからな」
「うふふっ、ナイトホークさんも犬耳とかつけちゃう?」
「そういうのは、詩文さんみたいな人がつけてるから可愛いんであって、俺がつけてたら怖いよ。つーかひくって」
「あら、そうかしらん」
 不老不死というだけでも、その力がない者からすると永遠の憧れなのだろうが、実際は生きている時間がどれだけあるかというかの違いだ。何だか上機嫌な詩文を見ていると、そう思う。
 そして、やっぱり東京は不思議な街だ。
 同じ時間の長さで生きていく友人がいて、それが同じような体質だったりして……そうやって考えると、やっぱり人間はたった一人で生きられるものではない。
 過ごす時間が短くても長くても、話が出来る相手は必要だ。
「なんかさ、詩文さんと出会えて良かったよ。俺はどういう経緯でこうなったのか、いまだにさっぱり分からないんだけど、少し違えど同じ長さで生きていけるって思うとやっぱ嬉しいし」
 にこっ。
 最高の微笑みをかえして、詩文はレッド・バイキングのグラスを空けた。
「そう言ってくれると嬉しいわん。残ってる長さとか関係なく、やっぱり友達がいて楽しいお酒と美味しい料理とかつつきながら、過ごした方が絶対素敵だもの……さて、次は何飲んじゃおうかしら。『キス・イン・ザ・ダーク』とか頼んじゃおうかしらん」
「かしこまりました。クリーム煮とか暖まったし……って、今日はこっちも店じまいして、詩文さんと一緒に飲むかな。俺も腹減った、里芋食いたい」
「じゃ、一緒に飲みましょ」
 詩文が上機嫌なのは、自分のことをすっかり話せる相手がいたからで……。
 やっぱり桜に導かれて日本に居着いて良かった。真紅のカクテルが入ったグラスを傾けながら、詩文はカウンターの中を片付けているナイトホークを微笑みながら見つめていた。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ご機嫌でお酒飲んでる詩文さんのぶっちゃけトークノベルということでしたが、如何でしたでしょうか。長く生きているという話はしていたのに、そういえば人狼だったと言うことは聞いていなかったとびっくりしています。
色々お話を聞かせて頂いたので、そのうちナイトホークも自分のことを話すかも知れません。同じ時間を同じように生きていけるというのは、やっぱり嬉しいと思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年10月02日

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