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『口にできないああ思い出哀れ 』
松浪・静四郎2377)&レイジュ・ウィナード(3370)&ライア・ウィナード(3429)&(登場しない)

 暑い暑い日が続く――
「こうも暑いと溶けてしまいそうねえ」
 白い翼を持つ白鳥のウインダー、ライア・ウィナードが窓の外を見やりながらつぶやいた。
「そうでございますねえ」
 おっとりとした口調で応えたのは、時代がかった服を着たこの城の給仕、松浪静四郎。長い青い髪を三つ編みにした彼は、今、ライアとその弟のためにお茶を淹れている。
「僕の城でさえ暑いんだ……外はもっと暑いのだろうな」
 と蝙蝠の翼を持つ青年が言った。レイジュ・ウィナード。白鳥と蝙蝠とで一見別々のように見えるが、れっきとしたライアの弟である。
 彼らが今いる場所は、レイジュの城、通称『蝙蝠の城』だった。森深くにあり、あまり人の目につくことはない。
 『蝙蝠の城』と名づけられたのは、別にレイジュが城主だからではないのだが――森の不気味さの中にひっそりと建つ雰囲気にぴったりだからと、誰もその呼び名を変えようとはしなかった。
 静四郎がテーブルの上にお茶を出す。
「どうぞ。冷たいレモンティーでございますよ」
「ありがとう、静四郎さん」
 窓際にいたライアは美しく微笑んで、テーブルへと歩いてくる。
 レイジュは最初からテーブルについていた。「ありがとう」と抑揚なく言ってティーカップを手に取る。
「……避暑にでも、行きましょうか」
 静四郎の淹れた絶品の紅茶を飲みながら、ライアは突然言い出した。
「構わんが……どこへ行くのだ? ライア」
「海が一番よ、避暑にはね」
「そうですねえ、この辺りで一番潮風が気持ちよい海辺と言いましたら……フェデラ近郊の海でしょうか」
 静四郎が少し考えて提案する。「いかがでしょう?」
「あ、いいわね。あそこは浅瀬もあるし、少しは水に浸かれるわ。ねえどう? レイジュ」
「……2人がいいと言うなら、いい」
 レイジュはそう答えて、ティーカップを空にした。

 避暑のために海に――
 とは言え、蝙蝠であるレイジュをあまり陽射しの強い所へ出すわけにはいかなかった。タキシードを着ている彼は普通の服の2倍暑い。
「あ、そうだわ」
 ライアが城に眠っていた絹のヴェールを持ち出してきて、それに魔法をかけた。
 四大魔術師であるライアは大抵の魔法を使える。その力を遺憾なく発揮して。
 涼しくなる魔法――
「これをかぶって外に出なさいな、レイジュ」
 言われるままにレイジュがそのヴェールをかぶると、暑さはどこかへ消えて、涼しい空気が彼の頭上から肩辺りまでを覆う。
「……涼しいな」
「それはようございました。参りましょう」
 静四郎は全員分の荷物を持つ役を自ら進んで受け持ち、そして3人はフェデラの海へと向かうこととなった。

 海を目指す彼らを包むのは、城の周りとはうってかわって明るい晴天。
 雲はまだまだ夏の立体感ある雲のままで、上に乗ってふんわり座れそうだった。
「雨の予感はしないな」
 レイジュが空を見上げてつぶやく。
「じゃあ1日たっぷり楽しまなくてはね」
 ライアが両手を組み合わせて喜ぶ。
「レイジュ様、大丈夫ですか?」
 静四郎は常にレイジュの様子をうかがう。
「大丈夫だ。ライアのヴェールのおかげで、倒れることはなさそうだ」
「さすがライア様ですね」
「レイジュのためだもの」
 白鳥のウインダーは微笑んだ。

