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『ライオンの強さとキツネの狡さ 』
矢鏡・慶一郎6739)&葵(NPC4559)

 矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)は、とある場所で一人の少女相手に、一週間の約束で訓練を行っていた。
 場所は守秘義務があるので言えない。その事については触れる気もないし、慶一郎が頼まれたのは「戦闘訓練をしてやって欲しい。出来れば戦場で長く生き残れるように」と言うことであり、ここが何処かを探ることではない。
「矢鏡様、よろしくお願いしますわ」
 目の前にいる少女……葵(あおい)は、戦闘服に身を包み、長い髪も今はひとまとめにくくっている。それを見た慶一郎は、小さく息をついた。
 確かに葵は、基本的な技術は習得してそうだ。それは以前一緒に仕事をした時に分かっている。
 だが、その真っ直ぐさは戦場では命取りだ。いざ戦闘になった時、生き残れるのはただの強さではない。
 生き残るための執念と、生存本能。そして、狡さ。
モンテーニュ曰く『賢者は、生きられるだけ生きるのではなく、生きなければいけないだけ生きる』という。
 その「生きなければならない」時間を増やすためには、愚直に真っ直ぐではやっていけない。
「さて、何から始めましょうかな」
 自分が教えるのは「生き残る為の狡さ」だ。結局死んだ英雄なんかより、生きている兵士の方が役に立つ。慶一郎は葵の格好を見て、いきなりこんな事を言った。
「そうですな……この暑いのに、戦闘服を着込んでいるのも何ですから、Tシャツと短パンにでもなっていただきましょうか」
「はい?」
 いったい慶一郎は何を言っているのか。葵は目を丸くしているが、慶一郎は本気だ。
 生き残るためなら性別だって武器になる。葵は見た目、黒髪に金の瞳が印象的な美人の部類に入る。もし敵の中で孤立してしまった場合、つまらないプライドは邪魔でしかない。そんな物は犬にでも食わせた方がマシだ。
「葵さん。何があっても生き残りたいのでしたら、『ライオンの強さとキツネの狡さ』を身につけないといけません。守りたい物があるのなら、その人のために長生きしなければ意味がないんです」
「でも、どうして戦闘服じゃなくて、Tシャツと短パンですの?」
 くす……と慶一郎は笑って溜息をつく。
「いざという時、葵さんは女であることを武器に出来る。その時、恥ずかしがっていては生き残れませんよ。それとも恥ずかしがっていて死にますか?」
「………」
 慶一郎の言うことは、間違っていない。葵もその事は学んではいたが、実戦で使ったりすることは今までなかった。
 葵がここに来たのには理由がある。
 今のままでは、これ以上強くなることは出来ないし、どうしても強くなりたい理由があったからだ。
 戦闘訓練を受けたりしていても、自分は大した異能がある訳でもない。せいぜいが髪を使って攪乱したり束縛するぐらいだ……だが、それだけではダメなのだ。
 葵は来ていた戦闘服を脱ぎ、慶一郎に言われた通りTシャツと短パン姿になった。
「これでよろしいでしょうか」
「そうですね。じゃあ、葵さんには狐の狡さを手に入れてもらいますよ」

 狐の狡さ……などと言っているが、慶一郎自体は、対人戦闘は出来るだけやりたくない。妖魔相手なら確実に「人間の敵」となるが、人間相手だとその境目がぶれるからだ。
 己の正義のために、人を殺す。それを慶一郎は否と言えはしない。
 それでも戦うのは、自分が死ねないからだ。殺さなければ、殺される……そうなった時、やはり狡い方が勝つ。だから同じように、狐の狡さを教え込む。
 羊のように従順なだけでは、結局長生きは出来ない。盾になって死ぬのが関の山だ。
「葵さん、女子供でも銃を向けられたら確実に殺しなさい」
「殺気を見せずに引き金を引くんです。殺気に反応する相手に悟られないように」
 何故自分は、少女にそんな事を教えているのか。
 それはやはり葵に「死んで欲しくない」という、自分の想いもあるのだろう。強い相手なら弱いと見せかけて油断させ、殺気を悟られるのであれば、笑顔で銃を向ける。自分を弱いと思わせて、その間に喉元を噛み切るような狡猾さ。
 葵はマガジンを交換しながら少しだけ天を仰ぐ。
「……笑顔で引き金を引くのは、かなり難しいですわね」
「でも、人はそれで油断するんですよ。よっぽどの化け物相手でもない限り」