     ● ● ● ● ●

 風は彼らを歓迎してくれたのか――
 海辺が近づくにつれて、潮風が3人をくすぐって渡り、暑さがほどけていく。
「いい風……! 誰もいないし、いい雰囲気……!」
 ライアが両手両翼を広げて全身で潮風を受け止めた。
 海の浅瀬の色はライトグリーン。白い砂浜の上をなめらかにすべっている。
「綺麗な海だわ……」
 ライアはうっとりとかがんで砂浜にかかる薄緑の海を見つめた。
「ライア様、お着替えなさらなくても?」
「あ、そうだったわ。こんな服でいたら濡れちゃう」
 ライアは慌てて静四郎が取り出した彼女の荷物を受け取る。
 静四郎は用意のいいことに組み立て式テントを持っていた。その中に入って着替え。
「レイジュ様はお着替えは?」
「僕はこのままでいい」
 風でヴェールが吹き飛ばされないようにしながら、レイジュは答える。
 ライアがテントから出てきた。――白い水着に、よく映える黄緑色のパレオを巻いている。
「では失礼して、わたくしも着替えさせて頂きますね」
 どこか古めかしい格好をしている静四郎は、自分の着替えを持ってテントの中に入った。
「静四郎さん、どんな格好なさるのかしら?」
 ライアがわくわくした様子で弟に口を寄せる。
「……さあ」
「楽しみだと思わない?」
「どうしてだ?」
「だって……っ静四郎さんの水着よ、水着……!」
 うっとりと、夢見る少女のような様子でライアは手を組み合わせて妄想の世界に入った。
「あんなのかしらこんなのかしら、ああん、静四郎さんなら何でも似合いそう……!」
「………」
 レイジュは時々姉がよく分からなくなる時がある。今みたいに。
 大切な姉のことなので、理解してみようと努力してみる。静四郎さんの水着姿の想像。想像、想像……
「……何だか自分がすごく変態な気がしてきた」
 レイジュは手を振って、浮かんできた映像を振り払った。
「あらレイジュは変態なんかじゃないわよ? 私の弟だもの」
「………」
 何となく、この人の弟でいいのか――と思うことがあってしまうレイジュである。
 そんなことを思うたびに激しく自己嫌悪に陥るのだが。
 しばらくして、静四郎がテントから出てきた。
 ――白褌に、パーカー。
 きゃあきゃあとライアが手を握り合わせたまま大喜びした。
「素敵っ! 素敵よ静四郎さん!」
「え……え、な、何がでございましょうか……?」
 戸惑う静四郎を前に、ライアは「白褌、白褌……!」と興奮した口調でつぶやく。
「静四郎さんにはやっぱりそういう水着がお似合いだわ……! たくさんの水着を着せてみたけれど、やっぱり本物は一番ね」
「あの……たくさんの水着を着せてみたって……一体どこで……」
「ライアの精神世界の中でだ」
 レイジュが冷静につっこんだ。
 静四郎は恥ずかしそうに、頬を赤らめた。
 いまだきゃあきゃあ言っている姉に、
「せっかく水着に着替えたんだ。泳いできたらどうだ、ライア」
「え? ああ、そうねえ。んん」
 ライアは指を唇に乗せ、少し考えた後、
「確か持ってきたはず……」
 と自分の荷物をあさる。
 静四郎とレイジュが、何事だと息を呑んで見守ると――
「はい、これ」
 ライアは数粒の丸薬のようなものを取り出した。
「ライア。これは何だ」
「水中呼吸の薬よ。3人で海にもぐりましょう」
 幸い浅瀬だし――とライアはライトグリーンの海を見やり、
「きっと中も綺麗だわ。ね、いいでしょレイジュ、静四郎さん」
「僕はこの服装なんだが」
「海から出たら、私の魔法で乾かしてあげるわよ」
「………」
「水中散歩ですか。それは楽しそうでございますね」
 レイジュ様もぜひ、と静四郎に言われ。
 元から姉に弱いレイジュは、否と言えるわけがないのだった。

 丸薬を飲み、3人でもぐる海――
 澄んでいた。お互いの姿もはっきりと見えた。
 下を望むと小石がたくさん転がっている。――まだ浅瀬だ、海藻類は少ない。
「もっと深くに行ってみましょう」
 ライアの提案で、少しだけ浅瀬から深みへと入った。
 海藻も見えてきた。ごつごつとした海の底の岩が見える。それが『自然』を醸し出し、さらに海の雰囲気をもりたてる。
 レイジュは姉に見とれていた。
 姉の白い翼はもちろん、ゆるやかなカーブを描く赤い髪も、海の中でゆらゆら揺れて美しかった。
 ――レイジュの黒く骨ばった翼では、そんなことはできない。
 そう思って意気消沈していたのが顔に出たのだろうか。
「レイジュ様。海の中でもレイジュ様は凛々しくご立派に見えますね」
 静四郎が微笑みながら言ってきた。
 ――両親の魂を『月の魔女』に奪われて以来、19歳ながら城の主を務めてきた。
 凛々しく見えるよう自分を保ってきた。
 今は気を抜いていたと、自分でも自覚していたのに――静四郎はそんな自分を『立派』と言うのか。
「当たり前よ、静四郎さん」
 ライアが口を挟む。「だって私の自慢の弟ですもの」
「そうでございましたね」
 ライアが嬉しそうに弟を見、静四郎が微笑ましそうに姉弟を見比べる。
 レイジュは――微笑んだ。
「では僕は先にもっと深くへ行く」
 水をかき、水底に近づくようにして2人を引き離す。
「まあ、レイジュ、待ちなさいな」
「お待ちくださいレイジュ様――」
 慌てて追いかけてくる2人がおかしかった。

 しばらくゆうゆうと泳ぐ水中散歩……
 3人で世間話をし、海の中に何かを見つけると取りに行き、笑いあった。
「そう言えば――」
 静四郎がふと思い出したように、「この辺りに、知る者全てが危険視するという人魚の隠れ里があると聞いたことがございます」
「人魚の隠れ里!?」
 ライアが目を輝かせる。
「人魚……」
 レイジュは首をかしげた。「人魚が危険視されるのか……?」
「違うわよレイジュ。そういうのはね、人魚たち自身が流す噂。そんな噂が流れていれば、自分たちに近づいてくる邪魔な人間がいなくなるでしょう?」
「ああ……なるほど」
「ライア様は聡明でいらっしゃいますね」
 静四郎も感心したように言った。
「では、その隠れ里にはうかつに近づかない方が、人魚様たちのお邪魔にならないということですね」
「そうね。……でも正直、会ってみたいわ」
 人魚は美しいって言うものね。そう言って、自身も美しい白鳥のウインダーは笑みをこぼした。
 
 それからしばらく、3人は水中散歩を続けた。
 ライアの丸薬は本当に強力だったらしい、ライアのパレオ、レイジュのタキシード、静四郎のパーカーが邪魔になることもなく泳げる。
 しばらくすると魚も見えてきた。
「ねえあの魚は何かしら? とても美しい魚ね」
「日光を反射してうろこが輝いて見えるのでしょう。この海は光をよく通しそうですから」
「うろこは日光を受けると輝いて見えるものなのかしら?」
「青魚などと同じ理屈でございますよ、ライア様。あれも外に出すとうろこが光りますでしょう?」
 ライアはうーんとうなった。柳眉が寄っている。
「ライア。深く考えるな」
 レイジュは姉の手を取った。「美しい魚がそこにいる。それで充分だろう」
「そうね」
 弟の言葉に、ライアは笑顔になる。
 美しく輝く魚たちは、彼らの前をすいーっと通り過ぎて行った。
 と、その魚たちが通り過ぎた向こうをふと見やると――
「……あら?」
 海底が不自然にぼこっと出っ張っている。
「何かしら」
 ライアはすーっと泳いで行って、出っ張っている場所をひょいと覗き込んだ。
 そして仰天した。――そこには海底がぐりっとえぐられたような世界が広がっていて――
 慌てて顔を引っ込める。
「ライア様?」
 追いついてきた静四郎がライアの顔色をうかがう。
「どうしたライア。気持ちの悪いものでも見たような顔をして」
「……っ……っ……っ!」
 ライアは口元を押さえながらもう片方の手で「これ、これ!」と言いたげに出っ張り部分を指す。
「おやここは……」
 静四郎はそろそろと出っ張りの上からうかがった。
 レイジュもその横から覗いてみた。

 人魚。
 それは、つまるところ上半身人間で、下半身が魚という姿の存在である。
 大抵は女だと思われている。それはただの言い伝えであって、正しいところは分からないわけだが。
 それでも彼女たちはきっと美しい人魚の世界に棲んでいて、人間を拒んでしまうのも仕方がないくらい純粋なのだと、3人でさえも思っていた。