 そう言って的に向かって引き金を引いた慶一郎は、笑顔どころか普段と全く変わらないほどの穏やかな表情だ。
 誰が一体、こんな穏やかな微笑みで人を殺すというのか。葵はそれにごくっと息を飲む。
「よっぽどの化け物が相手でしたら、無理でしょうね……」
「その時はまた別の方法を考えるんですよ。次々と作戦を考えられなければ、やっていけませんよ」
「それもそうですわね……焦らずにやっていきますわ」
 少し曖昧に微笑みながらも、葵は的に向かい銃を撃つ。笑顔を見せても、それが凄惨な表情では意味がない。油断というのはいつでも命取りになるのだから、相手を油断させなければ意味がない。
 もし何かあった時に葵が丸腰で降参したとしても、徒手格闘や髪の毛を伸ばして戦う異能があれば反撃できるだろう。だが、その時に警戒されては意味がないのだ。
「笑顔を見せて相手の油断を誘う……葵さんは私より武器が一つ多いですから、笑顔はそれをサポートしてくれますよ」
「武器、ですの?」
 きょとんとする葵に、慶一郎は少し意地悪そうに目線を送る。
「ええ。葵さんが女であるというだけで、充分武器ですよ。私など捕まっても、相手にとっては全く得になりませんからな」
 そう言うと葵が黙り込んだことも気にせず、慶一郎はカラカラと笑った。あまり上品な話ではないが、これも事実なのだから仕方がない。
「……不快ですか?」
 そう聞くと、葵は肩をすくめて小さく笑った。
「楽しい話かと聞かれれば、嘘になりますわ」
「でも、実際そういうものですよ。それでも私達は、どんな方法を使っても生き残らなければなりません」
 ただの戦闘訓練であれば、こんな事は言わなくてもいいことだ。普通に戦闘服を着込み、どれだけ弾が的に当たるかを見て、実戦格闘を教え込めばいい。薄着で戦闘訓練など、愚かとしか言いようがないだろう。
「女と言うだけで武器になるなんて、何だか理不尽な話ですわね……でも、私は生き残りたいです。その為には、今までの戦い方ではダメなんですわ、きっと」
 そう言えるのなら大丈夫だ。
 慶一郎は、その「狡さ」を身につけられなくて、脱落していった兵士を何人も見た。
 子供の姿を取る妖魔に命乞いをされ、とどめを躊躇っているうちに逆に殺されたり、人と人との騙し合いについていけず、心を病んでしまった者もいる。
 狡い。
 卑怯だ。
 それが良くないなどというのは、小学校の道徳の授業で充分だ。
 生き残るために卑怯で何が悪い、狡くて何がいけない。死んでしまえばそこで終わりだが、生きていれば反撃も出来るし、勝つことも出来る。
 訓練中、真面目にに卑怯な事や理不尽な事を要求してくる慶一郎に、葵は黙ってついてきた。
 徒手格闘なら確実に目、喉、顎を潰す。死体を見たときに余裕があるなら、急所にもう一度弾かナイフをくれてやる。
「弾数がない時は、両手の中指で頭部の両側の、頭蓋骨に顎の蝶番がついてる部分を圧迫してやりなさい。人間は致命的な痛点がありますが、これはどんな訓練をしていても鍛えられない場所ですから」
 どんな超人的な訓練をしていても、痛点だけは鍛えられない。それを克服しているという者がいるのなら、多分人間ではないだろう。
「死んだふりという卑怯な手を取る相手には、更に卑怯な方法で……と言うことですわね」
「分かってきましたな。坂口安吾曰わく『人間は生きることが全部である。死ねば全てなくなる』……まさに今の状態ですな」
 そう言うと慶一郎はふっと笑って見せた。そして斜面を登る葵にこう言う。
「葵さん、結局最後はガッツなんですよ……」
 そう言って慶一郎は左手を差し出した。葵は戸惑いつつもその左手を掴む。その瞬間……。
「っ………!」
 掴んだ手が、そのまま間接を固める。利き手を捻りあげられ、葵は声も出ない。
「油断もいけませんな。私が裏切り者でないとはかぎりませんよ」
 パッと手を離した慶一郎は笑顔だった。この辺りは流石にくぐり抜けた修羅場の差だ。それで理解したのか、葵は慶一郎と一定距離を取りながら歩くようになった。
「いい傾向ですな。修羅場の中では自分の近くにいる者は、全て敵だと思うぐらいで丁度いいですよ」
「今の私の最大の味方であり、敵なのは矢鏡様ですわ」
 三日ほどすると、流石に葵も分かってきたらしい。
 食事は自給自足のサバイバルだが、捕った獲物を全て出さなくなってきた。慶一郎も自分のぶんは確保しているのだが、生きるためには「平等」という言葉も無縁だ。自分で獲った物は自分で確保する。その一食で生き延びる時間が長くなるかも知れない。