 静四郎とレイジュは、出っ張りの上から顔を半分で覗き込んだまま硬直していた。
 復活したライアも、並んで顔半分だけ出っ張りから中を覗いた。

 そこは――思った通り、人魚の隠れ里だった。
 ただし。
「ねえ、最近獲物がめっきり来なくなっちゃったわねえ……」
「ほんとねぇ。どうしたのかしら」
「やだ分かりきってることじゃない。私たちがまだまだ自分を磨き足りないのよ」
「私ってば最近お肌の荒れがひどくて……」
「ちゃんと海藻食べてる? あらあなた、腕もやばいじゃない」
「そう? やっぱり筋トレもっとすべき?」
 マッチョ。
 マッチョな上半身を持つ人魚が大量にいた。
「この筋肉の美しさに人間は寄ってくるのよねえ……」
 と陶酔に浸っているのは――どう見ても男だ。
 否。カマだ。
 右を見ても左を見てもカママッチョ。マッチョカマ。マッチョでカマで、カママッチョ。
 しなっと海底の石にしなだれかかって、うふんと誰かに向かって投げキッスを送っている。
「………」
 3人は、誰が何を言うでもなしに、揃って隠れ人魚の里に背を向けた。
 3人は必死に想像の世界に入っていた。人魚というのは、上半身美しい女性で、下半身もなめらかな魚で、それはもう美しすぎて、それを引き立たせるような美の世界・人魚の里に棲んでいる! そうだ、そうに違いない! 今見たものは何かの間違いだ! きっと3人一緒に見た幻だ!
 と、今見たものを忘れようと一生懸命『美しい人魚の里』を想像することに熱中していた3人は――
 背後から忍び寄る影に気づかなかった。
 ごぼおっ!!!
 波が激しく揺れた。
 3人は波にまともに巻き込まれた――一瞬、息をするのを忘れるほど、視界がぐるぐると回って。
 ライアは目を閉じた。そして波がおさまりはっと目を開けると、数体のカママッチョ人魚が、レイジュと静四郎を拉致して人魚の里へと連れて行くのが見えた。
「レイジュ! 静四郎さん……!」
 ライアは追いかけようとした。しかし、残ったカママッチョたちがそれを妨害した。
「久しぶりにいい男見つけたんだもの。返さないわよぉ」
 うふん、とウインクして、その鍛え上げられた――海の中でどうやって鍛えているのかは不明だが――筋肉をむきっと見せる。
 ライアはふいに悟った。
 ――あの人魚の里が危険視されていたのは、このカマどもが男好きだからなのだ。
 ライアは静かに怒りの炎に燃えた。
「よくも2人を……!」
 ごおうっと周囲の海水が急激に渦潮を起こす。
 カママッチョの数体がそれに巻き込まれてどこかに消えた。
 大切な弟と友人を奪われてなるものか!
「レイジュ! 静四郎さん……!」
 名を呼びながらライアは追撃する。途中さまざまに邪魔してくるカマたちには渦潮、津波、海底の砂と、岩までも無理やりぼこっと魔法で浮き上がらせて叩きつけ、撃沈させていく。
 ふいに後ろからパレオを引っ張られた。
 怒りに燃えたライアは強力な水流でパレオごとカマをぶっ飛ばした。
「まあ、なんて野蛮な女なの……!」
 カママッチョが身を縮めて震える。
「女なら、私たちみたいに清楚に殿方たちを迎えるべきよっ。あなたなんか女の出来そこないだわ!」
「誰が出来そこないの野蛮な女ですって……っ」
 ライアはつい反応した。「カマのマッチョ人魚に言われたくないわ……!」
 その隙に、ライアの体を後ろから拘束したカママッチョがいた。
 さすがマッチョ。力ではかないそうにない。
「もーう逃げられないわよ、野蛮な女には、オ・シ・オ・キ」
 耳元で囁かれ、ぞっと身の毛がよだった。
 ライアはすうと息を吸い――
「い・い・加・減に、なさ――――い!」
 怒鳴るとともに、自分の周囲の水を爆発させた。
 よよよ、と自分を拘束していたカマが演技がかった格好をしながら流されていく。ああカマがよよよとしなだれながら流されていく……
 嫌なものを見てしまった。
 ライアは口元を押さえてから、きっと人魚の里を見すえ、もう一度追撃を開始した。