「やっと分かってきたようですな」
 夕食の支度をするための火をおこしながら慶一郎がそう言うと、葵はくすっと笑い今日の得物を差し出した。
「矢鏡様も全てを出してはいないでしょう?干し肉にしたりしたら、それが交渉材料にもなりますし、罠にもなりますもの」
 罠は慶一郎が教えたものだ。
 自然には毒が含まれているものもたくさんある。食料に毒を混ぜそれを与えるというのも立派な作戦だ。人道的かどうかと聞かれると、多分非人道的なのだろうが。
「今渡した獲物には、毒は入ってないでしょうな」
「どうでしょう。でも、今矢鏡様に倒れられると困りますわね」
 こういう腹の探り合いも上手くなってきた。時には味方を欺くことも、大事なことの一つだ。葵の性格的になかなか難しいようだったが、何度か慶一郎が騙したりしたせいでやっと身に染みたらしい。
「……矢鏡様は、今までこうして生き残ってらしたの?」
 ぽつり、と葵がそう聞いた。
「そうですな。私には死ねない理由がありましたから、その為には何でもする気で生きてきましたよ」
 死ねない理由。
 それは一人息子のことだ。成人するまでは、自分が見守ってやりたい……それが亡き妻に出来るたった一つの約束だったからだ。
 その為にやって来たことを思い出して、胸が痛まないと言えば嘘になる。卑怯だと罵られ、狡いと言われ、それでもここまでやって来た。
「生き残るためには、罵られても非難されても、壊れないだけの器も必要です」
 そう呟く慶一郎に、葵が息をつく。
「それは分かりますわ。多分、私がNightingaleで色々なことをやる以上、そう言われることは覚悟してますもの。私は馬鹿正直ですから、それで折れてしまわないようなしなやかさも必要ですわね」
「それならば、きっと大丈夫ですよ」
 慶一郎はカップにコーヒーを入れ、そっと地面に置いた。手渡しでは受け取らない慎重さを葵は覚えてしまったからだ。しかも罠を警戒しているのか、時々手で受け取らずに髪を一筋だけ伸ばしてそれで手元にカップを寄せたりもする。
 大丈夫だ。これなら葵は生き残れる。
 真っ直ぐであることが悪い訳ではない。もし葵が過酷な戦場に行かないのであれば、今教えたような「生きるための狡さ」を使うこともないだろう。
 だが、葵がNightingaleという組織にいる以上、いつかそんな事があるかも知れない。
 いや……多分自分にそれを頼んだ人は、そんな事があると思っているからこそ、生きるための狡さを教えろなどと言ったのだろう。
 願わくば、そんな日は永遠に来なければいいのだが……。

「矢鏡様、今回はお世話になりました」
 一週間はあっという間に過ぎた。一体どれだけのことを教えられたか、そして葵がどれだけのことを身につけたのかは分からないが、慶一郎は出来るだけのことを葵に教えたはずだ。
「お互い出来るだけ生き残りましょう。結局最後は生き残った者勝ちですから」
 そう言って慶一郎が差し出そうとした右手を、葵は自分の髪で握手するように掴んだ。
「狐の狡さ……ですわよね。油断して関節を決められるのは嫌ですもの。それに左手を出して、手に針でも仕込まれていたら怖いですわ」
「しっかりと身に付いたようですな」
 実際素直に右手を出したら、最後に手の痛点を刺激する気でいたのだが。しっかり読まれていたらしい。
 肩をすくめて慶一郎が笑うと、葵も目を細めて笑う。
「お互い生き残りましょう。私も頑張りますわ」
「そうしましょう。戦友は一人でも多い方がいいですから」
 狡く、賢く、強い戦友。
 それが自分と共に戦うのであれば、これほど安心できることはない。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
葵に「生き残るための狡さ」を教えると言うことで、このような話を書かせていただきました。葵は真っ直ぐな所があるのですが、こうして指導していただけることで少しずつ成長していっていると思います。
実際訓練していただけると、やはり得る物は違うでしょう。
修羅場をくぐっていると言うことで、殺気を見せずに笑顔で銃を撃ったり出来そうです。殺気に反応する相手とも戦っていそうですし…。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年09月18日

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