「きゃあ、野蛮な女が来たわっ」
「海を荒らすとんでもない女よっ」
「私たちの筋肉美を理解しないのよ、これだから野蛮な女っていうのは」
「なんとでも言うがいいわーーーー!」
 ライアは人格が半崩壊していた。
 弟と友人はどこだ。言わないと喰っちまうぞ!
 どこかの人食い鮫のような形相でライアはカママッチョ人魚たちに迫る。
「まあ怖いわ」
 両腕を胸の前にくっつけて“いやいや”をしながら震えているカママッチョ。
 記憶から抹消。抹消って言ったら末梢! 私の記憶よ言うことを聞け!
 慌てて隠れ里の奥に入ろうとしているカママッチョ人魚たちの中に、弟と友人の姿を見つけ、ライアはそちらへと水流を利用しながら素早く泳いで行く。
 右から左から後ろから襲ってくるカマたちには全力で猛反撃。膨大な魔力を最大限に発揮して、海に激しい渦を巻き起こしカママッチョたちを追い払う。
 その渦にレイジュと静四郎も巻き込まれた。ライアはすかさず風の魔力で泡のように2人を包み込んだ。渦の中で、全く別世界にいるかのように、レイジュと静四郎はぷっかりと浮かんだ。
 ライアは「こっちに」と手招きで2人を促す。
 しかし、2人は動かなかった。ライアは首をかしげ、自分から風に護られている2人の元へ行った。
 レイジュと静四郎はぐったりしていた。
 仕方なくライアは2人の手を引いて、渦をまとってカママッチョを追い払いながら地上を目指した。
「あ〜れ〜」
 カママッチョはやはり『しな』を作りながら渦に巻き込まれ、流れていった。

 見たくないものをたくさん見た……
 ライア自身精神的にも疲れたが、レイジュや静四郎はもっと疲れ果てていた。砂浜までたどり着くと、どさっと砂浜に倒れ伏してしまう。
 ライアは2人に回復の魔法をかけた。
 レイジュと静四郎は砂浜に寝転がったまま、ふうと息をついた。
「大丈夫?」
 ライアが心配そうに2人の顔を覗き込む。
「人魚は……もう嫌だ……」
 レイジュが暑い陽射しから目をかばって腕を乗せながら、枯れた声で言った。
「わ、わたくしも……もう嫌でございます……」
「何があったの?」
 気がつくと、男性2人の着衣はひどく乱れていた。レイジュのタキシードははだけ、静四郎の白褌にいたっては――
 きゃっとライアは声を――どこか嬉しそうな――上げて、目をそらす。
「ふ、2人共、ちゃんと服を着なおしてね?」
「ああ……」
「し、失礼を致しました」
 静四郎は真っ赤になりながら起き上がり、白褌を整える。
「何をされたの……?」
「………」
「………」
 レイジュたちはだんまりを通す。
 ライアもあえて聞かなかった。
 ライアの魔法により、衣服が乾く。
「着替えましょうね」
 海はうんざり、と体にまとわりついてくる長く赤い髪を後ろに跳ね散らかしながらライアはテントへと行く。
 その間、男性2人は砂浜に座り込み、目を見交わして――
 はあ、と大きくため息をついた。

 静四郎も元の服に着替え、帰る準備が整う。
「大丈夫? 2人共」
 ライアはもう1度聞いた。
 レイジュがぼそっとつぶやいた。
「……あの人魚たちの仲間にされかかった」
「―――」
 ライアはつい想像した。ムキムキマッチョなカマになったレイジュと静四郎――
 想像したくない。ああ想像したくない。妄想好きの私でもさすがにちょっとごめんだわ。ライアはがっくりと肩を落とす。
「つ、次の機会に、ちゃんと美しい人魚に会いに行きましょうね」
 2人を慰めながら――3人は帰途につく。

 この夏、3人は散々な思い出を抱えた。
 忘れられない、忘れたくても忘れられない、強烈すぎる思い出だった。
「……もう嫌だ……」
 『蝙蝠の城』の城主と、青い髪の給仕は、長い間眠れなかったという。

 カママッチョ人魚、恐るべし。


 ―FIN―
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年09月19日

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